センパイ番外編 

ジャム

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ワタナギ

ワタxナギ なんちゃってオメガバース②

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ひとつ、わかったことがある。

世の中には。
硬い床の上で背中が痛くても、抱き締めたい人がいる。
体中が擦り傷だらけになっても、拒めない。
叫んで喘いで、喉がカラカラになって、声が枯れてもアイツの名前を呼び続けてた。
指先や爪の形、小さな手の傷まで、目を瞑っててもそれがアイツのものだとわかってしまう。

それが、どんなに危うい事かーーーー
それが、どんなにアイツを付け上がらせる事になるのか、オレは気付いてしまったーーーーー

αとかΩとか、それが運命とか、オレにはよくわからなかった。
とにかく、目の前に現れたのは綿貫という男で、そいつが否応無しに自分の胸の真ん中に手を突っ込んできて、心臓を毟り取るような凶暴さで、オレは綿貫の腕に捕らえられてしまった。
とにかく自分勝手で、興味の無いものにはチラとも視線を寄越さないくせに、欲しい物はとことん欲しいと駄々をこねる。
世の中のαが、こんな横暴な人間ばかりだったら、きっと世界は破滅する。
きっと世界中は戦争だらけ。
子どもがオモチャの取り合いをするのと同じ感覚で戦争が起きるだろう。
だから。
だから、コイツはαじゃない。
「ダメ」も「待て」も出来ない。どんな空気も読まない綿貫が、世の中に騒がれているような優秀で何事にも沈着冷静、温和で人徳のあるαである筈がないんだ。
それが例え、αの表向きの顔だとしても、だ。

「お前さ、知らないの?」
どこから沸いて来るのだろう、この男は。
神出鬼没、自分が1人になるのを見ていたかのようなタイミングで現れる男に、森谷凪の眉間に皺が入る。
生徒会の書記だという、どこの教室にでも居る人畜無害そうな雰囲気の金田は、真面目を絵に描いたような七三分けにした髪を掻きながら溜め息した。
どうしてわかったのかわからないが、自分の事をΩだと言い当て、事ある毎にこうして話し掛けて来る。
この優男が、どれ程凶暴で、狡猾で、ヤバい人間かって事を、オレは知り合った後で知った。
生徒会という隠れ蓑をバックにして、教師からの信頼も厚い、有能で無害を装ったド鬼畜。
生徒会室のカギをホテル代わりに貸し出し、金田自身も、連れ込んだ相手と強姦まがいの事をしているとも聞く。
そんな男が自分に「オレのモノになるか?」と聞いてきたのは、きっとそういう事なのだろう。
尾ひれのついた噂も、あながち間違ったものでも無いのかも知れない。
以前は自前の気の強さで、金田に臆する事もなかったが、今は金田に対する警戒心が強くなり、凪は眉間に皺を寄せたまま金田から数歩分距離を離した。
そんな凪の動きに、金田は面白そうに眉を上げ、口元をニヤリと引き上げる。
「可愛い顔すんなよ。Ω相手にたかる趣味はねえんだ」
弱みになるような秘密を知っているくせに、金田は自分は味方だとアピールする。
そんな台詞に騙されるもんかと、凪は更に身を硬くして金田の動きに注意した。
サッカー部仕込みで足には自信があるが、相手は空手の有段者だ。
腕でも足でも、捕まえられたら、終り。
それがわかっているから、いつでも逃出せる距離を保っておく必要があった。
それにーーー
金田が近づいてくるのは、いつだって人気の無い時や場所を選んでいるのも気になった。
それが例え、自分のためを思っての事ーーー、なのかと思っても、油断は出来ない。
「そんなに怖がられると、逆に萌えんだけどな」
にっこりと微笑む金田が、じゃあ、こうしててやるよ、と両手を自分の背中へ回して、自分の肘を自分で掴む。
「腕が外れたら、逃げろよ?」
不敵な笑みで自分を見下ろす男の顔に、背筋にゾッと寒気が走った。
が、そこまでされて自分がビビっていると思われるのもムカつく。
「逃げねえよ」
言ってから、バカだと自分でも自覚したが、もう遅い。
もし、金田が動いたら、掴まる前に逃げるのが一番得策なのに、逃げない代わりにやれる事と言ったら真っ向勝負を挑む事くらいしかない。
喧嘩なんて数えるくらいしかした事がないのに。
それも、敵う筈のない相手とやるなんて経験は、綿貫以外に相手をした事はない。が、当の綿貫は自分をとことんやり込める気はなかったし、自分に対して抑え難い衝動を持っていたとしても、『二度と逆らえないよう踏みつけて潰す』ような悪意を感じた事はなかった。
いつだって、最後には頭を撫でて慰めてくれたし、綿貫のキスからは深い愛情を感じた。

肩の力を抜き、いつでも金田の急所を狙えるよう軽く拳を握った。
顎か鳩尾に一発入れられれば、逃げ出せる隙が作れる。

絶対、一発入れてやる・・っ

そんな殺気丸出しの自分の姿に、金田が堪え切れず噴き出した。
「森谷、お前、マジで可愛いよ。綿貫が好きになんの、わかるワ。でも、心配すんな。オレはもっと薄汚れて、道端で人間なんか誰も信じないって目してる猫のが好きだ。お前みたいなツンデレを甘やかす趣味はねえ」

誰がツンデレだ・・!

そう内心ツッコミながらも、凪は臨戦態勢を解く事はない。
金田は笑顔で相手の顎を膝蹴りで割る奴だと知っている。
このへらへらとした表情に騙されるな、そう注意してくれたのは同じクラスの都築だった。
金田と同じ空手部で、直でやり合った事もある都築は、金田を色んな意味でバケモノ級と崇めている。
「お前、生でしてんだろ?」
言われた瞬間、凪は金田の顔を「え?」と見上げてしまった。
今まで二人の間にあった緊張感が、一気に、だるんだるんに弛む。
「な、・・な、何・・!?」
凪は金田の一言で、頭の中が綿貫と抱き合った記憶で一杯になる。
「何じゃねえよ。・・顔真っ赤にすんな。そういうの見るとこっちが萎える」
そう言われても多感なお年頃だ、昨日今日覚えたセックスを思い出させられて、赤くなるなという方がムリだろう。
「やっぱ、知らねえんだろ。自分がΩだって自覚無さ過ぎんだよな、お前・・。綿貫の方は多分、知ってると思うけど、アイツの事だから自分からは言い出さねえだろうから、オレが親切心で教えてやる」
そう言って、金田が顎でこっちに寄れと合図する。
すっかり警戒心の薄れた凪は言われた通り素直に金田の方へと近づき、耳を傾けた。
こういう所に、男心をくすぐる可愛さがあるが、金田もそんな悪戯心で綿貫なんかを敵に回したくはない。今は、少しだけ二人の関係に警鐘を鳴らしてやるだけに留める。
「お前、絶対、妊娠するぞ。このままヤリ続けてたら16歳で出産する事になるからな。気をつけろよ」
凪の耳朶に口を寄せ、そう優しく囁いた男は凪の体に一瞬も触れず、その場から離れた。
金田が振り返れば、きっとそこには茫然自失の凪の顔がある。
それを胸の中で想像し、楽しみながら金田は軽い足取りで生徒達が行き交う中と戻って行った。


そんな訳で、ついに凪は、Ωという者の実体を知るため、ネットで検索を始めた。
本来ならそんなもの知りたくも無かった。
自分がΩだなんて思いたくもない。
誰かに負けてるとか、弱いとか、自分の努力ではどうにもならないもののせいで差別されるなんて冗談じゃない。
それでも、どうしようもない事もある。
人種の壁は、どんな世界にもあるのだ。
が、インターネットで検索を掛けても、男が妊娠するという事実はない。
そもそもΩというものがまことしやかな存在的に記されていて、この世界のどこかに居る、らしい、という感じだ。
やっぱり、金田のガセかとも思うが、アイツが何の得があってそういう事を自分に言って来たのかを考えると、イマイチわからない。
ウソの情報をわざわざアイツが自分に流して、アイツにどんな利益が生まれるのか。
オレが綿貫と生でするかしないかで、アイツに得になる事があるとは思えない。
つまり。
生でしなきゃいいって事だよな。
そんな事を考えていると、自分が女にでもなったような気分になって落ち込んだ。
彼氏が避妊してくれない、と影で泣いてる女子みたいだ。
冗談じゃない。
好き勝手に、いつでもどこでもヤられて堪るか。
いくらオレ様な、空気読まない我が侭なセンパイでも、通さなければならない筋はある。

「避妊させよう」
そう呟いている自分が少し間違ってる気がするが、そこは流す事にした。





「凪、ちょっと来い」
昼休み、そんな短い言葉で手招きされ、オレは教室の入り口に立つ男の元へと向かう。
「お前、体調どうだ?」
言うが早いか、綿貫の手が凪の額を覆う。
熱が無さそうなのを確認すると、今度は首筋に掌を宛てられ、凪は肩を竦めた。
「ちょ、どこ触って・・」
そのまま綿貫の手がシャツの中にまで入ってきそうな勢いに思わず声を上げると、クラスメート達から不審な目で見られて、凪は慌てて綿貫の手を掴んで逃れた。
「来い」
それでも、掴んだ手を逆に綿貫に捕まえられ、教室から引っ張り出されてしまう。
こんな事が1日1回はある。
もちろん、この後が大変なのだ。
人気の無い教室に連れ込まれ、どんなに嫌だと拒んでも、力で押さえつけられて体を繋がれる。
敵わない事はわかっていても、我を通すこのやり方だけは許せない。
「センパイ・・!今日は、絶対シないからな・・!」
連れ込まれたのは、乱雑に積み上げられたダンボール箱や、折り畳まれた横断幕、イベント用の備品が狭い棚の中に押し込められた教室。
元がそういう色なのか、薄い黄色のカーテンが一間分の窓に掛けられ、カーテンの合わせから覗く隙間から高い植木の枝と空が見える。
どうやって、こんな教室のカギを手に入れたのか、綿貫は内鍵を締めてから凪に向き合った。
それから、淡々とした口調で「シないって何をだ?」と聞き返してくる。
自分の目の前に迫って来る長身に向かって、オレは無駄だと知りつつも、両手を突っ張って、綿貫が近づいて来るのを制止した。
「わかってるだろ・・っ毎日、毎日・・、サルみてえにっ」
「サルは発情期しかヤらねえだろ。オレは凪がいればいつでも出来るけどな」
やっとで絞り出した声も、綿貫の口説き文句にあっさり飲まれる。
「ヤだ、よ・・っなんなんだよ・・なんで、こんな勝手に、いつも、いつも、急に来て・・」
「急じゃなきゃいいのか?」
「違う!勝手にされんのが、イヤなんだ・・っオレはアンタのおもちゃじゃない!」
そう言って、凪が瑞々しい黒目を綿貫に向ける。

綿貫は、その目に惹かれた。

水の膜が張ったような綺麗な目。
伸びた前髪の間から、熱の籠った目で自分を見る凪に、綿貫は最初、惹かれたのだ。
気が強くて、負けるのが大嫌いだから、一生懸命努力する。
迷いながら、答えがわからなくても、自分を信じ切れる強さがある。
弱みを見せまいと、いつもはきつく閉じていた唇が、自分の前でふとした瞬間に綻び、口元に笑みを浮かべていた。
好きにならずにいられなかった。
笑わせて、困らせて、泣かせて・・もっと、ずっと腕の中に抱き締めて、自分のものにしたい。
自分しか見えない世界に連れて行きたい。
凪の目に、自分しか映らないようになればいい。
身体も、自分にしか反応しない、自分にしか感じない身体に変えたかった。
ここまでの欲望を、綿貫は初めて他人に持った。
それが、その相手が、まさかΩだったなんて思いもしなかった訳だがーーー
綿貫はその事に関して、妙に納得してしまった。

どうりで自分の好きな匂いだと思った・・。

正直な感想はそれ。
可愛い後輩をなし崩しに口説き落とし(?)、やや強引に組み伏せてみれば、凪の身体からは自分の鼻腔をくすぐるイイニオイが発していた。
ヤってから言うのもなんだが、自分の本能は正解だった。
可愛い、可愛いと思ってたが、つまり、身体の方も相性バッチリだったという訳だ。
これを運命と言わずして、何と言うか。
つまり、これはオレのだ。
オレだけのもの。
どんなにΩの需要がα内で騒がれていようが、凪を誰に渡すつもりもない。
そのためには、凪が誰のものか明白に知らしめる必要があった。
誰にも触らせない。
誰にも凪をΩだなんて思わせない。
この匂いを知るのはオレだけでいい。
誰にも、この蜜を舐めさせない。
だからーーー、そのために、身体の中から凪を作り替える。
自分の匂いで満たせば、本能的嗅覚でαには逆らえない。
誰も凪に近寄る者はいなくなる筈だった。
「ちょっと!待った、待ったっ」
キスしようと近づけた顔を、凪の手が押し返してくる。
「シないっつーの・・!」
「なんで」
「なんでじゃねえ・・!そもそも、オレの身体を、アンタが好き勝手するってオカシイだろ!」
オレの身体だ、と言い張る凪に、綿貫は眦をじっとりと釣り上げた。
「オレのだろ?」
「は?」
「お前の身体を好き勝手していいのはオレだけだろ?いい加減、抵抗すんな」
舌打ちをかまして溜め息する綿貫に、訳が分からず呆然とした凪だったが、我に返ると怒りに任せて、ふざけんな!と綿貫の太腿を横から蹴っていた。
「イッテ・・!」
つい力を入れて蹴って、『しまった』と思ったが、もう手遅れだ。
蹴り上げた足をそのまま綿貫の腕に取られて、片足立ちになる。
「誰の身体か、わからしてやるよ・・」
至近距離で、瞼を下げた綿貫の三白眼で睨み付けられ、凪のうなじから冷たい汗が伝う。
その首筋に綿貫がゆっくりと唇を寄せる。
ああ、この匂いだ。
これが、男を狂わすのか。
こんな匂いを出すのは、自分の前だけでいい。
誰にも、凪がΩだなんて思われたくない。
「全部、こっからお前のが出なくなるまで出すのと、オレので一杯にするの・・どっちがいい?」
たっぷり意味を含めた手付きで、凪の前を形を作るように、綿貫が撫でる。
ビク、ビク、と凪の身体がαに反応して跳ねた。
今、この瞬間、Ωなら『αのものにしてくれ』と強請る筈だった。
お互いの放つ匂いで、身体は同じ欲望を抱いている。
終着点は、一つしかないのだ。
なのにーーーー
「ヤだ・・絶対、シない・・っ」
そう言うと、凪は血走った目をギュッと閉じた。
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