センパイ2

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54、サッカー部OB

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名門私立上稜高校。
全国にスポーツ進学校として名声を馳せ、あらゆる競技で活躍する数々の有名選手を輩出してきた。
ゆえに、その環境を整えるための設備投資は県内トップクラス。
東京ドーム4つ分という広大な敷地に加え、今も近隣の田畑の買収を続け、最終的には全国初の室内サッカー場兼、総合トレーニング施設という巨大な体育館の建造を計画中である。
一流の中の一流。
この環境で練習、プレー出来る幸運を掴めるのは本の一握りの少年達だ。
そんな有名私立高校の敷地に一人、スーツ姿の男が首をくるくるさせている。
「懐かしいな」
そう呟いたのは、10年も前に上稜高校を卒業した元サッカー部の男だ。
社一丸となって取り組む今回の設計プロジェクトは、着工までにはまだ数ヶ月は掛かる見通しだ。
しかし、自分の母校であり、しかも幾社も携わる巨大なプロジェクトに参加出来る事に彼のテンションはやや上がる。
今回、工事を受注するにあたり、母校という事もあって自分が挨拶に来校したのだが、約束の時間より1時間も早く着いてしまったのも、そのせいだ。
シルバーフレームの眼鏡に、行く先々で端正と褒められた顔が、高校時代を懐かしむせいか、自然とその口元が緩む。
肩まで伸ばした焦げ茶色の髪を後ろでアップし、細身の濃紺のスーツに、書類で膨らんだ厚いビジネスバッグ。
足下には、見た目質素な一枚皮で出来た有名ブランドの革靴はン十万。
今思えば、高校生だった自分が、こんな高い靴を履くようになるとは想像もしていなかった。
学校指定のローファーと、黒のスパイク。
自分の足にバッチリ合うスパイクが他になく、同じメーカーの物を買い続け3年間愛用(履きつぶ)した。
あの頃、サッカーをしていない自分など想像出来なかった。
3年最後の選手権を終え、高校を卒業後は専門学校へと進学。
社会へ出て、年齢を重ねれば重ねる程、サッカーが出来ない環境へと自分が追いやられていく。
忙殺される毎日、短い休息。
外でボールを蹴る事も少なくなってしまった。
イベント程度の仲間との付き合いの中でしか試合をする事もない。
きっと二度と、あの頃のようには、全身全霊、何も恐れずに走れないだろう。

校舎へと向かう途中で、生徒達の声に興味を惹かれてグラウンドへと目をやると、やはり、サッカー場へ行きたくなる。
校舎をぐるりと回り、目の前に広がった芝の美しいグラウンドを目にして驚いた。
「ぜいたく・・!」
数年前に芝を植え付けたサッカー専用グラウンドには、観覧用の立体ベンチまで備え付けられている。
芝生の養生のためにか、グラウンドはフェンスで囲まれ、人っ子一人居ない。
この金の掛け方に、正直、自分が現役だった頃は気づかなかったが、今なら価値がわかる。
ここまで生徒達の素質に対して期待してくれている、という学校側の姿勢に、思わず身震いする程だ。
確かに近年の選手権での成績は3大会連続の決勝進出、優勝・準優勝以下の順位は無い。
ある意味、当然だろ、と吐き捨てたい所だが、当時の自分を振り返れば、その半端無さは想像を絶する。
血反吐を吐く練習に堪え抜いた自負があるだけに、3連覇を逃した自分達よりも・・更に過酷な練習に堪えている・・と思わざるを得ない。
後輩達は、どんな練習をしているのか。興味をそそられ、過去最強と呼ばれるチームを見に、男は奥のグラウンドへと向かった。
が、10分もすると、あくびを掻くことになる。
監督が練習に顔を出さない事はよくある、としても、練習内容は自分達のやってきた事とそう違わない。
基礎、基礎、基礎、セットアップ。
繰り返し行うミニゲームと、罰走(ペナルティ)。
感想としては、過去最強とは思えない普通さだ。
つまり、がっかりした、という事。
「こんなもんだったっけな」
期待に胸を膨らませていただけに、なんだか狐に摘ままれた、という印象だった。
見る限りでは、このチームが最強と言うよりかは、回りが弱いのではないかとさえ疑いたくなる。
そのままダラダラと練習を見続けるのも退屈になってきて、他の部活も見て回る事にした。
知らないテニスコートが出来ていたり、部室の建物が綺麗になっているのを見て、なんだか疎外感を受ける。
10年というのは、本当に何もかも変わってしまうに十分な時間だという事を実感した彼だったが、フと思い出した場所へ足を向けた。
校舎の側面に位置する3階建てのプール。
1・2階は更衣室とシャワールーム、その上がプールだ。まだ気温が上がらない間は近くの室内プールを借りて練習するため、ほぼ無人。
孤立した建物なので、ここへ用が無い限りは誰も立ち寄らない場所だ。
そんな魅惑的な場所がある事を知っているのは、きっと自分のように一度は挫折を味わった者だけだろう。
行き場の無い感情を持て余し、どこにも身の置き場を見出せず、教室に居ても落ち着かず、彷徨い果てた場所がここだった。
当然、鍵が閉まっているだろう事を承知で扉に手を掛けると、難なく開いてしまう。
「うわ・・開いてるし・・」
鍵の掛け忘れか・・?と、中に進んで行くとシャワーの音が聞こえる。
水泳部の連中でも居るのだろうか。
と、水音が近づくにつれ、伊河は、音に耳を澄ませた。
水音と共に何か揉めるような話し声が聞こえたからだ。


「だから!雰囲気めちゃくちゃでイヤなんだよ」
「気にし過ぎだろ」
「あんたはわかってないだけ・・っつ・・ちょっ手、放せって・・」
「アホ、手使わなきゃ洗えねえだろ」
「だからって・・うあっ・・」
「大体な。お前が突っかかるからこうなったんだぞ」
「それは・・あんたが・・っマンツーで張り付いて来るから・・!」
「集中力足んねえな。あれくらいでキレてたら試合ですぐ退場だろ」
「マジで、手・・!あ・・っ」
「二人ん時まで暴れんな」
「や、・・だ・・ってば!」
不穏な雰囲気に、扉をそっと開けて隙間から中を覗いて見る。
と、全裸の少年(?)二人がシャワーブースから出て来た所だった。
一人は長身で、180cmを軽く抜いてるし、体幹の筋肉のつき方が凄まじい。
真ん中の腹筋どころか外腹斜筋の筋が表面に出ている。広い肩幅に、軽く浮き出る三角筋。背中は首から腰まで、背骨を挟んだ筋肉が体を傾ける度にぼっこりと浮き上がっていた。
うわー、育ってるな~。
太腿・・あれ何センチあるんだ・・。

「服どうする?泥だらけだぞ」
「うわ・・それは、もう一回着る気には・・」
「だよな。泥落として乾燥機にぶっこむか」
「へー・・乾燥機あるんだ」
「30分もすれば乾くだろ」
どうやら、練習中に泥だらけになった体を洗いに来たようだが、軟弱至極・・。
泥ぐらいなんだよ・・と、見ていると落とし穴にでも落ちたのかという位に泥だらけのジャージを広げている。
どうも体つきとジャージからサッカー部の人間だとわかる。
「まさかボール拾いに行って、崖から落ちると思わなかった」
「あそこが、あんな崖んなってるって知らなかったな」
グラウンドを広げるために、整地が始まっているんだろうか。
これは生徒にも学校側にも注意してやらなければいけないな、と、そろそろ立ち去ろうとした時だった。
二人から視線を外した瞬間、「待てよ」と呼び止められた。
思わず顔を上げると、呼んだのは背の低い方で、オレを呼び止めた訳ではなかった。
そして、注目すべきは、向き合う二人の間で、真っ赤に充血した性器が勃ち上がっていた事だ。
思わず視線が釘付けになり、オレは金縛りにあったように、その場から身動きが取れなくなっていた。



「センパイ」
小さく呟いたナギがワタヌキの唇に唇を寄せ、唇が重なると同時に、ワタヌキがその細腰を抱き寄せた。
お互いに何度も唇を啄むように重ねて吸って、舌を絡ませる。
「早くシよ」
ナギからの性急なおねだりに、ワタヌキはナギの背中を壁へ押し付けると、ナギの左の膝を高く持ち上げた。
腰が前に突き出すように背中を仰け反らせたナギがワタヌキの硬熱を掴み、それを自身の緋孔へと宛てがう。
一瞬、その感触に反射的に身震いし、ナギは一度ゆっくりと息を吐き出してから、ワタヌキの腰を引き寄せて行く。
ゆっくりとナギの股の間へ飲み込まれていく男性器に視線が外せなくなった。

まさか・・あれが、全部、這入るのか・・?

伊河の好奇心は、男同士のセックスというよりは、ナギの方にあった。
睫毛の濃い強気な目。
相手の体躯にそぐわない高慢な口調(しかも後輩)。
元々、自身、こういう世界に馴染みが無い訳でも無い。
悪ふざけの延長で、男にイカされた経験もあるし、実際、友達にゲイもいる。
嫌悪感は全く無いし、自分がそっちの一線を超えていない理由は、ただ単にそういう誘いがないからだけだ。
つまり、どちらかと言えば、飽きる程抱いてきた女相手よりも、目の前の光景の方に興奮させられている・・という認識がある。
それに、この二人の関係性にも興味があった。
恋人か、体だけか・・それとも強要されてか。
28にもなれば気持ちがついてこなければセックスまでいけない。だが、十代の勢いなら気持ちが無くても勃起さえすれば行為自体は成り立つ。
性欲を処理するだけなら、セックスなんて簡単な話なのだ。
ナギと密着した腰を抱き合い、ワタヌキが動き出す。
「ンン・・ッ」
その突き上げに思わず爪先を立てて上へずり上がって逃げようとするナギを見て、腰の奥に、まるで自分が突き上げられているかのような鈍痛を感じた。
「キツいか?」
ワタヌキの問いにナギが首を横に振る。
「さっき・・解してくれたから・・」
そう言ってナギがワタヌキの首へとしがみつくと、ワタヌキが噛み付くようにナギの唇を貪る。
体を隙間無く密着させ、立ったままワタヌキがナギを縦に揺さぶっていく。
爪先がかろうじて着いているだけのナギの体がワタヌキに抱え上げられるように大きく跳ね、噛み殺そうとしている喘ぎが歯列の間から漏れ響く。
「ンッヤッ・・アッ・・・ンっンッ・・ンッあ・・!」
室内には噛み殺した声よりも、激しく腰を打ち付けるパンパンという肌を打つ音が鳴り響いていた。
拷問だ・・。
好き勝手に腹の奥を抉り貫かれ、相手の勃起が治まるまで尻穴を蹂躙されるのだろう。
それでも、恍惚に濡れた顔のナギの表情を見て、胸が鼓動が強くなる。
激しく追い立てられ、涙が零れそうに潤んだ瞳で、ナギはまっすぐに自分の陵辱者を見つめている。
その何かを言掛けたような口に、ワタヌキの唇が押し当てられ、言葉はくぐもった喘ぎへと変わる。二人が身を捩り、お互いの唇を、舌を求め合い、時々大きく呼吸を乱した。
そうして暫く二人がきつく抱き合い、果てる様を見届けてから、自分は何をしているんだと、小さく溜め息を吐いた。
思わず見入ってしまったガキのセックスに煽られて発情した自分の体が、下腹を疼かせている。

参ったな・・こいつをどうしたらいいもんか・・。

思案に耐えず、とりあえず立とう、と、腰を上げると、息を喘がせたナギの声が聞こえて来た。
「もう、いいの・・?」
「いい。また練習戻んだぞ。お前、貧血にでもなったらどうすんだよ。それより」
「ん・・」
「こうやって抱かせろよ。お前が、土日避けまくるから・・乾涸びるとこだった・・」
ベンチに座ったワタヌキが、ナギを背中からギュッと抱き締める格好で、そう言った。
「おーげさ・・だよ」
首筋に顔を埋められ、ナギは首を竦めた。
目を閉じてナギの匂いを、肌から直に吸い込むワタヌキが、首筋をなぞるように顔を上げて、ナギの耳元へ唇を寄せた。
腰に廻した腕で、再びナギの体を抱き締め直し、ナギの耳を食むように、ゆっくりと口を動かす。
「あのな。お前がオレを放っとくのはお前の自由だけどな、オレがお前を抱くのもオレの自由って事、忘れんなよ?酷くされたくなかったら・・ちゃんと、シろ」
「『シろ』って・・なんだよっ」
何をしろって意味だよ!?、と、ワタヌキの身勝手な脅迫に、ナギは耳まで赤らめてワタヌキの顔を振り返る。
「ちゃんと、愛シてくれ。でなきゃ、グレるぞ」
思わぬ返事を聞いたナギは、自分からワタヌキに両手を広げ、力一杯抱きつく羽目になる。
向き合って抱き合ったワタヌキがナギの背中をヨシヨシと撫で摩る。
「返事」
「・・はい」
ドアの外で、二人のやり取りを聞いていた男は、目の奥に沸く熱い物を、半分勃起しながらジッと堪えたのだった。





そして、なんとか納まりのついた体で校長室へ向かい、本来の目的である挨拶を終えた伊河は、その帰りに校舎の窓から見下ろしたグラウンドで、ワタヌキとナギのプレーする姿を見つけて、目を見開いた。
「なんだアイツら・・超上手過ぎンだろ・・!」

上稜高校サッカー部、過去最強。
その言葉が噓偽りで無い事を、彼は次の選手権の結果で納得する事になる。





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