兄ちゃん、これって普通?

ジャム

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子供の時のイタズラを思い出す。
ふたりでクローゼットの中へ隠れ、母親が自分達を探し出すのをドキドキしながら待っていた。
扉を開けられる瞬間に、ワーッと飛び出して母親を驚かせ、僕は兄ちゃんに手を引かれて再び違う場所へと隠れに行く。
胸がドキドキして堪らなかった。
今にも声を出してしまいそうで、両手で口を押えて。
それでも、気づかない母親が自分達の隠れている場所の前を通り過ぎてしまうと、口が笑ってしまう。
あの時、兄ちゃんと僕は、最高のスリルを味わった。

3月。

季節は春を目前に、足踏みをしている。
太陽の降り注ぐ日中なら、窓を閉め切った教室はポカポカと温室の様。
だけど、日陰に入れば寒さは一気に戻って来て、外気に触れた肌を凍らせた。
卒業式の予行演習で、人気の無い校舎の中は、この世界に自分達しか居ないような錯覚を起こさせる。

誰の声も、足音もしない。

ばったりトイレで会ってしまった兄ちゃんに拉致られた僕は、兄ちゃんに手を引かれて入ったひっそりと静まり返った3年の教室に、自分のクラスと違う匂いを嗅いでなんとなく緊張した。
手を繋いだまま、日差しが差し込む窓際の壁に寄り掛かって座り、僕は兄ちゃんの体にぴったりと寄り添った。
「ったく、立ったり座ったり、何回やんだっつーの」
悪態を吐く兄ちゃんの横顔に、つい口元が弛んでしまう。
「主役がサボっちゃダメじゃん」
「ばーか。体育館、寒過ぎんだよ」
そう言って、兄ちゃんの大きな手が僕の肩を力強く掴み、これ以上ないくらい体を引き寄せられた。
「明日で、終りだね」
「あー・・。ま、家に帰れば一緒だろ」
「そうだけど」
それでも、寂しいと思ってしまう。
この2ヶ月の間、僕は兄ちゃんの姿を学校の中の至る所で見つけた。
それは、教室の窓際だったり、廊下だったり、昼休みにバスケする体育館だったり、職員室の前だったり、体育の時間に校庭でボールをリフティングしてる姿だったり。
数えきれないくらい、学校の中で兄ちゃんをいっぱい見つけた。
そんな風に見てると、時々、兄ちゃんと目が合う事があった。
真っすぐ見つめ合うのは恥ずかし過ぎて、僕は一瞬合った視線を慌てて逸らしてしまう。

そんな毎日がすごく楽しかった。
だから、さびしい。
「さびしいな」
口を突いて出た本音に、兄ちゃんがクスリと笑った。
その顔を睨みつけてやると、兄ちゃんが僕の頭の上に自分の頭を乗せてくる。
ついでに、軽くキスをして、耳元で囁いた。
「なあ。もう『兄ちゃん』って呼び方、卒業すれば?」
「ええっ絶対おかしいよ・・んな急に」
「おかしくないって。ほれ、言ってみ。『大河』って」
ホラホラ、と兄ちゃんが僕の体を揺するから、僕は少し俯いて兄ちゃんの名前を呼んでみた。
「たいが」
すると、一瞬の沈黙に、『呼べって言ったから呼んだのに、なんなんだよ!?』と顔を上げると、そこには兄ちゃんがポカンと口を開けて僕を見下ろしてる嬉しそうな顔。
「カワイイな~~!お前!!」
「わっ」
兄ちゃんは嬉しそうに、思いっきり僕の体を自分の胸に抱き込んだ。
「カワイイ、ダイキ~・・あー、すげえ好き。好き過ぎる」
「兄ちゃんっ」
「タイガだろ」
「やだよ。なんか自分の名前と似てるし・・」
「兄弟だからな・・しゃあねえべ」
「親、一緒だもんね・・」
そこで、二人で吹き出してしまう。
「いいじゃん。兄ちゃんで。だって、僕の兄ちゃんは兄ちゃんしか居ないし・・。ってなんか兄ちゃん兄ちゃんって何回も言って変だけどさ・・。兄ちゃんはやっぱ兄ちゃんだもん。僕以外で、兄ちゃんて呼ぶ奴、他に居ないじゃん。その方が、ずっと特別っぽくない?他の誰にも呼べない呼び方だもん」
言い切ると、兄ちゃんの手が僕の頭をガシガシと豪快に撫で回してくる。
「お前な・・。食っちまうぞ。カワイいことばっか言いやがって・・。食うぞダイキ」
ゆっくりと兄ちゃんの顔が近づいて来る。
「・・いいよ、食って・・」
触れる寸前に返事を返した唇に、兄ちゃんの唇がねっとりと柔らかく重なった。
「なあ。思い出しよっか」
「思い出・・?」
「そ」
兄ちゃんが目を細めて、今僕と重ねていた唇の、その端を引き上げる。
ゆっくりと兄ちゃんに体を押し倒されて、僕は床の上に仰向けに倒された。
兄ちゃんの向こうに見上げた景色は、何の変哲も無い白い天井と何処にでもある蛍光灯。
顔を横に向けると、簡素な学校机と椅子の細い足が檻のように並んでいる。
兄ちゃんの手がゆっくりと僕のセーターの中で蠢いた。
「にいちゃ・・っ」
「声、出すなよ」
そう囁いて、兄ちゃんの手が奥へと這入り込んでくる。
学校の教室はひどく無機質で、そんな中で自分の体が熱くなっていくのを止められず、僕は両腕を伸ばして兄ちゃんの首にしがみついた。
そうしてないと、自分だけがどこかへ置いていかれてしまいそうで、感じてる自分の体が恥ずかしくて、悲しくて、目に涙が浮かんでしまう。
「なに・・泣いてんだよ?いやか?」
心配そうな顔で僕にキスをする兄ちゃんに、僕は顔を横に振った。
こんなに好きだって、自覚がある。
兄ちゃんのことなら、なんだって受け入れられる。
だから、兄ちゃんの教室で、最後に思い出を作れることも本当は嬉しく思ってる。
どんな記憶よりも、きっと強烈で鮮明で、忘れられない思い出になる。
誰よりも愛しい人に求められて、僕は甘い吐息を吐いた。
「にいちゃ・・」
「ダイキ、ダイキ、ダイキ・・ッ」
ゆっくりと折り重なり合う体が、次第に軋み、悲鳴を上げる。
どんなに声を噛み殺しても、抑え難い欲情に胸の奥が灼かれ、どうにも出来ない熱に、兄の唇を求めた。
深く、濃く、震えながら熱いものを交わらせる。
薄らと開けた瞼から、太陽のやわらかな日差しに当たった兄ちゃんの髪がキラキラと光って見えた。
日に透ける兄ちゃんの髪の毛の一本一本まで、目に焼き付けて、僕は兄ちゃんを抱き締めた。
「ダイキ・・っ」
兄ちゃんの掠れた声に耳を犯され、僕の背中がゾクゾクと粟立ち、僕の中で兄ちゃんが躍動した。
体の奥に感じたその熱を、僕は涙と交換に受け入れる。
その涙の痕を、兄ちゃんの唇がそっと追いかけてくれた。
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