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1 逃避行
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まだ初夏だとは言え少し暑く、坂道を上りきった頃には額には汗がにじんでいた。病院の入口の自動ドアを超えるとひんやりとしていて、つい顔が緩む。それにしても病院で奴らが待ち伏せでもしているかもしれないと身構えていたのだが、杞憂だったようだ。
受付では先生が話を通してくれていたらしく、学生証を見せたら入室を許可してくれた。早く終わらせようと歩き出そうとしたとき、ひとつ言わなくてはならないことが、と引き留められた。受付の人の表情からしてろくなことではないだろう。
「実は恵さんはいつも基本的に面会拒絶でして…ですが今回は『渡すだけなら』ということなので、その…刺激しないようにしてくださいね。」
「ああ…わかりました」
エレベーターに乗りながら、せめて暗い顔はやめようと必死に表情を調整していた。しかしあの人の言いよう…刺激しないようにって…普通患者さんに向かってそんなこと言うだろうか?あの人が口が悪いだけなのか、それとも雨野恵がよほどの暴君なのか。…前者であることを祈ろう。そんなことを考えてると、彼女の病室のある階についた。
エレベーターから降りて、リノリウムの無機質な長い廊下を歩く。病院特有のアルコールなんかの匂いが鼻をついた。廊下は驚くほど静かで、僕や看護師の歩く音だけが響いている。僕は昔からこういう雰囲気が苦手で、大きい病院にくるのはいやだった。廊下を歩いて行った先に彼女の、雨野恵の病室があった。
どんな人だろう、大丈夫だろうか、さっさと渡して帰ろう。
先ほどからそんなことばかり考えている。あふれ出てくるため息を呑み込み、僕はドアに手をかけた。
「失礼します…」
消え入りそうな声でドアを開けながら僕はそういった。
「ノックぐらいしたらどうなの?あなたも高校生でしょ」
すいません、と言いながら彼女の顔を一瞥する。綺麗な人だな、と思った。病人のはずなのに肌にはつやがあり、髪も綺麗で、事前に重い病に侵されていることを知らされなければ健常者と勘違いしてしまうだろう。
きっとしかめっ面と睨むような眼を変えればもっと綺麗なはずだ。
「渡すものがあって、千羽鶴ですけど。」
「ありがとう」
愛想笑いさえなく、むしろ怒っているようにすら見えてくる顔で彼女は淡々と答えた。そして次の瞬間、彼女は手に取った千羽鶴をベットの横のごみ箱に突っ込んだ。そして彼女はゆっくりとこちらを振り返った。
「逆に聞くけど、こんなもの、いると思う?」
「そうだよね」
ため息交じりに僕は答える。
「だいたいこんなもの、偽善以外の何物でもないでしょ。病人にかわいそうって言って、私優しいって思いたいだけ。自己肯定感アップの材料にされるのはごめんよ」
「手厳しいね…まあ、分かるけど。学校には『ちゃんと受け取ってくれましたよ』って報告すればいい?」
「それでお願い。というか、その頬の痣はなによ?」
痣…昼間に殴られた時のものか。当たり厳しいくせに、妙なところに興味を持つんだなこの人は。学校でも割と周知の事実だし、彼女に本当のことを言ったって問題ないだろう。
「いじめられてるんだよ、僕。これも昼間に奴らに殴られた時の痣だと思うよ」
「いじめねえ…やり返してやりなよ」
「そう簡単にいくものじゃないよ。悪化するかもしれないし」
「でも悔しいでしょ?情けない。あんたも男でしょ」
「まあそれは、そうだけど…」
「なら明日、いじめてくる奴らに喧嘩か、せめて反論ぐらいしてみてよ。その結果をまた明日教えなさい。
あとついでに甘いものでも買ってきて」
「はあ?できるわけ…」
「話終わり、もう帰って。さもないとナースコールするから」
彼女の手の中にあるボタンを見て僕はそそくさと逃げ出してしまった。
病院からの帰り道、僕は後悔の絶頂にいた。何故話してしまったんだろうか、おかげで面倒なことになってしまった。どうしようか、明日作り話でもしてお菓子でも持っていくか。それとも本当に反論してみるか。
いい機会になるかもしれないが、結果は大方見えてる。どうにもならず、悪化するのがオチだろう。
あの不敵な笑みが脳裏にちらつき、イライラする。いじめられるのも嫌だが、彼女に言われっぱなしというのも同じぐらい嫌だ。
こんなやつでも覚悟を決めるときはしっかりやるんだということを、見せてやろうか。
受付では先生が話を通してくれていたらしく、学生証を見せたら入室を許可してくれた。早く終わらせようと歩き出そうとしたとき、ひとつ言わなくてはならないことが、と引き留められた。受付の人の表情からしてろくなことではないだろう。
「実は恵さんはいつも基本的に面会拒絶でして…ですが今回は『渡すだけなら』ということなので、その…刺激しないようにしてくださいね。」
「ああ…わかりました」
エレベーターに乗りながら、せめて暗い顔はやめようと必死に表情を調整していた。しかしあの人の言いよう…刺激しないようにって…普通患者さんに向かってそんなこと言うだろうか?あの人が口が悪いだけなのか、それとも雨野恵がよほどの暴君なのか。…前者であることを祈ろう。そんなことを考えてると、彼女の病室のある階についた。
エレベーターから降りて、リノリウムの無機質な長い廊下を歩く。病院特有のアルコールなんかの匂いが鼻をついた。廊下は驚くほど静かで、僕や看護師の歩く音だけが響いている。僕は昔からこういう雰囲気が苦手で、大きい病院にくるのはいやだった。廊下を歩いて行った先に彼女の、雨野恵の病室があった。
どんな人だろう、大丈夫だろうか、さっさと渡して帰ろう。
先ほどからそんなことばかり考えている。あふれ出てくるため息を呑み込み、僕はドアに手をかけた。
「失礼します…」
消え入りそうな声でドアを開けながら僕はそういった。
「ノックぐらいしたらどうなの?あなたも高校生でしょ」
すいません、と言いながら彼女の顔を一瞥する。綺麗な人だな、と思った。病人のはずなのに肌にはつやがあり、髪も綺麗で、事前に重い病に侵されていることを知らされなければ健常者と勘違いしてしまうだろう。
きっとしかめっ面と睨むような眼を変えればもっと綺麗なはずだ。
「渡すものがあって、千羽鶴ですけど。」
「ありがとう」
愛想笑いさえなく、むしろ怒っているようにすら見えてくる顔で彼女は淡々と答えた。そして次の瞬間、彼女は手に取った千羽鶴をベットの横のごみ箱に突っ込んだ。そして彼女はゆっくりとこちらを振り返った。
「逆に聞くけど、こんなもの、いると思う?」
「そうだよね」
ため息交じりに僕は答える。
「だいたいこんなもの、偽善以外の何物でもないでしょ。病人にかわいそうって言って、私優しいって思いたいだけ。自己肯定感アップの材料にされるのはごめんよ」
「手厳しいね…まあ、分かるけど。学校には『ちゃんと受け取ってくれましたよ』って報告すればいい?」
「それでお願い。というか、その頬の痣はなによ?」
痣…昼間に殴られた時のものか。当たり厳しいくせに、妙なところに興味を持つんだなこの人は。学校でも割と周知の事実だし、彼女に本当のことを言ったって問題ないだろう。
「いじめられてるんだよ、僕。これも昼間に奴らに殴られた時の痣だと思うよ」
「いじめねえ…やり返してやりなよ」
「そう簡単にいくものじゃないよ。悪化するかもしれないし」
「でも悔しいでしょ?情けない。あんたも男でしょ」
「まあそれは、そうだけど…」
「なら明日、いじめてくる奴らに喧嘩か、せめて反論ぐらいしてみてよ。その結果をまた明日教えなさい。
あとついでに甘いものでも買ってきて」
「はあ?できるわけ…」
「話終わり、もう帰って。さもないとナースコールするから」
彼女の手の中にあるボタンを見て僕はそそくさと逃げ出してしまった。
病院からの帰り道、僕は後悔の絶頂にいた。何故話してしまったんだろうか、おかげで面倒なことになってしまった。どうしようか、明日作り話でもしてお菓子でも持っていくか。それとも本当に反論してみるか。
いい機会になるかもしれないが、結果は大方見えてる。どうにもならず、悪化するのがオチだろう。
あの不敵な笑みが脳裏にちらつき、イライラする。いじめられるのも嫌だが、彼女に言われっぱなしというのも同じぐらい嫌だ。
こんなやつでも覚悟を決めるときはしっかりやるんだということを、見せてやろうか。
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