コートの香りと私と先輩

かたなかじ

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先輩との思い出……

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「……お気に入りのコートから蜜柑みたいな香りがするんだけど……なんでだろう?」


季節が秋へと移り変わり、衣替えをしようと思ってコートを取り出すと不意に蜜柑の香りが私の鼻をくすぐった。

コートをしまった時のことを思いだすと不思議でならない。


春に衣替えをした時に、冬物は全部洗濯したり、クリーニングに出してからしまったはずだった。

もちろん時期外れの蜜柑を食べた記憶もない。


他のセーターや長袖のシャツからはそれらしい匂いはせず、そのコートだけからそれは香ってきている。

疑問に思ったけど、考えてもわからないため、私は他の服や季節ごとに並び替えている雑貨を取り出す作業にかかる。


私は春、夏、秋、冬とそれぞれの季節に合わせて小物を並び替えたりカーテンとかを変える趣味というか癖というかのようなものがある。

春には春らしく、ピンク色の桜をイメージするような小物や、春の芽吹きを感じさせる淡いグリーンのカーテンにしたり、

夏には海をイメージして下のほうが青くて、上のほうが白くグラデーションしているカーテンにしてみたり、

秋には秋の、冬には冬の、とそうすることで外に出なくても季節を感じられる。そんな雰囲気が好きだった。


そうして雑貨を取り出していると、一つの可愛らしい小瓶を見つけた。

どことなく覚えのあるそれは香水の瓶だった。

どんな匂いのやつだったかな?

忘れてしまったそれを、ワンプッシュする。


「あっ……これだったんだ」

私は色々と忘れていたことを思い出した。



大好きだった先輩が大学を卒業する前に、一度だけ、たった一度だけデートをしてくれた。

先輩には彼女がいたから、他の女の子と遊ぶなんてことはほとんどなかったけど、思い切ってお願いしたら困った顔をしながらデートを受けてくれた。


その日は暖かい日が続いてた三月の中でも特別冷える日で、しまおうと思っていたお気に入りのコートを取りだし着ていくことにした。


デートなんていっても、手を繋いだりすることもなくて、ただただ遊んだだけ。

水族館に行ったり、映画を見たり、買い物をしたり。

それでもその二人きりの時間は私の大切な思い出だった。

忘れていたのに大切なんて言ったら怒られそうだけど、少なくともあの頃の自分にはそうだった。


その時のデートで、香水売り場に通りかかった時に。

「先輩はどんな香水が好きですか?」

なんて聞いてみた。


先輩はうーんと唸りながら考えてくれた。

「僕は香水のことはよくわからないけど、君はいつも笑顔で誰にでも優しくて暖かい人だ。それでいてちょっとおっちょこちょいな所もあったりして、なんか、こうオレンジっぽいイメージがあるよ。だから、オレンジの香りが似合うと思うよ……よかったら記念にプレゼントさせてもらおうかな」

そんな恥ずかしいセリフを恥ずかしげもなく言ってしまう先輩、そんなところが大好きだった。


帰り道で聞いたら、笑顔や暖かい所はオレンジの甘味、おっちょこちょいなところが酸味なんだと言っていた。

私は先輩に初めてもらったプレゼントが嬉しかった。


その日は夕食前に別れて、それぞれ家へと帰った。

先輩は夜は彼女さんとデートだと言っていた、私と出かけることもちゃんと話したらしい。


私は家に帰ると、さっそく香水を取りだし帰ってきたままの格好でつけてみた。

部屋にはオレンジの香りが広がったのを覚えている。

私は初めてのプレゼントに喜び、そして最後のプレゼントだということに悲しくなり、その場で泣き崩れたのを覚えている。


そしてそのままコートをしまっちゃたんだなあ。


風の噂で先輩は、大学を卒業してすぐその彼女さんと結婚したと聞いた。

友達は呼ばないで、お互いの身内だけで慎ましく式をしたそうな。


私はといえば、恋愛のほうは今も一人身だけど、先輩が持っていたイメージのような人間でありたいと頑張っている。

そう、オレンジのような人間に……。
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