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第二話
しおりを挟む家を出発したテオドールは南に歩いていき、そのまま街を出て、更にそのまま直進して南下していく。
今のテオドールには商売をするためのネタがない。新しく何かを始める資金もない。
あるのは家と土地の権利書と莫大な借金のみである。
この身一つで勝負できる何か、それを探すために街から少し離れた場所にある森へと向かっていた。
知らない者が見れば、普通の森。
しかし、やる気に満ちたテオドールの目には宝が眠っている場所に見えている。
「さてと、それじゃちょっと本気で行ってみよう」
気合を入れたテオドールは服の袖をまくると、軽く屈伸をしてから森の中を走っていく。
力に目覚めたことで身体機能はアップしており、更に魔法で肉体を強化している。
そのため、同年齢の子どもでは考えられないほどの速度で探索が行われていく。
テオドールは走りながら周囲を確認していた。
その目に映るのは動物、魔物、木、木の実。木の実は主目的ではなかったが、後で食べられるように魔法で回収しておく。
そしてお目当ては……。
「このへんかな」
足を止めたのは森の中にある湖の周辺。そこにはいくつもの薬草類が群生していた。
「……少し残してバッサリいこうか」
テオドールは右手を前に出すと、風の魔法で薬草の根元あたりを切っていく。それらを風魔法で一か所に集めて闇魔法で収納していく。
「ついでにこっちも」
周辺には薬草以外に、毒草、麻痺草、沈黙草などが生えているため、そちらも収穫していく。
手紙が出されて、それを受け取って、実家に戻ってくるまでに既に三日経過しているため、あと四日のうちに稼がなくてはならない。最低でも一万ゴルドの支払い義務があると書いてあったため、それが下限ラインになる。
そのために需要が多く、換金しやすいであろう薬草類から集めていた。
「あとは湖の水と魚も少し回収させてもらおうか。水魔法発動」
テオドールは湖のほとりに移動すると水面に手をあてて、魔力を流し込んで水中を把握していく。湖の中に何がいるのか、どんな状態にあるのか、それを魔力で感知していた。
「よしよし、これだけいれば十分だな。水魔法+闇魔法で収納っと! お、これは珍しい……これも」
みるみるうちに湖から数十リットルの水と数十匹の魚を収納していく。更に、なかなか見られない珍しいものを見つけたためそれも確保している。
少し水かさが減ったものの、すぐに湖は静寂を取り戻した。
「これだけあれば当面は食事もなんとかなるね」
とりあえず、今回の収穫はこのあたりにして街に戻ることにする。薬草類を売ることで当面の資金を稼ぎ、食事も新鮮な魚料理を作ることができる。一挙両得だった。
「それじゃ……うん、帰ろ」
薬草類、木の実、水、魚と満足いく収穫があったテオドールは、一度森を見渡してから街に戻ることにする。
街と森はそれほど離れていないため、まだ日が高いうちに戻ってくることができた。
テオドールは最初に錬金術師ギルドへと向かう。
店の権利は既に従業員によって売り払われてしまった。ゆえに、直接素材や品物を持ち込むことで利益をあげようと考えたのだ。
「すみません、買取をお願いしたいのですが……」
「大歓迎です!」
ギルドに入って声をかけるなり、目を輝かせて対応してくれたのは買取係の女性職員だった。少し薬品の匂いが漂う錬金術師ギルドは、昼間の時間帯だったが彼女以外の姿は見られない。
短く整えられている金髪から覗かせる耳は彼女がエルフであることを示している。
きらりと輝くイヤリングが彼女の愛らしさを際立たせていた。
エルフ族の例にもれず美形であるため、実のところ彼女目あてにギルドに訪れる者もいるほどである。
「えっと、薬草とかなんですけど……」
そう言うと、肩からかけていたバッグに手を突っ込んで、さもそこから取り出したかのように薬草を五枚ほどカウンターの上にのせる。
「なるほど……これはとても丁寧に摘まれているようですね。買取希望の方はたまにいらっしゃるのですが、みなさん、その、品質がちょっと……」
彼女の暗い表情から、その先の言葉を言わなくても察せられる。
大抵の者は乱暴につかんでむしり取る。それだけでなく、ギルドまで運んでくる際も、他の荷物に押しつぶされていることが多い。
しかし、今回テオドールが持ってきたものはそういった様子がなく、まるで摘みたてのように新鮮だった。
魔法によって優しく摘み取られたそれらは、全て美品といえるものである。
「もっと量があるんですけど、大丈夫ですか? それに、薬草以外にも色々とあるんですけど……」
「もちろん大歓迎です!」
これだけの品質のものがまだまだあるなら、ギルドにとって有益であるため逃がす手はないと彼女は笑顔で即答する。
「えっと、全部出してもいいですか?」
テオドールは闇魔法で収納してある薬類の量を思い出しながら質問する。あれらを全て出すとなるとカウンターからあふれてしまうかもしれないと思っていた。
「はい、お願いします!」
上質な素材の買い取りならばと再び受付嬢は即答する。
テオドールのバッグを見て、その収納量から推察してもそれほどにはならないだろうという予想のもとの答えである。
はたから見れば小遣い稼ぎをしている子どもにでも見えるため、マジックバッグなどのレアアイテムを持っているようには見えなかったのも理由の一つである。
「それじゃ……」
少し心配しつつも彼女がいいというのならとテオドールは言葉のとおり、薬草をカウンターに取り出していく。
「これと、これと、これも、あとこれと……」
「…………」
どんどん薬草が積みあがっていくのを見て、受付嬢は目を丸くしている。
「……えっ、ええええええぇっ!?」
ありえないほどの量の買い取りの申し出に、受付嬢は驚きの声とともに具体的な量を確認しなかった数秒前の自分のことを内心、強く責めていた。
「はい、これで……全部、です」
「あ、ありがとうございます」
最後の薬草が置き終わったところで、既にカウンターから零れ落ちそうである。それを彼女は傷つけまいと慌てて拾い上げる。
「それじゃ、次は毒草ですね」
「えっ? ――い、いやいや、ちょ、ちょっと待って下さい!」
焦った様子の受付嬢にそう言われ、どうしたのだろうかとテオドールは手を止めた。
「えっと、毒草はやっぱり買い取ってもらえないですか?」
先ほどまでの快諾から打って変わった様子の受付嬢を見て、テオドールは毒草は取り扱いが難しいためダメなのかと困った表情で再確認する。
「い、いえ、買取は問題ありません! そ、そうではなくて、ちょっと同じ量を出されるのであれば場所を移動させて下さい……誰か! 誰か買取品のチェックを手伝って下さい!」
彼女が声をかけると、奥の待機室から獣人の男性が現れる。
犬の獣人であるらしいことはわかるが、顔を覆うほどの大量の毛が伸びている。
「あ、レイク君。こちらの薬草の品質と枚数の確認をお願いします。全て買取希望とのことなので」
「うす……」
レイクと呼ばれた彼は不愛想に返事をすると、大きな籠に薬草を入れて別の場所へと移動していった。
動きはゆっくりだが丁寧に薬草を扱っているところを見たテオドールは、彼には安心して任せられるなと見ていた。
「それでは、こちらも確認を続けましょう。あちらに倉庫がありますので、そっちで行います!」
エルフの受付嬢はニコリと笑うと、テオドールを倉庫へと案内していく。
これほどの大量の買取は滅多にあることではないため、上機嫌の彼女は軽くステップを踏んでいた。
(可愛いな……)
その背中を追うテオドールは、そんなことを思っていた。
借金:3000万
所持金:0
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