鍛冶師×学生×大賢者~継承された記憶で、とんでもスローライフ!?~

かたなかじ

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第三十六話

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 ユーゴは融けた氷の牙を鍋からうつして瓶に入れると、ふたをして密閉する。


「さあ、ここからは錬金術師としての仕事だ。案内ありがとう、ミリエル。今度はミリエルの工房に行こう」

「え、えぇ、その前に何か飲み物を……」

「ミリエル様、どうぞこちらを」

 執事長は少しだけ早めに出て飲み物を用意していた。


「ありがとうございます」

 コップに注がれた水を一気に飲み干すと、執事長はすかさず二杯目を注ぎ、ミリエルはそれも一気に飲み干していた。


「はあ、生き返るわ……あらためてありがとうございました」

「いえいえ、お気になさらず。ユーゴ様もお飲みになりますか?」

 様子を見て最優先はミリエルだったため先に水を手渡したが、ユーゴの分のコップも用意されていた。


「いや、俺はいいよ。それよりも工房に行って作業を進めよう。ミリエル、行くぞ」

 暑さによる疲れを見せるミリエルだったが、アーシャのためと思うとユーゴの言葉に反抗するつもりはなかった。





 ミリエルの店の名前は工房だが、そこには作業場はなく別の場所に作業場が作られていた。

「ここが私の工房よ。ここの設備は好きに使ってもらって構わないわ。足りないものがあったら言ってくれれば用意するわね」

 ミリエルは自分用のエプロンを装着して、準備万端といった様子でいる。


「そうだなあ……まずは、竜蘭草の処理を頼めるか?」

「もちろんよ」 

 ミリエルの返事を確認すると、ユーゴは竜蘭草を取り出して作業台に乗せる。


「まず、この竜蘭草の特徴について説明しよう。これにはそもそも毒性がある。それを抜いていくことで使い物になるんだが、まず細かく切ったあとにすりつぶしてもらう。手袋をして、このナイフで切ったあとにこっちのすり鉢で細かくしてくれ。俺も一つ一緒にやるから見ながら頼む。そうそう、このマスクもつけてくれ」

 説明しながら、慣れた手つきでユーゴも同じ道具を出して作業を行っていく。

 ミリエルはいつもよりも真剣な表情でユーゴの作業を見つめながら失敗しないように注意をして作業を進める。


 竜蘭草には多くの繊維が含まれているため、すりつぶすのも一苦労である。

 そのため、竜蘭草の処理をしている二人は無口になって黙々と作業に没頭していた。


「――よし、これでいいだろ」

 念入りに粉々にすりつぶされたそれは、水分も飛ばされて鮮やかなエメラルドグリーンの粉末になっている。

「こっちも終わったわよ」

 ひと息つきながら顔を上げたミリエルの手元にある物も同様であり、完全に水分がとんだ竜蘭草の粉末が彼女の容器にも作られていた。


「そう、この状態を覚えていてくれ。粉末状になって水分が飛ぶとかなり毒性が抑えられる。これで二つの素材の下準備ができた」

 氷の牙を扱えるように融かし、竜蘭草をつぶして水分を飛ばして粉末状にする。


 そして、最後の材料となる回復量の多いポーションの出番となる。


「ポーションも俺が作ったのを使うとして、ここからの作業はかなり繊細なものになる。俺はできるけど、他の錬金術師となるとミリエル以外にはなかなか難しいかもしれないな」

 ユーゴは以前ミリエール工房で買い物をした時に、棚に並んでいる品々を確認していたが、どれも丁寧な仕事のあとがみられた。


「な、なんだかプレッシャーね。うまくできるといいのだけど……」

 少し頬を赤らめたミリエルは自身の仕事ぶりを褒められて嬉しい反面、プレッシャーものしかかっていた。


 竜蘭草の粉末は二人で作ったため、それなりの量が用意されている。ポーションにしても、ユーゴは複数本取り出していた。


 しかし最後の一つ、氷の牙に関してミリエルは不安を覚えていた。

 融かすことに成功して、瓶の中にいれたそれは決して豊富な量があるとは言えない。

 となれば、万が一失敗した場合、材料が足りずに作成不可能ということも考えられる。


「ミリエル。深呼吸をして落ち着くんだ。確かに繊細な作業になるけど、ミリエルならできる」

 いつになく真剣な表情のユーゴは彼女の肩に手を置いてしっかりと目を見つめながら声をかける。


「そ、そうかしら? ユーゴに言ってもらえるとなんだか自信が出てくるような……」

 最初は距離感にどきりとしたミリエルだが、次第に気持ちが落ち着いていくのを感じ取った。

 ユーゴはただ声をかけただけではなく、少しでも落ち着くように彼女に極微量の魔力を流していた。その魔力には、神経を落ち着かせる効果がこれまた極々微量にあるものを。


 ほとんどは気持ちの問題だったが、それを補助するための方法だった。


「よし、それじゃあ説明からするぞ。まずは融かした氷の牙を竜蘭草の粉末に数滴たらす」

 すると、ユーゴがつぶした竜蘭草の粉末が一気に水に包まれる。

「わ、わわわ! す、すごいわね! たった数滴だけで、これだけの量の粉末が全て水に覆われるなんて……」

 初めて見る調合反応にミリエルは驚いていた。


「ほらほら、驚いていないでミリエルもやってみるんだ」

「わ、わかったわ」

 ミリエルもユーゴと同様の作業を行っていく。同じ反応を見せたことに彼女はほっと小さく息を吐く。


「うん、いいな。それじゃあ次はこっちのポーションだ。そっちはとりあえずそのまま放置で大丈夫だ」

 テーブルの上に放置すると、今度はポーションを鍋に移して火にかける。


「いいか、沸騰するまでポーションを火にかける。だが、その時に魔力を流していくんだ」

 すると、ポーションの色が徐々に変化していく。ユーゴのポーションは元々濃い青をしていた。しかし、今は紫色に変化している。


「魔力が多すぎると黒に、少なすぎるとピンク色になる。このポーションの処置をしっかりと行うのが大事だ。ほら、やってみろ。魔力量は十段階で二ってところだ」

 感覚的でアバウトな説明だったが、ミリエルは頷くと渡されたポーションを別の火にかけて魔力を流していく。


 ゆっくりと魔力を流していくと沸騰する頃にはポーションの色が紫に変化していた。


「おぉ、一発で成功だ。火から外したポーションが落ち着いたら次の作業に移ろう。それまでは休憩だ」

 ポーションと水に包まれた竜蘭草をテーブルに置いておくと、大きく息を吐いたミリエルはぐったりとして椅子に身体を預ける。


「お、思った以上にきついわね。ちょっと、休むわ……」

 緊張感から解放され、疲労感に襲われたミリエルは目を瞑り、そのまま睡眠に落ちていった。






 一時間経過した頃にユーゴはミリエルを起こす。


「ふわあ、ごめんなさい。寝てしまったようね。まだ作業は大丈夫かしら?」

 とろんとした眼差しでゆっくりと周囲を確認したミリエルだったが、それまでしていたことを思い出してぱっとすぐにテーブルの上に視線を向け、材料がそのままであることを確認してからユーゴに質問する。


「あぁ、だから起こしたんだ。今日くらいの気温だと、時間にして一時間放置すれば十分馴染んでるはずだ。最後の作業にとりかかるが、大丈夫か?」

「えぇ、もちろんよ」

 笑顔のミリエルの返事に満足すると、ユーゴは自分が作った分の素材を手元に引き寄せる。


「いいか、こっちのポーションをもう一度火にかける。ただし、今度はさっきよりも弱い火でじっくりと温度をあげていく。一気に上げてしまうとせっかく馴染んだ魔力がとんでしまうから注意だ」

 ユーゴの説明を聞き漏らすまいと、ミリエルは真剣に聞いていく。


「そして、沸騰したらさっきの水に包まれた竜蘭草の粉末をポーションに少しずついれていく。一気にいれると過剰反応を起こすからこれまた注意が必要になる」


 ポーションがコポコポと音をたてるが、少し泡立つ程度で大きな反応は見られない。

 全て入れ終えたところで、ユーゴはポーションを火から外す。


「さて、ミリエルもやってみてくれ」

「了解」

 ミリエルも同じ手順で作業を行っていく。

 途中、竜蘭草の粉末を少し多めに入れてしまい、大きく泡立つことがあったが、それ以外は問題なく調合を完了する。


「それじゃあ、これが冷めたら最後の作業に移ろう」

 二人分の調合物を見ながら、ユーゴは再び休憩に入ろうとする。

「まだ何かあるのかしら?」

 最後の作業と聞いて、ミリエルは少々身構えてしまう。


「あぁ、一時間ほどで冷めるだろうから、そうしたら教えるよ」

 そう言うと、ユーゴはどこからか取り出した飲み物を飲みながらのんびりと時間が経過するのを待つことにした。
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