白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

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第二章 不死の魔女

第17話 赤毛の少女

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 不死の魔女は片腕で、易々とアルヴィンを持ち上げた。
 痩身の外見からは、とても想像できない膂力だ。

「くっ── !」

 自分の判断の甘さを、呪わずにはいられない。
 相手は、狡猾な魔女なのだ。
 不幸な被害者に見せかける擬態など、造作もなくやってのけるだろう。 
 メアリーは、哀れな獲物を睨みつける。

「あなた、スーキキョーの手下でしょ!!」
「ス、スーキ……?」

 その単語を理解するのに、半瞬の時間を要した。

 ── 枢機卿、だ。

 手下、という表現が適切であるかどうか。その判断はさておき、それは広い意味で言えば正しい。
 アルヴィンは聖職に叙階された者だ。
 そして枢機卿は教皇の顧問であり、実質的な教会の指導者だからだ。 
 だが、彼女が言わんとする手下、とは── おそらく、処刑人達のことではないか。
 それは、明確に違うと断言できる。
 彼にとっての不幸は、それを弁解したところで、この状況が一切改善しなさそうであることだった。

「皆に酷いことをして、許さない! わたしは、研究所には帰らないわよっ!」

 メアリーは怨嗟のこもった声で、言い放つ。
 魔女に断罪される覚えなどない。
 そして、研究所、という単語に、強い胸のざわめきを感じる。
 首を締め付ける手に、一段と力が込められた。

「答えて! この街にいるんでしょう!」
「……何がだ……っ!」

 アルヴィンは酸欠に喘ぎながら、呻く。

「ベラナとかいう、審問官よ!」
「ベ……ラ……?」

 なぜあの老人の名を、不死の魔女が口にするのか── 
 問いただす余裕などない。
 呼吸苦に加えて、精気を吸い取られるような、強烈な倦怠感が襲いかかったのだ。
 朦朧とし、暗やみの中へ意識を手放しそうになった、その時。

「アルヴィン! 頭を庇いなさい!」

 警告の声と同時に、銃声が響いた。
 次の瞬間、石畳の上に投げ出される。
 固い地面との抱擁を強制され、身体が悲鳴を上げた。
 かろうじて意識をつなぎ止めたアルヴィンは、痛みに顔を歪ませながら上体を起こした。

 メアリーは── 数メートル先に、吹き飛ばされていた。
 その背中には弾痕が、穿たれている。
 銃弾の威力は、無慈悲だ。 
 一切容赦のない破壊的な力の前に、常人であれば即死は免れないだろう……
 銃声がした方角には、拳銃を構えたエルシアと、短剣を手にしたアリシアの姿がある。

「先輩! どうしてここに……!?」
「まだ終わってないわよっ!」

 不吉なアリシアの言葉は、速やかに現実のものとなった。
 アルヴィンは、驚愕に目を見開いた。
 銃撃を受け、致命傷を受けたはずのメアリーが……ゆらりと、立ち上がったのだ。
 背中の傷口が、みるみるうちに癒えていく。
 それは、魔法か、呪いか。
 何であったにせよ、急速に危険が差し迫っていることに間違いない。 
 メアリーの怒声が、周囲の空気を震わせた。

「何するのよっ! お気に入りの服だったのに!!」 

 憤懣をぶつけるように、穴のあいたコートを脱ぎ捨てる。
 そんな言葉で、片付けられるような傷ではなかったはずだが……

 メアリーは、低く唸る。
 明らかに物理を無視した不合理な力によって、馬車がミシミシと軋みながら地面から浮かび上がった。
 少女が客車を、持ち上げたのである。
 それをあたかも小石でも投げるかのように、双子に向かって投擲する。

 派手な破壊音が、深夜の街の眠りを破った。
 騒音と木片をまき散らし、数回バウンドした客車は、街路樹のプラタナスを根元からへし折って、よくやく停止した。既に、原形を留めていない。

 アルヴィンは素早く周囲に視線を走らせる。
 双子は無事、だった。
 常識の枠内から飛び出した攻撃を、難なく躱したようである 
 そしてメアリーは、間を置くことなく次の攻撃を── いや、違う。
 脱兎のごとく、逃げだしていた。
 既にその背中は、視界の向こうへと消えつつある。

 アルヴィンは、唖然とするしかない。
 不利を悟って早々に逃げるとは、矜恃がないというか……どこまでも魔女らしくない、魔女だ。 
 メアリーの姿が見えなくなると、辺りに満ちていた魔法の気配が、急速に薄れはじめた。

「アルヴィン、怪我は?」

 駆け寄ってきたアリシアの手を借りて、立ち上がる。
 身体を痛打したせいで、あちこちが痛む。
 だが、行動に支障が出る程度ではない。

「僕は大丈夫です。それよりも、お二人はどうしてここに?」
「不死の魔女が出たと報せを受けて、追っていたのよ」
「そしてまた、取り逃がしたのです」
「違うわよ! アルヴィンの安全を優先しただけよっ」

 エルシアの冷静な指摘に、気色ばむアリシア。
 二人の会話を聞きながら、アルヴィンは地面に落ちたある物に目をとめた。
 それは、石畳の上にメアリーが捨てた、コートだった。
 そのポケットから、紙片が覗いている。
 アルヴィンは跪くと、それを拾い上げた。
 ── 新聞記事の、切り抜きだった。

「これは……」

 アルヴィンの表情が硬くなる。
 彼は双子に、真剣な眼差しを向ける。 
 直ぐにでも、確かめなくてはならなかった。

「お二人に、折り入ってお願いしたいことがあります」
「何よ、急にかしこまって。……どうせ、ろくな頼みじゃないんでしょ?」

 彼女の懸念は正しい。
 今からすることは、その人物から叱責されたとしても、何ら不思議のないことだ。

「直ぐにベラナ師に面会できるよう、口添えをお願いしたいのです」
「ベラナ師に……?」
「そうです。事態は、一刻を争います」

 アルヴィンの声は重々しい。
 通りの向こうから、けたましいサイレンの音が近づきつつあった。
 遅ればせながら、市警察が出動してきたのだろう。
 空は、うっすらと白み始めていた。


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