20 / 197
第二章 不死の魔女
第17話 赤毛の少女
しおりを挟む
不死の魔女は片腕で、易々とアルヴィンを持ち上げた。
痩身の外見からは、とても想像できない膂力だ。
「くっ── !」
自分の判断の甘さを、呪わずにはいられない。
相手は、狡猾な魔女なのだ。
不幸な被害者に見せかける擬態など、造作もなくやってのけるだろう。
メアリーは、哀れな獲物を睨みつける。
「あなた、スーキキョーの手下でしょ!!」
「ス、スーキ……?」
その単語を理解するのに、半瞬の時間を要した。
── 枢機卿、だ。
手下、という表現が適切であるかどうか。その判断はさておき、それは広い意味で言えば正しい。
アルヴィンは聖職に叙階された者だ。
そして枢機卿は教皇の顧問であり、実質的な教会の指導者だからだ。
だが、彼女が言わんとする手下、とは── おそらく、処刑人達のことではないか。
それは、明確に違うと断言できる。
彼にとっての不幸は、それを弁解したところで、この状況が一切改善しなさそうであることだった。
「皆に酷いことをして、許さない! わたしは、研究所には帰らないわよっ!」
メアリーは怨嗟のこもった声で、言い放つ。
魔女に断罪される覚えなどない。
そして、研究所、という単語に、強い胸のざわめきを感じる。
首を締め付ける手に、一段と力が込められた。
「答えて! この街にいるんでしょう!」
「……何がだ……っ!」
アルヴィンは酸欠に喘ぎながら、呻く。
「ベラナとかいう、審問官よ!」
「ベ……ラ……?」
なぜあの老人の名を、不死の魔女が口にするのか──
問いただす余裕などない。
呼吸苦に加えて、精気を吸い取られるような、強烈な倦怠感が襲いかかったのだ。
朦朧とし、暗やみの中へ意識を手放しそうになった、その時。
「アルヴィン! 頭を庇いなさい!」
警告の声と同時に、銃声が響いた。
次の瞬間、石畳の上に投げ出される。
固い地面との抱擁を強制され、身体が悲鳴を上げた。
かろうじて意識をつなぎ止めたアルヴィンは、痛みに顔を歪ませながら上体を起こした。
メアリーは── 数メートル先に、吹き飛ばされていた。
その背中には弾痕が、穿たれている。
銃弾の威力は、無慈悲だ。
一切容赦のない破壊的な力の前に、常人であれば即死は免れないだろう……
銃声がした方角には、拳銃を構えたエルシアと、短剣を手にしたアリシアの姿がある。
「先輩! どうしてここに……!?」
「まだ終わってないわよっ!」
不吉なアリシアの言葉は、速やかに現実のものとなった。
アルヴィンは、驚愕に目を見開いた。
銃撃を受け、致命傷を受けたはずのメアリーが……ゆらりと、立ち上がったのだ。
背中の傷口が、みるみるうちに癒えていく。
それは、魔法か、呪いか。
何であったにせよ、急速に危険が差し迫っていることに間違いない。
メアリーの怒声が、周囲の空気を震わせた。
「何するのよっ! お気に入りの服だったのに!!」
憤懣をぶつけるように、穴のあいたコートを脱ぎ捨てる。
そんな言葉で、片付けられるような傷ではなかったはずだが……
メアリーは、低く唸る。
明らかに物理を無視した不合理な力によって、馬車がミシミシと軋みながら地面から浮かび上がった。
少女が客車を、持ち上げたのである。
それをあたかも小石でも投げるかのように、双子に向かって投擲する。
派手な破壊音が、深夜の街の眠りを破った。
騒音と木片をまき散らし、数回バウンドした客車は、街路樹のプラタナスを根元からへし折って、よくやく停止した。既に、原形を留めていない。
アルヴィンは素早く周囲に視線を走らせる。
双子は無事、だった。
常識の枠内から飛び出した攻撃を、難なく躱したようである
そしてメアリーは、間を置くことなく次の攻撃を── いや、違う。
脱兎のごとく、逃げだしていた。
既にその背中は、視界の向こうへと消えつつある。
アルヴィンは、唖然とするしかない。
不利を悟って早々に逃げるとは、矜恃がないというか……どこまでも魔女らしくない、魔女だ。
メアリーの姿が見えなくなると、辺りに満ちていた魔法の気配が、急速に薄れはじめた。
「アルヴィン、怪我は?」
駆け寄ってきたアリシアの手を借りて、立ち上がる。
身体を痛打したせいで、あちこちが痛む。
だが、行動に支障が出る程度ではない。
「僕は大丈夫です。それよりも、お二人はどうしてここに?」
「不死の魔女が出たと報せを受けて、追っていたのよ」
「そしてまた、取り逃がしたのです」
「違うわよ! アルヴィンの安全を優先しただけよっ」
エルシアの冷静な指摘に、気色ばむアリシア。
二人の会話を聞きながら、アルヴィンは地面に落ちたある物に目をとめた。
それは、石畳の上にメアリーが捨てた、コートだった。
そのポケットから、紙片が覗いている。
アルヴィンは跪くと、それを拾い上げた。
── 新聞記事の、切り抜きだった。
「これは……」
アルヴィンの表情が硬くなる。
彼は双子に、真剣な眼差しを向ける。
直ぐにでも、確かめなくてはならなかった。
「お二人に、折り入ってお願いしたいことがあります」
「何よ、急にかしこまって。……どうせ、ろくな頼みじゃないんでしょ?」
彼女の懸念は正しい。
今からすることは、その人物から叱責されたとしても、何ら不思議のないことだ。
「直ぐにベラナ師に面会できるよう、口添えをお願いしたいのです」
「ベラナ師に……?」
「そうです。事態は、一刻を争います」
アルヴィンの声は重々しい。
通りの向こうから、けたましいサイレンの音が近づきつつあった。
遅ればせながら、市警察が出動してきたのだろう。
空は、うっすらと白み始めていた。
痩身の外見からは、とても想像できない膂力だ。
「くっ── !」
自分の判断の甘さを、呪わずにはいられない。
相手は、狡猾な魔女なのだ。
不幸な被害者に見せかける擬態など、造作もなくやってのけるだろう。
メアリーは、哀れな獲物を睨みつける。
「あなた、スーキキョーの手下でしょ!!」
「ス、スーキ……?」
その単語を理解するのに、半瞬の時間を要した。
── 枢機卿、だ。
手下、という表現が適切であるかどうか。その判断はさておき、それは広い意味で言えば正しい。
アルヴィンは聖職に叙階された者だ。
そして枢機卿は教皇の顧問であり、実質的な教会の指導者だからだ。
だが、彼女が言わんとする手下、とは── おそらく、処刑人達のことではないか。
それは、明確に違うと断言できる。
彼にとっての不幸は、それを弁解したところで、この状況が一切改善しなさそうであることだった。
「皆に酷いことをして、許さない! わたしは、研究所には帰らないわよっ!」
メアリーは怨嗟のこもった声で、言い放つ。
魔女に断罪される覚えなどない。
そして、研究所、という単語に、強い胸のざわめきを感じる。
首を締め付ける手に、一段と力が込められた。
「答えて! この街にいるんでしょう!」
「……何がだ……っ!」
アルヴィンは酸欠に喘ぎながら、呻く。
「ベラナとかいう、審問官よ!」
「ベ……ラ……?」
なぜあの老人の名を、不死の魔女が口にするのか──
問いただす余裕などない。
呼吸苦に加えて、精気を吸い取られるような、強烈な倦怠感が襲いかかったのだ。
朦朧とし、暗やみの中へ意識を手放しそうになった、その時。
「アルヴィン! 頭を庇いなさい!」
警告の声と同時に、銃声が響いた。
次の瞬間、石畳の上に投げ出される。
固い地面との抱擁を強制され、身体が悲鳴を上げた。
かろうじて意識をつなぎ止めたアルヴィンは、痛みに顔を歪ませながら上体を起こした。
メアリーは── 数メートル先に、吹き飛ばされていた。
その背中には弾痕が、穿たれている。
銃弾の威力は、無慈悲だ。
一切容赦のない破壊的な力の前に、常人であれば即死は免れないだろう……
銃声がした方角には、拳銃を構えたエルシアと、短剣を手にしたアリシアの姿がある。
「先輩! どうしてここに……!?」
「まだ終わってないわよっ!」
不吉なアリシアの言葉は、速やかに現実のものとなった。
アルヴィンは、驚愕に目を見開いた。
銃撃を受け、致命傷を受けたはずのメアリーが……ゆらりと、立ち上がったのだ。
背中の傷口が、みるみるうちに癒えていく。
それは、魔法か、呪いか。
何であったにせよ、急速に危険が差し迫っていることに間違いない。
メアリーの怒声が、周囲の空気を震わせた。
「何するのよっ! お気に入りの服だったのに!!」
憤懣をぶつけるように、穴のあいたコートを脱ぎ捨てる。
そんな言葉で、片付けられるような傷ではなかったはずだが……
メアリーは、低く唸る。
明らかに物理を無視した不合理な力によって、馬車がミシミシと軋みながら地面から浮かび上がった。
少女が客車を、持ち上げたのである。
それをあたかも小石でも投げるかのように、双子に向かって投擲する。
派手な破壊音が、深夜の街の眠りを破った。
騒音と木片をまき散らし、数回バウンドした客車は、街路樹のプラタナスを根元からへし折って、よくやく停止した。既に、原形を留めていない。
アルヴィンは素早く周囲に視線を走らせる。
双子は無事、だった。
常識の枠内から飛び出した攻撃を、難なく躱したようである
そしてメアリーは、間を置くことなく次の攻撃を── いや、違う。
脱兎のごとく、逃げだしていた。
既にその背中は、視界の向こうへと消えつつある。
アルヴィンは、唖然とするしかない。
不利を悟って早々に逃げるとは、矜恃がないというか……どこまでも魔女らしくない、魔女だ。
メアリーの姿が見えなくなると、辺りに満ちていた魔法の気配が、急速に薄れはじめた。
「アルヴィン、怪我は?」
駆け寄ってきたアリシアの手を借りて、立ち上がる。
身体を痛打したせいで、あちこちが痛む。
だが、行動に支障が出る程度ではない。
「僕は大丈夫です。それよりも、お二人はどうしてここに?」
「不死の魔女が出たと報せを受けて、追っていたのよ」
「そしてまた、取り逃がしたのです」
「違うわよ! アルヴィンの安全を優先しただけよっ」
エルシアの冷静な指摘に、気色ばむアリシア。
二人の会話を聞きながら、アルヴィンは地面に落ちたある物に目をとめた。
それは、石畳の上にメアリーが捨てた、コートだった。
そのポケットから、紙片が覗いている。
アルヴィンは跪くと、それを拾い上げた。
── 新聞記事の、切り抜きだった。
「これは……」
アルヴィンの表情が硬くなる。
彼は双子に、真剣な眼差しを向ける。
直ぐにでも、確かめなくてはならなかった。
「お二人に、折り入ってお願いしたいことがあります」
「何よ、急にかしこまって。……どうせ、ろくな頼みじゃないんでしょ?」
彼女の懸念は正しい。
今からすることは、その人物から叱責されたとしても、何ら不思議のないことだ。
「直ぐにベラナ師に面会できるよう、口添えをお願いしたいのです」
「ベラナ師に……?」
「そうです。事態は、一刻を争います」
アルヴィンの声は重々しい。
通りの向こうから、けたましいサイレンの音が近づきつつあった。
遅ればせながら、市警察が出動してきたのだろう。
空は、うっすらと白み始めていた。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる