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第二章 不死の魔女
第19話 仮面舞踏会への誘い 1
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夜の八時を過ぎて、公会堂には参加者が続々と集まりつつあった。
既に会場には、百人を超える男女の姿がある。
仮面舞踏会に参加するなど、もちろんアルヴィンは初めての経験だ。
ホールに満ちた異様な空気に、目を見張る。
華やかなドレスに、仮面を着けた者。異性装をした者、道化師のように全身を奇抜な装飾で仮装した者……彼らの服装は様々だ。
それらの参加者を、豪奢なシャンデリアの灯りが照らしている。
オーケストラによる優雅な演奏を聞き流しながら、アルヴィンは会場を油断なく見回す。
── 既に不死の魔女は、会場に入り込んでいるかもしれない。
だが仮装した者の中から、赤毛の少女を見出すことは、至難の業だ。
アルヴィンは壁際に立ち、身じろぎした。
場になじむため、今は着慣れた祭服姿ではない。
目元を覆う黒のマスクに、やや窮屈なテールコートを着ている。
それは今朝、貸し衣装屋から急遽借りたものだ。
少々サイズが合わないのは、目を瞑るしかない。
「あいつは、本当に来るんでしょうね?」
そう言いながら近づくアリシアも、ドレス姿である。
彼女はブロンドの髪をフルアップにして、銀の髪飾りで纏めていた。
アリシアはラベンダー色の、エルシアは淡いピンク色の、露出の控えめなイブニングドレスを着ている。
顔には、蝶をモチーフにした、煌びやかなベネチアンマスクを着用していた。
双子の楚々とした立ち振る舞いと可憐さは、嫌でも周囲の目を惹く。
ただし会話の内容は、全く色気のないものだが……
「こんな大胆な作戦、よく思いついたものね」
「僕もそう思いますよ」
アルヴィンは小声で答えて、苦笑する。
── 一人でも死者が出れば、その時は君らの首で償ってもらう。
ベラナの言葉が、頭に甦る。
こんな危険極まりない作戦をよく提案したものだと、自分でも呆れる。
一歩間違えれば、粛正されかねないのだ。
そこに、エルシアが珍しく慌てた様子で駆け寄ってきた。
「……大変なのです! 審問官リベリオの姿が見えないのです」
「あいつ、こんな時にっ!?」
それを訊いて、アリシアが眉をつり上げた。
彼女とリベリオの相性は、お世辞にも良好だとは言い難い。
「いつ魔女が現れても、おかしくないのに! だから、あいつらは信用ならないのよっ」
仮面舞踏会には、アルヴィンと双子、そしてリベリオが潜入する予定だった。
参加者の中に紛れ込んでいる可能性は否定できないが── こんな時に、どこへ行ったというのか……
アリシアは怒りを抑えるように、拳を強く握る。
「あいつがいなくたって、問題ないわ。あたしたち姉妹で、駆逐してやるんですからっ」
「二度も逃がしたクセに、何を偉そうに。と、アルヴィンは思っていることでしょう」
「思ってませんよっ!」
心中を見透かすような目を向けるエルシアに、アルヴィンは思わず叫ぶ。
不安がない、と言えば確かに噓になるが……
アリシアの苛立ちが、自分に向かうようなキラーパスは、是非とも止めてもらいたい。
だが幸いなことに、彼女には聞こえていなかったのか……気分を害した様子もなく、妙に自信ありげな顔で宣言したのだ。
「心配しなくたっていいわよ! 奴を駆逐する手立てなら、昨夜の戦いで、看破したんだから!」
アルヴィンは、問い返さずにはいられない。
「不死の魔女を駆逐する方法……それは、どんな手段ですか?」
「簡単なことよ。不死の力で回復するのなら、それを上回る打撃を与えればいいだけ。ほら、簡単でしょ?」
「そして、私たちなら可能なのです」
アルヴィンは、エルシアがチェロのケースを背負っていることに気づいた。
無論、その中身は── 楽器、などではないだろう。
物騒な獲物が収納されているに違いない。
双子は、不死の魔女を駆逐できると、微塵も疑ってはいないようだ。
だがアルヴィンは、彼女らほど楽観的にはなれない。
「魔女相手に、無茶は禁物です」
「何を言ってるのよ! あの首切りのベラナ相手に、早朝、こんな作戦を意見するあなただって、十分無茶じゃない」
アリシアは唇をとがらせて反論する。
「それにこんな事、学院時代は、しょっちゅうだったでしょ?」
「格闘訓練で教官の顎を割ったり、教室を火薬で吹き飛ばしたことを思えば、この程度は、無茶にもならないのです」
「それ、全部やらかしたのは先輩方です! 僕までなぜか巻き込まれて面責されて……。とにかく、あの頃とは違うんです!」
表情の硬いアルヴィンに、アリシアはやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。
「同じよ。変わってないわよ」
「そうなのです。あなたが、世界の悩みを一人でしょいこんだような顔をしているのは、相変わらずなのです」
彼に向けられたエルシアの視線は、静かなものへと変わっていた。
心に秘めた、秘密まで見透かすような瞳だ。
アルヴィンは、ハッと我に返る。
「……まあ、何が言いたいかというと。一人で抱え込まずに、少しはあたしたちを頼りなさいってことよ。無茶もね、力を合わせれば、無茶でなくなるのよ」
少し照れくさげにアリシアは言い、エルシアも頷く。
「あなたはどう思ってるか知らないけど。あたしたちからしたら、大切な仲間なんですからね」
── アルヴィンの本当の目的を、双子が知るはずがない。
だが、彼女らなりに察して、気遣ってくれていたのだろう。
復讐のために一人で気負ってきたことが、急に恥ずかしく思えた。
二人を巻き込むことは、決してできないが……
「先輩方、ひとつお願いがあるのですが?」
アルヴィンは、そう切り出した。
リベリオがいない今の状況は、むしろ好都合と言えるかもしれなかった。
「不死の魔女に、問いただしたいことがあるんです。時間は取らせません。それまで、手出しを控えていただけませんか?」
見習いが審問官に、魔女の駆逐を待ってくれ、と頼むのは、非常識極まりない頼みだっただろう。
アリシアは沈黙し……ややあって、ため息をついた。
「……いいわ。ただし、あたしが危険だと判断したら、即駆逐するわよ。それで、異存はないわね?」
理由も訊かずに受け入れてくれたアリシアに、アルヴィンは心から感謝する。
礼を伝えようとして── 場内の空気が、不気味にゆらいだ。
弾かれたように、彼は視線を走らせる。
双子も同じだ。
会場のざわめきが、変質していた。
喧噪が、より硬質なものへと変わる。
オーケストラの演奏が、唐突に止んだ。
そして次の瞬間、ヒキガエルを踏み潰したような、聞き苦しい悲鳴が響き渡ったのだ。
既に会場には、百人を超える男女の姿がある。
仮面舞踏会に参加するなど、もちろんアルヴィンは初めての経験だ。
ホールに満ちた異様な空気に、目を見張る。
華やかなドレスに、仮面を着けた者。異性装をした者、道化師のように全身を奇抜な装飾で仮装した者……彼らの服装は様々だ。
それらの参加者を、豪奢なシャンデリアの灯りが照らしている。
オーケストラによる優雅な演奏を聞き流しながら、アルヴィンは会場を油断なく見回す。
── 既に不死の魔女は、会場に入り込んでいるかもしれない。
だが仮装した者の中から、赤毛の少女を見出すことは、至難の業だ。
アルヴィンは壁際に立ち、身じろぎした。
場になじむため、今は着慣れた祭服姿ではない。
目元を覆う黒のマスクに、やや窮屈なテールコートを着ている。
それは今朝、貸し衣装屋から急遽借りたものだ。
少々サイズが合わないのは、目を瞑るしかない。
「あいつは、本当に来るんでしょうね?」
そう言いながら近づくアリシアも、ドレス姿である。
彼女はブロンドの髪をフルアップにして、銀の髪飾りで纏めていた。
アリシアはラベンダー色の、エルシアは淡いピンク色の、露出の控えめなイブニングドレスを着ている。
顔には、蝶をモチーフにした、煌びやかなベネチアンマスクを着用していた。
双子の楚々とした立ち振る舞いと可憐さは、嫌でも周囲の目を惹く。
ただし会話の内容は、全く色気のないものだが……
「こんな大胆な作戦、よく思いついたものね」
「僕もそう思いますよ」
アルヴィンは小声で答えて、苦笑する。
── 一人でも死者が出れば、その時は君らの首で償ってもらう。
ベラナの言葉が、頭に甦る。
こんな危険極まりない作戦をよく提案したものだと、自分でも呆れる。
一歩間違えれば、粛正されかねないのだ。
そこに、エルシアが珍しく慌てた様子で駆け寄ってきた。
「……大変なのです! 審問官リベリオの姿が見えないのです」
「あいつ、こんな時にっ!?」
それを訊いて、アリシアが眉をつり上げた。
彼女とリベリオの相性は、お世辞にも良好だとは言い難い。
「いつ魔女が現れても、おかしくないのに! だから、あいつらは信用ならないのよっ」
仮面舞踏会には、アルヴィンと双子、そしてリベリオが潜入する予定だった。
参加者の中に紛れ込んでいる可能性は否定できないが── こんな時に、どこへ行ったというのか……
アリシアは怒りを抑えるように、拳を強く握る。
「あいつがいなくたって、問題ないわ。あたしたち姉妹で、駆逐してやるんですからっ」
「二度も逃がしたクセに、何を偉そうに。と、アルヴィンは思っていることでしょう」
「思ってませんよっ!」
心中を見透かすような目を向けるエルシアに、アルヴィンは思わず叫ぶ。
不安がない、と言えば確かに噓になるが……
アリシアの苛立ちが、自分に向かうようなキラーパスは、是非とも止めてもらいたい。
だが幸いなことに、彼女には聞こえていなかったのか……気分を害した様子もなく、妙に自信ありげな顔で宣言したのだ。
「心配しなくたっていいわよ! 奴を駆逐する手立てなら、昨夜の戦いで、看破したんだから!」
アルヴィンは、問い返さずにはいられない。
「不死の魔女を駆逐する方法……それは、どんな手段ですか?」
「簡単なことよ。不死の力で回復するのなら、それを上回る打撃を与えればいいだけ。ほら、簡単でしょ?」
「そして、私たちなら可能なのです」
アルヴィンは、エルシアがチェロのケースを背負っていることに気づいた。
無論、その中身は── 楽器、などではないだろう。
物騒な獲物が収納されているに違いない。
双子は、不死の魔女を駆逐できると、微塵も疑ってはいないようだ。
だがアルヴィンは、彼女らほど楽観的にはなれない。
「魔女相手に、無茶は禁物です」
「何を言ってるのよ! あの首切りのベラナ相手に、早朝、こんな作戦を意見するあなただって、十分無茶じゃない」
アリシアは唇をとがらせて反論する。
「それにこんな事、学院時代は、しょっちゅうだったでしょ?」
「格闘訓練で教官の顎を割ったり、教室を火薬で吹き飛ばしたことを思えば、この程度は、無茶にもならないのです」
「それ、全部やらかしたのは先輩方です! 僕までなぜか巻き込まれて面責されて……。とにかく、あの頃とは違うんです!」
表情の硬いアルヴィンに、アリシアはやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。
「同じよ。変わってないわよ」
「そうなのです。あなたが、世界の悩みを一人でしょいこんだような顔をしているのは、相変わらずなのです」
彼に向けられたエルシアの視線は、静かなものへと変わっていた。
心に秘めた、秘密まで見透かすような瞳だ。
アルヴィンは、ハッと我に返る。
「……まあ、何が言いたいかというと。一人で抱え込まずに、少しはあたしたちを頼りなさいってことよ。無茶もね、力を合わせれば、無茶でなくなるのよ」
少し照れくさげにアリシアは言い、エルシアも頷く。
「あなたはどう思ってるか知らないけど。あたしたちからしたら、大切な仲間なんですからね」
── アルヴィンの本当の目的を、双子が知るはずがない。
だが、彼女らなりに察して、気遣ってくれていたのだろう。
復讐のために一人で気負ってきたことが、急に恥ずかしく思えた。
二人を巻き込むことは、決してできないが……
「先輩方、ひとつお願いがあるのですが?」
アルヴィンは、そう切り出した。
リベリオがいない今の状況は、むしろ好都合と言えるかもしれなかった。
「不死の魔女に、問いただしたいことがあるんです。時間は取らせません。それまで、手出しを控えていただけませんか?」
見習いが審問官に、魔女の駆逐を待ってくれ、と頼むのは、非常識極まりない頼みだっただろう。
アリシアは沈黙し……ややあって、ため息をついた。
「……いいわ。ただし、あたしが危険だと判断したら、即駆逐するわよ。それで、異存はないわね?」
理由も訊かずに受け入れてくれたアリシアに、アルヴィンは心から感謝する。
礼を伝えようとして── 場内の空気が、不気味にゆらいだ。
弾かれたように、彼は視線を走らせる。
双子も同じだ。
会場のざわめきが、変質していた。
喧噪が、より硬質なものへと変わる。
オーケストラの演奏が、唐突に止んだ。
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