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第三章 凶音の魔女
第25話 秘密と嘘
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月明かりが、夜の底を青白く照らしている。
その施設は、静けさの中に沈んでいた。世界の終わりが訪れたとでも錯覚するような、濃い静寂の支配下にある。
夜半、教会を抜けだしたアルヴィンの姿は、中央図書館にあった。
当然、この時間帯は閉館されており、人影を見出すことはできない。だが、裏手にある通用口の鍵は開いていた。
……ここにも、彼女の協力者がいるのだろう。
扉を開け、館内に入る。
中は薄暗い。蔵書を収めた無数の書架が並ぶ。
彼女を探す手間は、それほどかからなかった。
入り口にほど近い、窓際の閲覧机。そこに腰掛けた彼女の足元に、月明かりが落ちていた。
「珍しいじゃない、あなたから呼び出すだなんて」
机に肩肘をついて、クリスティーは彼を見やる。
往診の途中だったのだろう、白衣を羽織り、傍らに大きな手提げ鞄を置いている。
あでやかな美しさと同時に、秘めた強い意志を感じさせる瞳。それはどこか、月下美人の花を連想させた。
「……尾行は?」
「撒いたわよ」
彼女の行動は、処刑人らが厳重に監視していたに違いない。
だが、カフェでカプチーノでも注文するかのように、気安く言ってのける。
とは言え、それは無制限の安全を保障するものではない。
「手短に話す」
アルヴィンは口早に言葉を継いだ。
「ベラナが、処刑人に拘束された。上級審問官キーレイケラス、聞き覚えは?」
「あるわよ。執念深い男だわ」
クリスティーに、驚いた様子はない。
艶やかなダークブロンドの髪先を触りながら、すらりと答える。
「では──凶音の魔女、は?」
彼女の手が、ぴたりと止まった。
今度は返答までに、僅かな間があった。
「……そんなセンスの欠片もないような二つ名は、誰が考えるのかしらね? 私を表現するなら、流麗の魔女か、慎みの魔女のほうが適当だと思わない?」
「君が、凶音の魔女なんだな?」
「そうよ」
その言葉に、アルヴィンは頭を殴られたような衝撃を覚えた。
静かに天井を見上げ、目を閉じる。
数瞬の間を置いて彼女に視線を戻した時、声は堅いものとなった。
「……十年前、父の死に関与したのか?」
「違う、と言ったら、信じてくれるのかしらね?」
「はぐらかさないでくれ!」
アルヴィンは苛立ちを隠せない。
彼女は胸元で腕を組むと、真剣な眼差しを向けた。その告白に、周囲の闇は一層濃さを増した。
「あの日、母と私は審問官と戦った。それは事実よ。……あなたの父アーロンの最期も見届けた」
思考が停止し、言葉を失う。
──審問官と戦い、父の最期を見届けた。
頭の中で数回反芻し、意味を呑み込み……アルヴィンの目に、怒りが満ちた。
「父を……なぜ、黙っていた!!」
叫びにも似た声が、館内の静寂を破る。
だが、クリスティーは動じない。彼女の浮かべた微笑みは、まるで氷のようだった。
「正直に話して、あなたから協力を引き出せるとは思えなかったわ。それだけよ」
「僕を、騙したのか?」
「魔女はね、自分に都合の悪い話はしないの。当然でしょう?」
「……事実だと言うのなら、君も父の仇だ」
アルヴィンは憮然として頭を振った。失望と怒りが、鉛のように重く渦巻いていた。
「そう。だったら、私を駆逐する?」
その挑発が彼女の本心なのか……アルヴィンには、確信が持てない。喉の奥から、声を絞り出す。
「──君との取引を、解消する」
吐き出された言葉は、苦渋に満ちていた。
駆逐する、とは言えなかった。
自分でも馬鹿らしいと思うが……心のどこかで、彼女を信じたい気持ちがあった。それが、魔女の仕掛けた罠だったとしても。
短い沈黙の後、クリスティーは花唇を開いた。
「私は止めない。あなたの好きにすることね」
二人が訣別するには、あまりにもあっさりとした、やりとりだった。
アルヴィンは身を翻すと、出口へと向かう。
彼女がいなくとも、一人でやり遂げる自信はある。処刑人らを出し抜き、老人から白き魔女の居場所を聞き出す……困難だが、自分にならできるはずだ。
扉の前に立つ。
彼女は明日、処刑人らに捕らわれるだろう。
アルヴィンは──審問官としての使命を、果たすだけだ。
それは、正しい選択か?
躊躇いが、足を止めさせた。
咄嗟に振り返り、彼女の姿を暗がりの中に探す。
クリスティーは、まだアルヴィンを見ていた。
「一つ忠告しておく。……朝までに、この街から去れ」
「私は逃げないわ」
腕を組んだまま、クリスティーは決然と答える。
それ以上、二人が言葉を交わすことはなかった。
──翌朝、診療所を剣呑な武器の煌めきが包囲した。
その施設は、静けさの中に沈んでいた。世界の終わりが訪れたとでも錯覚するような、濃い静寂の支配下にある。
夜半、教会を抜けだしたアルヴィンの姿は、中央図書館にあった。
当然、この時間帯は閉館されており、人影を見出すことはできない。だが、裏手にある通用口の鍵は開いていた。
……ここにも、彼女の協力者がいるのだろう。
扉を開け、館内に入る。
中は薄暗い。蔵書を収めた無数の書架が並ぶ。
彼女を探す手間は、それほどかからなかった。
入り口にほど近い、窓際の閲覧机。そこに腰掛けた彼女の足元に、月明かりが落ちていた。
「珍しいじゃない、あなたから呼び出すだなんて」
机に肩肘をついて、クリスティーは彼を見やる。
往診の途中だったのだろう、白衣を羽織り、傍らに大きな手提げ鞄を置いている。
あでやかな美しさと同時に、秘めた強い意志を感じさせる瞳。それはどこか、月下美人の花を連想させた。
「……尾行は?」
「撒いたわよ」
彼女の行動は、処刑人らが厳重に監視していたに違いない。
だが、カフェでカプチーノでも注文するかのように、気安く言ってのける。
とは言え、それは無制限の安全を保障するものではない。
「手短に話す」
アルヴィンは口早に言葉を継いだ。
「ベラナが、処刑人に拘束された。上級審問官キーレイケラス、聞き覚えは?」
「あるわよ。執念深い男だわ」
クリスティーに、驚いた様子はない。
艶やかなダークブロンドの髪先を触りながら、すらりと答える。
「では──凶音の魔女、は?」
彼女の手が、ぴたりと止まった。
今度は返答までに、僅かな間があった。
「……そんなセンスの欠片もないような二つ名は、誰が考えるのかしらね? 私を表現するなら、流麗の魔女か、慎みの魔女のほうが適当だと思わない?」
「君が、凶音の魔女なんだな?」
「そうよ」
その言葉に、アルヴィンは頭を殴られたような衝撃を覚えた。
静かに天井を見上げ、目を閉じる。
数瞬の間を置いて彼女に視線を戻した時、声は堅いものとなった。
「……十年前、父の死に関与したのか?」
「違う、と言ったら、信じてくれるのかしらね?」
「はぐらかさないでくれ!」
アルヴィンは苛立ちを隠せない。
彼女は胸元で腕を組むと、真剣な眼差しを向けた。その告白に、周囲の闇は一層濃さを増した。
「あの日、母と私は審問官と戦った。それは事実よ。……あなたの父アーロンの最期も見届けた」
思考が停止し、言葉を失う。
──審問官と戦い、父の最期を見届けた。
頭の中で数回反芻し、意味を呑み込み……アルヴィンの目に、怒りが満ちた。
「父を……なぜ、黙っていた!!」
叫びにも似た声が、館内の静寂を破る。
だが、クリスティーは動じない。彼女の浮かべた微笑みは、まるで氷のようだった。
「正直に話して、あなたから協力を引き出せるとは思えなかったわ。それだけよ」
「僕を、騙したのか?」
「魔女はね、自分に都合の悪い話はしないの。当然でしょう?」
「……事実だと言うのなら、君も父の仇だ」
アルヴィンは憮然として頭を振った。失望と怒りが、鉛のように重く渦巻いていた。
「そう。だったら、私を駆逐する?」
その挑発が彼女の本心なのか……アルヴィンには、確信が持てない。喉の奥から、声を絞り出す。
「──君との取引を、解消する」
吐き出された言葉は、苦渋に満ちていた。
駆逐する、とは言えなかった。
自分でも馬鹿らしいと思うが……心のどこかで、彼女を信じたい気持ちがあった。それが、魔女の仕掛けた罠だったとしても。
短い沈黙の後、クリスティーは花唇を開いた。
「私は止めない。あなたの好きにすることね」
二人が訣別するには、あまりにもあっさりとした、やりとりだった。
アルヴィンは身を翻すと、出口へと向かう。
彼女がいなくとも、一人でやり遂げる自信はある。処刑人らを出し抜き、老人から白き魔女の居場所を聞き出す……困難だが、自分にならできるはずだ。
扉の前に立つ。
彼女は明日、処刑人らに捕らわれるだろう。
アルヴィンは──審問官としての使命を、果たすだけだ。
それは、正しい選択か?
躊躇いが、足を止めさせた。
咄嗟に振り返り、彼女の姿を暗がりの中に探す。
クリスティーは、まだアルヴィンを見ていた。
「一つ忠告しておく。……朝までに、この街から去れ」
「私は逃げないわ」
腕を組んだまま、クリスティーは決然と答える。
それ以上、二人が言葉を交わすことはなかった。
──翌朝、診療所を剣呑な武器の煌めきが包囲した。
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