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第三章 凶音の魔女
第26話 無礼な来訪者、再び 1
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早朝の診療所を、殺気が取り囲む。
朝日を受けて鈍い輝きを放ったのは、ライフル銃や刀剣である。
処刑人らはチェーンメイルを着込み、赤い十字が描かれた白色のサーコートを羽織っていた。
左手に大盾を持ち、さながら戦争用の装備だ。
「暗黒時代の装備なんて持ち出して、時代錯誤な連中なのですわ」
エルシアが処刑人らに、皮肉めいた視線を送った。祭服姿のアルヴィンらとは、実に対照的である。
今や診療所は、三十名近い審問官によって完全に包囲されていた。
「ネズミ一匹、外に漏らすな!」
キーレイケラスが、麾下の処刑人らに鋭く命令を飛ばす。男はアルヴィンらと同様、祭服姿だった。
「私が診療所に入り、言質を取る」
完全武装の処刑人らを前にして、男は冷淡な笑みを浮かべる。
それは、意外な宣言だった。
魔女を駆逐するためには、自らの意思で告白させる言質と、魔法の行使を確認する現認が必要だ。
──それが、言質と現認の原則だ。
その双方がなければ、審問官は駆逐を許されない。
凶音の魔女の現認は、既に審問官リベリオによって済まされていた。残された言質を、上級審問官が自ら取ってくるというのだ。
と、アルヴィンは薄い刃のような、鋭利な視線が向けられていることに気づいた。
その主は……他でもない、キーレイケラスだ。
「審問官見習いアルヴィン」
「……なんでしょうか?」
「同行を命じる」
「ぼ、僕がですか!?」
アルヴィンは思わず声を上げた。
「貴様は診療所に立ち入ったことがあるのだろう?案内をしろ」
確かに火の魔女事件の際、中に踏み込んだことがある。クリスティーを審問するためだ。
この男はそれを、ウルバノの報告書から知ったのか──
「審問官リベリオ!」
「はっ」
「十分して私が戻らなければ、診療所を焼け」
「承知」
正気を疑いたくなるような命令を、リベリオは躊躇なく受け入れた。その目に、禍々しい悪意の光がちらついたように見える。
「たった二人で、乗り込むつもりなのですか?」
エルシアは、嫌悪感に眉をしかめながら問う。その懸念は当然だ。
魔力の源泉は、月だ。
つまり日中、魔女は魔法を使うことができない。この時間帯であれば、少なくとも不意を突かれて首を飛ばされる心配はない。
だが……今から相対するのは、あの凶音の魔女なのだ。
「多勢で乗り込んだところで、足手まといが増えるだけだ」
「ですが……」
「行くぞ!」
これ以上の議論は不要、とばかりにキーレイケラスは背を向けた。
そのまま診療所へと歩き出す。
それが、作戦の始まりだった。アルヴィンは、後を追って駆けだした。
建て付けの悪い扉を開け、待合室へと入る。
壁紙がところどころ破れ、真ん中辺りにくたびれたソファーが鎮座している。
一ヶ月前、訪れた時のままだ。違いといえば、開院前で患者の姿がないことくらいか。
「どちらさまですか?」
受付から、ボブカットの少女が顔を出した。掃除中だったのだろう、箒とちり取りを手にしている。
エレンだ。彼女とは、診療所とプリムローズ・パークで二度顔を合わせたことがあった。
いずれも、アルヴィンに対する印象は、良好とはとても言えないものだったが……。
少女は彼の顔を見て怪訝な顔をし、隣に立つ隻眼の男に気づいて、ちり取りを落とした。
顔に緊張をみなぎらせた少女に、嘲りを込めた声が投げ打たれた。
「私は上級審問官キーレイケラスだ。クリスティー医師はどこか」
「……せ、先生とお約束は?」
「約束などない」
「それでは、お引き取りください。そ、早朝に突然来られて会わせろなど……非礼ではありませんか」
少女の声は、完全に上ずっていた。
だが、歴戦の上級審問官に毅然と反論した勇気に、アルヴィンは内心で感嘆した。
ただしそれは、男の狂気を止めるには、甚だ不足していたらしい。
銃口が、エレンの額に突きつけられた。
少女の表情が、即座に凍り付く。
「私が紳士的でいる間に、案内することだ」
無辜の民に拳銃を向けて脅す紳士など、聞いたことがない。それはむしろ、野獣と呼んだほうが相応しい。
「上級審問官キーレイケラス」
アルヴィンは拳銃に手を置くと、銃口を床に向けさせた。
「市民への脅迫は、教会法で禁じられています」
「こいつは卑劣な魔女の手先だ。何が悪いというのだ?」
青いことを言うなと言わんばかりに、男は嘲笑を浮かべる。
「卑怯者っ!!」
エレンは叫ぶと、キーレイケラスを睨みつけた。
「合理的と言って貰いたいものだな。さあ、時間は有限だ。案内しないというなら、考えがあるが?」
「知りません! 帰ってくださいっ」
「──朝から、何の騒ぎなのかしらね?」
うんざりとした、という表現がもっとも適当かもしれない。
待合室に、声が響いた。
五本の視線が向けられ……アルヴィンは、小さく呻いた。
彼女はやはり、逃げていなかったのだ。
朝日を受けて鈍い輝きを放ったのは、ライフル銃や刀剣である。
処刑人らはチェーンメイルを着込み、赤い十字が描かれた白色のサーコートを羽織っていた。
左手に大盾を持ち、さながら戦争用の装備だ。
「暗黒時代の装備なんて持ち出して、時代錯誤な連中なのですわ」
エルシアが処刑人らに、皮肉めいた視線を送った。祭服姿のアルヴィンらとは、実に対照的である。
今や診療所は、三十名近い審問官によって完全に包囲されていた。
「ネズミ一匹、外に漏らすな!」
キーレイケラスが、麾下の処刑人らに鋭く命令を飛ばす。男はアルヴィンらと同様、祭服姿だった。
「私が診療所に入り、言質を取る」
完全武装の処刑人らを前にして、男は冷淡な笑みを浮かべる。
それは、意外な宣言だった。
魔女を駆逐するためには、自らの意思で告白させる言質と、魔法の行使を確認する現認が必要だ。
──それが、言質と現認の原則だ。
その双方がなければ、審問官は駆逐を許されない。
凶音の魔女の現認は、既に審問官リベリオによって済まされていた。残された言質を、上級審問官が自ら取ってくるというのだ。
と、アルヴィンは薄い刃のような、鋭利な視線が向けられていることに気づいた。
その主は……他でもない、キーレイケラスだ。
「審問官見習いアルヴィン」
「……なんでしょうか?」
「同行を命じる」
「ぼ、僕がですか!?」
アルヴィンは思わず声を上げた。
「貴様は診療所に立ち入ったことがあるのだろう?案内をしろ」
確かに火の魔女事件の際、中に踏み込んだことがある。クリスティーを審問するためだ。
この男はそれを、ウルバノの報告書から知ったのか──
「審問官リベリオ!」
「はっ」
「十分して私が戻らなければ、診療所を焼け」
「承知」
正気を疑いたくなるような命令を、リベリオは躊躇なく受け入れた。その目に、禍々しい悪意の光がちらついたように見える。
「たった二人で、乗り込むつもりなのですか?」
エルシアは、嫌悪感に眉をしかめながら問う。その懸念は当然だ。
魔力の源泉は、月だ。
つまり日中、魔女は魔法を使うことができない。この時間帯であれば、少なくとも不意を突かれて首を飛ばされる心配はない。
だが……今から相対するのは、あの凶音の魔女なのだ。
「多勢で乗り込んだところで、足手まといが増えるだけだ」
「ですが……」
「行くぞ!」
これ以上の議論は不要、とばかりにキーレイケラスは背を向けた。
そのまま診療所へと歩き出す。
それが、作戦の始まりだった。アルヴィンは、後を追って駆けだした。
建て付けの悪い扉を開け、待合室へと入る。
壁紙がところどころ破れ、真ん中辺りにくたびれたソファーが鎮座している。
一ヶ月前、訪れた時のままだ。違いといえば、開院前で患者の姿がないことくらいか。
「どちらさまですか?」
受付から、ボブカットの少女が顔を出した。掃除中だったのだろう、箒とちり取りを手にしている。
エレンだ。彼女とは、診療所とプリムローズ・パークで二度顔を合わせたことがあった。
いずれも、アルヴィンに対する印象は、良好とはとても言えないものだったが……。
少女は彼の顔を見て怪訝な顔をし、隣に立つ隻眼の男に気づいて、ちり取りを落とした。
顔に緊張をみなぎらせた少女に、嘲りを込めた声が投げ打たれた。
「私は上級審問官キーレイケラスだ。クリスティー医師はどこか」
「……せ、先生とお約束は?」
「約束などない」
「それでは、お引き取りください。そ、早朝に突然来られて会わせろなど……非礼ではありませんか」
少女の声は、完全に上ずっていた。
だが、歴戦の上級審問官に毅然と反論した勇気に、アルヴィンは内心で感嘆した。
ただしそれは、男の狂気を止めるには、甚だ不足していたらしい。
銃口が、エレンの額に突きつけられた。
少女の表情が、即座に凍り付く。
「私が紳士的でいる間に、案内することだ」
無辜の民に拳銃を向けて脅す紳士など、聞いたことがない。それはむしろ、野獣と呼んだほうが相応しい。
「上級審問官キーレイケラス」
アルヴィンは拳銃に手を置くと、銃口を床に向けさせた。
「市民への脅迫は、教会法で禁じられています」
「こいつは卑劣な魔女の手先だ。何が悪いというのだ?」
青いことを言うなと言わんばかりに、男は嘲笑を浮かべる。
「卑怯者っ!!」
エレンは叫ぶと、キーレイケラスを睨みつけた。
「合理的と言って貰いたいものだな。さあ、時間は有限だ。案内しないというなら、考えがあるが?」
「知りません! 帰ってくださいっ」
「──朝から、何の騒ぎなのかしらね?」
うんざりとした、という表現がもっとも適当かもしれない。
待合室に、声が響いた。
五本の視線が向けられ……アルヴィンは、小さく呻いた。
彼女はやはり、逃げていなかったのだ。
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