白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

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第三章 凶音の魔女

第28話 地下水牢の囚人 1

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 正午を、少し過ぎた頃。
 教会へ戻ったアルヴィンは、自室で待機していた。ベッドの上に身を投げ出し、じっと天井を見つめる。
 診療所での出来事を思い返すと、気分が重い。

 気持ちを切り替えようと、ガラス製の水差しを取る。コップに注ごうと傾け……荒々しく扉を叩く音が、手を止めさせた。
 訪問者は──リベリオ、だ。
 わざわざ訪室するとは、何の魂胆か……
 警戒するアルヴィンに、仮面の審問官は告げる。

「凶音の魔女を審問する。お前も同席しろ」
「……審問なら、終わったのではありませんか?」
「まだだ」

 リベリオの眼光と声が、粘着性の毒のように、まとわりついた。
 続いた言葉に、アルヴィンは声を呑む。

「教会の内部に、魔女に力を貸した背教者がいる。そいつが誰か、審問するのだ」



 地下へと続く階段は薄暗く、かび臭さが鼻をつく。
 一段降りる度に、陰湿さを増した。
 日中であるというのに、オイルランタンの明かりなしでは進むこともままならない。
 階段を降りて、突き当たりにある部屋。重い鉄製の扉を開けた先に、彼女は囚われていた。

 その部屋は、壁も床もごつごつとした石造りで、地下故に窓もない。
 そこは、水牢だった。
 ただし水位は、せいぜい踝の辺りだ。相当運が悪くない限り、ここで溺れ死ぬ心配はない。
 だが、座ることも、横たわることもできない。不快な冷たさの水に足をつけながら、じわじわと体力を削られるのだ。
 暗黒時代に使われた水牢が、未だに残されている……それがアルヴィンには驚きだった。

 二人は靴を履いたまま、水牢に入った。瞬く間に靴と祭服の裾が、重みを増す。 
 地下水を汲み上げたのだろう、水は身を切るような冷たさがある。
 クリスティーは、手と足に木製の枷をつけられていた。
 手ひどい暴力は受けてはいなさそうだが……その姿に、後ろめたさを感じずにはいられない。

「こんな素敵な部屋にご招待いただけるなんて、痛み入るわ」

 彼女の態度は囚われの者らしからぬ、ふてぶてしいものだ。毅然としていて、怯えの影は見出せない。
 その様子に、リベリオは不満げに唇を歪めた。

「減らず口はそれぐらいにしておけ。月が出ても、お前はここから逃げられんぞ」
「あら、どうしてかしら?」
「この部屋は、修道士が四半世紀をかけて石を積んだ牢だ。魔法の発動を制限する力がある」
「特等室には、変わりないということね」

 絶望的な事実を突きつけられても、クリスティーに動揺した様子はない。 

「それで、何のご用かしらね? 私はここを出た後に、どう仕返しをしてやろうかと考えるのに、忙しいのだけど」
「審問だ」
「もう、訊くことなんてないでしょう?」
「教会の内部に、お前に力を貸した犬がいるはずだ!」

 リベリオは、爬虫類めいた目をギラつかせると、ドスの利いた怒声を発した。

「そいつの名を言え」

 アルヴィンは男の隣で、身を固くした。 
 取引は、昨夜解消した。彼を庇う理由など、クリスティーにはない。
 彼女が事実を話せば、自分は即座に粛正されるだろう……
 クリスティーは、気だるさを隠しもせずに答える。  

「さあ? 知らないわね」

 空惚けた声が、牢内に響いた。
 彼女が、自分を庇う。……それは、予想だにしない展開だった。
 不快そうに鼻を鳴らすと、リベリオは祭服から何かを取り出した。

「アルヴィン」

 それは、短剣だ。アルヴィンの胸元へと押しつける。

「これで、奴の右耳を削いでこい」

 アルヴィンは、男の正気を疑った。狂気じみた命令に、反問せずにはいられない。 

「……審問官リベリオ。彼女は、白き魔女から譲歩を引き出すための、人質だと訊きましたが?」
「心配するな。片耳がなくなったところで、人質の価値は変わらん」

 その声は、強烈な毒気を含んでいた。度が過ぎているだけでなく、悪意に満ちあふれている。 

「それとも、不都合でも、あるのか?」

 猜疑の目が向けられる。男は、歯茎をむき出しにして笑った。

 視界の隅で、影が動いた。鉄製の扉の向こう側に、押し殺した殺気のようなものが渦巻いていることに気づく。
 リベリオは、処刑人を待機させているのだろう。命令を拒否した時、彼を即座に粛正するつもりか。

 ──アルヴィンに、選択肢はなかった。

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