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第三章 凶音の魔女
第29話 地下水牢の囚人 2
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リベリオの真意を悟って、アルヴィンは反吐が出そうな嫌悪感に襲われる。
クリスティーが彼の名を告白すれば、粛正する。しなければ、アルヴィンの手で拷問させる。拒否すれば……やはり粛正するつもりだろう。
あえて告発しなかった理由は、こうして私的に復讐を果たすためか──
この男は、兄に負けず劣らずのサディストらしい。
アルヴィンは鞘から短剣を抜くと、クリスティーの前に立った。
声の震えを、隠し通すことはできない。
「魔女クリスティー、答えなければ耳を削ぐ。内通者は、誰だ?」
内通者は、自分だ。
とんだ茶番劇に、アルヴィンは心中で自嘲せずにはおれない。
「知らないわ」
「知らないわけがないだろう!」
声を荒立てたアルヴィンの背中を、冷や汗が伝った。
彼女があくまで話さないつもりなら、刃を振るわなくてはならない。
クリスティーは覚悟を宿した目を向け、囁く。
「やりなさい」
「……何を、言うんだ……!」
苦渋に満ちた声を絞り出す。
彼女は身を挺して、アルヴィンを庇おうとしている。その意図が、まるで理解できなかった。
二人は仲間ではない。
それどころか彼女は、利己的な魔女であり、父の死にも関与した。
十年前のあの日、彼女は審問官と戦ったと話した。父アーロンの死を見届けた、とも。
なぜ、自分を庇おうとするのか──
「何をコソコソと話している!」
リベリオの苛立った声が、思考を中断させた。
アルヴィンは、意を決した。十年前の真相を、クリスティーにもう一度問う。
そのために── 彼女と共に、逃げる。
「……何の真似だ?」
リベリオの足元に、水しぶきが上がった。黒い水面に波紋が広がって行く。
アルヴィンが、短剣を投げ捨てたのだ。
「審問官リベリオ!」
鋭い声が、牢内に反響した。
それは──だが、アルヴィンのものではない。
小柄な人影が、牢内に勢いよく飛び込む。
「何事だ! 水を差すな!」
アルヴィンは目を見開いた。
リベリオが怒声を浴びせた相手は……エルシア、だったのだ。息を切らしながら、彼女は告げる。
「至急。上級審問官キーレイケラスが、呼んでいるのです」
「呼び出しだと?」
食事を中断された肉食獣さながらに、リベリオは粗暴な唸り声を上げる。
「偽りだったら、容赦せんぞ! 分かっているのだろうな、審問官エルシア?」
「いらぬ詮索をする前に、さっさと行くのがあなた自身のためですわ」
普段は温厚なエルシアの声は、薔薇の棘のように鋭い。
リベリオは顎に手をやった。暫しの間、牢内に沈黙が落ちる。
命令と目の前の獲物を天秤にかけ、目まぐるしく打算を巡らせているように見える。
やがて、男は口惜しげに言葉を吐き捨てた。
「命拾いしたようだな、アルヴィン。続きは後だ」
身を翻すと、リベリオは足早に水牢から立ち去る。
荒々しい足音が遠ざかり……完全に聞こえなくなって、ようやくアルヴィンは胸をなで下ろした。
危機を回避したことに、安堵せずにはいられなかった。それはあくまで、当面の、ではあったが……。
「アルヴィン、軽挙は禁物なのです」
水中に没した短剣に、エルシアは気づいたようだ。
何があったのか、事情を察したのだろう。その声は手厳しい。
「処刑人たちは、アルビオを掌握しているのです。あなた一人の力で、何ができるというのです?」
「……」
それは正論だ。
教会には、数十人の処刑人がいる。
よしんばリベリオを出し抜けたとしても……魔法を使えないクリスティーを連れてでは、教会を出ることすら叶わなかったかもしれない。
「審問官を目指すのなら、常に冷静さを失わないことです」
「すみません……」
恥じ入ったように、顔を伏せる。
少しでも彼女が遅かったなら──破滅的な結果となっていただろう。それは事実だ。
エルシアは数歩の距離を歩くと、アルヴィンのすぐ目の前に立った。軽く見上げ、耳打ちする。
「今は、時を待つのです。事態を打開するために、動いている仲間がいるのです」
アルヴィンはハッとして、彼女の澄んだ海の色にも似た瞳を見る。
「どういうことですか……?」
「さあ、アルヴィン。行きますよ」
エルシアは、答えない。
そればかりか、そそくさと出口へと歩き始める。
「ま、待って下さい! どこに行くんですか」
「上級審問官の元にです」
彼女は振り返ることなく言う。
その不吉な響きは、アルヴィンに、隻眼の男の顔を思い浮かばせる。
「あなたを呼んでいるのです」
「上級審問官が……僕も、ですか?」
訝しい顔をしたアルヴィンに、エルシアは小さく頷く。
「そうなのです。ただし、上級審問官ベラナが、あなたを呼んでいるのです」
──去り際に、アルヴィンはクリスティーを一瞥した。
薄暗い牢内、冷たい水の中に彼女は佇む。普段は不敵で弱さを感じさせない瞳に、はかなげな色が揺れたように見えた。
クリスティーが彼の名を告白すれば、粛正する。しなければ、アルヴィンの手で拷問させる。拒否すれば……やはり粛正するつもりだろう。
あえて告発しなかった理由は、こうして私的に復讐を果たすためか──
この男は、兄に負けず劣らずのサディストらしい。
アルヴィンは鞘から短剣を抜くと、クリスティーの前に立った。
声の震えを、隠し通すことはできない。
「魔女クリスティー、答えなければ耳を削ぐ。内通者は、誰だ?」
内通者は、自分だ。
とんだ茶番劇に、アルヴィンは心中で自嘲せずにはおれない。
「知らないわ」
「知らないわけがないだろう!」
声を荒立てたアルヴィンの背中を、冷や汗が伝った。
彼女があくまで話さないつもりなら、刃を振るわなくてはならない。
クリスティーは覚悟を宿した目を向け、囁く。
「やりなさい」
「……何を、言うんだ……!」
苦渋に満ちた声を絞り出す。
彼女は身を挺して、アルヴィンを庇おうとしている。その意図が、まるで理解できなかった。
二人は仲間ではない。
それどころか彼女は、利己的な魔女であり、父の死にも関与した。
十年前のあの日、彼女は審問官と戦ったと話した。父アーロンの死を見届けた、とも。
なぜ、自分を庇おうとするのか──
「何をコソコソと話している!」
リベリオの苛立った声が、思考を中断させた。
アルヴィンは、意を決した。十年前の真相を、クリスティーにもう一度問う。
そのために── 彼女と共に、逃げる。
「……何の真似だ?」
リベリオの足元に、水しぶきが上がった。黒い水面に波紋が広がって行く。
アルヴィンが、短剣を投げ捨てたのだ。
「審問官リベリオ!」
鋭い声が、牢内に反響した。
それは──だが、アルヴィンのものではない。
小柄な人影が、牢内に勢いよく飛び込む。
「何事だ! 水を差すな!」
アルヴィンは目を見開いた。
リベリオが怒声を浴びせた相手は……エルシア、だったのだ。息を切らしながら、彼女は告げる。
「至急。上級審問官キーレイケラスが、呼んでいるのです」
「呼び出しだと?」
食事を中断された肉食獣さながらに、リベリオは粗暴な唸り声を上げる。
「偽りだったら、容赦せんぞ! 分かっているのだろうな、審問官エルシア?」
「いらぬ詮索をする前に、さっさと行くのがあなた自身のためですわ」
普段は温厚なエルシアの声は、薔薇の棘のように鋭い。
リベリオは顎に手をやった。暫しの間、牢内に沈黙が落ちる。
命令と目の前の獲物を天秤にかけ、目まぐるしく打算を巡らせているように見える。
やがて、男は口惜しげに言葉を吐き捨てた。
「命拾いしたようだな、アルヴィン。続きは後だ」
身を翻すと、リベリオは足早に水牢から立ち去る。
荒々しい足音が遠ざかり……完全に聞こえなくなって、ようやくアルヴィンは胸をなで下ろした。
危機を回避したことに、安堵せずにはいられなかった。それはあくまで、当面の、ではあったが……。
「アルヴィン、軽挙は禁物なのです」
水中に没した短剣に、エルシアは気づいたようだ。
何があったのか、事情を察したのだろう。その声は手厳しい。
「処刑人たちは、アルビオを掌握しているのです。あなた一人の力で、何ができるというのです?」
「……」
それは正論だ。
教会には、数十人の処刑人がいる。
よしんばリベリオを出し抜けたとしても……魔法を使えないクリスティーを連れてでは、教会を出ることすら叶わなかったかもしれない。
「審問官を目指すのなら、常に冷静さを失わないことです」
「すみません……」
恥じ入ったように、顔を伏せる。
少しでも彼女が遅かったなら──破滅的な結果となっていただろう。それは事実だ。
エルシアは数歩の距離を歩くと、アルヴィンのすぐ目の前に立った。軽く見上げ、耳打ちする。
「今は、時を待つのです。事態を打開するために、動いている仲間がいるのです」
アルヴィンはハッとして、彼女の澄んだ海の色にも似た瞳を見る。
「どういうことですか……?」
「さあ、アルヴィン。行きますよ」
エルシアは、答えない。
そればかりか、そそくさと出口へと歩き始める。
「ま、待って下さい! どこに行くんですか」
「上級審問官の元にです」
彼女は振り返ることなく言う。
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「あなたを呼んでいるのです」
「上級審問官が……僕も、ですか?」
訝しい顔をしたアルヴィンに、エルシアは小さく頷く。
「そうなのです。ただし、上級審問官ベラナが、あなたを呼んでいるのです」
──去り際に、アルヴィンはクリスティーを一瞥した。
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