38 / 197
第三章 凶音の魔女
第30話 秘密の花園
しおりを挟む
元、上級審問官ベラナは、教会内の自室に軟禁されている。
老人はアルビオ教区の最高責任者でもあった。地下への投獄を見送る程度の良識が、処刑人にもあったらしい。
ただし、三階にある部屋の前には、完全武装の見張りが二人、ぴたりと張りついていた。
正面から面会を求めたところで、認められはすまい。
どうやってベラナに会うのか──
「……ここは?」
エルシアに連れてこられた先を見て、アルヴィンは戸惑った。
そこは老人の部屋ではない。同じ階にある……女子トイレの前、だったのだ。
「中に入るのです」
「ちょ、ちょっと待ってくだい!」
アルヴィンは表情を凍り付かせた。
上級審問官ベラナに会うために、なぜ女子トイレに入る必要があるのか。非常時とはいえ、それではまるで……変態、ではないか。
語勢を強くして、アルヴィンは抗議する。
「僕は男ですよ!? ここは駄目ですよ!」
「見られると厄介なのです。つべこべ言わずに、入るのです!」
半ば尻を蹴飛ばされるようにして、アルヴィンは女子トイレに押し込まれた。
──入ってしまった。
極めて不本意ではあるが、男子禁制の地に足を踏み入れてしまった。アルヴィンは力が抜けたように、アンティーク調の白いタイルの上に跪く。
不幸中の幸いというべきか……トイレ内に、人影はない。
そこは、古びてはいるが清潔な印象だった。手前に二つの手洗いと、奥に三つの個室がある。
「処刑人が男だけだったのは、幸運でしたわ」
何が幸運だと言うのだろうか。失意のアルヴィンにはお構いなく、エルシアは奥の個室へとつかつかと歩く。
故障中、と張り紙されたドアを彼女は開けた。その内部は、何の変哲もないトイレである。
一見すれば、だが。
エルシアは奥に進むと、壁に軽く触れた。すると軽い金属音と共に壁板が外れ……人が四つん這いで通れるほどの、穴が顔をあらわしたのだ。
「これは……」
アルヴィンは目を見張った。隠し通路、である。
魔女との戦いが激しかった、暗黒時代。その頃に建てられた古い教会には、隠し部屋や通路があると噂を耳にしたことがある。
現物を目にしたのは、もちろん初めてだが──
「内部は少々複雑なのですけれど。ベラナ師の部屋とも繋がっているのです」
「……この通路を使って、先輩は上級審問官と接触していたんですか?」
「そうなのです。さあ、行きますわよ」
エルシアは個室の隅にあった、オイルランタンに火を灯した。それを手にして四つん這いになると、穴に潜り込む。
後に続こうとし──いや、できない。急にエルシアが戻ってきたのだ。
アルヴィンの顔に、緊張が走る。
「どうしたんですか? まさか……処刑人が?」
「違うのです」
祭服についたホコリを払いながら、彼女は表情を硬くする。
「アルヴィン、あなたが先に行くのです」
「僕が、ですか? どうしてです?」
突然の変更に、アルヴィンは首をかしげた。理由がさっぱりわからない。
もちろん進む先に危険があるのなら、先頭に立つつもりではいるが──
「内部は複雑だと訊きましたが……それだと、道を間違えませんか?」
アルヴィンの懸念に、なぜか祭服の裾を気にしながらエルシアは頬を赤らめた。
「いいから行くのです! 方向は後ろから指示するのです!」
気色ばんだ彼女に、また蹴飛ばされてはたまらない。
アルヴィンはそそくさと四つん這いになると、穴に入り込んだ。そこは閉所恐怖症であったなら、瞬時に悲鳴をあげそうなくらい狭い。
「ほんと、干し大根並に鈍い男ですわ」
背後からエルシアの悪態が耳に入るが……理不尽な非難を受けているような気がしてならない。
いや、それは深く考えてはいけないのだろう。アルヴィンは心を無にして、前に進むことだけに専念する。
通路は、どこまでも長い。オイルランタンの光が届かない先まで、ずっと続いているようだ。
「そこの壁を、強く押すのです」
分岐を数回曲がり、膝が悲鳴を上げ始めた頃、エルシアがそう指示した。
アルヴィンは言われた通りに壁を押す。ほとんど抵抗なく、壁板が外側に向けて倒れた。
同時に差し込んだ光の眩しさに、思わず目を細める。
「随分と遅いお出ましだな。審問官見習いアルヴィン?」
頭上から、聞き慣れた声が降ってきた。穴から顔を出した彼を見下ろすようにして、老人が立っていたのである。
こうしてアルヴィンは、処刑人らが思いもしないような裏口から、上級審問官ベラナと接触することに成功したのだ。
老人はアルビオ教区の最高責任者でもあった。地下への投獄を見送る程度の良識が、処刑人にもあったらしい。
ただし、三階にある部屋の前には、完全武装の見張りが二人、ぴたりと張りついていた。
正面から面会を求めたところで、認められはすまい。
どうやってベラナに会うのか──
「……ここは?」
エルシアに連れてこられた先を見て、アルヴィンは戸惑った。
そこは老人の部屋ではない。同じ階にある……女子トイレの前、だったのだ。
「中に入るのです」
「ちょ、ちょっと待ってくだい!」
アルヴィンは表情を凍り付かせた。
上級審問官ベラナに会うために、なぜ女子トイレに入る必要があるのか。非常時とはいえ、それではまるで……変態、ではないか。
語勢を強くして、アルヴィンは抗議する。
「僕は男ですよ!? ここは駄目ですよ!」
「見られると厄介なのです。つべこべ言わずに、入るのです!」
半ば尻を蹴飛ばされるようにして、アルヴィンは女子トイレに押し込まれた。
──入ってしまった。
極めて不本意ではあるが、男子禁制の地に足を踏み入れてしまった。アルヴィンは力が抜けたように、アンティーク調の白いタイルの上に跪く。
不幸中の幸いというべきか……トイレ内に、人影はない。
そこは、古びてはいるが清潔な印象だった。手前に二つの手洗いと、奥に三つの個室がある。
「処刑人が男だけだったのは、幸運でしたわ」
何が幸運だと言うのだろうか。失意のアルヴィンにはお構いなく、エルシアは奥の個室へとつかつかと歩く。
故障中、と張り紙されたドアを彼女は開けた。その内部は、何の変哲もないトイレである。
一見すれば、だが。
エルシアは奥に進むと、壁に軽く触れた。すると軽い金属音と共に壁板が外れ……人が四つん這いで通れるほどの、穴が顔をあらわしたのだ。
「これは……」
アルヴィンは目を見張った。隠し通路、である。
魔女との戦いが激しかった、暗黒時代。その頃に建てられた古い教会には、隠し部屋や通路があると噂を耳にしたことがある。
現物を目にしたのは、もちろん初めてだが──
「内部は少々複雑なのですけれど。ベラナ師の部屋とも繋がっているのです」
「……この通路を使って、先輩は上級審問官と接触していたんですか?」
「そうなのです。さあ、行きますわよ」
エルシアは個室の隅にあった、オイルランタンに火を灯した。それを手にして四つん這いになると、穴に潜り込む。
後に続こうとし──いや、できない。急にエルシアが戻ってきたのだ。
アルヴィンの顔に、緊張が走る。
「どうしたんですか? まさか……処刑人が?」
「違うのです」
祭服についたホコリを払いながら、彼女は表情を硬くする。
「アルヴィン、あなたが先に行くのです」
「僕が、ですか? どうしてです?」
突然の変更に、アルヴィンは首をかしげた。理由がさっぱりわからない。
もちろん進む先に危険があるのなら、先頭に立つつもりではいるが──
「内部は複雑だと訊きましたが……それだと、道を間違えませんか?」
アルヴィンの懸念に、なぜか祭服の裾を気にしながらエルシアは頬を赤らめた。
「いいから行くのです! 方向は後ろから指示するのです!」
気色ばんだ彼女に、また蹴飛ばされてはたまらない。
アルヴィンはそそくさと四つん這いになると、穴に入り込んだ。そこは閉所恐怖症であったなら、瞬時に悲鳴をあげそうなくらい狭い。
「ほんと、干し大根並に鈍い男ですわ」
背後からエルシアの悪態が耳に入るが……理不尽な非難を受けているような気がしてならない。
いや、それは深く考えてはいけないのだろう。アルヴィンは心を無にして、前に進むことだけに専念する。
通路は、どこまでも長い。オイルランタンの光が届かない先まで、ずっと続いているようだ。
「そこの壁を、強く押すのです」
分岐を数回曲がり、膝が悲鳴を上げ始めた頃、エルシアがそう指示した。
アルヴィンは言われた通りに壁を押す。ほとんど抵抗なく、壁板が外側に向けて倒れた。
同時に差し込んだ光の眩しさに、思わず目を細める。
「随分と遅いお出ましだな。審問官見習いアルヴィン?」
頭上から、聞き慣れた声が降ってきた。穴から顔を出した彼を見下ろすようにして、老人が立っていたのである。
こうしてアルヴィンは、処刑人らが思いもしないような裏口から、上級審問官ベラナと接触することに成功したのだ。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる