白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

文字の大きさ
40 / 197
第三章 凶音の魔女

第32話 紙の導き

しおりを挟む
 黄昏時を迎えた墓地に、人影はない。
 オレンジ色の夕日を受け、墓石とアルヴィンの影だけが長く伸びる。先を急ぎながら、彼はメモ紙に視線を落とした。

 北墓地一五番地一六五〇。それは、墓地の片隅にあった。
 だが墓石らしきものはなく、簡素に土が盛られているに過ぎない。誰の墓所であるのか、示すものは一切見当たらない。
 ただ、白ユリの花束と古びた黒い革表紙の聖書がかろうじて、ここに眠る者がいることを示唆するだけだ。

 膝を折ると、アルヴィンは沈痛な面持ちで墓を見た。
 なぜ老人は、墓参するように告げたのか──。祈りをささげるためだけでは、決してあるまい。
 答えを求めて、アルヴィンは聖書を手に取る。それは随所に書き込みのある、使い古されたものだった。几帳面な字は……メモ紙と、同じ筆跡である。

 ──これは、ベラナの聖書か。
 アルヴィンは軽い驚きを覚える。

「X KOL一〇一二一〇二五、X KOL一〇一二一〇二五……」

 メモ紙に記された後半部分を反芻しながら、考えを巡らせる。
 冒頭のXとKOLは、何を意味するのか。典礼言語ではXは”十”、KOLは”声”を意味するはずだが……

「十の、声? その後に、さらに数字か……一体どういう意味なんだ」

 アルヴィンは顎に手をやった。
 XとKOLが本当に典礼言語なのか、それとも何かの略称なのか、確信はない。最後の八つの数字にいたっては、出鱈目な羅列としか思えない。
 どう頭をひねっても、答えを見出すことはできなかった。

 太陽は没し、墓地に夜のとばりがおりつつあった。
 ここに来れば手がかりが得られると考えたのは、考えすぎだったのだろうか……
 嘆息すると、聖書を戻す。
 ふと──表紙の十字架が、目に入った。 

「……十字架」

 ハッとして、アルヴィンは手を止める。
 その瞬間、点と点が細い糸で繋がった。

「まさか……」

 それが、ただの勘違いに過ぎない可能性は、多いにある。
 一縷の望みを抱いてページをめくり……アルヴィンは、直感が正しかったことを確信した。難解なジグソーパズルの最後の一片がはまったかのように、急速に謎が氷解する。

「Xは数じゃない。十字架……聖書か!」

 アルヴィンの心臓は、早鐘を打った。
 Xは聖書を暗示する。それならば、KOLは──

「典礼言語ではなく……人名、Kolbelだ」

 アルヴィンは思わず口走る。
 コルベルは、教会の黎明期を支えた聖人の名だ。聖書には、彼の著した福音書がおさめられている。 
 それがコルベルの福音書、である。

 そして聖書は、章節番号によって区分される。即ち”X KOL一〇一二一〇二五”が指し示す意味とは──

「コルベルの福音書、十章十二節から十章二十五節だ」

 口に出しながら、震える手で聖書をめくる。
 そのページだけは、他とは違い書き込みがなされていなかった。代わりに、鉛筆で薄く丸がつけられた単語がある。

 それは──赤毛、復活、修道士、の三つだ。

「赤毛……」

 アルヴィンは、思わず言葉を呑んだ。
 あの少女の顔を思い出さずにはいられない。そして、復活。 
 アルビオには、コルベルに縁の深い修道院がある。
 それらの単語が指し示す意味とは──。アルヴィンの心は震えた。

「メアリーは生きている……修道院に、匿われて!」

 それが、ベラナの伝えたかったメッセージだったのだ。こんな手の込んだ形をとるとは……用心深い、あの老人らしい。
 アルヴィンは、聖書を閉じる。
 ベラナの思惑を、完全に理解しているわけではない。だがメアリーを保護し守る、その行動に間違いはないはずだ。

 アルヴィンは、眠る者のいない墓を後にする。
 その足取りは力強い。
 今は前に進むしかない。その先に、どんな真実が待っていたとしても。 




 コルベルの修道院は、北墓地からほど近い。歩いて十分もかかるまい。
 再会への期待は、だが、近づくにつれ不安に取って代わられた。
 風に乗って、焦げ臭い臭いが鼻をつく。
 一歩進む度に、不安が増大していく。 
 次第に臭いは濃厚となり、夜空が赤く焦げるのが目に入る。
 アルヴィンは呆然として足を止めた。

 修道院は炎に包まれ、炎上していた。
 
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~

スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」  悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!? 「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」  やかましぃやぁ。  ※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...