白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

文字の大きさ
41 / 197
第三章 凶音の魔女

第33話 真実は炎の中 1

しおりを挟む
 アルヴィンは燃えさかる修道院を前にして、立ち尽くす。 
 そこは修道士たちが共同生活を送る、静謐な祈りの場だ。荘厳な雰囲気のある教会と異なり、華美さはない。
 アルビオで、最も静穏であるはずの修道院は……今、赤々とした炎に包まれていた。

 暗闇の中、赤と黒のコントラストが激しく揺れる。
 そこに不吉なうごめきを見出して、アルヴィンは手近な建物の影に身を隠した。
 僅かに顔を覗かせ、様子を覗う。

 修道院の前に、松明を手にした数人の男の姿があった。顔の上半分は、白い仮面で覆われている。処刑人、である。
 そして、それを指揮するのは──リベリオだ。
 アルヴィンは固く唇を噛みしめた。
 何らかの手段で、先を越されたのは明白だった。

 二階建ての修道院は、既に屋根の上まで火が達していた。いくつかの窓は熱で割れ、炎と黒煙を吐き出している。彼女を救うことは、手遅れなのか……
 その時、まだ火の手のない窓を、ちらりと何者かが横切った。 
 アルヴィンの心臓は、驚きで激しく動悸した。不安げに逃げ惑うその人物は……赤毛、だったように見える。 
 
「くそっ……!」

 舌打ちすると、アルヴィンは近くの防火槽に走った。蓋を開け、水を汲む。そして頭からかぶり、祭服を濡らす。

 ──自分は、どうかしている。

 地面にしたたり落ちる水を見ながら、そう思わずにはいられない。
 今からやることは、自殺行為に等しい。
 彼女の姿は、ほんの一瞬見えただけだ。見間違いかもしれない。
 そんな頼りない情報だけで火中に飛び込むなど、正気の沙汰ではない。
 だが……見て見ぬ振りをすることは、できない。

 アルヴィンは、処刑人の監視が薄い裏手に廻った。深呼吸をすると、割れた窓から修道院の中へと飛び込む。
 そこは廊下だった。煙が充満し、耐えがたい熱気で満たされている。時間の猶予がないことは、明白だった。

「メアリー!」

 身を低くし、アルヴィンは叫ぶ。

「メアリー! いるのかっ!?」

 問いかけに、返事はない。
 火の粉が舞う中、アルヴィンは進み──僅かに、咳き込む音が耳を打った。
 アルヴィンは全神経を聴覚に集中する。
 その音は――奥の部屋からだ。

「誰かいるのかっ!?」

 扉を開いた先は、吹き抜けの広い空間である。奥に祭壇があり、手前には等間隔で礼拝用の椅子が並ぶ。
 ここにも煙が充満し、火が廻りつつあった。素早く視線を走らせ──アルヴィンは、息を呑む。

 聖堂の中程に、戸惑ったように立ちすくむ少女の姿があった。
 ハンチング帽を目深にかぶった、長髪の赤毛。見間違いようもない。 

「メアリー!!」

 アルヴィンは、声の限り叫んだ。
 
「あなたは……」

 メアリーは振り返ると、無遠慮にアルヴィンの顔を指さす。

「手下っ!」
「だから! 僕は、アルヴィン、だっ!」

 即座に怒鳴り返す。
 これと全く同じやりとりを、仮面舞踏会の会場で交わした気がする。だが不思議なことに腹立たしさよりも……笑みがこみ上げてくるのをアルヴィンは感じた。

「アル……? そう、あなたはいい手下だったわね!」

 腰に手を当てると、メアリーは妙に納得した顔で頷く。

「それも違う……! いや、今はこんなことをしている場合じゃないんだっ。逃げるぞっ!」
「後ろっ!」

 唐突に発せられた警告が、アルヴィンの命を救った。
 禍々しい殺気を帯びた白刃が、背後から振り下ろされたのだ。だがそれは、濃煙を切り裂いただけに終わる。
 咄嗟にアルヴィンは床に転がった。跳ね起き、凶刃の主に向けて視線を向ける。

 前方に、長剣を手にした処刑人がいた。
 祭服の裾を焦がしながら、まるで熱さなど忘却したかのように、冷然と立っていたのだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...