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第三章 凶音の魔女
第33話 真実は炎の中 1
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アルヴィンは燃えさかる修道院を前にして、立ち尽くす。
そこは修道士たちが共同生活を送る、静謐な祈りの場だ。荘厳な雰囲気のある教会と異なり、華美さはない。
アルビオで、最も静穏であるはずの修道院は……今、赤々とした炎に包まれていた。
暗闇の中、赤と黒のコントラストが激しく揺れる。
そこに不吉なうごめきを見出して、アルヴィンは手近な建物の影に身を隠した。
僅かに顔を覗かせ、様子を覗う。
修道院の前に、松明を手にした数人の男の姿があった。顔の上半分は、白い仮面で覆われている。処刑人、である。
そして、それを指揮するのは──リベリオだ。
アルヴィンは固く唇を噛みしめた。
何らかの手段で、先を越されたのは明白だった。
二階建ての修道院は、既に屋根の上まで火が達していた。いくつかの窓は熱で割れ、炎と黒煙を吐き出している。彼女を救うことは、手遅れなのか……
その時、まだ火の手のない窓を、ちらりと何者かが横切った。
アルヴィンの心臓は、驚きで激しく動悸した。不安げに逃げ惑うその人物は……赤毛、だったように見える。
「くそっ……!」
舌打ちすると、アルヴィンは近くの防火槽に走った。蓋を開け、水を汲む。そして頭からかぶり、祭服を濡らす。
──自分は、どうかしている。
地面にしたたり落ちる水を見ながら、そう思わずにはいられない。
今からやることは、自殺行為に等しい。
彼女の姿は、ほんの一瞬見えただけだ。見間違いかもしれない。
そんな頼りない情報だけで火中に飛び込むなど、正気の沙汰ではない。
だが……見て見ぬ振りをすることは、できない。
アルヴィンは、処刑人の監視が薄い裏手に廻った。深呼吸をすると、割れた窓から修道院の中へと飛び込む。
そこは廊下だった。煙が充満し、耐えがたい熱気で満たされている。時間の猶予がないことは、明白だった。
「メアリー!」
身を低くし、アルヴィンは叫ぶ。
「メアリー! いるのかっ!?」
問いかけに、返事はない。
火の粉が舞う中、アルヴィンは進み──僅かに、咳き込む音が耳を打った。
アルヴィンは全神経を聴覚に集中する。
その音は――奥の部屋からだ。
「誰かいるのかっ!?」
扉を開いた先は、吹き抜けの広い空間である。奥に祭壇があり、手前には等間隔で礼拝用の椅子が並ぶ。
ここにも煙が充満し、火が廻りつつあった。素早く視線を走らせ──アルヴィンは、息を呑む。
聖堂の中程に、戸惑ったように立ちすくむ少女の姿があった。
ハンチング帽を目深にかぶった、長髪の赤毛。見間違いようもない。
「メアリー!!」
アルヴィンは、声の限り叫んだ。
「あなたは……」
メアリーは振り返ると、無遠慮にアルヴィンの顔を指さす。
「手下っ!」
「だから! 僕は、アルヴィン、だっ!」
即座に怒鳴り返す。
これと全く同じやりとりを、仮面舞踏会の会場で交わした気がする。だが不思議なことに腹立たしさよりも……笑みがこみ上げてくるのをアルヴィンは感じた。
「アル……? そう、あなたはいい手下だったわね!」
腰に手を当てると、メアリーは妙に納得した顔で頷く。
「それも違う……! いや、今はこんなことをしている場合じゃないんだっ。逃げるぞっ!」
「後ろっ!」
唐突に発せられた警告が、アルヴィンの命を救った。
禍々しい殺気を帯びた白刃が、背後から振り下ろされたのだ。だがそれは、濃煙を切り裂いただけに終わる。
咄嗟にアルヴィンは床に転がった。跳ね起き、凶刃の主に向けて視線を向ける。
前方に、長剣を手にした処刑人がいた。
祭服の裾を焦がしながら、まるで熱さなど忘却したかのように、冷然と立っていたのだ。
そこは修道士たちが共同生活を送る、静謐な祈りの場だ。荘厳な雰囲気のある教会と異なり、華美さはない。
アルビオで、最も静穏であるはずの修道院は……今、赤々とした炎に包まれていた。
暗闇の中、赤と黒のコントラストが激しく揺れる。
そこに不吉なうごめきを見出して、アルヴィンは手近な建物の影に身を隠した。
僅かに顔を覗かせ、様子を覗う。
修道院の前に、松明を手にした数人の男の姿があった。顔の上半分は、白い仮面で覆われている。処刑人、である。
そして、それを指揮するのは──リベリオだ。
アルヴィンは固く唇を噛みしめた。
何らかの手段で、先を越されたのは明白だった。
二階建ての修道院は、既に屋根の上まで火が達していた。いくつかの窓は熱で割れ、炎と黒煙を吐き出している。彼女を救うことは、手遅れなのか……
その時、まだ火の手のない窓を、ちらりと何者かが横切った。
アルヴィンの心臓は、驚きで激しく動悸した。不安げに逃げ惑うその人物は……赤毛、だったように見える。
「くそっ……!」
舌打ちすると、アルヴィンは近くの防火槽に走った。蓋を開け、水を汲む。そして頭からかぶり、祭服を濡らす。
──自分は、どうかしている。
地面にしたたり落ちる水を見ながら、そう思わずにはいられない。
今からやることは、自殺行為に等しい。
彼女の姿は、ほんの一瞬見えただけだ。見間違いかもしれない。
そんな頼りない情報だけで火中に飛び込むなど、正気の沙汰ではない。
だが……見て見ぬ振りをすることは、できない。
アルヴィンは、処刑人の監視が薄い裏手に廻った。深呼吸をすると、割れた窓から修道院の中へと飛び込む。
そこは廊下だった。煙が充満し、耐えがたい熱気で満たされている。時間の猶予がないことは、明白だった。
「メアリー!」
身を低くし、アルヴィンは叫ぶ。
「メアリー! いるのかっ!?」
問いかけに、返事はない。
火の粉が舞う中、アルヴィンは進み──僅かに、咳き込む音が耳を打った。
アルヴィンは全神経を聴覚に集中する。
その音は――奥の部屋からだ。
「誰かいるのかっ!?」
扉を開いた先は、吹き抜けの広い空間である。奥に祭壇があり、手前には等間隔で礼拝用の椅子が並ぶ。
ここにも煙が充満し、火が廻りつつあった。素早く視線を走らせ──アルヴィンは、息を呑む。
聖堂の中程に、戸惑ったように立ちすくむ少女の姿があった。
ハンチング帽を目深にかぶった、長髪の赤毛。見間違いようもない。
「メアリー!!」
アルヴィンは、声の限り叫んだ。
「あなたは……」
メアリーは振り返ると、無遠慮にアルヴィンの顔を指さす。
「手下っ!」
「だから! 僕は、アルヴィン、だっ!」
即座に怒鳴り返す。
これと全く同じやりとりを、仮面舞踏会の会場で交わした気がする。だが不思議なことに腹立たしさよりも……笑みがこみ上げてくるのをアルヴィンは感じた。
「アル……? そう、あなたはいい手下だったわね!」
腰に手を当てると、メアリーは妙に納得した顔で頷く。
「それも違う……! いや、今はこんなことをしている場合じゃないんだっ。逃げるぞっ!」
「後ろっ!」
唐突に発せられた警告が、アルヴィンの命を救った。
禍々しい殺気を帯びた白刃が、背後から振り下ろされたのだ。だがそれは、濃煙を切り裂いただけに終わる。
咄嗟にアルヴィンは床に転がった。跳ね起き、凶刃の主に向けて視線を向ける。
前方に、長剣を手にした処刑人がいた。
祭服の裾を焦がしながら、まるで熱さなど忘却したかのように、冷然と立っていたのだ。
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