69 / 197
第四章 原初の魔女
第53話 処刑人もまた死す
しおりを挟む
白く細い指が、夜空に蒼い軌跡を描いた。
虚空に浮かんだ水の槍が、一斉に動く。それは相手に回避の暇を与えない。
重装騎兵の突撃のごとく殺到し、あっさりと巨人の頭部を吹き飛ばした。
「……我が伯母ながら、悪趣味なことね」
ダークブロンドの長髪を、強風が激しく揺らす。クリスティーの口からこぼれたのは、安堵ではなく嫌悪のこもった言葉だ。
頭部を失ってなお、巨人は健在だった。
そして次に生じた変化は、目を疑わせるものだ。
吹き飛ばされたはずの頭部に、周囲の水が集まり……頭部を再生したのだ。
それも二つ、である。
クリスティーを嘲笑うかのように、口がにやりと開かれた。
「思念体の頭を吹き飛ばしたところで、意味はないということね。それにしても二つも再生して、予備でも作ったつもりかしら? 図体に似合わず慎重なのね」
今や双頭の巨人となった原初の魔女を前にして、クリスティーは柳眉を寄せた。
巨人が拳を、天に向かって突き上げた。それが彼女に振り下ろされる……ことはない。
変化はそれよりも、遙かに苛烈なものだ。
「──噓でしょう!?」
クリスティーは空を見上げ、思わず叫ぶ。
巨大な氷塊が、夜空を割った。
一つではない。それぞれが家ほどの大きさがある十数個の氷塊が、アルビオへと降り注いだのだ。
街のいたるところで水柱が立ち、建物が破壊された。
夜の底が、不気味に震えた。
そして、ひときわ巨大な塊が鐘塔の直上に出現するにいたって、クリスティーは絶句する。
それは──大聖堂に匹敵するほどの大きさがある。
「どれだけ規格外なのよっ!?」
原初の魔女が秘めた魔力は無尽蔵で、馬鹿馬鹿しくすら思えるほど、圧倒的なものだ。
正面から戦うなど、正気の沙汰ではない。まともな神経の持ち主なら、迷わず逃げることだろう。
だが……クリスティーは踏みとどまった。
氷塊を止めなければ、鐘塔もろとも大聖堂も破壊される。それは、アルヴィンの死を意味する。
彼女は軽く肩をすくめると、嘆息した。
「……ほんと、嫌だわ。こんな悪あがき、私の主義じゃないの。でも──一度だけ、信頼に応えてあげるわっ!」
クリスティーは、落下する氷塊を睨みつける。
意識を研ぎ澄まし、精神を最大限に高める。
両腕を夜空にかざす。彼女を中心に波紋が広がり、一瞬、豪雨が制止したかのように見えた。
アルビオの上空にあまねく雨粒は、物理の法則を飛び越して、クリスティーの周りに引き寄せられた。渦巻きながら大きさを増し、瞬く間に槍を形作る。
それは最初に巨人に撃ち込んだものよりも、遙かに巨大なものだ。
「射よっ!」
クリスティーの声と共に、轟然と氷塊を迎え撃つ。
だが──突きつけられた結果は、非情なものだ。
破壊できない。止めることすら叶わない。
歯をくいしばり、渾身の力を送る。
氷塊が、頭上に迫った。
「このおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
なりふり構う余裕などない。
クリスティーが、まったく彼女らしくない叫び声を上げた直後、氷塊が衝突した。
巨大な氷塊の落下に、耐えられるものなどあるはずがない。耳をつんざくような轟音と共に、形あるものは粉々に粉砕される。
ただし──破壊されたのは鐘塔ではなく、地面だ。
軌道が僅かに変わった氷塊は、塔をかすめ、地面へと衝突したのだ。力を使い切ったクリスティーは、フラッとその場に崩れ落ちた。
魔力を使い果たし、限界だった。
「次」に対抗する力はない──
残された力を振り絞って、顔を上げる。
双頭の巨人が、四つの瞳を彼女に向けていた。驚愕の色を溢れさせて。
クリスティーは弱々しく笑った。
「あの悪趣味な審問官も、ひとつだけいいことを教えてくれたわ」
そう言いながら、彼女は巨人を見下ろした。
──異変が、生じていた。
巨人の背丈は、鐘塔よりも僅かに高かったはずだ。それが今、一回り以上も小さい。
「気づかなかったかしら? 最初に頭を吹き飛ばしたとき、特製の槍を混ぜておいたのだけど」
クリスティーはよろよろと上体を起こすと、碧い瞳を原初の魔女に向ける。
「──水牢は、魔法の発動を制限する。でもそれは牢だけじゃない。あそこに張られた水にも同じ効果があったようね」
確信があったわけではない。むしろ、分の悪い賭けだった。
だが原初の魔女に勝つ術など、他に思いつきもしなかった。
あの時クリスティーは水牢の水を呼び出し──巨人の体内へ撃ち込んだ。それがじわじわと、魔力を奪ったのだ。
巨人は畏れの色を浮かべると後ずさりし、背を向けた。
──禍々しいベルの音が響き渡ったのは、その時だ。
「素晴らしい力だっ!」
腰の高さまで達した濁流をかき分けながら、キーレイケラスは陶酔した声を上げた。
瀕死の状態にありながら、その目は力を失わない。いや、むしろ狂気を増していた。
「聞け!! 原初の魔女よ!」
手にしたベルを、高らかと鳴らす。
「我が足下にひざまずけ! ──白き魔女の元へ導くのだ!」
巨人がゆらりと、キーレイケラスに向かって動いた。
恍惚とした顔で、男は両手を広げる。
シュベールノの魔鈴に、支配できない者などいない。
白き魔女をも支配し、自分を完璧な不死者にさせる。
邪魔立てした連中に復讐する時間など、後でたっぷりとある。
勝利を確信した笑みが、キーレイケラスの顔に浮かんだ。
最期に男の目に映ったのは、小うるさいハエを潰すかのように振り下ろされた、巨人の足だった。
「さようなら、伯母様」
クリスティーは小さな水の槍を創りだすと、巨人の背中へと撃ちこんだ。
──原初の魔女は形を失い、膨大な水へと還った。
そして鐘塔は、崩壊した。
虚空に浮かんだ水の槍が、一斉に動く。それは相手に回避の暇を与えない。
重装騎兵の突撃のごとく殺到し、あっさりと巨人の頭部を吹き飛ばした。
「……我が伯母ながら、悪趣味なことね」
ダークブロンドの長髪を、強風が激しく揺らす。クリスティーの口からこぼれたのは、安堵ではなく嫌悪のこもった言葉だ。
頭部を失ってなお、巨人は健在だった。
そして次に生じた変化は、目を疑わせるものだ。
吹き飛ばされたはずの頭部に、周囲の水が集まり……頭部を再生したのだ。
それも二つ、である。
クリスティーを嘲笑うかのように、口がにやりと開かれた。
「思念体の頭を吹き飛ばしたところで、意味はないということね。それにしても二つも再生して、予備でも作ったつもりかしら? 図体に似合わず慎重なのね」
今や双頭の巨人となった原初の魔女を前にして、クリスティーは柳眉を寄せた。
巨人が拳を、天に向かって突き上げた。それが彼女に振り下ろされる……ことはない。
変化はそれよりも、遙かに苛烈なものだ。
「──噓でしょう!?」
クリスティーは空を見上げ、思わず叫ぶ。
巨大な氷塊が、夜空を割った。
一つではない。それぞれが家ほどの大きさがある十数個の氷塊が、アルビオへと降り注いだのだ。
街のいたるところで水柱が立ち、建物が破壊された。
夜の底が、不気味に震えた。
そして、ひときわ巨大な塊が鐘塔の直上に出現するにいたって、クリスティーは絶句する。
それは──大聖堂に匹敵するほどの大きさがある。
「どれだけ規格外なのよっ!?」
原初の魔女が秘めた魔力は無尽蔵で、馬鹿馬鹿しくすら思えるほど、圧倒的なものだ。
正面から戦うなど、正気の沙汰ではない。まともな神経の持ち主なら、迷わず逃げることだろう。
だが……クリスティーは踏みとどまった。
氷塊を止めなければ、鐘塔もろとも大聖堂も破壊される。それは、アルヴィンの死を意味する。
彼女は軽く肩をすくめると、嘆息した。
「……ほんと、嫌だわ。こんな悪あがき、私の主義じゃないの。でも──一度だけ、信頼に応えてあげるわっ!」
クリスティーは、落下する氷塊を睨みつける。
意識を研ぎ澄まし、精神を最大限に高める。
両腕を夜空にかざす。彼女を中心に波紋が広がり、一瞬、豪雨が制止したかのように見えた。
アルビオの上空にあまねく雨粒は、物理の法則を飛び越して、クリスティーの周りに引き寄せられた。渦巻きながら大きさを増し、瞬く間に槍を形作る。
それは最初に巨人に撃ち込んだものよりも、遙かに巨大なものだ。
「射よっ!」
クリスティーの声と共に、轟然と氷塊を迎え撃つ。
だが──突きつけられた結果は、非情なものだ。
破壊できない。止めることすら叶わない。
歯をくいしばり、渾身の力を送る。
氷塊が、頭上に迫った。
「このおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
なりふり構う余裕などない。
クリスティーが、まったく彼女らしくない叫び声を上げた直後、氷塊が衝突した。
巨大な氷塊の落下に、耐えられるものなどあるはずがない。耳をつんざくような轟音と共に、形あるものは粉々に粉砕される。
ただし──破壊されたのは鐘塔ではなく、地面だ。
軌道が僅かに変わった氷塊は、塔をかすめ、地面へと衝突したのだ。力を使い切ったクリスティーは、フラッとその場に崩れ落ちた。
魔力を使い果たし、限界だった。
「次」に対抗する力はない──
残された力を振り絞って、顔を上げる。
双頭の巨人が、四つの瞳を彼女に向けていた。驚愕の色を溢れさせて。
クリスティーは弱々しく笑った。
「あの悪趣味な審問官も、ひとつだけいいことを教えてくれたわ」
そう言いながら、彼女は巨人を見下ろした。
──異変が、生じていた。
巨人の背丈は、鐘塔よりも僅かに高かったはずだ。それが今、一回り以上も小さい。
「気づかなかったかしら? 最初に頭を吹き飛ばしたとき、特製の槍を混ぜておいたのだけど」
クリスティーはよろよろと上体を起こすと、碧い瞳を原初の魔女に向ける。
「──水牢は、魔法の発動を制限する。でもそれは牢だけじゃない。あそこに張られた水にも同じ効果があったようね」
確信があったわけではない。むしろ、分の悪い賭けだった。
だが原初の魔女に勝つ術など、他に思いつきもしなかった。
あの時クリスティーは水牢の水を呼び出し──巨人の体内へ撃ち込んだ。それがじわじわと、魔力を奪ったのだ。
巨人は畏れの色を浮かべると後ずさりし、背を向けた。
──禍々しいベルの音が響き渡ったのは、その時だ。
「素晴らしい力だっ!」
腰の高さまで達した濁流をかき分けながら、キーレイケラスは陶酔した声を上げた。
瀕死の状態にありながら、その目は力を失わない。いや、むしろ狂気を増していた。
「聞け!! 原初の魔女よ!」
手にしたベルを、高らかと鳴らす。
「我が足下にひざまずけ! ──白き魔女の元へ導くのだ!」
巨人がゆらりと、キーレイケラスに向かって動いた。
恍惚とした顔で、男は両手を広げる。
シュベールノの魔鈴に、支配できない者などいない。
白き魔女をも支配し、自分を完璧な不死者にさせる。
邪魔立てした連中に復讐する時間など、後でたっぷりとある。
勝利を確信した笑みが、キーレイケラスの顔に浮かんだ。
最期に男の目に映ったのは、小うるさいハエを潰すかのように振り下ろされた、巨人の足だった。
「さようなら、伯母様」
クリスティーは小さな水の槍を創りだすと、巨人の背中へと撃ちこんだ。
──原初の魔女は形を失い、膨大な水へと還った。
そして鐘塔は、崩壊した。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる