白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

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第四章 原初の魔女

第53話 処刑人もまた死す

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 白く細い指が、夜空に蒼い軌跡を描いた。
 虚空に浮かんだ水の槍が、一斉に動く。それは相手に回避の暇を与えない。 
 重装騎兵の突撃のごとく殺到し、あっさりと巨人の頭部を吹き飛ばした。

「……我が伯母ながら、悪趣味なことね」

 ダークブロンドの長髪を、強風が激しく揺らす。クリスティーの口からこぼれたのは、安堵ではなく嫌悪のこもった言葉だ。
 頭部を失ってなお、巨人は健在だった。

 そして次に生じた変化は、目を疑わせるものだ。
 吹き飛ばされたはずの頭部に、周囲の水が集まり……頭部を再生したのだ。
 それも二つ、である。
 クリスティーを嘲笑うかのように、口がにやりと開かれた。

「思念体の頭を吹き飛ばしたところで、意味はないということね。それにしても二つも再生して、予備でも作ったつもりかしら? 図体に似合わず慎重なのね」

 今や双頭の巨人となった原初の魔女を前にして、クリスティーは柳眉を寄せた。
 巨人が拳を、天に向かって突き上げた。それが彼女に振り下ろされる……ことはない。
 変化はそれよりも、遙かに苛烈なものだ。 
  
「──噓でしょう!?」

 クリスティーは空を見上げ、思わず叫ぶ。
 巨大な氷塊が、夜空を割った。
 一つではない。それぞれが家ほどの大きさがある十数個の氷塊が、アルビオへと降り注いだのだ。
 街のいたるところで水柱が立ち、建物が破壊された。
 夜の底が、不気味に震えた。

 そして、ひときわ巨大な塊が鐘塔の直上に出現するにいたって、クリスティーは絶句する。
 それは──大聖堂に匹敵するほどの大きさがある。

「どれだけ規格外なのよっ!?」

 原初の魔女が秘めた魔力は無尽蔵で、馬鹿馬鹿しくすら思えるほど、圧倒的なものだ。
 正面から戦うなど、正気の沙汰ではない。まともな神経の持ち主なら、迷わず逃げることだろう。
 だが……クリスティーは踏みとどまった。
 氷塊を止めなければ、鐘塔もろとも大聖堂も破壊される。それは、アルヴィンの死を意味する。
 彼女は軽く肩をすくめると、嘆息した。 

「……ほんと、嫌だわ。こんな悪あがき、私の主義じゃないの。でも──一度だけ、信頼に応えてあげるわっ!」

 クリスティーは、落下する氷塊を睨みつける。
 意識を研ぎ澄まし、精神を最大限に高める。 
 両腕を夜空にかざす。彼女を中心に波紋が広がり、一瞬、豪雨が制止したかのように見えた。

 アルビオの上空にあまねく雨粒は、物理の法則を飛び越して、クリスティーの周りに引き寄せられた。渦巻きながら大きさを増し、瞬く間に槍を形作る。
 それは最初に巨人に撃ち込んだものよりも、遙かに巨大なものだ。

「射よっ!」 

 クリスティーの声と共に、轟然と氷塊を迎え撃つ。 
 だが──突きつけられた結果は、非情なものだ。
 破壊できない。止めることすら叶わない。
 歯をくいしばり、渾身の力を送る。
 氷塊が、頭上に迫った。

「このおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 なりふり構う余裕などない。
 クリスティーが、まったく彼女らしくない叫び声を上げた直後、氷塊が衝突した。
 巨大な氷塊の落下に、耐えられるものなどあるはずがない。耳をつんざくような轟音と共に、形あるものは粉々に粉砕される。
 ただし──破壊されたのは鐘塔ではなく、地面だ。

 軌道が僅かに変わった氷塊は、塔をかすめ、地面へと衝突したのだ。力を使い切ったクリスティーは、フラッとその場に崩れ落ちた。
 魔力を使い果たし、限界だった。

 「次」に対抗する力はない──

 残された力を振り絞って、顔を上げる。
 双頭の巨人が、四つの瞳を彼女に向けていた。驚愕の色を溢れさせて。
 クリスティーは弱々しく笑った。

「あの悪趣味な審問官も、ひとつだけいいことを教えてくれたわ」

 そう言いながら、彼女は巨人を見下ろした。
 ──異変が、生じていた。
 巨人の背丈は、鐘塔よりも僅かに高かったはずだ。それが今、一回り以上も小さい。

「気づかなかったかしら? 最初に頭を吹き飛ばしたとき、特製の槍を混ぜておいたのだけど」

 クリスティーはよろよろと上体を起こすと、碧い瞳を原初の魔女に向ける。

「──水牢は、魔法の発動を制限する。でもそれは牢だけじゃない。あそこに張られた水にも同じ効果があったようね」

 確信があったわけではない。むしろ、分の悪い賭けだった。
 だが原初の魔女に勝つ術など、他に思いつきもしなかった。
 あの時クリスティーは水牢の水を呼び出し──巨人の体内へ撃ち込んだ。それがじわじわと、魔力を奪ったのだ。

 巨人は畏れの色を浮かべると後ずさりし、背を向けた。
 ──禍々しいベルの音が響き渡ったのは、その時だ。




「素晴らしい力だっ!」

 腰の高さまで達した濁流をかき分けながら、キーレイケラスは陶酔した声を上げた。
 瀕死の状態にありながら、その目は力を失わない。いや、むしろ狂気を増していた。

「聞け!! 原初の魔女よ!」

 手にしたベルを、高らかと鳴らす。

「我が足下にひざまずけ! ──白き魔女の元へ導くのだ!」

 巨人がゆらりと、キーレイケラスに向かって動いた。
 恍惚とした顔で、男は両手を広げる。
 シュベールノの魔鈴に、支配できない者などいない。 
 白き魔女をも支配し、自分を完璧な不死者にさせる。 
 邪魔立てした連中に復讐する時間など、後でたっぷりとある。 

 勝利を確信した笑みが、キーレイケラスの顔に浮かんだ。
 最期に男の目に映ったのは、小うるさいハエを潰すかのように振り下ろされた、巨人の足だった。



 
「さようなら、伯母様」
 クリスティーは小さな水の槍を創りだすと、巨人の背中へと撃ちこんだ。

 ──原初の魔女は形を失い、膨大な水へと還った。
 そして鐘塔は、崩壊した。
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