白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

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第五章 幻惑の魔女

第15話 白い悪魔の囁き

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 昼下がりの聖都を、ベネットはぼんやりと眺めていた。
 与えられた部屋は日当たりが悪く、日中だというのに薄暗い。
 まるで彼の心を映す鏡のようだ。
 朝から何度目になるか分からないが……ため息をつく。
 
 幼い頃から神童と呼ばれてきた彼にとって、罰を受けるのは初めての経験だった。
 厳しい規律で知られるオルガナでさえ、注意らしい注意を受けたことはなかった。
 そして当然のように、首席で卒業した。

 将来、審問官として栄達し枢機卿となるだろう。
 運に恵まれれば、教皇にさえなれるかもしれない。
 その自分が謹慎を命じられるなど……にわかには受け入れられない。
 昨夜の何が悪かったのか、答えは出ない。
 
 ──なぜ、師を選んだのだろうか?

 うんざりしたように首を振り、瞼を閉じる。
 学院を卒業する間際のことだ。
 ある噂を耳にしたのだ。
 
 僅か一年間で、十体もの魔女を駆逐した審問官見習いがいる、と。
 その中には原初の魔女さえ含まれると……まことしやかに囁かれた。
 面白い、と思った。

 約束された輝かしい未来は、ベネットにとって色あせた、砂を嚙むようなものとしか感じられなかったからだ。
 退屈な人生を変えてくれるのは、その男しかいない、そう直感した。

 周囲の反対を押し切って師事を願ったのが、一ヶ月前のことだ。
 だがそれは……誤りだったのだろうか。
 期待は失望に変わり、ベネットの心に重くのしかかっていた。

 その時だ。

 コッコッコッ、とノックをする音が響いた。
 師が来たのだろうか……
 訝しみながら扉へ足を向け、僅かに開ける。
 廊下に男が立っていた。

「あなたは──」

 ベネットは瞬時に表情を固くした。
 白い祭服に、白い仮面。そして不気味としか形容のしようがない笑みを貼りつけた顔。
 マリノの邸宅で会った処刑人……リベリオだ。

「立ち話もなんだ。入ってもよいか?」

 ベネットが答えるよりも早く、男は隙間から身体を滑り込ませていた。 
 この男は油断できない。
 昨日のやり取りを思い出し、ベネットは緊張の色を走らせた。

「……何のご用でしょうか」
「アルヴィンという男は実に優秀だ」

 問いかけには答えず、リベリオは薄笑いを浮かべた。
 懐柔するかのように、甘ったるい声を投げかけてくる。

「だが、お前はさらに優秀だ。一目見て分かったぞ」

 それは見え透いた世辞というものだろう。
 将来がどうであれ、今のベネットは何の実績も持たない見習いに過ぎない。
 そんな甘言で警戒を解くほど、愚かではない。
 冷静なベネットとは対照的に、リベリオの声は熱を帯びる。

「奴を信じるな。この聖都の土を踏むことさえ憚れるような、卑怯者なのだ」
「卑怯……? アルヴィン師は、卑怯者ではありません」
「お前は、奴の何を知っているというのだ」

 リベリオの声が低くなる。
 仮面の下の双眸が、ガラス玉のように不気味に光った。
 人になりすました悪魔がいるとすれば、まさにそれだった。 
 冷然と、男は宣告する。

「奴は魔女と内通している」
「まさか!」

 ベネットは反論しようとし……言葉を失った。
 思い当たる節があった。
 マリノの邸宅で、師は魔女の名を叫んでいた。

 ──クリスティーと。

 なぜ、知っていたのか。
 それに……撃つななど、まるで庇うかのような口ぶりだったではないか。
 突きつけられた真実の重さが、ベネットから冷静さを失わせた。
 疑惑が急速に膨張し声を震わせる。

「アルヴィン師が魔女と通じているなど……信じられません……!」
「奴は巧妙に周囲を欺いてきた。お前も被害者なのだ。だが、これ以上好きにはさせぬ」

 リベリオは、耳に囁く。

「お前の力を貸せ」
「……私が? ……どうすれば?」

 当惑したベネットの胸に、黒い重量感のある何かが押しつけられた。
 冷たい光を放つそれは──拳銃だ。

「これは……」
「お前は優秀だ、正当な評価を受けろ。背教者を始末すれば、処刑人となれるように取り計らってやってもいいぞ」

 リベリオは、薄い唇をはためかせる。

「正義を行え、審問官見習いベネット」

 長い沈黙があった。
 ベネットは……首肯した。
 手にした拳銃は、うっすらと硝煙の匂いが残っていた。
 その意味を、彼は理解していなかった。

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