白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

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第五章 幻惑の魔女

第16話 灰色の枢機卿

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「──それで、灰色の枢機卿は誰なんだ?」

 大図書館を後にしたアルヴィンとフェリシアは、黄昏が迫る街を歩いていた。
 石畳に伸びた影と、闇の境界があいまいなものになりつつある。
 連日の魔女騒ぎの影響だろう、行き交う人々の足取りは早い。
 武装した衛士の姿が、いたる所で目についた。

 不穏な街の空気とは裏腹に、フェリシアの歩みはいたって軽やかだ。
 彼女は快活な笑みを向ける。

「キミはさ、誰だと思う?」
「訊いているのは僕の方なんだが」
「愛想がないのは相変わらずだなあ。ボクトツだけど、熱い情熱を秘めたところが魅力なんだけどね」
「なんの話だっ!?」

 アルヴィンは憮然として、顔をしかめる。
 再会してから、彼女のペースで進んでいることが実に面白くない。

 気持ちをどうにか落ち着かせ、灰色の枢機卿とは誰なのか──アルヴィンは考えを巡らせる。
 
 聖都は、ウルベルトを除いた六人の枢機卿が支配する。
 そのうち二人は殉教し、この世にはいない。
 だとすれば、候補はかなり絞り込まれるが……同時に疑問が頭をもたげてくる。

 白き魔女に繋がる禁書庫の鍵を彼らが持っているのなら、とっくに不死を達成しても、おかしくないはずだ。

 だが現実は、そうではない。

「灰色の枢機卿はね、枢機卿じゃないよ。それに、聖都にはいない。あ、大陸にもいないだろうけど」
「……もう少し、分かるように話してくれないか」
「修道士ジョセフだよ。宗教史で習っただろ?」 
「ふざけないでくれ」

 煙に巻くような話しぶりに、アルヴィンの声は刺々しさを増す。
 修道士ジョセフは、かつて荒れ地だった聖都に水を引き、緑の地に変えたとされる聖人だ。
 枢機卿ではなかったが、その影響力の大きさから灰色の枢機卿という異名をとった。
 だが──

「彼は故人だ。それも五百年も前に、だ。まだ生きていて、鍵を持っているとでも?」
「違うよ。符丁だよ」
「……符丁?」
「灰色の枢機卿とはね、鍵の隠し場所を暗示しているんだ。人ではなくて、ジョセフに縁のある何かだよ。キミは心当たりはないかな?」

 白でも黒でもない、灰色。
 アルヴィンの頭には、敵でも味方でもない、マリノが思い浮かんだ。
 そして──昨夜訪れた寝室に、ジョセフを描いた宗教画があったことに思い至る。
 偶然、だろうか?

「フェリシア、枢機卿マリノに会いに行こうと思う」

 もう一度訪ねたところで、もちろん歓迎などされまい。
 だが前に進むには、彼の協力が不可欠なことは明白だった。
 二人はマリノの邸宅へと足を向けた。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆
 



 邸宅は、昨夜の襲撃によって変わり果てた姿となっていた。
 庭木は焦げ、石壁は広い範囲で崩れている。地面はまだ、所々くすぶっていた。
 夜にもかかわらず、屋敷は暗い。灯りのひとつもない。
 ひっそりとした静寂に支配されている。

 門をくぐり、今や廃墟のようなった洋館の前に二人は立った。
 と、扉の前に意外な人物の姿を見出して、アルヴィンは驚きの声を上げた。

「──枢機卿エウラリオ?」

 天使のような、あどけない顔を向けたのは白い祭服の少年である。
 父の仇のひとりであり、彼を処刑人に任じた枢機卿だ。
 供の姿はなく、ひとりだけだ。

「どうしてこちらに……?」
「至急の用件があって、枢機卿マリノに会いに来たのです」

 そう言うと、エウラリオは右手で扉を押した。
 施錠は、されていなかった。抵抗なく扉は開かれる。
 玄関ホールに足を踏み入れて、アルヴィンは目を凝らす。屋敷の中は薄暗く……処刑人の気配もない。
 何かがおかしかった。

 空気中に含まれた、ほんの微量の異変を感じ取る。 
 それは──血の匂いだ。

「アルヴィン!」

 フェリシアが叫んだ時、既にアルヴィンは駆け出していた。
 二階へ、マリノの寝室を目指す。
 だが……階段の手前で足を止めざるを得ない。

「くっ……!」

 廊下に赤黒いシミが広がっていた。
 中心に、少年が倒れ伏している。

「──枢機卿マリノ!」

 駆け寄り、上半身を抱え起こす。
 マリノの顔は蝋人形のように血色がなかった。
 首元に触れるが……脈は触れない。呼吸もない。

「アルヴィン……?」

 追いついたフェリシアに向けて、アルヴィンは首を横に振った。
 マリノは、額を撃ち抜かれていた。
 魔女、ではない。これは……人の手による凶行だ。

 姿を消した処刑人達、そして暗殺されたマリノ。
 不吉な符号が、頭の中で明滅を繰り返した。

「先を越されたようですね」

 同僚の亡骸を前にして、エウラリオの反応は感情のこもらない冷淡なものだ。
 祈りの言葉ひとつなく、踵を返す。
 アルヴィンは、その背中を睨んだ。
 違和感は、確信へと変わっていた。 

「枢機卿エウラリオ!」

 立ち上がり、短く叫ぶ。
 窓際にあった花瓶を手に取ると、アルヴィンは投げつけた。
 エウラリオに向かって、だ。
 放物線を描いたそれを、少年は振り返りざま右手で掴み、怪訝な視線を向ける。

「これは何の真似ですか? 審問官アルヴィン」
「──やっぱり右手、なんですね」 

 アルヴィンはエウラリオへ拳銃を向けていた。 
 引き金は、躊躇なく引かれた。 
 パン、パン! と乾いた破裂音が連続し、フェリシアの悲鳴が響いた。
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