91 / 197
第五章 幻惑の魔女
第18話 真夜中の葬送
しおりを挟む
アルヴィンは、はたと足を止めた。
濃密な敵意が漂っていた。
そこは老舗の高級店が集まった、商店街の一角だ。
高級服、家具、食品、雑貨……様々な店舗が軒を並べている。
すでに時刻は夜半に近い。
当然だが、開いている店などひとつもない。
等間隔に立つ街灯が、ポツポツと闇を切り取っていた。
その下に教え子の姿を見出して、アルヴィンは驚きの声を発した。
「──ベネット?」
ガス灯のオレンジ色の色彩が、何か意を決した少年の顔を浮かび上がらせていた。
アルヴィンは、ひとつ隣の街灯の下に立つ。
それが今の二人の、心の隔たりのように思われた。
「ベネットか。なぜここに?」
教え子は答えない。
謹慎を破ったことを、叱責されるのを恐れているのだろうか。
アルヴィンは小さく嘆息した。
「理由は後で訊かせてもらう。それよりも僕は昨夜の魔女を追っている。君は見なかったか?」
「いえ……」
「まだ近くにいるはずだ。ついてきてくれ」
言って、アルヴィンは数歩駆けた。
そして──気づく。
背中に、刺々しい敵意……いや、殺意が照射されていることに。
「──ベネット?」
振り返り、銃口を向けた教え子と目が合う。
「何をしているんだ、ベネット?」
師を前にして、少年の身体は震えた。
構えた拳銃が妙に重たく感じられた。
ベネットは、叫びにも似た声を絞り出した。
「アルヴィン師っ! どうして教会を裏切ったのですか!?」
「裏切る? ……何の話だ?」
「とぼけないでください! あなたが魔女と内通していることを、知っているんです!」
少年は明らかに冷静さを欠いているように見える。
アルヴィンは、数歩近づいた。
少年は引き金に掛けた指に、力を込めた。
「近づかないでください!」
「銃を下ろすんだ、ベネット!」
アルヴィンが叫ぶのと、閃光が走ったのは同時だった。
夜の街に、銃声が残響した。
ベネットが放った銃弾は正確に──短剣を捉えた。
火花が散り、少年の首を狙った軌道を逸らす。クルクルと宙を回転し、カン! と甲高い音を立てて石畳に落ちた。
短剣を投じたのは──
「まったく……」
忌々しげな声が、師の口から漏れた。
「──師弟そろって、嫌になるくらい勘のいい連中だ」
ゾッとするような冷たい声が響く。
師の周りに黒煙が渦巻き──女へと変わった。
その顔を、見間違えようはずがない。昨夜、枢機卿マリノの邸宅で対峙した魔女だ。
「凶音の魔女っ!?」
ベネットは驚きの声を上げた。
師が……魔女になる。
状況に全く理解が追いつかない。
──どうして魔女がいる!? アルヴィン師は……どこに行ったんだっ!?
ベネットは混乱の極みにある。
そして、不意に思い出す。オルガナでの、ある講義の一コマが甦った。
魔女には、姿を自在に変える特殊な者がいる、と。
「──幻惑の魔法……なのか?」
ベネットは呆然としながら口走る。
魔女は少年の追跡に気づき、師の姿となって欺いた。
隙を突いて凶行に及ぶつもりだったのだろう。
皮肉なことだが……師を粛正しようとしたことが、彼の命を救ったのだ。
「だったら、アルヴィン師はどこに……。違う! とにかく今は魔女を駆逐する! それだけだっ!」
魔女を前にして、むしろベネットは奮い立った。
見習いが魔女に挑む……冷静に考えれば、それは勇敢ではなく無謀に分類されるべき行動だ。
一目散に、逃げ出すべきだったのだ。
だが少年の、高すぎるプライドが邪魔をする。
「アルヴィン師は、見習いになって三日で火の魔女を駆逐したんだ! 私にだってできる!」
自分を鼓舞した刹那──魔女が、スッと眼前に近づいた。
次の瞬間には、胸ぐらを掴まれ持ち上げられている。
「──え?」
間合いは、十分にあったはずだ。
それが常識や物理法則が居眠りしたかのように、魔女を瞬時に移動させたのだ。
抵抗する間など用意されていない。
ゴムまりのように軽々と、少年の身体は宙に投じられた。
仕立屋のショーウインドウに容赦なく叩きつけられ、ガラスの割れるけたましい音が夜の静寂を破った。
ベネットはガラス片と共に店内を転がる。
──なんて力だっ!!
あの細腕のどこに、こんな爆発的な力があるのか。ベネットは戦慄する。
背中が痛む。いや、全身が悲鳴をあげている。
途切れそうになる意識を、懸命に掴む。
──これで終わりじゃないぞ! 次が来るっ!
悠長に寝転んでいる時間はない。
身体に鞭を打って、立ち上がる。
ベネットの直感は、残念ながら的中した。
魔女は短剣を手にして、店内に足を踏み入れていた。
ベネットは、女を真っ直ぐ睨みつけた。
劣勢、ではあることは認める。
だが闘志は失っていない。駆逐する自信はある。
ベネットは、拳銃を構える。
──と。
違和感に、気づく。
右手が妙に軽かった。
ベネットは顔を青ざめさせた。
あるべき拳銃が……なかった。
ショーウインドウに叩きつけられた衝撃で、手放したのだ。
店の床はガラス片やマネキンの手足、生地が無秩序に散乱している。
視線を彷徨わせ、ベネットは狼狽えた。
戦いの最中に武器を失う──初歩的な、そして致命的なミスだった。
濃密な敵意が漂っていた。
そこは老舗の高級店が集まった、商店街の一角だ。
高級服、家具、食品、雑貨……様々な店舗が軒を並べている。
すでに時刻は夜半に近い。
当然だが、開いている店などひとつもない。
等間隔に立つ街灯が、ポツポツと闇を切り取っていた。
その下に教え子の姿を見出して、アルヴィンは驚きの声を発した。
「──ベネット?」
ガス灯のオレンジ色の色彩が、何か意を決した少年の顔を浮かび上がらせていた。
アルヴィンは、ひとつ隣の街灯の下に立つ。
それが今の二人の、心の隔たりのように思われた。
「ベネットか。なぜここに?」
教え子は答えない。
謹慎を破ったことを、叱責されるのを恐れているのだろうか。
アルヴィンは小さく嘆息した。
「理由は後で訊かせてもらう。それよりも僕は昨夜の魔女を追っている。君は見なかったか?」
「いえ……」
「まだ近くにいるはずだ。ついてきてくれ」
言って、アルヴィンは数歩駆けた。
そして──気づく。
背中に、刺々しい敵意……いや、殺意が照射されていることに。
「──ベネット?」
振り返り、銃口を向けた教え子と目が合う。
「何をしているんだ、ベネット?」
師を前にして、少年の身体は震えた。
構えた拳銃が妙に重たく感じられた。
ベネットは、叫びにも似た声を絞り出した。
「アルヴィン師っ! どうして教会を裏切ったのですか!?」
「裏切る? ……何の話だ?」
「とぼけないでください! あなたが魔女と内通していることを、知っているんです!」
少年は明らかに冷静さを欠いているように見える。
アルヴィンは、数歩近づいた。
少年は引き金に掛けた指に、力を込めた。
「近づかないでください!」
「銃を下ろすんだ、ベネット!」
アルヴィンが叫ぶのと、閃光が走ったのは同時だった。
夜の街に、銃声が残響した。
ベネットが放った銃弾は正確に──短剣を捉えた。
火花が散り、少年の首を狙った軌道を逸らす。クルクルと宙を回転し、カン! と甲高い音を立てて石畳に落ちた。
短剣を投じたのは──
「まったく……」
忌々しげな声が、師の口から漏れた。
「──師弟そろって、嫌になるくらい勘のいい連中だ」
ゾッとするような冷たい声が響く。
師の周りに黒煙が渦巻き──女へと変わった。
その顔を、見間違えようはずがない。昨夜、枢機卿マリノの邸宅で対峙した魔女だ。
「凶音の魔女っ!?」
ベネットは驚きの声を上げた。
師が……魔女になる。
状況に全く理解が追いつかない。
──どうして魔女がいる!? アルヴィン師は……どこに行ったんだっ!?
ベネットは混乱の極みにある。
そして、不意に思い出す。オルガナでの、ある講義の一コマが甦った。
魔女には、姿を自在に変える特殊な者がいる、と。
「──幻惑の魔法……なのか?」
ベネットは呆然としながら口走る。
魔女は少年の追跡に気づき、師の姿となって欺いた。
隙を突いて凶行に及ぶつもりだったのだろう。
皮肉なことだが……師を粛正しようとしたことが、彼の命を救ったのだ。
「だったら、アルヴィン師はどこに……。違う! とにかく今は魔女を駆逐する! それだけだっ!」
魔女を前にして、むしろベネットは奮い立った。
見習いが魔女に挑む……冷静に考えれば、それは勇敢ではなく無謀に分類されるべき行動だ。
一目散に、逃げ出すべきだったのだ。
だが少年の、高すぎるプライドが邪魔をする。
「アルヴィン師は、見習いになって三日で火の魔女を駆逐したんだ! 私にだってできる!」
自分を鼓舞した刹那──魔女が、スッと眼前に近づいた。
次の瞬間には、胸ぐらを掴まれ持ち上げられている。
「──え?」
間合いは、十分にあったはずだ。
それが常識や物理法則が居眠りしたかのように、魔女を瞬時に移動させたのだ。
抵抗する間など用意されていない。
ゴムまりのように軽々と、少年の身体は宙に投じられた。
仕立屋のショーウインドウに容赦なく叩きつけられ、ガラスの割れるけたましい音が夜の静寂を破った。
ベネットはガラス片と共に店内を転がる。
──なんて力だっ!!
あの細腕のどこに、こんな爆発的な力があるのか。ベネットは戦慄する。
背中が痛む。いや、全身が悲鳴をあげている。
途切れそうになる意識を、懸命に掴む。
──これで終わりじゃないぞ! 次が来るっ!
悠長に寝転んでいる時間はない。
身体に鞭を打って、立ち上がる。
ベネットの直感は、残念ながら的中した。
魔女は短剣を手にして、店内に足を踏み入れていた。
ベネットは、女を真っ直ぐ睨みつけた。
劣勢、ではあることは認める。
だが闘志は失っていない。駆逐する自信はある。
ベネットは、拳銃を構える。
──と。
違和感に、気づく。
右手が妙に軽かった。
ベネットは顔を青ざめさせた。
あるべき拳銃が……なかった。
ショーウインドウに叩きつけられた衝撃で、手放したのだ。
店の床はガラス片やマネキンの手足、生地が無秩序に散乱している。
視線を彷徨わせ、ベネットは狼狽えた。
戦いの最中に武器を失う──初歩的な、そして致命的なミスだった。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる