白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

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第五章 幻惑の魔女

第20話 愚者を送るレクイエム

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「──起きろっ!」

 粗野な声とともに、激痛が走った。
 前触れなく腹部を蹴りつけられ、ベネットは激しくのたうつ。
 見開いた目に、白い輪郭をした男たちが映る。

 そこは、天国でも地獄でもない。魔女と死闘を繰り広げた、仕立屋の店内だ。 
 七人の処刑人が、円を描くようにして彼を取り囲んでいた。 

 ベネットは苦痛と困惑に顔を歪めた。 
 状況がまるで理解できない。

 師を探し、その最中に魔女を駆逐した。
 そして今……処刑人らに包囲され、冷然とした目で見下ろされている。
 その態度はまるで、罪人に対するかのようだ。

「お前には失望したぞ、ベネット」

 さげすみの声を頭上から降らせたのは、リベリオである。
 何が男の不興を買ったのか、ベネットには理解できなかった。

 そして何故、このタイミングでここにいるのか──

「……アルヴィン師なら、これから追うつもりです」
「その必要はない」

 男は冷淡に、少年の言葉を遮った。
 白い仮面の裏側には、黒々とした悪意の蠢きがある。
 意志の力を振り絞ると、ベネットはよろよろと立ち上がった。

 リベリオを前にして……心にさざめきが起きる。

「……必要がない、とは?」

 陰湿な笑みを男は浮かべた。

「重罪、だな」
「……何の話でしょうか」
「枢機卿の暗殺に手を染めるなど、重罪だと言ったのだ」

 枢機卿の、暗殺。
 ベネットは耳を疑った。
 聞き間違えではない、確かにそう聞こえた。

 それを──誰が?

 リベリオの毒気を帯びた双眸は、じっとベネットに向けられている。
 少年の背筋に、言いようのない悪寒が走った。

「……わ、私は暗殺などしていません」
「お前が枢機卿マリノの邸宅から逃げ出すのを見たという、証言がある」
「何かの間違いです!」
「間違い、か。確かに証言だけで、お前を裁くのは難しいな」

 おもむろに、男は床に落ちていた拳銃を拾い上げる。

「ところでこれは、お前のものか?」
「あなたから渡された拳銃ですが……」
「俺が? まさか」

 明らかに、空とぼけた態度である。
 昼間の出来事を忘れるはずがない……そこで、ベネットはハッとした。

 拳銃を渡された時、薄く硝煙の匂いが残されていた。
 枢機卿の暗殺と、拳銃。
 符号が結びつき……頭の中で、ひび割れた不協和音が鳴った。
 リベリオの目が、爬虫類めいた光を放った。

「──お前が、やったんだろう?」

 男の口が開き、粘性の糸を引く。
 悪辣な手口に、ベネットは絶句した。
 最初から仕組まれていたのだ。

 リベリオはマリノを害した拳銃を、ベネットに手渡した。
 枢機卿殺しの罪を着せるために、だ。
 師への不信感を煽られ、いいように踊らされていたのだ。

 リベリオは鼻先で嘲笑う。

「物証がある以上、言い逃れはできんぞ。お前が潔白か否か、線条痕を調べれば直ぐに分かることだ」 

 ベネットは知る由もないが……ありもしない罪を作りだすこと、そして罪を他者になすりつけることにかけて、リベリオは芸術的手腕の持ち主だった。
 状況は、著しく不利だ。
 無実の証明は、学院を卒業したばかりの見習いには荷が重すぎる。

 その時だ。  

「ベネット!!」

 聞き覚えのある声が響いた。
 店の入り口に、二つの影が伸びた。
 肩で息を息を切る師と、見知らぬ銀髪の女である。

 途中で魔女を見失った二人は、銃声を頼りに駆けつけたのだ。
 だが、救いの手は遅すぎた。
 ベネットは恥じ入ったようにアルヴィンから顔をそむける。

 師を疑い、独断で動いた挙げ句にこのざまだ。
 それに──師が魔女と内通した疑惑は、まだ心の隅でくすぶっていた。
 どんな顔をすればいいのか、分からない。

 アルヴィンの行く手を、抜剣した処刑人が塞いだ。

「通していただけますか。彼は僕の教え子です」
「違うな。罪人だ」

 リベリオは短く断言する。
 アルヴィンは、仮面の男を静かに睨みつけた。

「罪人? なぜです」
「こいつがマリノを射殺したのだ」
「待って下さい。彼は人を害したりなど、決してしない」
「お前は何も知らぬのだな」

 呆れとも、哀れみとも判断のつかない声を発する。
 男はアルヴィンの肩に手を置いた。

「同情するぞ、アルヴィン。弟子に裏切られるとは、つらいものだ」

 リベリオは薄く笑う。
 言葉とは裏腹に、その声は生ぬるく、どこまでも白々しい。
 ベネットは嵌められたのだ──アルヴィンは直感した。

 師弟間に生じた隙間を嗅ぎつけられ、つけ込まれたのだ。

「こいつを締め上げれば、真相ははっきりとする。──もちろんお前も、覚悟しておくことだ」

 ぬけぬけと、そして神経を逆なでするような物言いである。
 人を欺し陥れることを、恥とも思っていないのだろう。 

「──世間知らずの、馬鹿な小僧で助かった」

 付け加えられた一言に、アルヴィンは思わず激昂した。
 直接アルヴィンに手を出さない、薄汚いやり口に怒りがわきあがった。

「審問官リベリオ! あなたという人はっ!」
「ダメだよ、アルヴィン!!」
「復讐が目的なら、なぜ僕を狙わない! ベネットは無関係だ!」

 猛然と掴みかかろうとしたアルヴィンを、フェリシアが必死に制止する。

「小僧を連れて行け!」

 リベリオは薄ら笑いを浮かべたまま、背後に控えた処刑人に命じた。
 二人が進み出ると、ベネットを両脇から押さえつける。
 残りの処刑人がアルヴィンを牽制し、手出しができない。

「ベネット!」
「アルヴィン師! 信じてくださいっ、僕はやっていな──」

 悲痛な叫びは、無慈悲な鉄拳によって中断させられる。
 ベネットは街路に連れ出され、馬車に押し込められた。

 空は、薄く曙色に変わりつつある。
 夜明けは近い。
 だが師弟は──深い闇の入り口に、立ったばかりだ。
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