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第五章 幻惑の魔女
第21話 二人の魔女
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アルヴィンは静かに待った。
灯りもつけず、暗闇の中をじっと待った。
そこは無惨に半壊した、枢機卿マリノの寝室だ。
職人が丹精を込めて編み上げた絨毯は黒焦げになり、壁紙も剥がれている。
部屋は惨憺たる有様だ。
割れた窓もそのままにされ、流れ込んでくる夜気は冷たい。
主を失った邸宅は、廃墟のようだ。
軽く壁によりかかったアルヴィンの脇に、修道士ジョセフを描いた絵画があった。
変わり果てた部屋で──それだけが傷ひとつなく、元の形を保っている。
時刻は日付が変わったくらいか……
ミシ、ミシと階段が軋む音に、アルヴィンの鼓動が跳ねた。
息を殺し、慎重に気配を探る。
足音はゆっくりと、二階へ上がってくる。迷いなく、寝室の前まで進む。
ほんの僅か、空気が動いた。
ノックはない。
扉のノブが回り、人影が入ってくる。侵入者は、ひとりだ。
一体何者か──
寝台の脇にあるマホガニー製のチェストへ近づき、物色を始める。
その背中に向け、アルヴィンは拳銃を向けた。
「──動くな」
低く発せられた警告に、影がピタリと動きを止めた。
「両手を挙げて、こちらを向くんだ」
侵入者が振り返る。
刹那、手が鋭く閃いた。
鈍い銀色の輝きを視界の隅に捉えて、アルヴィンは床を蹴った。咄嗟に身を投げ出し転がる。
銃弾か、魔法か。
放たれた物体がなにであったにせよ、石壁に深い穴が穿たれたことは間違いない。
僅かでも反応が遅れれば、身を持って受け止めることになっただろう。
床を転がり、跳ね起きる。
侵入者は目の前だ。
拳銃を使うには、間合いが近すぎる。
左手に拳銃を持ち替え、アルヴィンは手刀を放った。
鋭い一撃が、ダークブロンドの髪を揺らした。
頸部を打つ寸前で……手は急停止した。
女の顔を目にして、アルヴィンは、ぐらりと頭の中が揺れるのを感じた。
……予想は、していた。
今夜ここに来る者があるとすれば……彼女に違いないと。
月の雫のような、澄み切った声が響いた。
「──三年ぶりなのに、つれない挨拶ね」
割れた窓から、青白い月光が差した。
百合の花を連想させる気品のある顔立ちと、碧い瞳が浮かび上がる。
知性と意志の強さを感じさせる眼差しが、そこにはある。
怯えなど、一切感じられない。
春物の薄手のコートを着た女は、口許に笑みを浮かべていた。
「私は武器を向けられると、なぜだか落ち着かなくなる質なの。まずはこの手と拳銃を下げてもらえるかしら」
「──君が偽者でないという証拠は?」
「あなたは、分かっているはずよ」
女の声は、自信に満ちている。
これほど不遜で……そして美しく気高い魔女は彼女の他にいまい。
アルヴィンは胸の底にわだかまる感情を吐き出すように、声を絞り出した。
「生きていたんだな、クリスティー……」
「お久しぶりね、アルヴィン」
クリスティーは、にこりと微笑む。
三年ぶりだというのに、口調は朝の挨拶を交わすような気安いものだ。
探し続けた彼女を前にして……だがアルヴィンの気持ちは、重苦しいものとなった。
灯りもつけず、暗闇の中をじっと待った。
そこは無惨に半壊した、枢機卿マリノの寝室だ。
職人が丹精を込めて編み上げた絨毯は黒焦げになり、壁紙も剥がれている。
部屋は惨憺たる有様だ。
割れた窓もそのままにされ、流れ込んでくる夜気は冷たい。
主を失った邸宅は、廃墟のようだ。
軽く壁によりかかったアルヴィンの脇に、修道士ジョセフを描いた絵画があった。
変わり果てた部屋で──それだけが傷ひとつなく、元の形を保っている。
時刻は日付が変わったくらいか……
ミシ、ミシと階段が軋む音に、アルヴィンの鼓動が跳ねた。
息を殺し、慎重に気配を探る。
足音はゆっくりと、二階へ上がってくる。迷いなく、寝室の前まで進む。
ほんの僅か、空気が動いた。
ノックはない。
扉のノブが回り、人影が入ってくる。侵入者は、ひとりだ。
一体何者か──
寝台の脇にあるマホガニー製のチェストへ近づき、物色を始める。
その背中に向け、アルヴィンは拳銃を向けた。
「──動くな」
低く発せられた警告に、影がピタリと動きを止めた。
「両手を挙げて、こちらを向くんだ」
侵入者が振り返る。
刹那、手が鋭く閃いた。
鈍い銀色の輝きを視界の隅に捉えて、アルヴィンは床を蹴った。咄嗟に身を投げ出し転がる。
銃弾か、魔法か。
放たれた物体がなにであったにせよ、石壁に深い穴が穿たれたことは間違いない。
僅かでも反応が遅れれば、身を持って受け止めることになっただろう。
床を転がり、跳ね起きる。
侵入者は目の前だ。
拳銃を使うには、間合いが近すぎる。
左手に拳銃を持ち替え、アルヴィンは手刀を放った。
鋭い一撃が、ダークブロンドの髪を揺らした。
頸部を打つ寸前で……手は急停止した。
女の顔を目にして、アルヴィンは、ぐらりと頭の中が揺れるのを感じた。
……予想は、していた。
今夜ここに来る者があるとすれば……彼女に違いないと。
月の雫のような、澄み切った声が響いた。
「──三年ぶりなのに、つれない挨拶ね」
割れた窓から、青白い月光が差した。
百合の花を連想させる気品のある顔立ちと、碧い瞳が浮かび上がる。
知性と意志の強さを感じさせる眼差しが、そこにはある。
怯えなど、一切感じられない。
春物の薄手のコートを着た女は、口許に笑みを浮かべていた。
「私は武器を向けられると、なぜだか落ち着かなくなる質なの。まずはこの手と拳銃を下げてもらえるかしら」
「──君が偽者でないという証拠は?」
「あなたは、分かっているはずよ」
女の声は、自信に満ちている。
これほど不遜で……そして美しく気高い魔女は彼女の他にいまい。
アルヴィンは胸の底にわだかまる感情を吐き出すように、声を絞り出した。
「生きていたんだな、クリスティー……」
「お久しぶりね、アルヴィン」
クリスティーは、にこりと微笑む。
三年ぶりだというのに、口調は朝の挨拶を交わすような気安いものだ。
探し続けた彼女を前にして……だがアルヴィンの気持ちは、重苦しいものとなった。
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