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第六章 迷宮の魔女
第36話 迷宮の魔女は笑う
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足取りは重い。
それは、濡れた祭服のせいばかりではない。
「──フェリシア! エマ!」
アルヴィンは迷宮を、ひとり彷徨っている。
手がかりはなく、既に数時間、あてもなく歩き続けている。
フェリシアが考察したとおりだ。この迷宮は一度はぐれると、再会することは極めて困難だ。
どれだけ部屋を移動し、足を棒にしても、二人の影すら見いだせない。
探せば探すほど、遠ざかっているのではないか……そんな気さえしてくる。
アルヴィンは暗澹たる気持ちに陥る。
全ての責任は、自分にある。
あの時、なぜ二人を残して逃げたのか。
ギリギリまで手を尽くすべきだった。
これでは彼女らを……見殺しにしたも同然ではないか。
問題は、それだけではない。
このままでは囚われの教え子を救えず、聖櫃へ辿り着くこともできない。
八方塞がりだ。
息苦しさのようなものを感じながら、彷徨う。
いや、と、アルヴィンは軽く頭を振った。
二人は、生きている。
普段の物言いはともかくとして、フェリシアは聡明だ。行動力もある。
彼女なら、エマを連れて上手く逃げおおせているはずだ。
今頃、合流する術を探しているに違いない。
それは虫の良い、楽観的すぎる考えかもしれないが──今は、そう信じるしかない。
ふと、アルヴィンは立ち止まった。
目の前に、扉があった。
いや、扉ならいくらでもある。
違和感を感じたのは──黒い光沢を放つそれらの中で、一枚だけが白かったからだ。
これまで、黒以外の扉は見たことがない。
罠、かもしれない。
警戒して……だがその馬鹿馬鹿しさに、アルヴィンはひとり笑った。
仮に罠だったして、それがどうしたというのだろう?
いま以上に最悪の状況などない。
二人と合流するために、前に進むしかない。
例え罠が待っていたとしても──乗り越えるだけだ。
静かだ。
押し寄せる水塊も、忍び寄る殺意もない。
予想に反してその空間は──澄み切った、静謐な空気で満たされていた。
部屋は円形だ。正確に言えば長円形で、壁際には三階に相当する高さまで書架が配されている。
その雰囲気は……どこか、聖都の大図書館を思い出させる。
もちろん、外に出られたわけではない。
頭上には、本来あるべき天井がない。
代わりに星々の瞬きと、ゆっくりと回転する、巨大な天球儀があった。
迷宮の中で津波にまで襲われた身となっては、もはやその光景に驚きはない。
パタリ、と本を閉じる音がして、アルヴィンは視線を戻した。
部屋の中心に、安楽椅子があった。
そこに背を向けて座る、長髪の女の姿が見える。
「……フェリシア?」
淡い期待が、アルヴィンの鼓動を早めた。
この迷宮で妙齢の女性と言えば、彼女しかいない。
だが、呼びかけに振り向いたのは──見知らぬ女だ。
「珍しいわね、お客様だなんて」
そう言うと、静かに微笑む。
カトレアの花を連想させる、成熟した優美な貴婦人である。
瞳には強い意志の力を宿し、艶やかさを感じさせた。
アルヴィンは最大級の警戒を持って、女に相対した。
迷宮を彷徨う、四人目の人間、ということになるのだろうか。
いや、違う。
落ち着いた、大人の女性といった印象だが……この場合、表面的な情報は何の意味も持たない。
魔女の年齢など、外見があてになるものではないからだ。
アルヴィンは一目で直感した。
──魔女だ。
それも、並の魔女ではない。
思わず後ずさりしてしまいそうな、濃厚な魔力をまとっている。
「お客様がいらっしゃるなんて、何年ぶりかしらね?」
女は口許をほころばせると、立ち上がった。
いつでも拳銃を抜けるように警戒しながら、アルヴィンは頭を高速で回転させる。
あからさまな敵意は感じられない。
とはいえ、それが安全を保障するものではない。
その気になれば、道ばたの雑草を刈り取るかのように、容易く首を飛ばされるだろう。
アルヴィンは慎重に間合いを計り、魔女に問う。
「──あなたは?」
「部屋に入ってきたのは、あなたの方よ。訪ねてきた者から名乗るのが礼儀ではなくて、アルヴィン?」
「どうして──」
「僕の名を知っているんだ。この魔女は心が読めるのか」
そう言うと女は、妖しく謎めいた表情を浮かべる。
この迷宮は、どこまでも意地が悪いようだ。
新たな部屋で、アルヴィンは強大な力を持った……そして、心を読む魔女と対峙することになったのだ。
それは、濡れた祭服のせいばかりではない。
「──フェリシア! エマ!」
アルヴィンは迷宮を、ひとり彷徨っている。
手がかりはなく、既に数時間、あてもなく歩き続けている。
フェリシアが考察したとおりだ。この迷宮は一度はぐれると、再会することは極めて困難だ。
どれだけ部屋を移動し、足を棒にしても、二人の影すら見いだせない。
探せば探すほど、遠ざかっているのではないか……そんな気さえしてくる。
アルヴィンは暗澹たる気持ちに陥る。
全ての責任は、自分にある。
あの時、なぜ二人を残して逃げたのか。
ギリギリまで手を尽くすべきだった。
これでは彼女らを……見殺しにしたも同然ではないか。
問題は、それだけではない。
このままでは囚われの教え子を救えず、聖櫃へ辿り着くこともできない。
八方塞がりだ。
息苦しさのようなものを感じながら、彷徨う。
いや、と、アルヴィンは軽く頭を振った。
二人は、生きている。
普段の物言いはともかくとして、フェリシアは聡明だ。行動力もある。
彼女なら、エマを連れて上手く逃げおおせているはずだ。
今頃、合流する術を探しているに違いない。
それは虫の良い、楽観的すぎる考えかもしれないが──今は、そう信じるしかない。
ふと、アルヴィンは立ち止まった。
目の前に、扉があった。
いや、扉ならいくらでもある。
違和感を感じたのは──黒い光沢を放つそれらの中で、一枚だけが白かったからだ。
これまで、黒以外の扉は見たことがない。
罠、かもしれない。
警戒して……だがその馬鹿馬鹿しさに、アルヴィンはひとり笑った。
仮に罠だったして、それがどうしたというのだろう?
いま以上に最悪の状況などない。
二人と合流するために、前に進むしかない。
例え罠が待っていたとしても──乗り越えるだけだ。
静かだ。
押し寄せる水塊も、忍び寄る殺意もない。
予想に反してその空間は──澄み切った、静謐な空気で満たされていた。
部屋は円形だ。正確に言えば長円形で、壁際には三階に相当する高さまで書架が配されている。
その雰囲気は……どこか、聖都の大図書館を思い出させる。
もちろん、外に出られたわけではない。
頭上には、本来あるべき天井がない。
代わりに星々の瞬きと、ゆっくりと回転する、巨大な天球儀があった。
迷宮の中で津波にまで襲われた身となっては、もはやその光景に驚きはない。
パタリ、と本を閉じる音がして、アルヴィンは視線を戻した。
部屋の中心に、安楽椅子があった。
そこに背を向けて座る、長髪の女の姿が見える。
「……フェリシア?」
淡い期待が、アルヴィンの鼓動を早めた。
この迷宮で妙齢の女性と言えば、彼女しかいない。
だが、呼びかけに振り向いたのは──見知らぬ女だ。
「珍しいわね、お客様だなんて」
そう言うと、静かに微笑む。
カトレアの花を連想させる、成熟した優美な貴婦人である。
瞳には強い意志の力を宿し、艶やかさを感じさせた。
アルヴィンは最大級の警戒を持って、女に相対した。
迷宮を彷徨う、四人目の人間、ということになるのだろうか。
いや、違う。
落ち着いた、大人の女性といった印象だが……この場合、表面的な情報は何の意味も持たない。
魔女の年齢など、外見があてになるものではないからだ。
アルヴィンは一目で直感した。
──魔女だ。
それも、並の魔女ではない。
思わず後ずさりしてしまいそうな、濃厚な魔力をまとっている。
「お客様がいらっしゃるなんて、何年ぶりかしらね?」
女は口許をほころばせると、立ち上がった。
いつでも拳銃を抜けるように警戒しながら、アルヴィンは頭を高速で回転させる。
あからさまな敵意は感じられない。
とはいえ、それが安全を保障するものではない。
その気になれば、道ばたの雑草を刈り取るかのように、容易く首を飛ばされるだろう。
アルヴィンは慎重に間合いを計り、魔女に問う。
「──あなたは?」
「部屋に入ってきたのは、あなたの方よ。訪ねてきた者から名乗るのが礼儀ではなくて、アルヴィン?」
「どうして──」
「僕の名を知っているんだ。この魔女は心が読めるのか」
そう言うと女は、妖しく謎めいた表情を浮かべる。
この迷宮は、どこまでも意地が悪いようだ。
新たな部屋で、アルヴィンは強大な力を持った……そして、心を読む魔女と対峙することになったのだ。
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