白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

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第六章 迷宮の魔女

第38話 廃教会の待ち人

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 無敵を自任する双子にとって、取るに足らない任務である。
 物足りなさすらある。
 馬車を降り、アリシアは黒々とした闇の向こう側に、かすかな輪郭を見出した。

 コールド・スプリング── 

 十年前、大火によって放棄された廃村。
 三人を乗せた馬車は、小一時間ほどで目的地へと到着した。
 馬車を降り、地面を踏む。

 ヴィクトルからの依頼は、少女の安全を完璧に確保し、ここまで連れてくることだった。
 道中、妨害らしい妨害はなかった。
 たとえ賊の一個小隊が襲撃してきたとしても、双子には排除する自信がある。

 だが生命の危険がある、と聞かされていた割には、期待していた展開もなく──双子的にはだが──拍子抜けである。

 とはいえ、全てが順調というわけではない。
 村に着いたものの、出迎える者はいない。
 遅すぎたのか……

「ここで誰と会うのか、知らないのです?」

 エルシアはオイルランタンを灯すと、赤毛の少女に尋ねた。
 こうなっては、この娘の記憶に頼るしかない。
 メアリーは、勢いよく首を横に振る。

「知らないです! おばさまからは、何も聞いていないです!」
「おばさま?」
「えーっと。チューボーにいる人!」
「この任務と、何の関係があるのです?」

 突拍子もない返答に、エルシアは首をかしげる。
 そして、妥当な回答に至る。
 メアリーは、何か勘違いをしているのだ。

 オルガナが秘密裏に動いた任務に、厨房の料理人が関係しているはずがない。
 同じ思いだったのだろう、隣でアリシアが肩をすくめた。

「手がかりがないんじゃ、とにかく村を探すしかないわね。気は進まないけど。もう一度聞くけど、本当に、何も、知らないのね?」
「何も!」
「まったく?」
「まったくなのです!」

 念を押すアリシアに、メアリーは両手を腰にあて、胸を張ってみせる。
 この根拠のない自信の源泉がどこにあるのか……全く分からない。
 
 顔を青ざめさせた御者に待つように伝え、三人は廃村の中へ足を進めた。
 メアリー真ん中にして、その両脇を小柄な双子が固める。
 エルシアは、どこか釈然としない。  

 待ち合わせをするにしても、なぜ深夜の廃村を選んだのか。
 オルガナでは会えない、よほどの理由があるのか。

 ランタンの灯りが、黒く焼け焦げた廃屋の群れを浮かび上がらせる。 
 一対の光点が、不意に現れた。
 拳銃に手が伸びるが……すぐに手を下ろす。野犬だ。

「まるで肝試しですわね」

 エルシアの声は、憂うつげである。
 向かうところ敵なしの双子とはいえ、それは物理的な攻撃が通用する相手に限ってのことだ。
 幽霊の類いは専門外である。

 この深夜の散策は、どうも気が進まない。
 ランタンの灯りは頼りなく、三人をコールタールのような、粘性を持った闇が包囲している。
 控えめに言って、薄気味が悪い。

 任務を速やかに済ませて、オルガナへ戻りたいところだが── 
 周囲を警戒しながら歩みを進め、アリシアは一点に視線を止めた。

「間に合ったみたいね」

 彼女の声は、安堵というよりは好戦的な響きを帯びていた。

「先を越された可能性もありますわよ?」

 エルシアも同様に、眼光を鋭くする。
 状況を理解できないメアリーだけが、きょとんとした顔だ。
 双子の視線の先に、屋根の焼け落ちた廃教会がある。

 そこから、気配が感じ取れた。
 ──魔法の気配だ。

「中に入ればはっきりするわ。魔女なら倒すだけよ!」
「もちろんですわ」

 双子は不敵な笑みを浮かべる。
 姿を現さない待ち人、そして魔女の気配。
    偶然、ではあるまい。

 つまり、極秘の会合の存在が漏れ、先回りした魔女によって待ち人が消された──そんな可能性が、頭をよぎる。 

 真相は廃教会に乗り込み、魔女を審問すればはっきりとするだろう。
 もし抵抗するのならシンプルにぶっ飛ば……駆逐するだけである。

 教会の扉は、とうの昔になくなっていたようだ。
 一行の前に、ぽっかりと黒い口が開いている。

「さあ、行くわよ!」

 アリシアの威勢の良いかけ声とともに、オルガナ学院生と卒業生の連合軍は、廃教会へと足を踏み入れた。
 



 内部は、こじんまりとした聖堂だ。
 想像したほど荒れてはいない。
 足元に小さなガレキや、木片が転がる程度だ。長年の風雨で朽ちた礼拝用の椅子は、壁際に寄せられていた。

 がらんとした聖堂の中央に、黒いテーブルクロスが敷かれた長テーブルが置かれている。
 そして、複数の気配がある。

「──オルガナの使者か」

 低い声とともに炎が走り、双子は身構えた。
 攻撃、ではない。

 テーブルの中央に、薔薇の蕾みを模した、銀製の三灯燭台がある。
 その蝋燭の先端が発火し、青白い炎を宿した。聖堂から闇が払われる。
 
 姿を浮かび上がらせたのは想像した通り、女だ。魔女だろう。
 エルシアが驚いたのは、別の理由からである。

 魔女は──十一人いた。 

 異様に背もたれの高い黒椅子に、腰掛けている。
 彼女らは一様に澄ました顔で、目を閉じていた。

 ──人形、なの?

 この場に十人いれば、全員がそう感じたことだろう。
 蝋燭の灯りを受けた端整な顔立ちは、この世のものとは思えない。
 芸術家が生涯をかけて追求したような、美しさがある。

 だが美麗なばかりの人形でないことは……聖堂を満たした、むせ返るような魔法の気配が証明している。
 この場にいるひとりひとりが、ただならぬ魔力を帯びている。

「お前たちが、オルガナの使者か」

 質問は、再び繰り返された。
 発したのは、最も奥の席に座した魔女だ。
 床まで伸びた艶やかな銀髪が、妖艶な雰囲気をたたえていた。

「そうよ。あなたたちこそ何者なの? あたしたちの任務の邪魔をしておいて、お茶会でも始めるつもり?」

 アリシアは皮肉めいた笑みを浮かべる。
 魔女は片眉を上げると、尊大な声を発した。

「──我は原初の十三魔女が長姉の末裔、アーデルハイトの当主である」

 祈る者がいなくなって久しい聖堂に、朗朗たる声が響く。

「さあ、我らを呼びつけた用件を話せ、オルガナの使者よ」
「……呼びつけた?」

 双子は顔を見合わせた。
    魔女たちは待ち人を害し、待ち受けていたのではないのか。

 秘密の会合の相手が、人ではなく、原初の魔女の末裔──いや、そんな馬鹿な話はない。
 これは罠だ。 
 そもそも学院が、魔女と通じているはずがない。

 単純な任務のはずだった。
 だがここにきて、状況は混迷を増す。

 困惑する双子に挟まれて、メアリーだけが動じず、銀髪の魔女を見返していた。

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