白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

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第六章 迷宮の魔女

第40話 魔女たちの蛮餐

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  ──バン!
 と、張りつめた空気が音を立てて破裂した。

 双子が武器を抜く。
 立ち上がった魔女たちが、一斉に手を振りかざす。
 虚空に火球と雷球が生まれ、殺意の波動が空気を震わせる。
 聖堂は真昼のように明るく照らされ、破局が裏口より招き入れられた。

「正気なのっ!?」

 焼け落ちた屋根からのぞいた夜空を振り仰ぎ、アリシアは舌打ちに駆られた。
 廃教会を粉砕しかねないほどの氷塊が、落下しつつある。
 喚びだしたのは──怒りで見境をなくした、グラキエスだろう。

 魔女たちまでも押しつぶす氷塊を喚ぶなど、狂気の沙汰だ。
 もはや、拳銃や短剣でどうこうできる次元ではない。

 その時、何気ない足取りで進み出たのはメアリーだ。
 丸腰で、敵意の欠片もまとわない少女に、魔女たちは不意を突かれる。

 手が軽く、グラキエスの肩に触れる。

 メアリーがしたことといえば、それだけだ。
 だが、生じた変化は苛烈だ。

 禍々しいばかりの魔力が、瞬時に霧散した。
 頭上の氷塊も、消え去る。
 腰の力が抜け、グラキエスはへたり込んだ。  

「な……!」

 一瞬の自失から立ち直ると、魔女は叫ぶ。

「何をした!?」
「動くな!」

 普段の、天真爛漫な少女からは想像もできない、鋭い一喝が飛んだ。
 眼前で得体の知れない力を見せつけられ、当主たちが動きを止める。 
 双子も同様だ。
 両者が、赤毛の少女を注視した。

「──その力は?」

 声を発したのは、騒然とした聖堂にあって、ただひとり着座していたアーデルハイトだ。

「銷失《しょうしつ》の魔法、だったっけ。おばさまに教えてもらったの。とは言っても、わたしが使えるのはこれだけなんだけど」
「魔法……お前は、オルガナの後継者か?」
「さあ? 難しいことは分からないわ」

 メアリーの返答は、あっさりとしたものだ。

 アーデルハイトは、ほっそりとした顎に手をやると沈黙した。
 先ほどまでと、明らかに様子が違う。
 何かを、吟味しているように見える。

「ひとつ問おう。お前なら、この事態を収拾できると?」
「もちろんよ」

 毅然と胸を張り、メアリーは断言する。

「逆に、あなたたち魔女では、無理ね。だってほら、わたしみたいな小娘ひとり始末できないじゃない」

 少女の口調は、明らかに挑発的である。

「言わせておけば!」
「おやめ!」

 再びの激発は、アーデルハイトの冷然とした声によって封じられた。
 成り行きを見守っていた双子は、驚きを隠せない。

 頼りなげに見えた少女が──実は、当主らと対等にやり合うような、芯の強さを持っていたのだ。
 もっとも、ひとつ選択肢を誤れば、即殺し合いとなる状況だ。
 危うさに、ハラハラせずにはいられない。

 アーデルハイトは、口許に、薄く冷笑をたたえた。

「そこまで言うのなら、お前にチャンスを与えても良いだろう」
「チャンスって?」
「大陸は、破滅の瀬戸際にある」

 大陸の破滅……眉根を寄せた少女に向けて、魔女は淡々と続けた。

「不死は秩序に綻びをつくり、因果律を崩壊させる。結果、大陸に破滅がもたらされる」
「何が起きるっていうの?」
「現出」

 返答は短い。
 そして、それ以上を、銀髪の魔女は語らない。

「もはや、我らに猶予はない。聖都に潜入させた、幻惑の魔女エブリアから連絡が途絶えた。穏便な解決手段は潰えた。残された手段は──聖都を、消し去るのみ」

 アーデルハイトの表情からして、それが口先だけでないことは容易に知れる。
 信じがたい言葉に、アリシアが叫んだ。

「正気なの!? 聖都には大勢の市民がいるのよ!?」
「大陸の存亡に比べれば、些細なこと」
「──そんなこと、させないわ!!」

 双子は鋭い視線を放ち、再び武器を構える。
 決裂の半歩手前で、魔女は言葉を付け加えた。

「ただし──聖都へ赴き、ステファーナを抹殺すると誓うなら、猶予を与えても良い」
「馬鹿げてるわっ! 教会のトップを暗殺してこいっていうの!?」
「審問官の使命と、何ら矛盾せぬではないか」
「使命と? ……どういう意味なのです?」
 
 怪訝な顔で、エルシアが問う。
 だが銀髪の魔女は、赤い口紅を引いた唇をほころばせただけだ。回答を与える気など、さらさらないらしい。

「引き受けぬなら、お前たちを葬り聖都を消すだけだ。さあ、どうする」
「いいわ! やるわ!」

 跳ねるようにして、メアリーは答える。

「ちょっと!?」

 双子が上げた抗議の声を、意に介さない。

「その、エライ奴を倒してくればいいのね。いつまでに?」
「我らが、失敗したと判断するまでに。それは、明日かもしれぬな」

 魔女は薄く笑うと、手を振った。
 取引は成立、ということなのだろう。
 当主たちの姿が幻影のようにゆらぎ、姿を消し始めた。

 アーデルハイトはメアリーへと、冷たい光を投げ打った。

「──我らは、暴戻なる教会とは違う。だが、危機が迫れば厭わぬ。いつでも聖都を消し去れることを、忘れぬことだ」

 不吉な言葉を残し、最後にアーデルハイトの姿が消えた。
 同時に燭台の青い炎が消え、聖堂に静けさと闇が戻る。
 オイルランタンが足元を、頼りなげに照らした。

「メアリーっ!!」

 一瞬の間を置いて、双子は猛然とメアリーに掴みかかった。

「枢機卿ステファーナの暗殺!? 何、とんでもない厄介を引き受けているのよっ!」
「そうなのです! 相談もなく勝手に! それに、魔法!? あなた、魔女なのです!?」

 枢機卿の暗殺など、明確な反逆行為である。
 胸ぐらを掴まれ、上下左右に激しく揺すられながら、メアリーは人差し指を頬に当てた。

「えーっと。厳密にいうと魔女じゃないのだけど。わたしは呪いで魔女になったことがあったから、使えるって、おばさまが──」
「また、おばさまなのです!?」

 とんでもない手紙を託し、メアリーに魔法を教え、当主たちを呼びだした厨房のおばさまとは、一体何者なのか。
 確信はないが、魔女たちが口にした、オルガナと同一人物なのではないか……エルシアの頭をそんな考えがよぎる。

 そして学院の創始者もまた、オルガナだ。
 もしかして、それは──

「さあ、いざ、聖都へ出発なのです!」

 メアリーは、焼け落ちた屋根からのぞいた月を指さした。 
 聖都がそちらにあるのか……いや、適当だろう。
 アリシアが珍しく、嘆息する。

「乗り掛かった船だもの。仕方ないわね」
「まあ……そうですわね」 

 エルシアも、心底気乗りしない顔だ。
 聖都に着いたら、状況を整理する必要があるだろう。

 二人欠けた魔女の当主たち。
 会主の暗殺は、審問官の使命と矛盾しない。その言葉も、何かがひっかかる……

 そこで、聖都にはアルヴィンがいることを思い出す。
 元々、少女を保護したのは彼なのだから、手伝わさせよう。双子は心に固く誓う。

「さあ、大陸を救うために、ステファーナをやっつけるのです!」

 メアリーは声を弾ませて、高らかに宣言した。

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