白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

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第六章 迷宮の魔女

第45話 天使と悪魔たち

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 早朝の、清涼な空気が頬を撫でた。
 アルヴィンは気だるさを感じながら、重い瞼を開けた。
 アルビオにある、自室のベッドの上──ではない。

 目に映ったのは、大理石の床だ。そこに、這いつくばっていることに気づく。 
 息は……苦しくない。

 アルヴィンは深く呼吸し、新鮮な空気を肺の奥に押しやった。
 意識が次第に明瞭となり、周囲の状況を理解する。
 そこは、扉の迷宮ではない。
 見覚えのある書架が整然と並んでいる。

 ──聖都の、大図書館だ。

 戻ってきたのだ。還った者のない、迷宮から。 
 天窓から陽光が差し、眩さにアルヴィンは目を細めた。  
 まさに、間一髪だった。

 フェリシアと、エマは無事だ。そして、アズラリエルもある。
 実に困難な試練だったが……この結果は、及第点といっていい。やり遂げた達成感は小さくない。

 背後には、黒檀で造られた禁書庫があった。その扉は、ぴたりと閉じられている。
 もう二度と、あそこには立ち入りたくないものだ……アルヴィンは立ちあがり、禁書庫に背を向けた。
 そして、息が止まった。

 禁書庫から少し離れた先で、小さな人影が動いた。
 白の祭服に緋色の帯を締めた、天使の見習いのような少年──枢機卿エウラリオだ。
 背後に、二十人近い処刑人を従えている。

 禁書庫から出てくるのを、待ち構えていたのか……アルヴィンは背中に二人を庇い、身構える。  
 処刑人らが、一斉に動く。

 ──どうしてこう、次から次へと続くんだっ!

 運命を司る天使は、相当意地が悪いらしい。
 拳銃に手を伸ばし、そこで、さらなる驚きに見舞われる。

 エウラリオと処刑人は、アルヴィンに向かって──恭しく、跪いたのである。
 それはまるで、臣下が君主にとるものだ。

 ──なぜ、僕に……? いや、様子がおかしい!

「ご苦労」

 玲瓏とした少女の声が、背後で響いた。
 小さな手が伸び、フェリシアからアズラリエルを掠め取る。
 アルヴィンの脇を通り過ぎたのは── 

「……エマ?」

 処刑人らが跪いたのは……その、少女に対してだ。
 エマは数歩進み、振り返った。

 三つ編みを解き、さらさらとした金髪が流れた。
 少女は無邪気な微笑みを浮かべると、アルヴィンに一礼した。

「申し遅れました。わたしはステファーナ。枢機卿会会主、エマ・ステファーナです」
「……!」

 アルヴィンは、言葉を失った。
 教会の影の支配者であり、父を死に追いやった宿敵──それが、ステファーナだ。

 ──この……少女が?

 アルヴィンには、出来の悪い冗談としか思えない。
 戸惑いを浮かべたフェリシアが、少女に駆け寄った。

「エマ! どうしたんだい!? それにキミ、声が──」

 その瞳を、ステファーナはじっと見返した。
 途端、フェリシアの双眸から……意志の光が、消えた。

「フェリシア女史は、古言語に精通していらっしゃる。白き魔女追跡のために、お力を貸していただけませんか」
「──よろこんで」

 フェリシアは抑揚のない声で答える。
 その眼差しは、人形のように虚ろだ。 

 ──精神支配だ。

 アルヴィンは戦慄した。
 背中を、冷たい汗がつたう。
 精神支配は、人の心を支配し操る、高度な魔法だ。

 それを少女は、いとも容易く使って見せたのだ。
 月が、出ていないにもかかわらず。

「審問官アルヴィン」

 ステファーナは微笑み、アルヴィンの顔を見上げた。 
 
「少し、話をしましょう」

 声は朗らかで柔らかい。
 だが拒むことを許さない、何かがあった。 
 

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