白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

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第七章 災厲の魔女

第50話 救世主は遅れてやってくる

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「お前たち!」

 権高な声が響き、作り物のような二対の目が光った。
 処刑人らに指を突きつけながら走り寄って来たのは、肥満体の男だ。
 黒の祭服に緋色の帯を締めた、枢機卿ウルベルトである。

 不吉な仮面をつけた処刑人の足元には、アルヴィンが倒れている。
 意識はない。

 生死は──分からない。

 幸いというべきか、悪魔めいた力を持つ少女の姿はない。
 ウルベルトは巨体を急停止させると、声を張り上げた。

「お前たち! ここで何をしている!?」

 再び発せられたそれは、叱責というよりは、小動物がみせる精一杯の威嚇に近い。
 肩をいからせるウルベルトに、処刑人は感情なく、機械的に言葉を返す。

「背教者を処分するようにと、枢機卿ステファーナからのご指示です」
「それはご苦労! だが、命令は変更だ。お前たちは警備に戻れ。俺が片付けておいてやろう」
「あなたが?」
「先ほどステファーナから、俺がやるようにと命じられたのだ。あ奴の気まぐれにも、困ったものだ」

 ウルベルトは、やれやれと大げさに肩をすくめる。
 無論、口から出任せである。
 処刑人は動かない。

 ただ、疑いに満ちた視線が返されただけだ。
 半信半疑……いや、一信九疑というところか。

「早く行け!」

 唾を飛ばし、怒鳴るウルベルトを前にして、処刑人はようやく動いた。
 形ばかりの一礼を施して、男らは去って行く。

 その姿が視界から完全に消えたのを確認して、ウルベルトはアルヴィンの側に跪いた。
 首元に、手を当てる。

 脈は──ある。
 心臓は弱いながらも鼓動し、胸は浅く上下している。
 胸元からの出血がおびただしい。顔は蒼白で、苦悶の色が深く刻まれていた。

 ひたひたと、死が迫りつつある。
 一刻も早く治療を受けさせなければ、手遅れとなるだろう……

「なぜ俺が、こんなことをっ」

 ぶちまけたい鬱憤は、一ダースでは足りない。
 だがそれは、時間が許さない。
 心底腹立たしげに、アルヴィンを背負い上げる。
 背中越しに、小さなうめき声が伝わった。

「ここでお前に死なれては困るのだ。生きろ!」

 ぞんざいに言い捨てると、ウルベルトは歩き始めた。
 アルヴィンを背負い、薔薇園を出た足取りは、絶望的なほど遅い。
 痩身に見えた青年の身体は、意外にも、ずしりとした重さがある。

 背教者の逃走を手助けする──事が露見すれば、ウルベルトも粛正されるのは間違いない。
 遅々として進まない足取りに、苛立ちが募る。  
 あんな稚拙な噓で、稼げる時間など知れているだろう。

「まったく、ベラナもお前も、厄介ばかり押しつけよって……!」

 足をよろめかせながら、ウルベルトは毒づく。

 ──と。
 突然、視界が開けた。

 顔を上げ、目に飛び込んだのは──聖都の街を二つに分かつ、川である。
 大陸有数の長さを誇る、クラウド川だ。

 おだやかな川面はエメラルドの色に近く、透明度はほぼない。
 河畔は、ベージュ色の自然石で護岸され、よく整備された散策道には、マロニエの街路樹が白い花を咲かせている。

 残念ながらウルベルトに、花を愛でる余裕などない。
 いや、そもそも金にも得にもならないものに、興味などない。
 求めるものは、走らせた視線の先にあった。

 五つのアーチが連続する、優美な石橋だ。
 それは教皇庁を始めとした教会の中枢と、旧市街を結ぶ。
 その先に、目的地がある。
 そこに辿り着けば……アルヴィンを救えるかもしれない。

 ウルベルトは橋を渡る。だが中程で、停止を余儀なくされた。
 行く手に、白い壁が立ち塞がった。
 橋のたもとに、処刑人の一団が待ち構えていたのだ。

「ちっ!」

 舌打ちとともに振り返り……背後にも、複数の殺気が渦巻くことに気づく。
 前後を塞がれた。
 退路はない、袋のネズミである。

 そして──

「他人の仕事を横から取るとは、いつからそんなに勤勉になったのです、ウルベルト?」
「──嫌な時に、嫌な奴だ」

 ボーイソプラノのような澄んだ美声が響き、ウルベルトは忌々しげに吐き捨てた。
 処刑人の背後で、微笑みを浮かべるのは──枢機卿エウラリオだった。


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