135 / 197
第七章 災厲の魔女
第50話 救世主は遅れてやってくる
しおりを挟む
「お前たち!」
権高な声が響き、作り物のような二対の目が光った。
処刑人らに指を突きつけながら走り寄って来たのは、肥満体の男だ。
黒の祭服に緋色の帯を締めた、枢機卿ウルベルトである。
不吉な仮面をつけた処刑人の足元には、アルヴィンが倒れている。
意識はない。
生死は──分からない。
幸いというべきか、悪魔めいた力を持つ少女の姿はない。
ウルベルトは巨体を急停止させると、声を張り上げた。
「お前たち! ここで何をしている!?」
再び発せられたそれは、叱責というよりは、小動物がみせる精一杯の威嚇に近い。
肩をいからせるウルベルトに、処刑人は感情なく、機械的に言葉を返す。
「背教者を処分するようにと、枢機卿ステファーナからのご指示です」
「それはご苦労! だが、命令は変更だ。お前たちは警備に戻れ。俺が片付けておいてやろう」
「あなたが?」
「先ほどステファーナから、俺がやるようにと命じられたのだ。あ奴の気まぐれにも、困ったものだ」
ウルベルトは、やれやれと大げさに肩をすくめる。
無論、口から出任せである。
処刑人は動かない。
ただ、疑いに満ちた視線が返されただけだ。
半信半疑……いや、一信九疑というところか。
「早く行け!」
唾を飛ばし、怒鳴るウルベルトを前にして、処刑人はようやく動いた。
形ばかりの一礼を施して、男らは去って行く。
その姿が視界から完全に消えたのを確認して、ウルベルトはアルヴィンの側に跪いた。
首元に、手を当てる。
脈は──ある。
心臓は弱いながらも鼓動し、胸は浅く上下している。
胸元からの出血がおびただしい。顔は蒼白で、苦悶の色が深く刻まれていた。
ひたひたと、死が迫りつつある。
一刻も早く治療を受けさせなければ、手遅れとなるだろう……
「なぜ俺が、こんなことをっ」
ぶちまけたい鬱憤は、一ダースでは足りない。
だがそれは、時間が許さない。
心底腹立たしげに、アルヴィンを背負い上げる。
背中越しに、小さなうめき声が伝わった。
「ここでお前に死なれては困るのだ。生きろ!」
ぞんざいに言い捨てると、ウルベルトは歩き始めた。
アルヴィンを背負い、薔薇園を出た足取りは、絶望的なほど遅い。
痩身に見えた青年の身体は、意外にも、ずしりとした重さがある。
背教者の逃走を手助けする──事が露見すれば、ウルベルトも粛正されるのは間違いない。
遅々として進まない足取りに、苛立ちが募る。
あんな稚拙な噓で、稼げる時間など知れているだろう。
「まったく、ベラナもお前も、厄介ばかり押しつけよって……!」
足をよろめかせながら、ウルベルトは毒づく。
──と。
突然、視界が開けた。
顔を上げ、目に飛び込んだのは──聖都の街を二つに分かつ、川である。
大陸有数の長さを誇る、クラウド川だ。
おだやかな川面はエメラルドの色に近く、透明度はほぼない。
河畔は、ベージュ色の自然石で護岸され、よく整備された散策道には、マロニエの街路樹が白い花を咲かせている。
残念ながらウルベルトに、花を愛でる余裕などない。
いや、そもそも金にも得にもならないものに、興味などない。
求めるものは、走らせた視線の先にあった。
五つのアーチが連続する、優美な石橋だ。
それは教皇庁を始めとした教会の中枢と、旧市街を結ぶ。
その先に、目的地がある。
そこに辿り着けば……アルヴィンを救えるかもしれない。
ウルベルトは橋を渡る。だが中程で、停止を余儀なくされた。
行く手に、白い壁が立ち塞がった。
橋のたもとに、処刑人の一団が待ち構えていたのだ。
「ちっ!」
舌打ちとともに振り返り……背後にも、複数の殺気が渦巻くことに気づく。
前後を塞がれた。
退路はない、袋のネズミである。
そして──
「他人の仕事を横から取るとは、いつからそんなに勤勉になったのです、ウルベルト?」
「──嫌な時に、嫌な奴だ」
ボーイソプラノのような澄んだ美声が響き、ウルベルトは忌々しげに吐き捨てた。
処刑人の背後で、微笑みを浮かべるのは──枢機卿エウラリオだった。
権高な声が響き、作り物のような二対の目が光った。
処刑人らに指を突きつけながら走り寄って来たのは、肥満体の男だ。
黒の祭服に緋色の帯を締めた、枢機卿ウルベルトである。
不吉な仮面をつけた処刑人の足元には、アルヴィンが倒れている。
意識はない。
生死は──分からない。
幸いというべきか、悪魔めいた力を持つ少女の姿はない。
ウルベルトは巨体を急停止させると、声を張り上げた。
「お前たち! ここで何をしている!?」
再び発せられたそれは、叱責というよりは、小動物がみせる精一杯の威嚇に近い。
肩をいからせるウルベルトに、処刑人は感情なく、機械的に言葉を返す。
「背教者を処分するようにと、枢機卿ステファーナからのご指示です」
「それはご苦労! だが、命令は変更だ。お前たちは警備に戻れ。俺が片付けておいてやろう」
「あなたが?」
「先ほどステファーナから、俺がやるようにと命じられたのだ。あ奴の気まぐれにも、困ったものだ」
ウルベルトは、やれやれと大げさに肩をすくめる。
無論、口から出任せである。
処刑人は動かない。
ただ、疑いに満ちた視線が返されただけだ。
半信半疑……いや、一信九疑というところか。
「早く行け!」
唾を飛ばし、怒鳴るウルベルトを前にして、処刑人はようやく動いた。
形ばかりの一礼を施して、男らは去って行く。
その姿が視界から完全に消えたのを確認して、ウルベルトはアルヴィンの側に跪いた。
首元に、手を当てる。
脈は──ある。
心臓は弱いながらも鼓動し、胸は浅く上下している。
胸元からの出血がおびただしい。顔は蒼白で、苦悶の色が深く刻まれていた。
ひたひたと、死が迫りつつある。
一刻も早く治療を受けさせなければ、手遅れとなるだろう……
「なぜ俺が、こんなことをっ」
ぶちまけたい鬱憤は、一ダースでは足りない。
だがそれは、時間が許さない。
心底腹立たしげに、アルヴィンを背負い上げる。
背中越しに、小さなうめき声が伝わった。
「ここでお前に死なれては困るのだ。生きろ!」
ぞんざいに言い捨てると、ウルベルトは歩き始めた。
アルヴィンを背負い、薔薇園を出た足取りは、絶望的なほど遅い。
痩身に見えた青年の身体は、意外にも、ずしりとした重さがある。
背教者の逃走を手助けする──事が露見すれば、ウルベルトも粛正されるのは間違いない。
遅々として進まない足取りに、苛立ちが募る。
あんな稚拙な噓で、稼げる時間など知れているだろう。
「まったく、ベラナもお前も、厄介ばかり押しつけよって……!」
足をよろめかせながら、ウルベルトは毒づく。
──と。
突然、視界が開けた。
顔を上げ、目に飛び込んだのは──聖都の街を二つに分かつ、川である。
大陸有数の長さを誇る、クラウド川だ。
おだやかな川面はエメラルドの色に近く、透明度はほぼない。
河畔は、ベージュ色の自然石で護岸され、よく整備された散策道には、マロニエの街路樹が白い花を咲かせている。
残念ながらウルベルトに、花を愛でる余裕などない。
いや、そもそも金にも得にもならないものに、興味などない。
求めるものは、走らせた視線の先にあった。
五つのアーチが連続する、優美な石橋だ。
それは教皇庁を始めとした教会の中枢と、旧市街を結ぶ。
その先に、目的地がある。
そこに辿り着けば……アルヴィンを救えるかもしれない。
ウルベルトは橋を渡る。だが中程で、停止を余儀なくされた。
行く手に、白い壁が立ち塞がった。
橋のたもとに、処刑人の一団が待ち構えていたのだ。
「ちっ!」
舌打ちとともに振り返り……背後にも、複数の殺気が渦巻くことに気づく。
前後を塞がれた。
退路はない、袋のネズミである。
そして──
「他人の仕事を横から取るとは、いつからそんなに勤勉になったのです、ウルベルト?」
「──嫌な時に、嫌な奴だ」
ボーイソプラノのような澄んだ美声が響き、ウルベルトは忌々しげに吐き捨てた。
処刑人の背後で、微笑みを浮かべるのは──枢機卿エウラリオだった。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる