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第七章 災厲の魔女
第51話 美少年と強欲男
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「ようやく馬脚を露わしましたね? 背教者の逃亡に、手を貸した。もはや舌先で言い逃れはできませんよ」
エウラリオの声には、弁明を許さない響きがある。
もとより、この状況で申し開きをしたところで、爪の先ほどの説得力もあるまい。
「──卿こそ、いい加減に目を覚ませ」
アルヴィンの身体を横たえると、ウルベルトは眼差しを厳しいものに変えた。
「反逆を認めるのですね、ウルベルト?」
「教皇猊下に呪いをかけ、教会を私するのが正義と言うのなら、そうであろうな」
皮肉たっぷりに言い返し、ウルベルトは開き直る。
多数の処刑人に包囲され、逃げ場はない。
荒事こそが専門のはずのアルヴィンは重傷で、あてにならない。
絵に描いたような、絶体絶命である。
だとすれば……遠慮する方が馬鹿らしい。好きに言わせてもらうまでだ。
「不死に、何の意味がある? 卿は会主に欺かれておるのだ」
「偉大なる試みは、人が神を超える崇高な挑戦なのです。所詮、俗物であるあなたには理解できないでしょう」
勝利を確信しているのだろう。
エウラリオの声は、優越感と自己陶酔に満ちている。
冷ややかに聞き流すウルベルトを前にして、少年は声を立てずに笑った。
「哀れですね。あなたも自分の本心に素直になれば、こんなことにはならなかった」
「何の話だ」
「偉大なる試みが、我らに打ち明けられた時のことですよ。真っ先に、あなたが飛びつくと思いました。ですが、実際はどうですか? 欲深なあなただけが、首を縦に振らなかった。なぜです? 死が怖くない、とは言わせませんよ」
ウルベルトは不快げに顔をしかめると、鼻を鳴らした。
続いた声には、侮蔑と、辛辣な響きが伴う。
「俺が欲深であることは否定せんが、幸いにも人並みの羞恥心は持ち合わせておってな。死は、恐ろしい。だが、孫と変わらぬ姿となって平然としておられるほど、恥知らずにもなれんのさ」
遠慮のないウルベルトの物言いは、エウラリオの痛いところを突いたのだろう。
天使のような朗らかな笑みの片隅に、影が差した。
少年の声が、低くなった。
「あなたとは、最初から馬が合わなかった」
「珍しく意見があうな」
ウルベルトは、ふてぶてしく笑う。
これ以上戯れ言につきあう気はない、という意思表示なのだろう。
少年が右手を上げた。
同時に鞘鳴りの音が連鎖し、処刑人らが抜剣する。
血に飢えた白刃が朝日を受け、禍々しく瞬いた。
「背教者を粛正しなさい」
天使のような、淀みの一切ない澄んだ声が、死刑宣告を発する。
逃亡者を、獰猛な包囲網がじわりと取り囲んだ。
表情を変えず、ウルベルトは祭服に忍ばせた短剣を抜く。
それは柄に、希少なピジョン・ブラッドのルビーをあしらい、刀身に緻密な彫刻が施された、儀礼用のものだ。
武器というよりは、宝飾品の類いである。まったく実戦向きではない。
だがウルベルトは、余裕の態度を崩さない。
「そういえば卿は若い頃、大陸で随一の、剣の使い手だったらしいな?」
ウルベルトは豪奢な短剣の切っ先を、ゆらゆらとさせる。
そして処刑人の背後に立つ少年に、からかうような声を投げつけた。
「部下の後ろにコソコソ隠れては、名が泣くぞ。範を示したらどうなのだ」
「……」
「まさか短剣一本しか持たぬ俺が、怖いと? あの、エウラリオが?」
それは、挑発としては見え透いたものであろう。
だが、効果はあった。
「──怖い? 私が?」
エウラリオの声が、遠雷を思わせる不穏な響きを帯びる。
少年は初めて、笑顔以外の何かを浮かべた。
「それでは、手合わせを願おうか」
「いいでしょう」
部下から、長剣を借り受ける。
それは子供が扱うにしては、明らかに長く、重い。
二、三度、無造作に剣を振ると、エウラリオは正眼に構えた。
それだけだ。
それだけで──空気が、一変した。
早朝のひやりとした風が、薄い刃に変わったかのようだ。
思わず呼吸をためらうほど、空気が張りつめる。
エウラリオの構えは、一切の隙がない、練達のものである。
──よくある老人のほら話、ではなかったということか。
だとすれば、短剣しか持たない相手を斬り伏せるなど、造作もないだろう。
エウラリオは、鋭利な殺気を双眸に宿し、ウルベルトを睨みつける。
肥満体の男は……だが、その眼光を、平然と受け止めた。
それどころか、唇の端に笑みを宿している。
「あなたがたは、手出しを控えるように」
エウラリオの命と共に、包囲網が解かれる。
短剣を構えた巨漢と、長剣を構えた美少年──実にアンバランスな構図で、二人の枢機卿は剣を交えた。
エウラリオの声には、弁明を許さない響きがある。
もとより、この状況で申し開きをしたところで、爪の先ほどの説得力もあるまい。
「──卿こそ、いい加減に目を覚ませ」
アルヴィンの身体を横たえると、ウルベルトは眼差しを厳しいものに変えた。
「反逆を認めるのですね、ウルベルト?」
「教皇猊下に呪いをかけ、教会を私するのが正義と言うのなら、そうであろうな」
皮肉たっぷりに言い返し、ウルベルトは開き直る。
多数の処刑人に包囲され、逃げ場はない。
荒事こそが専門のはずのアルヴィンは重傷で、あてにならない。
絵に描いたような、絶体絶命である。
だとすれば……遠慮する方が馬鹿らしい。好きに言わせてもらうまでだ。
「不死に、何の意味がある? 卿は会主に欺かれておるのだ」
「偉大なる試みは、人が神を超える崇高な挑戦なのです。所詮、俗物であるあなたには理解できないでしょう」
勝利を確信しているのだろう。
エウラリオの声は、優越感と自己陶酔に満ちている。
冷ややかに聞き流すウルベルトを前にして、少年は声を立てずに笑った。
「哀れですね。あなたも自分の本心に素直になれば、こんなことにはならなかった」
「何の話だ」
「偉大なる試みが、我らに打ち明けられた時のことですよ。真っ先に、あなたが飛びつくと思いました。ですが、実際はどうですか? 欲深なあなただけが、首を縦に振らなかった。なぜです? 死が怖くない、とは言わせませんよ」
ウルベルトは不快げに顔をしかめると、鼻を鳴らした。
続いた声には、侮蔑と、辛辣な響きが伴う。
「俺が欲深であることは否定せんが、幸いにも人並みの羞恥心は持ち合わせておってな。死は、恐ろしい。だが、孫と変わらぬ姿となって平然としておられるほど、恥知らずにもなれんのさ」
遠慮のないウルベルトの物言いは、エウラリオの痛いところを突いたのだろう。
天使のような朗らかな笑みの片隅に、影が差した。
少年の声が、低くなった。
「あなたとは、最初から馬が合わなかった」
「珍しく意見があうな」
ウルベルトは、ふてぶてしく笑う。
これ以上戯れ言につきあう気はない、という意思表示なのだろう。
少年が右手を上げた。
同時に鞘鳴りの音が連鎖し、処刑人らが抜剣する。
血に飢えた白刃が朝日を受け、禍々しく瞬いた。
「背教者を粛正しなさい」
天使のような、淀みの一切ない澄んだ声が、死刑宣告を発する。
逃亡者を、獰猛な包囲網がじわりと取り囲んだ。
表情を変えず、ウルベルトは祭服に忍ばせた短剣を抜く。
それは柄に、希少なピジョン・ブラッドのルビーをあしらい、刀身に緻密な彫刻が施された、儀礼用のものだ。
武器というよりは、宝飾品の類いである。まったく実戦向きではない。
だがウルベルトは、余裕の態度を崩さない。
「そういえば卿は若い頃、大陸で随一の、剣の使い手だったらしいな?」
ウルベルトは豪奢な短剣の切っ先を、ゆらゆらとさせる。
そして処刑人の背後に立つ少年に、からかうような声を投げつけた。
「部下の後ろにコソコソ隠れては、名が泣くぞ。範を示したらどうなのだ」
「……」
「まさか短剣一本しか持たぬ俺が、怖いと? あの、エウラリオが?」
それは、挑発としては見え透いたものであろう。
だが、効果はあった。
「──怖い? 私が?」
エウラリオの声が、遠雷を思わせる不穏な響きを帯びる。
少年は初めて、笑顔以外の何かを浮かべた。
「それでは、手合わせを願おうか」
「いいでしょう」
部下から、長剣を借り受ける。
それは子供が扱うにしては、明らかに長く、重い。
二、三度、無造作に剣を振ると、エウラリオは正眼に構えた。
それだけだ。
それだけで──空気が、一変した。
早朝のひやりとした風が、薄い刃に変わったかのようだ。
思わず呼吸をためらうほど、空気が張りつめる。
エウラリオの構えは、一切の隙がない、練達のものである。
──よくある老人のほら話、ではなかったということか。
だとすれば、短剣しか持たない相手を斬り伏せるなど、造作もないだろう。
エウラリオは、鋭利な殺気を双眸に宿し、ウルベルトを睨みつける。
肥満体の男は……だが、その眼光を、平然と受け止めた。
それどころか、唇の端に笑みを宿している。
「あなたがたは、手出しを控えるように」
エウラリオの命と共に、包囲網が解かれる。
短剣を構えた巨漢と、長剣を構えた美少年──実にアンバランスな構図で、二人の枢機卿は剣を交えた。
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