白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

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第七章 災厲の魔女

第58話 小悪魔 対 小悪党

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 脳裏に、三年前の悪夢が蘇った。
 審問官アリシアと、エルシア。
 可憐な少女の皮を被った小悪魔たちは、かつてアルビオで剣を交え、完敗を喫した怨敵である。

 自尊心を粉々に打ち砕かれた屈辱を、忘れようはずがない。
 もはやトラウマと言ってもいい。

 だが──動揺は、一瞬だ。 

 リベリオとて、暴力のプロフェッショナルとしての自負がある。
 そしてグングニルの力は強大だ。恐れる必要などないのだ。 
 むしろこれは、復讐の好機ですらある。

「来い! 決着をつけてやる!」

 リベリオは槍を振りかざし吼えた。
 因縁の戦いの、幕が切って落とされた。

 両手に短剣を持ったアリシアが、一気に間合いを詰める。 
 短剣と、槍の戦いである。
 冷静に考えれば、リベリオに分がある。
 それだけではない。

 リベリオの槍捌きは、称賛に値するものだ。アリシアを巧みに牽制し、接近を許さない。
 鋭く突き、払い、時に斬りつける。
 どうやら、口先だけのサディストではなかったらしい。

 ただし──やられてばかりいる双子ではない。
 的確に攻撃をいなしながら、アリシアは、まるで剣舞のように軽快なステップを踏む。
 そこに銃声がつけ加えられた。

 乙女の柔肌を切り裂くべく繰り出された刃は、銃弾によって弾かれる。
 射撃したのは──エルシアだ。
 激しく動くアリシアの身体の僅かな隙間を、狙い撃ったのである。
 常人であれば、パートナーへの被弾を恐れ、尻込みするに違いない。

 援護を予想していたかのように、アリシアが反撃に転じる。
 要所要所で放たれる銃弾が、リベリオの槍を封じる。 
 アリシアが果敢に短剣で切り込み、エルシアが神がかった射撃で援護する。

 そこに、会話はない。  
 あるのは、絶対の信頼関係だ。
 これこそが、双子の真骨頂とでも呼ぶべき戦いであろう。

 つけ入る隙のない二人に、リベリオは苛立った。
 じわじわと迫るアリシアに、槍先を向ける。
 今こそグングニルの力を使う時だ。

 ただならぬ気配をアリシアは感じ取ったが、すでに回避するには遅すぎる。

「死ねっ!!」

 リベリオは勝利を確信し、哄笑した。
 必殺の間合いである。

 グングニルから生み出された光熱波が、アリシアへと殺到し、大爆発を引き起こす。
 ──そのはずだった。

「なぜだっ!?」

 目をむき、驚愕したのはリベリオの方だ。
 背教者を葬り去る正義の鉄槌は、振り下ろされなかった。
 槍の先端から、僅かに、弱々しい光が漏れ出たただけである。それは夜道の足元を照らす程度には、役に立ったかもしれない。

 一瞬生じた動揺が、命とりとなる。
 懐に飛び込んだアリシアが、拳を握った。その手には、銀製のメリケンサックが握られている。

「歯を食いしばりなさい、小悪党!」

 容赦のない一撃が、腹にめり込んだ。胃液が逆流する。
 身体をくの字に曲げ、リベリオは悶絶した。

 なぜ、光熱波は放たれなかったのか。
 ベネットには、おおよその見当がつく。
 圧倒的な力を持つグングニルだが──連続しては、撃てない。

 力をためるため、ある程度の時間を要するのだろう。
 リベリオは勝負を急ぎすぎた。敗因は、つまりそういうことだ。

「どれだけ強力な武器を持っていたとしても、結局は使う人間次第ね」

 地面に崩れ落ちた男を見下ろして、アリシアは冷淡に評する。
 リベリオは泥と屈辱にまみれ、部下たちもたちまち一掃される。

「審問官アリシア! エルシア!」

 声をあげて、ベネットは駆け寄った。
 見覚えのある顔を認め、双子は顔をほころばせた。

「奇遇ね、ベネット。処刑人を追ったら、あなたと再会するだなんて。……アルヴィンはどうしたの?」
「アルヴィン師は──」
「私たちも彼を探しているのよ」

 答えたのは、少年ではなく、ダークブロンドの女である。
 それが誰であるか気づき、エルシアは驚きの声をあげた。

「あなたは……クリスティー医師? 生きていたのですか!?」
「色々とあったの」

 クリスティーは軽く肩をすくめる。
 二人には、僅かだが面識があった。三年前、魔女の疑いをかけられ囚われた、水牢でだ。

 その直後に、上級審問官キーレイケラスとの死闘が起きた。彼女は鐘塔の崩壊に巻き込まれ、命を落としたはずだ。
 その後アルヴィンが、悲愴な思いで遺体を探し続けていたことを、双子は知っている。

 その彼女が、生きていた。
 ただの医師ではないことは、察していたが──

「あなたも、訳ありってことね」

 言いながら、アリシアは何気ない動作で道ばたの石を拾い上げた。そして、鋭く手首をひるがえす。
 路地の片隅で、ぎゃ! という、蛙を踏み潰したような悲鳴があがった。

 四つん這いになり、隙を見てリベリオが逃げようとしていたのだ。
 恥も外聞もなく、自分だけ助かろうとする性根には、呆れるほかない。

「どこへ行くというの?」

 冷ややかな眼光に射すくめられて、リベリオはすくみあがった。
 右肩の古傷が、急に疼き始めた。
 


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