白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

文字の大きさ
144 / 197
第七章 災厲の魔女

第59話 オシオキの時間

しおりを挟む
 リベリオは顔をドス黒く染めあげると、虚勢を張った。

「お前ら!    こんなことをして、タダで済むと思うなよ!?」

 それは悪人が使う、挨拶の定型文のようなもので、居合わせた一同の心に何の感慨ももたらさない。
 背教者たちの沈黙の意味を、勘違いしたのだろう。
 効果あり、と見たリベリオは、さらに下品にわめきたてる。

「さっさと俺を解放しろっ。貧民街は完全に包囲している! どう足搔こうと、お前らは逃げられ──」 
「ごちごちゃと、うるさい捕虜ね」

 虫けらを見るような無慈悲な眼光が、リベリオの舌先を急停止させた。 
 短剣を手に、アリシアはことさら冷たく笑って見せる。

「あなたに訊くこと、反省してもらうことが山ほどあるの。でも、協力しないのなら、拷問するだけ。みだりに舌を動かす前に、我が身を案じたらどう?」
「手始めに、舌を削ぐといいと思いますの。ペラペラと良く回る二枚舌、一枚減らせば、更生するでしょう」
「それもそうね」

 それは演技なのだろうが……双子は顔を見合わせ、互いに酷薄とした笑みを浮かべる。
 不吉な刃の輝きが迫り、リベリオは「ひっ」とうめきを発した。

「残念ね。あたしたちは温厚な平和主義者なのだけど、今日だけは主義を返上しないといけないみたい」
「や、やめろっ!」
「どうして? 殉教は最大の悦びなんでしょう? 願いを叶えてあげるだけよ?」

 つい先刻、自身が発した言葉を痛烈に皮肉られ、リベリオは顔を引きつらせる。

「お、お前らは曲がりなりにも聖職者だろう! 理不尽な暴力を振るって、恥ずかしいと思わないのか!?」

 ベネットは、心底呆れる他ない。
 部下もろとも診療所を吹き飛ばしておいて、理不尽がどうこう、よく言えたものである。 

「ご立派な主張ですわね。言いたいことはそれだけです?」
「じゃあ、もういいのね? 処刑ね」
「まっ、待てっ! 待ってくれっ!」

 断末魔に似た悲鳴があがった。
 自称平和主義者が、問答無用で短剣を閃かせる。

「大丈夫! 痛くしないから♪」
「噓をつけえええええええっっつ!!!」

 リベリオの描いた復讐劇は、無惨なフィナーレを迎えた。
 そもそも台本からして無理があった。
 双子はリベリオにとって──天敵、なのだ。

 どんな汚い手を使おうが、勝てるはずがないのである。
 恐怖に震え上がりながら、みじめたらしく哀願する。

「許してくれ! お、俺は老人どもに命令されただけだ! 本当は戦いたくなかった!」
「噓おっしゃい! 嬉々として槍を振っていたクセに!」
「やっぱり舌を削いだ方が良さそうですわね」
「何でも協力する! 殺さないでくれ! 頼むっ!!」

 いい年をした中年男が、嗚咽しながら少女の脚にすがりつく。見苦しいこと、この上ない。
 ちらりと、双子から向けられた視線に気づいて……ベネットは頷いた。 
 リベリオが、本心から改心するとは、とても思えない。
 その場しのぎの言葉を信じれば、早晩、寝首をかかれるだろう。

 だが──教会の裏を知るこの男は、利用価値がある。

「──先生」

 と。
 尋問の成り行きを見守っていたクリスティーに、エレンが近づいた。 
 手に、小さく折った紙片が握られている。

「先生、これを」

 紙片を受け取り、開く。
 ややあって、クリスティーは重々しい口調で告げた。

「みんな訊いて。アルヴィンの足取りが掴めたわ」

 その場にいた全員が、ハッと注視した。
 ベネットは、クリスティーの表情がかげったことに気づき、不安を覚える。 

「……本当なのか?」
「言ったでしょ? 私には協力者のネットワークがあるの。彼によく似た男を見たそうよ。ただし、深手を負っていると」
「なんだって!?」

 ベネットは、頭を殴られたような衝撃を受けた。 
 師と向き合おう、そう決意した矢先の凶報である。 

「アルヴィン師に何をしたんだ!?」

 地面にへたりこんだリベリオの胸ぐらを、猛然と掴む。
 あの師が、深手を負うなど……よほど卑怯な、だまし討ちに遭ったとしか思えない。

「し、知らんっ。俺は何も知らん! 本当だ!」

 酸欠状態の金魚のように、リベリオは口をパクパクと開閉させてあえいだ。
 その言葉に、偽りはない。……そう感じ取れる。 
 呆然とした少年の肩に、アリシアが手を置いた。

「急いだ方が良さそうね。すぐに動くわよ」

 早々に結論づけると、リベリオを一瞥する。

「なんでも協力してくれるのですって? だったら立ちなさい。一働きしてもらうわよ」

 哀れな捕虜に、拒否権などなかった。




 貧民街は、処刑人によって封鎖されている。
 だが街は広く、リベリオの配下だけでは手に余る。
 実際の任にあたるのは、地方から急遽招集された審問官たちである。 
 状況もろくに知らされず「貧民街から、誰ひとり外にだすな!」と頭ごなしに命じられただけで、彼らにしてみれば実に面白くない。

 その審問官らの前に、とある一団が現れたのは、夕刻近くになってのことだ。 
 四人の処刑人、である。
 ひとりは、にぶく光る赤い槍を持っている。

 小柄な処刑人に両脇を抱えられたリーダー格らしき男が、顔を引きつらせながらわめいた。

「俺は審問官リベリオだ! ここを通せ!」

 男の頭髪は乱れ、白の祭服は血と泥で汚れている。まるでボロ雑巾である。
 背後には貧民街の住人だろう、ダークブロンドの女と、二人の少女の姿があった。
 ──この集団は、何かがおかしい。
 審問官の直感が働いた。

「──後ろの者たちは?」
「関係者だ」
「教皇庁に確認いたします故、しばしお待ちを」
「出しゃばるな!」 

 途端、リベリオは目を血走らせ噛みついた。

「お前たちは命令どおり、持ち場を固めておきさえすればよいのだ! 身の程を弁えろ!」
「も、申し訳ございませんっ!」
 
 口汚く当たり散らす様は、絵に描いたような小物である。だが、行く手を遮っていた審問官は飛び退いた。 
 枢機卿の私兵であり、得体の知れない不気味さを漂わせる処刑人たちは、教会内のタブーだ。
 怪しいのは事実だが……下手に不興を買う方が恐ろしい。

「さすが処刑人さまのご威光は、絶大ですわね」

 リベリオの背中に拳銃をつきつけたエルシアが、皮肉たっぷりに笑う。
 こうして教会に反旗を翻した六人と捕虜一人は、まんまと包囲をくぐりぬけた。

 一行は走り出す。石畳に落ちた影は長い。
 聖都に、黄昏が迫っていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...