146 / 197
第七章 災厲の魔女
第61話 枢機卿ウルベルトはあきらめない
しおりを挟む
メアリーは、どしりと腰を下ろした男に、指を突きつける。
「あなたもしかして……ゴーヨク男!?」
「ウルベルトだ! 恩人の名前くらい覚えろ!」
唾を飛ばしながら、ウルベルトは吠える。
カッパの次は、強欲男扱いである。
三年前、枢機卿らを告発するため証人となった少女を保護し、オルガナへ匿ったのは、他ならぬウルベルトだ。
それにもかかわらず、名前の一つも覚えていないとは……小娘には、感謝の気持ちの一つもないのか。不機嫌に睨みつける。
だが、メアリーは怯まない。
「アルヴィンは……怪我をしているのっ!?」
「重傷だ」
ウルベルトは苦々しげに答えた。
コイツの名前は覚えているのに、何故俺は……と、ひがんだわけではない。
一連の逃走劇で、疲労困憊である。散財して入手した船は、処刑人に沈められた。
そんな局面で、メアリーと再会することになったのは、神か悪魔、どちらの導きなのか──
「お前こそ、どうして聖都におるのだ? 落第してオルガナを放校されたのか」
「ルイを探していたら、迷っちゃって」
「ルイ? 誰だ?」
話が噛み合っていない気がしないではないが、ウルベルトは聞き返す。
赤毛の少女に、同伴者がいるようには見えないが──
その鼻先に、ずい、と黒い仔猫が差し出された。
「この子よ! いい名前でしょ!」
「……悪くはない」
まさか猫が同伴者とは……呆れ半分でウルベルトは言葉を返す。
対してメアリーは上機嫌だ。
「でしょ、でしょ! 死屍累々のルイから取ったの♪」
「やめておけ、そんな名前!」
「どうしてよっ!?」
疲労に加えて、頭も痛くなってきたような気がする。
メアリーの独特すぎる感性は、理解に苦しむ。
憤慨する少女に、ウルベルトは問い直した。
「それで、カタコンベにいるのはなぜなのだ?」
「カ、カタ……?」
「カタコンベ。地下墳墓のことだ。水路代わりに利用されて、罰当たりなことだがな。アルビオにもあっただろう?」
「あったかも……」
急にメアリーは、声をげっそりとしたものに変えた。
愉しからざる思い出である。
かつてアルヴィンと、燃えさかる修道院から下水路を通って脱出した。
たしかそこを、アルヴィンはチカウンモと呼んでいたはずだ。
「臭いは最悪だが、姿を隠して移動する分には好都合だ。お前もついて来い」
ウルベルトは祭服の汚れを払うと──もはや、その程度で取れる汚れだとは思えないが──立ち上がった。
「どこへ行くの?」
「修道院だ」
「……シュードーイン? 怪我をしているんでしょ、どうしてビョーインじゃないの?」
それは、もっともな指摘である。
だがウルベルトは、説明が面倒になったに違いない。
「見てみろ」
言って、アルヴィンの祭服の前ボタンを外す。そして無造作に肌着をめくりあげた。
「キャーーーッ!!」
突然、地下通路に黄色い悲鳴が響き渡った。
乙女の恥じらいで、メアリーは両手で顔を隠す。
指の隙間から、目を見開いてガン見しているが……
アルヴィンは祭服を着ていると、痩身に見える。だが魔女と渡り合うため、肉体を鍛え抜いているのだろう。
上半身は余計な脂肪がなく、引き締まった筋肉質である。
ふふふ……と、にやけたメアリーの口許が、不意に引き締まった。
「……どういうこと?」
口から、戸惑いが漏れ出た。
出血の部位からして、胸を撃たれたのだろう。
だが……傷が、ない。
どこにも見当たらないのだ。
それにもかかわらず、血が皮膚からにじみ、流れ続けている。
「これって? どうしてなの?」
「呪傷だ」
「ジュショー……?」
「この傷は、医師では処置できん。腕の立つ修道士が必要だ」
「修道士さまに会えれば、アルヴィンは……助かるのね?」
「分からん」
ウルベルトにしては珍しく、歯切れが悪い。
アルヴィンを再び背負うと、メアリーを見やった。
「だが、望みがないわけではない。急ぐぞ。修道院総長のウェントワースは、旧い知己なのだ」
修道院は聖都の中心部から離れた、旧市街の外れにある。
そこは数十人の修道士が共同生活を送る、静謐な祈りの場だ。
カタコンベから這い出したウルベルトらを出迎えたのは──違和感である。
静かすぎた。
いくら修道院とはいえ……静かすぎる。人の気配がないのだ。
中に立ち入ったウルベルトは、総長室を目指す。
既に太陽は没したというのに、院内は灯り一つない。
無断で足を踏み入れた一行を、見咎める者もいない。
──胸騒ぎがする。
総長室の扉をノックするが……返答は沈黙によって返された。
「いるではないか!」
業を煮やしてウルベルトは部屋へ入り、声をあげた。
ホッと、メアリーは安堵する。
執務椅子に、白髪の老人が腰掛けていた。
入り口に背を向け、思索にふけるかのように、窓の外を眺めやっている。
「ウェントワース! 他の者はどうしたのだ?」
ウルベルトは老人に近づき、肩を揺する。
身体がぐらりと傾き、椅子から転げ落ちた。
「──ちっ!」
漠然とした不安は急速に輪郭を帯び、確信へと変わった。
床に倒れた老人は……絶命していた。
首筋に、短剣が突き刺さっている。
「先を越されたか!」
忌々しげに、ウルベルトは舌打ちをする。
同時に、暗がりの中を、ぬめりとした殺意の波動が動いた。
「ゴーヨク男! 避けて!!」
俺はウルベルトだっ──と、抗議する余裕はない。
鼻先を白刃がかすめ、ウルベルトは腹の贅肉を揺らしながら飛び退く。
やはり、というべきか。
処刑人を前にして、もはや驚きはない。
「……いつからそこにおったか知らぬが、ご苦労なことだな。他にする事はないのか?」
ウルベルトは皮肉の矢を射る。
待ち伏せていた処刑人は、一人だけだ。
だが──対する背教者側は、肥満体の枢機卿と、死にかけの審問官、落ちこぼれの学院生、それに仔猫が一匹……それが、全戦力である。
処刑人にとって、造作もない仕事となるに違いない。
仮面の下で、毒のこもった光がちらついた。
「あなたもしかして……ゴーヨク男!?」
「ウルベルトだ! 恩人の名前くらい覚えろ!」
唾を飛ばしながら、ウルベルトは吠える。
カッパの次は、強欲男扱いである。
三年前、枢機卿らを告発するため証人となった少女を保護し、オルガナへ匿ったのは、他ならぬウルベルトだ。
それにもかかわらず、名前の一つも覚えていないとは……小娘には、感謝の気持ちの一つもないのか。不機嫌に睨みつける。
だが、メアリーは怯まない。
「アルヴィンは……怪我をしているのっ!?」
「重傷だ」
ウルベルトは苦々しげに答えた。
コイツの名前は覚えているのに、何故俺は……と、ひがんだわけではない。
一連の逃走劇で、疲労困憊である。散財して入手した船は、処刑人に沈められた。
そんな局面で、メアリーと再会することになったのは、神か悪魔、どちらの導きなのか──
「お前こそ、どうして聖都におるのだ? 落第してオルガナを放校されたのか」
「ルイを探していたら、迷っちゃって」
「ルイ? 誰だ?」
話が噛み合っていない気がしないではないが、ウルベルトは聞き返す。
赤毛の少女に、同伴者がいるようには見えないが──
その鼻先に、ずい、と黒い仔猫が差し出された。
「この子よ! いい名前でしょ!」
「……悪くはない」
まさか猫が同伴者とは……呆れ半分でウルベルトは言葉を返す。
対してメアリーは上機嫌だ。
「でしょ、でしょ! 死屍累々のルイから取ったの♪」
「やめておけ、そんな名前!」
「どうしてよっ!?」
疲労に加えて、頭も痛くなってきたような気がする。
メアリーの独特すぎる感性は、理解に苦しむ。
憤慨する少女に、ウルベルトは問い直した。
「それで、カタコンベにいるのはなぜなのだ?」
「カ、カタ……?」
「カタコンベ。地下墳墓のことだ。水路代わりに利用されて、罰当たりなことだがな。アルビオにもあっただろう?」
「あったかも……」
急にメアリーは、声をげっそりとしたものに変えた。
愉しからざる思い出である。
かつてアルヴィンと、燃えさかる修道院から下水路を通って脱出した。
たしかそこを、アルヴィンはチカウンモと呼んでいたはずだ。
「臭いは最悪だが、姿を隠して移動する分には好都合だ。お前もついて来い」
ウルベルトは祭服の汚れを払うと──もはや、その程度で取れる汚れだとは思えないが──立ち上がった。
「どこへ行くの?」
「修道院だ」
「……シュードーイン? 怪我をしているんでしょ、どうしてビョーインじゃないの?」
それは、もっともな指摘である。
だがウルベルトは、説明が面倒になったに違いない。
「見てみろ」
言って、アルヴィンの祭服の前ボタンを外す。そして無造作に肌着をめくりあげた。
「キャーーーッ!!」
突然、地下通路に黄色い悲鳴が響き渡った。
乙女の恥じらいで、メアリーは両手で顔を隠す。
指の隙間から、目を見開いてガン見しているが……
アルヴィンは祭服を着ていると、痩身に見える。だが魔女と渡り合うため、肉体を鍛え抜いているのだろう。
上半身は余計な脂肪がなく、引き締まった筋肉質である。
ふふふ……と、にやけたメアリーの口許が、不意に引き締まった。
「……どういうこと?」
口から、戸惑いが漏れ出た。
出血の部位からして、胸を撃たれたのだろう。
だが……傷が、ない。
どこにも見当たらないのだ。
それにもかかわらず、血が皮膚からにじみ、流れ続けている。
「これって? どうしてなの?」
「呪傷だ」
「ジュショー……?」
「この傷は、医師では処置できん。腕の立つ修道士が必要だ」
「修道士さまに会えれば、アルヴィンは……助かるのね?」
「分からん」
ウルベルトにしては珍しく、歯切れが悪い。
アルヴィンを再び背負うと、メアリーを見やった。
「だが、望みがないわけではない。急ぐぞ。修道院総長のウェントワースは、旧い知己なのだ」
修道院は聖都の中心部から離れた、旧市街の外れにある。
そこは数十人の修道士が共同生活を送る、静謐な祈りの場だ。
カタコンベから這い出したウルベルトらを出迎えたのは──違和感である。
静かすぎた。
いくら修道院とはいえ……静かすぎる。人の気配がないのだ。
中に立ち入ったウルベルトは、総長室を目指す。
既に太陽は没したというのに、院内は灯り一つない。
無断で足を踏み入れた一行を、見咎める者もいない。
──胸騒ぎがする。
総長室の扉をノックするが……返答は沈黙によって返された。
「いるではないか!」
業を煮やしてウルベルトは部屋へ入り、声をあげた。
ホッと、メアリーは安堵する。
執務椅子に、白髪の老人が腰掛けていた。
入り口に背を向け、思索にふけるかのように、窓の外を眺めやっている。
「ウェントワース! 他の者はどうしたのだ?」
ウルベルトは老人に近づき、肩を揺する。
身体がぐらりと傾き、椅子から転げ落ちた。
「──ちっ!」
漠然とした不安は急速に輪郭を帯び、確信へと変わった。
床に倒れた老人は……絶命していた。
首筋に、短剣が突き刺さっている。
「先を越されたか!」
忌々しげに、ウルベルトは舌打ちをする。
同時に、暗がりの中を、ぬめりとした殺意の波動が動いた。
「ゴーヨク男! 避けて!!」
俺はウルベルトだっ──と、抗議する余裕はない。
鼻先を白刃がかすめ、ウルベルトは腹の贅肉を揺らしながら飛び退く。
やはり、というべきか。
処刑人を前にして、もはや驚きはない。
「……いつからそこにおったか知らぬが、ご苦労なことだな。他にする事はないのか?」
ウルベルトは皮肉の矢を射る。
待ち伏せていた処刑人は、一人だけだ。
だが──対する背教者側は、肥満体の枢機卿と、死にかけの審問官、落ちこぼれの学院生、それに仔猫が一匹……それが、全戦力である。
処刑人にとって、造作もない仕事となるに違いない。
仮面の下で、毒のこもった光がちらついた。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる