白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

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第七章 災厲の魔女

第61話 枢機卿ウルベルトはあきらめない

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 メアリーは、どしりと腰を下ろした男に、指を突きつける。

「あなたもしかして……ゴーヨク男!?」
「ウルベルトだ! 恩人の名前くらい覚えろ!」

 唾を飛ばしながら、ウルベルトは吠える。
 カッパの次は、強欲男扱いである。
 三年前、枢機卿らを告発するため証人となった少女を保護し、オルガナへ匿ったのは、他ならぬウルベルトだ。

 それにもかかわらず、名前の一つも覚えていないとは……小娘には、感謝の気持ちの一つもないのか。不機嫌に睨みつける。
 だが、メアリーは怯まない。

「アルヴィンは……怪我をしているのっ!?」
「重傷だ」

 ウルベルトは苦々しげに答えた。 
 コイツの名前は覚えているのに、何故俺は……と、ひがんだわけではない。

 一連の逃走劇で、疲労困憊である。散財して入手した船は、処刑人に沈められた。
 そんな局面で、メアリーと再会することになったのは、神か悪魔、どちらの導きなのか──

「お前こそ、どうして聖都におるのだ? 落第してオルガナを放校されたのか」
「ルイを探していたら、迷っちゃって」
「ルイ? 誰だ?」

 話が噛み合っていない気がしないではないが、ウルベルトは聞き返す。
 赤毛の少女に、同伴者がいるようには見えないが──
 その鼻先に、ずい、と黒い仔猫が差し出された。

「この子よ! いい名前でしょ!」
「……悪くはない」

 まさか猫が同伴者とは……呆れ半分でウルベルトは言葉を返す。
 対してメアリーは上機嫌だ。

「でしょ、でしょ! 死屍累々のルイから取ったの♪」
「やめておけ、そんな名前!」
「どうしてよっ!?」

 疲労に加えて、頭も痛くなってきたような気がする。
 メアリーの独特すぎる感性は、理解に苦しむ。
 憤慨する少女に、ウルベルトは問い直した。

「それで、カタコンベにいるのはなぜなのだ?」
「カ、カタ……?」
「カタコンベ。地下墳墓のことだ。水路代わりに利用されて、罰当たりなことだがな。アルビオにもあっただろう?」
「あったかも……」

 急にメアリーは、声をげっそりとしたものに変えた。
 愉しからざる思い出である。
 かつてアルヴィンと、燃えさかる修道院から下水路を通って脱出した。
 たしかそこを、アルヴィンはチカウンモと呼んでいたはずだ。

「臭いは最悪だが、姿を隠して移動する分には好都合だ。お前もついて来い」

 ウルベルトは祭服の汚れを払うと──もはや、その程度で取れる汚れだとは思えないが──立ち上がった。

「どこへ行くの?」
「修道院だ」
「……シュードーイン? 怪我をしているんでしょ、どうしてビョーインじゃないの?」

 それは、もっともな指摘である。
 だがウルベルトは、説明が面倒になったに違いない。

「見てみろ」

 言って、アルヴィンの祭服の前ボタンを外す。そして無造作に肌着をめくりあげた。

「キャーーーッ!!」

 突然、地下通路に黄色い悲鳴が響き渡った。
 乙女の恥じらいで、メアリーは両手で顔を隠す。
 指の隙間から、目を見開いてガン見しているが……

 アルヴィンは祭服を着ていると、痩身に見える。だが魔女と渡り合うため、肉体を鍛え抜いているのだろう。
 上半身は余計な脂肪がなく、引き締まった筋肉質である。
 ふふふ……と、にやけたメアリーの口許が、不意に引き締まった。

「……どういうこと?」 

 口から、戸惑いが漏れ出た。
 出血の部位からして、胸を撃たれたのだろう。
 だが……傷が、ない。

 どこにも見当たらないのだ。
 それにもかかわらず、血が皮膚からにじみ、流れ続けている。

「これって? どうしてなの?」
「呪傷だ」
「ジュショー……?」
「この傷は、医師では処置できん。腕の立つ修道士が必要だ」
「修道士さまに会えれば、アルヴィンは……助かるのね?」
「分からん」

 ウルベルトにしては珍しく、歯切れが悪い。
 アルヴィンを再び背負うと、メアリーを見やった。

「だが、望みがないわけではない。急ぐぞ。修道院総長のウェントワースは、旧い知己なのだ」




 修道院は聖都の中心部から離れた、旧市街の外れにある。
 そこは数十人の修道士が共同生活を送る、静謐な祈りの場だ。
 カタコンベから這い出したウルベルトらを出迎えたのは──違和感である。 
 静かすぎた。

 いくら修道院とはいえ……静かすぎる。人の気配がないのだ。
 中に立ち入ったウルベルトは、総長室を目指す。
 既に太陽は没したというのに、院内は灯り一つない。
 無断で足を踏み入れた一行を、見咎める者もいない。

 ──胸騒ぎがする。 

 総長室の扉をノックするが……返答は沈黙によって返された。

「いるではないか!」

 業を煮やしてウルベルトは部屋へ入り、声をあげた。
 ホッと、メアリーは安堵する。

 執務椅子に、白髪の老人が腰掛けていた。
 入り口に背を向け、思索にふけるかのように、窓の外を眺めやっている。

「ウェントワース! 他の者はどうしたのだ?」

 ウルベルトは老人に近づき、肩を揺する。 
 身体がぐらりと傾き、椅子から転げ落ちた。

「──ちっ!」

 漠然とした不安は急速に輪郭を帯び、確信へと変わった。
 床に倒れた老人は……絶命していた。
 首筋に、短剣が突き刺さっている。

「先を越されたか!」 

 忌々しげに、ウルベルトは舌打ちをする。
 同時に、暗がりの中を、ぬめりとした殺意の波動が動いた。

「ゴーヨク男! 避けて!!」

 俺はウルベルトだっ──と、抗議する余裕はない。
 鼻先を白刃がかすめ、ウルベルトは腹の贅肉を揺らしながら飛び退く。 
 やはり、というべきか。
 処刑人を前にして、もはや驚きはない。

「……いつからそこにおったか知らぬが、ご苦労なことだな。他にする事はないのか?」

 ウルベルトは皮肉の矢を射る。

 待ち伏せていた処刑人は、一人だけだ。
 だが──対する背教者側は、肥満体の枢機卿と、死にかけの審問官、落ちこぼれの学院生、それに仔猫が一匹……それが、全戦力である。
 処刑人にとって、造作もない仕事となるに違いない。

 仮面の下で、毒のこもった光がちらついた。

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