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第七章 災厲の魔女
第65話 彼女の選択
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「……大丈夫よね? 目を覚ますわよね?」
静まりかえった部屋で、クリスティーがアルヴィンを診る。
メアリーは胸に手を当てながら、恐る恐る尋ねた。
聴診器を外すと、クリスティーは安心させるように微笑む。
「もちろんよ」
力強く頷き、居合わせた一同を見やった。
「朝には意識が戻るわ。ただし、今夜は絶対安静ね。皆は、別室で待ってもらえるかしら?」
その報せに、安堵の息が漏れた。
女医の指示に、異を唱える者はいない。
「そいつを救うために、散財したのだ。返済前に、死なせるなよ!」
欲深な枢機卿に非難の視線が集中したが、フンっ! と鼻を鳴らしただけで、寝室を出て行く。
言い方はともかくとして、アルヴィンの身を案じているに違いない──はずだ。
他の面々も、部屋を後にする。
後ろ髪を引かれるように、メアリーは何度も振り返る。
その手を双子が引っ張って退室させると、残ったのはクリスティーとエレンだけとなった。
「エレン。悪いけれど、あなたも外して欲しいの」
「……分かっています。先生……お願いです、無茶はしないでください」
少女の双眸は、なぜか不安に揺れていた。
クリスティーは近づき、震える肩を優しく抱いた。
「ありがとう、心配ないわ」
「先生……」
「行きなさい」
頭を軽く撫でると、身体を離す。
エレンは何かを言いかけ、言葉を呑んだ。踵を返し、部屋を出る。
扉が静かに閉じられた。
ややあって、クリスティーは表情を厳しいものに変えた。
長いつき合いだ。少女は察したのだろう。
朝にはアルヴィンの意識は戻る──それは、噓だ。
命の灯火は弱々しく、いつ消えてもおかしくない。
呪傷は不可逆的なところまで、アルヴィンの身体を蝕んでいたのだ。
恐らく、朝までは持つまい。
魔法なら救えるのではないか──浮かんだ考えを……だが、クリスティーは首を横に振って打ち消した。
生命にかかわる魔法は、複雑で危険だ。ほんの少し死期を延ばすだけでも、失敗すれば火傷では済まない。
永遠に死を遠ざける不死とは、それだけ途方もない、摂理に反した魔法なのだ。
打つ手は、もはやないのか──
クリスティーはアルヴィンの額に、そっと手をやった。
「あの時とは、立場が逆ね」
紅唇から呟きが漏れる。
三年前、クリスティーは教会の水牢に囚われた。
瀕死の状態にあった彼女を、命がけで救い出したのはアルヴィンだった。
彼の勇気がなければ、身を切るような冷水の中で、息絶えていただろう。
「私を助けた後、仲間になって欲しいって言ったわね。可笑しかったけど……嬉しかったのよ? それなのに、あなただけ先に逝ってしまうつもり?」
クリスティーは、静かに語りかける。
それは惜別の言葉ではない。彼女は、諦めてなどいない。
アルヴィンを救う手は──ひとつだけ、ある。
ただし、術者に大きな代償が科せられる、諸刃の剣だ。
だが、彼が命をかけたように、自分もそうすべきなのだろう──
クリスティーの胸中には、揺るぎない決意がある。
「余命を延ばすことはできない。でも、分け与えることならできる。アルヴィン──あなたに、私の命の半分を与えるわ」
その声は、決然とした響きを帯びていた。
仲間の命を削り、生き延びる──
もしアルヴィンに意識があったなら、断固として拒んだに違いない。
「残念だけど、あなたは私が絶対に死なせないわ。だって、大切な人ですもの」
クリスティーは立ち上がると、意識を研ぎ澄ました。
玲瓏とした声が部屋に響き、複雑な構成を編み出す。
その顔に、一切の迷いはなかった。
──翌朝、アルヴィンは長い眠りから目覚めた。
静まりかえった部屋で、クリスティーがアルヴィンを診る。
メアリーは胸に手を当てながら、恐る恐る尋ねた。
聴診器を外すと、クリスティーは安心させるように微笑む。
「もちろんよ」
力強く頷き、居合わせた一同を見やった。
「朝には意識が戻るわ。ただし、今夜は絶対安静ね。皆は、別室で待ってもらえるかしら?」
その報せに、安堵の息が漏れた。
女医の指示に、異を唱える者はいない。
「そいつを救うために、散財したのだ。返済前に、死なせるなよ!」
欲深な枢機卿に非難の視線が集中したが、フンっ! と鼻を鳴らしただけで、寝室を出て行く。
言い方はともかくとして、アルヴィンの身を案じているに違いない──はずだ。
他の面々も、部屋を後にする。
後ろ髪を引かれるように、メアリーは何度も振り返る。
その手を双子が引っ張って退室させると、残ったのはクリスティーとエレンだけとなった。
「エレン。悪いけれど、あなたも外して欲しいの」
「……分かっています。先生……お願いです、無茶はしないでください」
少女の双眸は、なぜか不安に揺れていた。
クリスティーは近づき、震える肩を優しく抱いた。
「ありがとう、心配ないわ」
「先生……」
「行きなさい」
頭を軽く撫でると、身体を離す。
エレンは何かを言いかけ、言葉を呑んだ。踵を返し、部屋を出る。
扉が静かに閉じられた。
ややあって、クリスティーは表情を厳しいものに変えた。
長いつき合いだ。少女は察したのだろう。
朝にはアルヴィンの意識は戻る──それは、噓だ。
命の灯火は弱々しく、いつ消えてもおかしくない。
呪傷は不可逆的なところまで、アルヴィンの身体を蝕んでいたのだ。
恐らく、朝までは持つまい。
魔法なら救えるのではないか──浮かんだ考えを……だが、クリスティーは首を横に振って打ち消した。
生命にかかわる魔法は、複雑で危険だ。ほんの少し死期を延ばすだけでも、失敗すれば火傷では済まない。
永遠に死を遠ざける不死とは、それだけ途方もない、摂理に反した魔法なのだ。
打つ手は、もはやないのか──
クリスティーはアルヴィンの額に、そっと手をやった。
「あの時とは、立場が逆ね」
紅唇から呟きが漏れる。
三年前、クリスティーは教会の水牢に囚われた。
瀕死の状態にあった彼女を、命がけで救い出したのはアルヴィンだった。
彼の勇気がなければ、身を切るような冷水の中で、息絶えていただろう。
「私を助けた後、仲間になって欲しいって言ったわね。可笑しかったけど……嬉しかったのよ? それなのに、あなただけ先に逝ってしまうつもり?」
クリスティーは、静かに語りかける。
それは惜別の言葉ではない。彼女は、諦めてなどいない。
アルヴィンを救う手は──ひとつだけ、ある。
ただし、術者に大きな代償が科せられる、諸刃の剣だ。
だが、彼が命をかけたように、自分もそうすべきなのだろう──
クリスティーの胸中には、揺るぎない決意がある。
「余命を延ばすことはできない。でも、分け与えることならできる。アルヴィン──あなたに、私の命の半分を与えるわ」
その声は、決然とした響きを帯びていた。
仲間の命を削り、生き延びる──
もしアルヴィンに意識があったなら、断固として拒んだに違いない。
「残念だけど、あなたは私が絶対に死なせないわ。だって、大切な人ですもの」
クリスティーは立ち上がると、意識を研ぎ澄ました。
玲瓏とした声が部屋に響き、複雑な構成を編み出す。
その顔に、一切の迷いはなかった。
──翌朝、アルヴィンは長い眠りから目覚めた。
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