白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

文字の大きさ
151 / 197
第七章 災厲の魔女

第66話 目覚めの朝に

しおりを挟む
 早朝の清涼な風が、カーテンを揺らした。
 ジャスミンの花の、甘い香りがかすかに薫る。

 アルヴィンは、心地よいまどろみの中に身を委ねていた。
 長い間、眠っていた気がする。
 こんな安らかな気分は、いつ以来だろう──?

 思えば、ずっと走り続けてきた。
 始まりは、父の死だった。
 白き魔女を追うためオルガナへ入校し、アルビオでベラナに師事した。
 そこで彼女と出会い、父の死の真相を知った。

 その後は──そう、彼女を探すために聖都へ赴き……聖都へ…………彼女を………
 ……聖都……………………?

 ──聖都で……何があった!? 

 アルヴィンは跳ね起きた。
 頭にかかった靄が、急速に晴れていく。
 咄嗟に胸に手を当てた。

 ──薔薇園で、ステファーナに胸を撃たれたはずだ。

 真っ赤に染まった手、闇の奥底へと引きずり込まれる感覚。
 はっきりと覚えている。
 だが、胸に傷はない。痛みもない。
 そして撃たれた後の記憶が……ない。

 ──ここは……どこだ?

 アルヴィンは呆然としながら、視線を巡らせた。
 寝かされていたのは、清潔なシーツが敷かれた、ベッドの上だ。 
 どこかの邸宅の一室だろう、危険はないように感じる。 
 刹那、アルヴィンの胸の鼓動が飛び跳ねた。

 思わず、我が目を疑う。
 ベッドにもたれかかり、眠っている女がいる……

「……クリスティー?」

 信じられない光景だ。
 手の届く距離に、彼女の寝顔があった。 

 ──そうか……。まだ、夢の中にいるのだ。

 アルヴィンは、妙に納得した。
 彼女がこんな近くで……しかも無防備に寝息をたてるなんて、夢以外に考えられない。

 だとすれば、これくらい許されるのではないか──ふと、魔が差す。 

 クリスティーの、はらりと落ちた前髪に、手を伸ばす。
 絹糸のように艶やかな髪をすくい上げると、けぶるように長い睫が呼吸にあわせ、僅かに震えているのが見える。

 寝顔でさえ美しい。

「王子様のお目覚めね」

 目が、合った。
 クリスティーが、悪戯っ子のように微笑んでいた。
 一瞬硬直した後、弾かれるようにしてアルヴィンは手を引っ込める。

「ク、ク、クリスティー!? 起きていたのかっ!?」

 みるまに顔が紅潮し、ベッドから転げ落ちんばかりに狼狽する。
 後ずさり、天蓋の柱に後頭部をしこたまぶつけて、夢でないことを確認させられる。
 普段の冷静沈着なアルヴィンからは想像できない、体たらくだ。

「す、すすまないっ! てっきり夢かと……!」
「いいのよ」

 どぎまぎするアルヴィンを見て、クリスティーはクスクスと笑った。

「目を覚ましてくれて嬉しいわ、アルヴィン」 
「君が……助けてくれたのか?」

 黒髪の青年とダークブロンドの美女は、しばしの間見つめ合った。
 側にいるということは、つまりそういうことなのだろう。
 だが返答までに、僅かな間が生じた。 
 
「あなたが助かったのは、皆が力を尽くした結果よ」

 それは、噓ではない。
 ウルベルトの財力、メアリーの魔法、黒猫ルイの勇気……ひとつでも欠けていたら、生還は望めなかっただろう。
 クリスティーは、深くは語らない。自らの命を分け与えたことにも触れない。
 アルヴィンを安心させるように、声音を柔らかくした。

「あなたは三日間昏睡していたの。ステファーナから受けた呪傷のせいでね。でも心配しないで、後遺症はないはずよ」
「三日も……!?」

 アルヴィンは驚きの声をあげる。
 長く眠っていた自覚はある。だが、あれから三日も経っていたとは……
 脳裏に、禁書庫から還った後のやりとりが甦った。

 禁書アズラリエルはステファーナに奪われ、古言語を解するフェリシアは精神支配された── 
 アルヴィンは失意にのまれ、肩を落とす。

「……すまない。アズラリエルは……奴らの手に渡ってしまった」
「いいのよ。私たちはまだ、負けたわけじゃない」

 クリスティーの眼差しは力強く、落胆の色はいささかもない。
 それは、決して強がりではない。

「奪われたのなら、利子をつけて返して貰うだけよ。そうでしょう?」

 まるでカフェでカプチーノを注文するかのように、さらりと彼女は言ってのける。
 教会を影から支配するステファーナの力は底知れず、生易しい敵ではない。 
 奪い返すのは、困難な挑戦となるだろう。
 だが──不思議だ。

 彼女となら、不可能ではない気がする。

「そうだな……僕たちは、まだ負けてはいない」

 アルヴィンは、クリスティーを眩しそうに見つめながら、頷く。
 いつだって毅然と前を向き、俯かない。
 初めて会った時から、彼女はそうだった。  

 ──きっと、何とかなるはずだ。

「あら。早速、お見舞いが来たみたいよ?」

 と。
 クリスティーが、扉へと視線を転じた。
 その言葉を裏付けるかのように、ドタバタと、廊下を駆ける音が耳に届く。二人のいる寝室へ急接近してくる。

「──見舞い?」

 直後、蹴り破るような勢いで扉が開かれた。

「アールーーヴィンーーー!!」

 減速なし、容赦なし、トップスピードのまま、赤毛の少女がアルヴィンの胸元に飛び込んだ。
 目覚めたばかりの身体は、不意打ちに反応できない。
 不覚にも、そのままベッドに押し倒される。

「じんばいじだんだよーーーっ!!」

 アルヴィンのうめき声を、号泣がかき消した。 
 メアリーは泣きじゃくる。

「メアリー……」

 遠ざかった意識を、なんとか手繰り寄せて、アルヴィンは少女を見やった。
 メアリーとは三年前の嵐の夜、墓地で別れて以来だ。
 顔立ちが少し大人びたように感じるが……いや、少女は、あの時のままだ。
 アルヴィンの服で鼻をかむ様子を見て、確信する。

「こら! 傷に障りますわよ」

 新たな声が響いて、少女は悪戯をした猫のように引き離された。
 背後にいるのは──

「せ、先輩がたまで……!? どうして、聖都に?」
「色々あったのよ」
「色々、ありすぎましたわね」

 アリシアとエルシアが、そろって肩をすくめて見せる。
 学院にいるはずのメアリー、そしてアルビオにいるはずの双子が聖都に──つまり、色々とあったのだろう。

 アルヴィン自身、幻惑の魔女との対決、禁書庫の迷宮、そして生死を彷徨った三日間、とにかく濃密過ぎた。

「あなたが無事で良かったわ」
「本当に、心配したのですよ?」

 普段、女王のごとく君臨する双子から温かい言葉をかけられて、アルヴィンは妙に落ち着かない。
 何か裏があるのではないか──思わず勘ぐってしまう。悲しい習性である。 
 困惑を深めるアルヴィンに、エルシアが呆れたように言った。

「そろそろ入ってきたらどうなのです? ついてきてくれと言ったのは、あなたでしょう」 

 いや──それは、アルヴィンに対してではない。

「ベネット……」

 アルヴィンは、咄嗟に言葉が出ない。
 扉の脇に、ひとり離れて立つ少年の姿があった。
 すれ違い、離ればなれとなった師弟は、ついに対面したのだ。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...