白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

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第八章 白き魔女

第91話 氷の微笑

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「申し訳ありません」

 ステファーナはアルヴィンへ向け、嘲笑の光を投げ打った。

「フェリシア女史の精神支配を解く──あれは、噓です。あなたらしくもないミスですね?」

 悪びれた様子もなく、ぬけぬけと言ってみせる。
 上辺の誠意をちらつかせ、グングニルを奪う駒として使う──度しがたい悪辣さに、アルヴィンの怒りは増す。

「卑怯な真似を!」
「わたしの恩情を二度も拒絶した、あなたが悪いのですよ」
 
 薄い刃のように危険な笑みを、少女は口許にたたえた。
 微笑みと悪意が複雑な化学反応を起こし、地下の気温を低いものへと変える。

「こんな結果となって、残念でなりません。全ては、強情が招いた結果なのです」

 勝手極まる論法に、アルヴィンは歯ぎしりをする。
 その耳元で、風がうなった。

 鋭い刃音が薄闇を切り裂くと同時、アルヴィンは後方へ跳んだ。
 上質紙数枚分の距離を置いて鼻先をかすめたのは、白銀の軌跡だ。数本の黒髪が宙を舞う。

 無駄話はここまで──という、意思表示なのだろう。

 フェリシアが短剣を手に、猛然と斬りかかってくる。獲物に、体勢を立て直す暇を与えない。
 アルヴィンが後退した距離と同じ分、彼女も間合いを詰める。

 ──早いっ!

 本来の運動神経の良さも手伝って、フェリシアの身のこなしは恐ろしく俊敏だ。救いがあるとすれば、剣捌きが素人の域を出ないことくらいか。

 ただし……左腕は負傷し、右手にはグングニルがある。この体勢で懐に飛び込まれては、アルヴィンとて打つ手がない。
 ここに至るまでの疲労まで重くのしかかり、動きは精彩を欠く。 

 ──くっ! どうすれば良い!?

 胸中で叫ぶ最中も、剣光はひらめき続け、アルヴィンを容赦なく斬りつける。
 クリスティーの助けは……期待できない。

 いや、助けたくとも、手出しできないのだ。
 けたましい発砲音が、地下の静寂を無遠慮に破った。
 処刑人が、一斉にライフル銃を発砲したのである。フェリシアを巻き込むことへの躊躇は、一ミリも感じられない。

「何を考えてるのよ!?」

 憤激と共に、クリスティーは腕を振る。
 瞬時に、水壁が虚空に出現した。殺到した弾丸は威力を削がれ、地面に落下する。魔女と背教者を屠るには至らない。

 残響が消えるよりも早く、抜剣した処刑人が突撃を開始した。

「アルヴィン、新手よ! いつまで遊んでいるつもり!?」
「彼女を気絶させる! それまで時間を稼いでくれっ」
「簡単に言わないで!」

 急迫する処刑人の数は、二十は下るまい。大盾を構え突進する様は、死の壁が迫りくるかのようだ。
 クリスティーは水の鞭を喚びだすと、前方を睨みつける。

 どこまで足止めできるか── 

 先陣を切った処刑人が、血に飢えた狼のように唸った。
 長剣を高く振りかざし、クリスティーに襲いかかる。
 強烈な斬撃は──だが、魔女を駆逐するには至らない。ほんの僅か、クリスティーの方が早い。

 大盾を鞭が打ち据え、男を地面にたたき伏せる。その両脇から、新たな二本の剣光が躍り出た。
 クリスティーの指先が、虚空に蒼い軌跡を描いた。

 無数の水の槍が生まれ、処刑人の足を射貫く。
 濁音で修飾された悲鳴をあげ転倒する仲間を、容赦なく踏みつけ、さらなる新手が肉薄する。

「しつこい連中ね!」

 仲間をいくら失おうと、怯まない。
 ステファーナに付き従う処刑人は選りすぐりの、そして忠実なしもべなのだろう。
 死を恐れず、動きは高度に統制されたものだ。

 絶え間なく攻め続けられれば、押し切られる──
 クリスティーの端整な顔に、焦りに似た色が浮かぶ。

「アルヴィン、まだなのっ!?」

 と。
 短剣が、宙を飛んだ。

 アルヴィンの放った蹴りが、フェリシアの腕を強打したのだ。
 武器さえ奪えばあとは──いや、終わらない。フェリシアの口許に、不吉な笑みが浮かんだ。
 アルヴィンは驚愕で目を見開いた。

 グングニルが、彼女の手の中にあった。

 蹴りを放つ、その一瞬の隙を突いて奪われたのだ。信じがたい力だ。
 すぐさま踵を返すと、主人の元へと駆け戻る。

「待つんだ! フェリシア!!」

 必死の叫びは、聞き入れられない。
 フェリシアと入れ替わりに処刑人が立ち塞がり、追撃を許さない。

 背後にも気配が回り込むのを視界の隅で確認し、アルヴィンは舌打ちする。
 瞬く間に、獰猛な包囲網が完成する。

「どうするつもりなの!? グングニルまで奪われて!」

 二人は、背中合わせに立つ。 
 アルヴィンは無言のまま、拳銃を抜いた。状況は……最悪だ。
 
 包囲網が、じわりと狭まった。 


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