白き魔女と黄金の林檎

みみぞう

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第八章 白き魔女

第92話 終末のはじまり

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「──行くぞっ!」

 叫ぶと同時、アルヴィンは躊躇なく突進した。
 彼女の返事は待たない。
 お互いが成すべき事は分かっている──それ以上の言葉は必要ない。 

 眼前には、処刑人の厚い壁が立ち塞がる。
 完全武装の相手に拳銃を使ったところで、効果は知れている。真正面から挑むのは、勇敢を通り越して無謀と評するべきだろう。
 だがアルヴィンは、足を止めない。

 処刑人は仮面の下で、嘲笑を浮かべた。作り物のような眼球が、陰惨な光を放つ。
 左斜め上から振り下ろされた斬撃は、痛烈だ。背教者の胴を容易く両断し、カタコンベの新たな住人に加える。

 ただしそれは──処刑人が見た、幻影に過ぎない。
 相手の動きを、アルヴィンは冷静に読んでいた。

 深夜の超過勤務に悲鳴をあげる身体に鞭を打つと、剣光を躱す。次の瞬間、正確無比の射撃が、仮面の隙間からのぞいた眼球を撃ち抜いた。
 おぞましい絶叫が響いた。

 一瞬の判断ミスが生死を分かつ状況下で、アルヴィンの射撃は冴えわたる。
 地面をのたうつ男を跳び越えると、迫り来る新手を迎え撃つ。
 それだけではない。

 クリスティーの鞭がしなり、むらがる処刑人を打ち据える。
 二人は包囲網にくさびを打ち込み、切り崩しにかかった。怒号と悲鳴が混じり合い、地下の空気を殺伐としたものに変える。
 だが包囲の壁は、想像以上に厚い。

「まずいわよっ!」

 クリスティーの発した警告の意味を、確認するまでもない。
 眼前に立ち塞がる処刑人たち──その、向こう側だ。 
 フェリシアがステファーナに駆け寄り、グングニルを渡しているのが見える──

 槍先が、虚空に浮かぶ門へと向けられた。

「よせ!!」

 アルヴィンは、声の限り叫ぶ。

「聖櫃は、不死の綻びを封じているんだ! 開けば、大陸は滅びる!!」
「そんなことは、百も承知です」

 少女は意に介さない。
 嘲笑と共に、無造作にグングニルが振られる。

「──くっ!!」

 包囲を捨て身でかいくぐり、アルヴィンは全力で飛び出した。
 たが、もはや手遅れであることは分かっていた。発砲したところで、間に合わない。

「そこで見ていなさい、不死者の誕生を」
「やめるんだっ!!」

 グングニルの槍先から、閃光がほとばしった。 
 青白い稲妻が、門を打ち据える。

 生じた変化は苛烈という他ない。

 世界は眩い光に呑み込まれる。地下に、もうひとつの太陽が生まれたかのようだ。
 目を開けてはいられない。

 そして──

 ……ギ………………

 音が、響いた。

 ……ギ………………ギ…………ギ……ッ…… 

 低く、耳障りな音だ。

 ギ……ギ……ギ……ギ……ギ……ギ……ギ……ッ……

 何かが、擦れる……爪で窓硝子を擦るような、神経を掻きむしる不快な響き──それは、次第に大きさを増す。

 ギギ……ギギギ……ギギギギギギギギッ……!!!

 耳を押さえなくては、発狂しそうだ。
 だが、長くは続かない。音は止み、静寂が戻る。
 地下を満たした光も消えた。

 視力が回復し、アルヴィンは視線を走らせ──

「なんてことをっ!!」

 叫びは、完全に裏返っていた。虚空を見あげ、呻く。
 聖櫃の門は──開いていた。

「待っていた……この時を、数十年待っていたのですよ……」

 それは誰に向けたのでもない、ただの呟きにすぎないのだろう──うっとりとした、狂気に満ちた声を少女が漏らす。
 いや、違う。 

 少女の視線を追って、アルヴィンは自分の勘違いに気づいた。
 開放された聖櫃の、入り口。そこに人影を見出して、目を見開く。
 見間違いではない。

 艶やかな白髪の女が、こちらを睥睨していた。
 カトレアの花のように成熟した優美さと、怪しく謎めいた笑み──その女を、アルヴィンは知っている。

「母さん……」

 クリスティーが呟く。
 つまり、そういうことなのだろう。
 かつて父アーロンの仇として追った魔女であり、クリスティーの母。そして大陸で唯一、不死を達成した者── 

「白き魔女よ! わたしを不死者とするのです!」

 ステファーナが高らかと声を張り上げる。
 原初の十三魔女、最後の生き残りである女は、沈黙を守る。静かに地底湖を見下ろしている。
 その場にいる者、全てが虚空を見あげる中──変化は足元で、小さく生じた。
 
 湖面に波紋が生まれた。
 ひとつではない。幾つもの波紋が生まれ、重なり合う。それは波に変わり、次第に高さを増す。
 うねりを帯びた波が足元を濡らすまで、時間は要さない。

「なんだ……?」

 アルヴィンは、クリスティーと顔を見合わせ……気づく。
 大地が、鳴動していた。

 直後、轟音が足元から沸き上がった。
 地面が揺れる。直ぐさま、激しい縦揺れが加わった。 
 立っていることができない。二人は地面に手をつく。それは、屈強な処刑人たちも同じだ。

 揺れに翻弄される中で、ステファーナ唯ひとりが姿勢を乱すことなく、白き魔女と睨みあっている。

「まずいわ……思っていたよりも早いわ……!」

 クリスティーがアルヴィンへと叫ぶ。彼女の碧い双眸には、悲愴な色が浮かんでいた。

「まさか……」

 アルヴィンは呻く。
 クリスティーの声は深刻な、そして絶望的な響きを伴った。

「そうよ! 始まったのよ、大陸の滅びが!」



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