179 / 197
第八章 白き魔女
第92話 終末のはじまり
しおりを挟む
「──行くぞっ!」
叫ぶと同時、アルヴィンは躊躇なく突進した。
彼女の返事は待たない。
お互いが成すべき事は分かっている──それ以上の言葉は必要ない。
眼前には、処刑人の厚い壁が立ち塞がる。
完全武装の相手に拳銃を使ったところで、効果は知れている。真正面から挑むのは、勇敢を通り越して無謀と評するべきだろう。
だがアルヴィンは、足を止めない。
処刑人は仮面の下で、嘲笑を浮かべた。作り物のような眼球が、陰惨な光を放つ。
左斜め上から振り下ろされた斬撃は、痛烈だ。背教者の胴を容易く両断し、カタコンベの新たな住人に加える。
ただしそれは──処刑人が見た、幻影に過ぎない。
相手の動きを、アルヴィンは冷静に読んでいた。
深夜の超過勤務に悲鳴をあげる身体に鞭を打つと、剣光を躱す。次の瞬間、正確無比の射撃が、仮面の隙間からのぞいた眼球を撃ち抜いた。
おぞましい絶叫が響いた。
一瞬の判断ミスが生死を分かつ状況下で、アルヴィンの射撃は冴えわたる。
地面をのたうつ男を跳び越えると、迫り来る新手を迎え撃つ。
それだけではない。
クリスティーの鞭がしなり、むらがる処刑人を打ち据える。
二人は包囲網にくさびを打ち込み、切り崩しにかかった。怒号と悲鳴が混じり合い、地下の空気を殺伐としたものに変える。
だが包囲の壁は、想像以上に厚い。
「まずいわよっ!」
クリスティーの発した警告の意味を、確認するまでもない。
眼前に立ち塞がる処刑人たち──その、向こう側だ。
フェリシアがステファーナに駆け寄り、グングニルを渡しているのが見える──
槍先が、虚空に浮かぶ門へと向けられた。
「よせ!!」
アルヴィンは、声の限り叫ぶ。
「聖櫃は、不死の綻びを封じているんだ! 開けば、大陸は滅びる!!」
「そんなことは、百も承知です」
少女は意に介さない。
嘲笑と共に、無造作にグングニルが振られる。
「──くっ!!」
包囲を捨て身でかいくぐり、アルヴィンは全力で飛び出した。
たが、もはや手遅れであることは分かっていた。発砲したところで、間に合わない。
「そこで見ていなさい、不死者の誕生を」
「やめるんだっ!!」
グングニルの槍先から、閃光がほとばしった。
青白い稲妻が、門を打ち据える。
生じた変化は苛烈という他ない。
世界は眩い光に呑み込まれる。地下に、もうひとつの太陽が生まれたかのようだ。
目を開けてはいられない。
そして──
……ギ………………
音が、響いた。
……ギ………………ギ…………ギ……ッ……
低く、耳障りな音だ。
ギ……ギ……ギ……ギ……ギ……ギ……ギ……ッ……
何かが、擦れる……爪で窓硝子を擦るような、神経を掻きむしる不快な響き──それは、次第に大きさを増す。
ギギ……ギギギ……ギギギギギギギギッ……!!!
耳を押さえなくては、発狂しそうだ。
だが、長くは続かない。音は止み、静寂が戻る。
地下を満たした光も消えた。
視力が回復し、アルヴィンは視線を走らせ──
「なんてことをっ!!」
叫びは、完全に裏返っていた。虚空を見あげ、呻く。
聖櫃の門は──開いていた。
「待っていた……この時を、数十年待っていたのですよ……」
それは誰に向けたのでもない、ただの呟きにすぎないのだろう──うっとりとした、狂気に満ちた声を少女が漏らす。
いや、違う。
少女の視線を追って、アルヴィンは自分の勘違いに気づいた。
開放された聖櫃の、入り口。そこに人影を見出して、目を見開く。
見間違いではない。
艶やかな白髪の女が、こちらを睥睨していた。
カトレアの花のように成熟した優美さと、怪しく謎めいた笑み──その女を、アルヴィンは知っている。
「母さん……」
クリスティーが呟く。
つまり、そういうことなのだろう。
かつて父アーロンの仇として追った魔女であり、クリスティーの母。そして大陸で唯一、不死を達成した者──
「白き魔女よ! わたしを不死者とするのです!」
ステファーナが高らかと声を張り上げる。
原初の十三魔女、最後の生き残りである女は、沈黙を守る。静かに地底湖を見下ろしている。
その場にいる者、全てが虚空を見あげる中──変化は足元で、小さく生じた。
湖面に波紋が生まれた。
ひとつではない。幾つもの波紋が生まれ、重なり合う。それは波に変わり、次第に高さを増す。
うねりを帯びた波が足元を濡らすまで、時間は要さない。
「なんだ……?」
アルヴィンは、クリスティーと顔を見合わせ……気づく。
大地が、鳴動していた。
直後、轟音が足元から沸き上がった。
地面が揺れる。直ぐさま、激しい縦揺れが加わった。
立っていることができない。二人は地面に手をつく。それは、屈強な処刑人たちも同じだ。
揺れに翻弄される中で、ステファーナ唯ひとりが姿勢を乱すことなく、白き魔女と睨みあっている。
「まずいわ……思っていたよりも早いわ……!」
クリスティーがアルヴィンへと叫ぶ。彼女の碧い双眸には、悲愴な色が浮かんでいた。
「まさか……」
アルヴィンは呻く。
クリスティーの声は深刻な、そして絶望的な響きを伴った。
「そうよ! 始まったのよ、大陸の滅びが!」
叫ぶと同時、アルヴィンは躊躇なく突進した。
彼女の返事は待たない。
お互いが成すべき事は分かっている──それ以上の言葉は必要ない。
眼前には、処刑人の厚い壁が立ち塞がる。
完全武装の相手に拳銃を使ったところで、効果は知れている。真正面から挑むのは、勇敢を通り越して無謀と評するべきだろう。
だがアルヴィンは、足を止めない。
処刑人は仮面の下で、嘲笑を浮かべた。作り物のような眼球が、陰惨な光を放つ。
左斜め上から振り下ろされた斬撃は、痛烈だ。背教者の胴を容易く両断し、カタコンベの新たな住人に加える。
ただしそれは──処刑人が見た、幻影に過ぎない。
相手の動きを、アルヴィンは冷静に読んでいた。
深夜の超過勤務に悲鳴をあげる身体に鞭を打つと、剣光を躱す。次の瞬間、正確無比の射撃が、仮面の隙間からのぞいた眼球を撃ち抜いた。
おぞましい絶叫が響いた。
一瞬の判断ミスが生死を分かつ状況下で、アルヴィンの射撃は冴えわたる。
地面をのたうつ男を跳び越えると、迫り来る新手を迎え撃つ。
それだけではない。
クリスティーの鞭がしなり、むらがる処刑人を打ち据える。
二人は包囲網にくさびを打ち込み、切り崩しにかかった。怒号と悲鳴が混じり合い、地下の空気を殺伐としたものに変える。
だが包囲の壁は、想像以上に厚い。
「まずいわよっ!」
クリスティーの発した警告の意味を、確認するまでもない。
眼前に立ち塞がる処刑人たち──その、向こう側だ。
フェリシアがステファーナに駆け寄り、グングニルを渡しているのが見える──
槍先が、虚空に浮かぶ門へと向けられた。
「よせ!!」
アルヴィンは、声の限り叫ぶ。
「聖櫃は、不死の綻びを封じているんだ! 開けば、大陸は滅びる!!」
「そんなことは、百も承知です」
少女は意に介さない。
嘲笑と共に、無造作にグングニルが振られる。
「──くっ!!」
包囲を捨て身でかいくぐり、アルヴィンは全力で飛び出した。
たが、もはや手遅れであることは分かっていた。発砲したところで、間に合わない。
「そこで見ていなさい、不死者の誕生を」
「やめるんだっ!!」
グングニルの槍先から、閃光がほとばしった。
青白い稲妻が、門を打ち据える。
生じた変化は苛烈という他ない。
世界は眩い光に呑み込まれる。地下に、もうひとつの太陽が生まれたかのようだ。
目を開けてはいられない。
そして──
……ギ………………
音が、響いた。
……ギ………………ギ…………ギ……ッ……
低く、耳障りな音だ。
ギ……ギ……ギ……ギ……ギ……ギ……ギ……ッ……
何かが、擦れる……爪で窓硝子を擦るような、神経を掻きむしる不快な響き──それは、次第に大きさを増す。
ギギ……ギギギ……ギギギギギギギギッ……!!!
耳を押さえなくては、発狂しそうだ。
だが、長くは続かない。音は止み、静寂が戻る。
地下を満たした光も消えた。
視力が回復し、アルヴィンは視線を走らせ──
「なんてことをっ!!」
叫びは、完全に裏返っていた。虚空を見あげ、呻く。
聖櫃の門は──開いていた。
「待っていた……この時を、数十年待っていたのですよ……」
それは誰に向けたのでもない、ただの呟きにすぎないのだろう──うっとりとした、狂気に満ちた声を少女が漏らす。
いや、違う。
少女の視線を追って、アルヴィンは自分の勘違いに気づいた。
開放された聖櫃の、入り口。そこに人影を見出して、目を見開く。
見間違いではない。
艶やかな白髪の女が、こちらを睥睨していた。
カトレアの花のように成熟した優美さと、怪しく謎めいた笑み──その女を、アルヴィンは知っている。
「母さん……」
クリスティーが呟く。
つまり、そういうことなのだろう。
かつて父アーロンの仇として追った魔女であり、クリスティーの母。そして大陸で唯一、不死を達成した者──
「白き魔女よ! わたしを不死者とするのです!」
ステファーナが高らかと声を張り上げる。
原初の十三魔女、最後の生き残りである女は、沈黙を守る。静かに地底湖を見下ろしている。
その場にいる者、全てが虚空を見あげる中──変化は足元で、小さく生じた。
湖面に波紋が生まれた。
ひとつではない。幾つもの波紋が生まれ、重なり合う。それは波に変わり、次第に高さを増す。
うねりを帯びた波が足元を濡らすまで、時間は要さない。
「なんだ……?」
アルヴィンは、クリスティーと顔を見合わせ……気づく。
大地が、鳴動していた。
直後、轟音が足元から沸き上がった。
地面が揺れる。直ぐさま、激しい縦揺れが加わった。
立っていることができない。二人は地面に手をつく。それは、屈強な処刑人たちも同じだ。
揺れに翻弄される中で、ステファーナ唯ひとりが姿勢を乱すことなく、白き魔女と睨みあっている。
「まずいわ……思っていたよりも早いわ……!」
クリスティーがアルヴィンへと叫ぶ。彼女の碧い双眸には、悲愴な色が浮かんでいた。
「まさか……」
アルヴィンは呻く。
クリスティーの声は深刻な、そして絶望的な響きを伴った。
「そうよ! 始まったのよ、大陸の滅びが!」
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる