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第八章 白き魔女
第93話 星宿の魔女
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「──トワイライト婦人が……魔女?」
慇懃な一礼と共に投じられたのは、凶報に類するものであったらしい。
不吉極まりない言葉に、アリシアは表情を固くする。
困惑混じりに呟いて、聖都を焦がす炎が浮かびあがらせた、二つの陣営を見やる。
白大理石で装飾された、壮麗な聖都の門。その前で、オルガナの教官と、アーデルハイト率いる魔女が対峙している。
勝敗は既に決していた。
魔女たちは拳銃を突きつけられ、完全に動きを封じられている。
だが……アーデルハイトは、余裕のある態度を崩さない。老婦人を一瞥し、酷薄とした笑みを、端整な唇の端に宿す。
「そう。その女は、星宿の魔女オルガナ──かつての同胞であり、今は教会の犬に成り下がった魔女だ」
「噓ですわ! オルガナは、初代学院長の名なのです。学院を、魔女が創るわけがありませんわ!」
エルシアが、強い口調で反駁する。
当然だ。魔女を狩る審問官を育成する学院を、魔女が創ったなど……矛盾している。動揺を誘うための、小細工としか思えない。
「噓ではありません。事実ですわ」
だが反論は、明確に否定される。
老婦人、自らによってだ。
「私は、あまねく星から未来を読み解く魔女であり、学院を創設した者」
その告白に、双子は思わず息を呑んだ。
落ち着いた、そして厳かな声が響く。
「二百年前のこと。私は星の流れの中に、大陸の滅びを見た。ですが──滅びの運命を報せても、魔女たちは反目し合い、耳を貸そうとはしなかった。だから私は、袂を分かつ道を選んだ」
「信じがたいですわ。未来を変えるために……教会を頼ったと? 一体、どんな手を使って?」
「私は時の教皇と、話をしただけ。幸いなことに、彼は英明だった。耳を傾け、学院の創設を認めてくれた」
婦人の口ぶりは、まるでアフタヌーンティーの席上で、世間話でもしたかのような気軽さがある。
だが……魔女が単身で乗り込んで教皇に拝謁できるほど、聖都の警備は甘くはない。
一歩足を踏み入れた途端、蜂の巣をつついたように、審問官が飛び出してくるだろう。
死を覚悟した、固い意志がなければできまい。
それをさらりと言ってのけるあたり──上品な貴婦人を思わせる姿の背後に、豪胆さが見え隠れする。
「審問官の育成は、あくまで表向きの目的。学院の本来の使命とは、来るべき日、大陸の滅亡を回避するための同志を育てることなのです」
婦人が視線を巡らせると、ヴィクトルら教官が頷きを返す。
つまり、そういうことなのだろう。
学院は二百年前、大陸を救うため魔女が創った──事実を知った、双子の驚きは大きい。
婦人は、アーデルハイトへと双眸を向ける。
「昔話は、これくらいでいいでしょう。今は人と魔女が争っている場合ではない。大陸の未来のために、決断すべき時です」
「我らに、どうしろと?」
アーデルハイトは冷たい笑みを浮かべ、興味なさげに問い返す。
その声音は、冷淡を極めている。
「共闘を」
「戯れ言だっ!」
憤激が飛んだ。
アーデルハイトではなく、氷の魔女グラキエスのものだ。怒声は空気ばかりか、地面をも震わせる。
街路のガス灯が、左右に大きく揺れる。
──声で、こんな……いえ、違う! これは!!
アリシアの顔色が変わった。
足元の石畳が、細かく震動していた。怒声ではなく、全く別次元の力によって。
それは地下深くから沸き上がり、直後、猛烈な縦揺れとなって聖都に襲いかかる。
「じ、地震ですのっ──!?」
エルシアの声がうわずる。
大陸で最も神聖な街を、不気味な地鳴りが包み込んだ。
石畳で舗装された街路が裂け、パックリと底の見えない口が開いた。揺れに耐えかねた建物が倒壊し、呑み込まれる。
いたるところで土煙と悲鳴があがる。
炎の次は、地震……まるで地獄だ。
普段、無敵を自任して憚らない双子とて、地震に抗う術など持ち合わせていない。地面に伏せ、耐えるほかない。
永遠に続くのではないか──そんな不安が胸をよぎった刹那、振動は不意に終息した。
「止まった……?」
軽く頭を振り、身を起こす。
建物が崩壊する音は続いている。だが、揺れは収まっている……
入れ替わるようにして、高まるものがあった。
乾いた笑い声だ。
アーデルハイトが夜空を見あげ、哄笑していた。
立ち上がったアリシアが、魔女を鋭く睨みつける。
「何が可笑しいのよっ!?」
「終わりだ」
返答は短く、深刻な響きを伴った。
その笑いが何であるか、正確に表現するのは難しい。
自責と諦めと、絶望……それらが複雑に混ざり合っている。
「終わりって……」
アーデルハイトは、重々しく告げる。
「これは神が現出する予兆だ。もはや滅びは回避できぬ。撃つなら撃て──我らは、滅びの回避に失敗したのだ」
慇懃な一礼と共に投じられたのは、凶報に類するものであったらしい。
不吉極まりない言葉に、アリシアは表情を固くする。
困惑混じりに呟いて、聖都を焦がす炎が浮かびあがらせた、二つの陣営を見やる。
白大理石で装飾された、壮麗な聖都の門。その前で、オルガナの教官と、アーデルハイト率いる魔女が対峙している。
勝敗は既に決していた。
魔女たちは拳銃を突きつけられ、完全に動きを封じられている。
だが……アーデルハイトは、余裕のある態度を崩さない。老婦人を一瞥し、酷薄とした笑みを、端整な唇の端に宿す。
「そう。その女は、星宿の魔女オルガナ──かつての同胞であり、今は教会の犬に成り下がった魔女だ」
「噓ですわ! オルガナは、初代学院長の名なのです。学院を、魔女が創るわけがありませんわ!」
エルシアが、強い口調で反駁する。
当然だ。魔女を狩る審問官を育成する学院を、魔女が創ったなど……矛盾している。動揺を誘うための、小細工としか思えない。
「噓ではありません。事実ですわ」
だが反論は、明確に否定される。
老婦人、自らによってだ。
「私は、あまねく星から未来を読み解く魔女であり、学院を創設した者」
その告白に、双子は思わず息を呑んだ。
落ち着いた、そして厳かな声が響く。
「二百年前のこと。私は星の流れの中に、大陸の滅びを見た。ですが──滅びの運命を報せても、魔女たちは反目し合い、耳を貸そうとはしなかった。だから私は、袂を分かつ道を選んだ」
「信じがたいですわ。未来を変えるために……教会を頼ったと? 一体、どんな手を使って?」
「私は時の教皇と、話をしただけ。幸いなことに、彼は英明だった。耳を傾け、学院の創設を認めてくれた」
婦人の口ぶりは、まるでアフタヌーンティーの席上で、世間話でもしたかのような気軽さがある。
だが……魔女が単身で乗り込んで教皇に拝謁できるほど、聖都の警備は甘くはない。
一歩足を踏み入れた途端、蜂の巣をつついたように、審問官が飛び出してくるだろう。
死を覚悟した、固い意志がなければできまい。
それをさらりと言ってのけるあたり──上品な貴婦人を思わせる姿の背後に、豪胆さが見え隠れする。
「審問官の育成は、あくまで表向きの目的。学院の本来の使命とは、来るべき日、大陸の滅亡を回避するための同志を育てることなのです」
婦人が視線を巡らせると、ヴィクトルら教官が頷きを返す。
つまり、そういうことなのだろう。
学院は二百年前、大陸を救うため魔女が創った──事実を知った、双子の驚きは大きい。
婦人は、アーデルハイトへと双眸を向ける。
「昔話は、これくらいでいいでしょう。今は人と魔女が争っている場合ではない。大陸の未来のために、決断すべき時です」
「我らに、どうしろと?」
アーデルハイトは冷たい笑みを浮かべ、興味なさげに問い返す。
その声音は、冷淡を極めている。
「共闘を」
「戯れ言だっ!」
憤激が飛んだ。
アーデルハイトではなく、氷の魔女グラキエスのものだ。怒声は空気ばかりか、地面をも震わせる。
街路のガス灯が、左右に大きく揺れる。
──声で、こんな……いえ、違う! これは!!
アリシアの顔色が変わった。
足元の石畳が、細かく震動していた。怒声ではなく、全く別次元の力によって。
それは地下深くから沸き上がり、直後、猛烈な縦揺れとなって聖都に襲いかかる。
「じ、地震ですのっ──!?」
エルシアの声がうわずる。
大陸で最も神聖な街を、不気味な地鳴りが包み込んだ。
石畳で舗装された街路が裂け、パックリと底の見えない口が開いた。揺れに耐えかねた建物が倒壊し、呑み込まれる。
いたるところで土煙と悲鳴があがる。
炎の次は、地震……まるで地獄だ。
普段、無敵を自任して憚らない双子とて、地震に抗う術など持ち合わせていない。地面に伏せ、耐えるほかない。
永遠に続くのではないか──そんな不安が胸をよぎった刹那、振動は不意に終息した。
「止まった……?」
軽く頭を振り、身を起こす。
建物が崩壊する音は続いている。だが、揺れは収まっている……
入れ替わるようにして、高まるものがあった。
乾いた笑い声だ。
アーデルハイトが夜空を見あげ、哄笑していた。
立ち上がったアリシアが、魔女を鋭く睨みつける。
「何が可笑しいのよっ!?」
「終わりだ」
返答は短く、深刻な響きを伴った。
その笑いが何であるか、正確に表現するのは難しい。
自責と諦めと、絶望……それらが複雑に混ざり合っている。
「終わりって……」
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