180 / 197
第八章 白き魔女
第93話 星宿の魔女
しおりを挟む
「──トワイライト婦人が……魔女?」
慇懃な一礼と共に投じられたのは、凶報に類するものであったらしい。
不吉極まりない言葉に、アリシアは表情を固くする。
困惑混じりに呟いて、聖都を焦がす炎が浮かびあがらせた、二つの陣営を見やる。
白大理石で装飾された、壮麗な聖都の門。その前で、オルガナの教官と、アーデルハイト率いる魔女が対峙している。
勝敗は既に決していた。
魔女たちは拳銃を突きつけられ、完全に動きを封じられている。
だが……アーデルハイトは、余裕のある態度を崩さない。老婦人を一瞥し、酷薄とした笑みを、端整な唇の端に宿す。
「そう。その女は、星宿の魔女オルガナ──かつての同胞であり、今は教会の犬に成り下がった魔女だ」
「噓ですわ! オルガナは、初代学院長の名なのです。学院を、魔女が創るわけがありませんわ!」
エルシアが、強い口調で反駁する。
当然だ。魔女を狩る審問官を育成する学院を、魔女が創ったなど……矛盾している。動揺を誘うための、小細工としか思えない。
「噓ではありません。事実ですわ」
だが反論は、明確に否定される。
老婦人、自らによってだ。
「私は、あまねく星から未来を読み解く魔女であり、学院を創設した者」
その告白に、双子は思わず息を呑んだ。
落ち着いた、そして厳かな声が響く。
「二百年前のこと。私は星の流れの中に、大陸の滅びを見た。ですが──滅びの運命を報せても、魔女たちは反目し合い、耳を貸そうとはしなかった。だから私は、袂を分かつ道を選んだ」
「信じがたいですわ。未来を変えるために……教会を頼ったと? 一体、どんな手を使って?」
「私は時の教皇と、話をしただけ。幸いなことに、彼は英明だった。耳を傾け、学院の創設を認めてくれた」
婦人の口ぶりは、まるでアフタヌーンティーの席上で、世間話でもしたかのような気軽さがある。
だが……魔女が単身で乗り込んで教皇に拝謁できるほど、聖都の警備は甘くはない。
一歩足を踏み入れた途端、蜂の巣をつついたように、審問官が飛び出してくるだろう。
死を覚悟した、固い意志がなければできまい。
それをさらりと言ってのけるあたり──上品な貴婦人を思わせる姿の背後に、豪胆さが見え隠れする。
「審問官の育成は、あくまで表向きの目的。学院の本来の使命とは、来るべき日、大陸の滅亡を回避するための同志を育てることなのです」
婦人が視線を巡らせると、ヴィクトルら教官が頷きを返す。
つまり、そういうことなのだろう。
学院は二百年前、大陸を救うため魔女が創った──事実を知った、双子の驚きは大きい。
婦人は、アーデルハイトへと双眸を向ける。
「昔話は、これくらいでいいでしょう。今は人と魔女が争っている場合ではない。大陸の未来のために、決断すべき時です」
「我らに、どうしろと?」
アーデルハイトは冷たい笑みを浮かべ、興味なさげに問い返す。
その声音は、冷淡を極めている。
「共闘を」
「戯れ言だっ!」
憤激が飛んだ。
アーデルハイトではなく、氷の魔女グラキエスのものだ。怒声は空気ばかりか、地面をも震わせる。
街路のガス灯が、左右に大きく揺れる。
──声で、こんな……いえ、違う! これは!!
アリシアの顔色が変わった。
足元の石畳が、細かく震動していた。怒声ではなく、全く別次元の力によって。
それは地下深くから沸き上がり、直後、猛烈な縦揺れとなって聖都に襲いかかる。
「じ、地震ですのっ──!?」
エルシアの声がうわずる。
大陸で最も神聖な街を、不気味な地鳴りが包み込んだ。
石畳で舗装された街路が裂け、パックリと底の見えない口が開いた。揺れに耐えかねた建物が倒壊し、呑み込まれる。
いたるところで土煙と悲鳴があがる。
炎の次は、地震……まるで地獄だ。
普段、無敵を自任して憚らない双子とて、地震に抗う術など持ち合わせていない。地面に伏せ、耐えるほかない。
永遠に続くのではないか──そんな不安が胸をよぎった刹那、振動は不意に終息した。
「止まった……?」
軽く頭を振り、身を起こす。
建物が崩壊する音は続いている。だが、揺れは収まっている……
入れ替わるようにして、高まるものがあった。
乾いた笑い声だ。
アーデルハイトが夜空を見あげ、哄笑していた。
立ち上がったアリシアが、魔女を鋭く睨みつける。
「何が可笑しいのよっ!?」
「終わりだ」
返答は短く、深刻な響きを伴った。
その笑いが何であるか、正確に表現するのは難しい。
自責と諦めと、絶望……それらが複雑に混ざり合っている。
「終わりって……」
アーデルハイトは、重々しく告げる。
「これは神が現出する予兆だ。もはや滅びは回避できぬ。撃つなら撃て──我らは、滅びの回避に失敗したのだ」
慇懃な一礼と共に投じられたのは、凶報に類するものであったらしい。
不吉極まりない言葉に、アリシアは表情を固くする。
困惑混じりに呟いて、聖都を焦がす炎が浮かびあがらせた、二つの陣営を見やる。
白大理石で装飾された、壮麗な聖都の門。その前で、オルガナの教官と、アーデルハイト率いる魔女が対峙している。
勝敗は既に決していた。
魔女たちは拳銃を突きつけられ、完全に動きを封じられている。
だが……アーデルハイトは、余裕のある態度を崩さない。老婦人を一瞥し、酷薄とした笑みを、端整な唇の端に宿す。
「そう。その女は、星宿の魔女オルガナ──かつての同胞であり、今は教会の犬に成り下がった魔女だ」
「噓ですわ! オルガナは、初代学院長の名なのです。学院を、魔女が創るわけがありませんわ!」
エルシアが、強い口調で反駁する。
当然だ。魔女を狩る審問官を育成する学院を、魔女が創ったなど……矛盾している。動揺を誘うための、小細工としか思えない。
「噓ではありません。事実ですわ」
だが反論は、明確に否定される。
老婦人、自らによってだ。
「私は、あまねく星から未来を読み解く魔女であり、学院を創設した者」
その告白に、双子は思わず息を呑んだ。
落ち着いた、そして厳かな声が響く。
「二百年前のこと。私は星の流れの中に、大陸の滅びを見た。ですが──滅びの運命を報せても、魔女たちは反目し合い、耳を貸そうとはしなかった。だから私は、袂を分かつ道を選んだ」
「信じがたいですわ。未来を変えるために……教会を頼ったと? 一体、どんな手を使って?」
「私は時の教皇と、話をしただけ。幸いなことに、彼は英明だった。耳を傾け、学院の創設を認めてくれた」
婦人の口ぶりは、まるでアフタヌーンティーの席上で、世間話でもしたかのような気軽さがある。
だが……魔女が単身で乗り込んで教皇に拝謁できるほど、聖都の警備は甘くはない。
一歩足を踏み入れた途端、蜂の巣をつついたように、審問官が飛び出してくるだろう。
死を覚悟した、固い意志がなければできまい。
それをさらりと言ってのけるあたり──上品な貴婦人を思わせる姿の背後に、豪胆さが見え隠れする。
「審問官の育成は、あくまで表向きの目的。学院の本来の使命とは、来るべき日、大陸の滅亡を回避するための同志を育てることなのです」
婦人が視線を巡らせると、ヴィクトルら教官が頷きを返す。
つまり、そういうことなのだろう。
学院は二百年前、大陸を救うため魔女が創った──事実を知った、双子の驚きは大きい。
婦人は、アーデルハイトへと双眸を向ける。
「昔話は、これくらいでいいでしょう。今は人と魔女が争っている場合ではない。大陸の未来のために、決断すべき時です」
「我らに、どうしろと?」
アーデルハイトは冷たい笑みを浮かべ、興味なさげに問い返す。
その声音は、冷淡を極めている。
「共闘を」
「戯れ言だっ!」
憤激が飛んだ。
アーデルハイトではなく、氷の魔女グラキエスのものだ。怒声は空気ばかりか、地面をも震わせる。
街路のガス灯が、左右に大きく揺れる。
──声で、こんな……いえ、違う! これは!!
アリシアの顔色が変わった。
足元の石畳が、細かく震動していた。怒声ではなく、全く別次元の力によって。
それは地下深くから沸き上がり、直後、猛烈な縦揺れとなって聖都に襲いかかる。
「じ、地震ですのっ──!?」
エルシアの声がうわずる。
大陸で最も神聖な街を、不気味な地鳴りが包み込んだ。
石畳で舗装された街路が裂け、パックリと底の見えない口が開いた。揺れに耐えかねた建物が倒壊し、呑み込まれる。
いたるところで土煙と悲鳴があがる。
炎の次は、地震……まるで地獄だ。
普段、無敵を自任して憚らない双子とて、地震に抗う術など持ち合わせていない。地面に伏せ、耐えるほかない。
永遠に続くのではないか──そんな不安が胸をよぎった刹那、振動は不意に終息した。
「止まった……?」
軽く頭を振り、身を起こす。
建物が崩壊する音は続いている。だが、揺れは収まっている……
入れ替わるようにして、高まるものがあった。
乾いた笑い声だ。
アーデルハイトが夜空を見あげ、哄笑していた。
立ち上がったアリシアが、魔女を鋭く睨みつける。
「何が可笑しいのよっ!?」
「終わりだ」
返答は短く、深刻な響きを伴った。
その笑いが何であるか、正確に表現するのは難しい。
自責と諦めと、絶望……それらが複雑に混ざり合っている。
「終わりって……」
アーデルハイトは、重々しく告げる。
「これは神が現出する予兆だ。もはや滅びは回避できぬ。撃つなら撃て──我らは、滅びの回避に失敗したのだ」
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる