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第八章 白き魔女
第94話 共闘と裏切り
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闇が、深さを増したようだ。
聖都を焦がす炎の勢いは衰えない。
赤と黒のコントラストが踊り狂い、一層闇を際立たせる。
滅びの回避に失敗した──魔女の宣告は、あまりにも重い。
待ち受ける運命は、死だ。
逃げ場など、大陸のどこにもない。
「ふざけないで!」
悲愴な空気を、猛然と吹き飛ばす声があがった。
銀髪の魔女を睨みつけ、アリシアが真っ向から声を叩きつける。
「こっちはね、あと百年ほど生きる予定なの! 物知り顔で、人の人生に幕引きしないでもらいたいわね!」
「そうなのです! 滅ぶなら魔女だけで、ご自由になのです! わたしたちは、きっちり生き残らせていただきますわっ」
勇ましすぎる物言いである。魔女を統べるアーデルハイトに対して、双子には遠慮というものがない。
だが──魔女は、何の反応も示さない。
死を諦観したかのように、佇んでいる。
「何をしようと無駄だ。もはや滅びは、避けられぬ」
「なんですって!?」
「いいえ、抗う余地はあります」
気炎をあげる双子を抑え、老婦人が進み出た。
「大陸を救うために、審問官アーロンの息子と、白き魔女の娘が聖櫃へと向かっているはず。絶望し、諦めるにはまだ早い」
「……人と、魔女が?」
「彼らが力を合わせているのに、私たちが共闘できない理由がありますか? 優秀な指導者であるあなたなら、決断できるはず。私は、そう信じています」
老婦人は、アーデルハイトへと静かな眼差しを向けた。
共闘か、それとも座して滅びを待つか。
魔女は熟考するかのように、目を閉じた。その表情からは、いかなる感情も読み取れない。
誰も言葉を発しようとはしない。
滅びの間際にある聖都で、そこだけが切り取られたかのように、静寂が支配する。
そして、声が発せられる。
「──グラキエス」
「はっ」
弾かれたように、氷の魔女が姿勢を正す。
アーデルハイトの紅唇が動いた。
「教皇庁へ向かわせた、当主たちを呼び戻せ。体勢を立て直す」
「は……? で、ですが、もはや……」
「二度は言わぬ」
不可視の圧が、グラキエスの口を閉じさせる。
「行け」
次の瞬間、グラキエスの姿は夜闇の向こう側へと消えている。
アーデルハイトは、かつての同胞へと、皮肉めいた笑みを向けた。
「オルガナよ。これより我らは教会と共闘し、滅びに抗う。全ては、あなたの筋書き通りというわけだ」
「そうではありませんよ」
老婦人は頭を振った。
「私は星の流れの中に、未来を見るだけ。これまで何度試そうと、滅びを回避する未来は見えなかった。ですが──」
言葉を切ると、天を仰ぎ目を細める。
雲と黒煙の切れ間から、星々が覗いていた。
「今は、僅かながら異なる運命が感じとれる。未来を決めるのは──変えようとする、人の意思の力なのです」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
事態が悪化しているのか、好転しているのか、答えを出すのは正直なところ難しい。
炎上し、激震に襲われる聖都。
信仰の薄い不信者でさえ、終末の日が来たのだと錯覚するだろう。
だが──教皇の寝所に限れば、間違いなく好転している。
呪いを解かれ、教皇ミスル・ミレイは、長い眠りから目を覚ます。烈火のごとき眼差しを向けられて、女教皇を正視できる者などいない。
寝所にいる者全て……処刑人ですら額ずく。
いや──ひとりだけ、例外がいたようだ。
「眠り姫!? なぜ目覚めたっ!?」
ヒステリックな唸り声をあげ、地団駄を踏む男がいた。
リベリオだ。
「何をしている!? さっさと奴を斬り捨てろ!! 殺せ!」
武器を捨てた部下に向け、唾を飛ばしながら憤激する。
この男だけが、闘志を失ってはいなかった。
「ノロマがっ、立て!」
鋭い叱責は、聴く者の心を震えあがらせる力がある。
ただしそれは……無抵抗の一般市民に対して、の話だ。処刑人らは、ピクリとも反応しない。
自尊心をいたく傷つけられ、リベリオは怒りを沸騰させた。
近くにいた処刑人の胸ぐらを掴み、立たせる。
「俺の命令が訊けんのか!」
怒声をあげる。鉄拳制裁が閃く。
否──
「なぜ避けるっ!?」
これほど理不尽な叱責も、珍しいかもしれない。
リベリオの放った左拳は、軽々と受け止められていた。
事態を見守っていたウルベルトが、呆れたように鼻先で笑った。
「驚くことなどない。お前は数少ない例外だった。それだけだ」
「何の話だっ!?」
「分からんか? 処刑人の多くは、意思を持たぬ人形か、精神支配された者だ。猊下に一喝され、そ奴らは正気に戻ったのだ。つまり粛正されるのは──お前だ」
「馬鹿を言うなっ!」
「背教者リベリオを拘束なさい」
ウルベルトの仮説は、正しかったようである。
女教皇の命令は、速やかに実行に移される。先ほどまで部下だった、処刑人たちの手によって。
粛正する者と、される者。
立場は早々に逆転した。
処刑人たちは教皇の忠実なしもべとなり、リベリオを取り囲んだ。
聖都を焦がす炎の勢いは衰えない。
赤と黒のコントラストが踊り狂い、一層闇を際立たせる。
滅びの回避に失敗した──魔女の宣告は、あまりにも重い。
待ち受ける運命は、死だ。
逃げ場など、大陸のどこにもない。
「ふざけないで!」
悲愴な空気を、猛然と吹き飛ばす声があがった。
銀髪の魔女を睨みつけ、アリシアが真っ向から声を叩きつける。
「こっちはね、あと百年ほど生きる予定なの! 物知り顔で、人の人生に幕引きしないでもらいたいわね!」
「そうなのです! 滅ぶなら魔女だけで、ご自由になのです! わたしたちは、きっちり生き残らせていただきますわっ」
勇ましすぎる物言いである。魔女を統べるアーデルハイトに対して、双子には遠慮というものがない。
だが──魔女は、何の反応も示さない。
死を諦観したかのように、佇んでいる。
「何をしようと無駄だ。もはや滅びは、避けられぬ」
「なんですって!?」
「いいえ、抗う余地はあります」
気炎をあげる双子を抑え、老婦人が進み出た。
「大陸を救うために、審問官アーロンの息子と、白き魔女の娘が聖櫃へと向かっているはず。絶望し、諦めるにはまだ早い」
「……人と、魔女が?」
「彼らが力を合わせているのに、私たちが共闘できない理由がありますか? 優秀な指導者であるあなたなら、決断できるはず。私は、そう信じています」
老婦人は、アーデルハイトへと静かな眼差しを向けた。
共闘か、それとも座して滅びを待つか。
魔女は熟考するかのように、目を閉じた。その表情からは、いかなる感情も読み取れない。
誰も言葉を発しようとはしない。
滅びの間際にある聖都で、そこだけが切り取られたかのように、静寂が支配する。
そして、声が発せられる。
「──グラキエス」
「はっ」
弾かれたように、氷の魔女が姿勢を正す。
アーデルハイトの紅唇が動いた。
「教皇庁へ向かわせた、当主たちを呼び戻せ。体勢を立て直す」
「は……? で、ですが、もはや……」
「二度は言わぬ」
不可視の圧が、グラキエスの口を閉じさせる。
「行け」
次の瞬間、グラキエスの姿は夜闇の向こう側へと消えている。
アーデルハイトは、かつての同胞へと、皮肉めいた笑みを向けた。
「オルガナよ。これより我らは教会と共闘し、滅びに抗う。全ては、あなたの筋書き通りというわけだ」
「そうではありませんよ」
老婦人は頭を振った。
「私は星の流れの中に、未来を見るだけ。これまで何度試そうと、滅びを回避する未来は見えなかった。ですが──」
言葉を切ると、天を仰ぎ目を細める。
雲と黒煙の切れ間から、星々が覗いていた。
「今は、僅かながら異なる運命が感じとれる。未来を決めるのは──変えようとする、人の意思の力なのです」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
事態が悪化しているのか、好転しているのか、答えを出すのは正直なところ難しい。
炎上し、激震に襲われる聖都。
信仰の薄い不信者でさえ、終末の日が来たのだと錯覚するだろう。
だが──教皇の寝所に限れば、間違いなく好転している。
呪いを解かれ、教皇ミスル・ミレイは、長い眠りから目を覚ます。烈火のごとき眼差しを向けられて、女教皇を正視できる者などいない。
寝所にいる者全て……処刑人ですら額ずく。
いや──ひとりだけ、例外がいたようだ。
「眠り姫!? なぜ目覚めたっ!?」
ヒステリックな唸り声をあげ、地団駄を踏む男がいた。
リベリオだ。
「何をしている!? さっさと奴を斬り捨てろ!! 殺せ!」
武器を捨てた部下に向け、唾を飛ばしながら憤激する。
この男だけが、闘志を失ってはいなかった。
「ノロマがっ、立て!」
鋭い叱責は、聴く者の心を震えあがらせる力がある。
ただしそれは……無抵抗の一般市民に対して、の話だ。処刑人らは、ピクリとも反応しない。
自尊心をいたく傷つけられ、リベリオは怒りを沸騰させた。
近くにいた処刑人の胸ぐらを掴み、立たせる。
「俺の命令が訊けんのか!」
怒声をあげる。鉄拳制裁が閃く。
否──
「なぜ避けるっ!?」
これほど理不尽な叱責も、珍しいかもしれない。
リベリオの放った左拳は、軽々と受け止められていた。
事態を見守っていたウルベルトが、呆れたように鼻先で笑った。
「驚くことなどない。お前は数少ない例外だった。それだけだ」
「何の話だっ!?」
「分からんか? 処刑人の多くは、意思を持たぬ人形か、精神支配された者だ。猊下に一喝され、そ奴らは正気に戻ったのだ。つまり粛正されるのは──お前だ」
「馬鹿を言うなっ!」
「背教者リベリオを拘束なさい」
ウルベルトの仮説は、正しかったようである。
女教皇の命令は、速やかに実行に移される。先ほどまで部下だった、処刑人たちの手によって。
粛正する者と、される者。
立場は早々に逆転した。
処刑人たちは教皇の忠実なしもべとなり、リベリオを取り囲んだ。
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