184 / 197
第八章 白き魔女
第97話 白き魔女と滅びの嵐
しおりを挟む
大陸で最も神聖なる街、聖都。
その地下に張り巡らされたカタコンベよりも、さらに奥深く。
地下に、雨が降っていた。
それは地下水路を複雑に経て、数条の滝となった流れが飛散したものだ。
多くは地底湖に波紋を刻む。放射線状に広がった軌跡のごく一部が、居合わせた者たちを濡らした。
アルヴィンは前髪から垂れた滴を、拭おうともしない。
巨大な地下空間。その上方を、じっと凝視している。
言葉なく立ちすくむのは、クリスティーも同じだ。その頬を水滴が──いや、涙が伝った。
アルヴィンはハッとして、その顔を見つめた。
彼女は、声もなく頬を濡らしていた。
三年前、アルビオで取引をした時──それよりもずっと以前から、母である白き魔女を探し続けてきた。再会は、彼女の悲願だった。
それが、ついに叶ったのだ。
だが……言葉を交わすことはできない。
地下の空気は、重く張りつめいている。
状況は好ましくない。
切り札であったグングニルはステファーナの手に渡り、聖櫃は開かれた……滅びの足音が、すぐそこにまで迫っている。
どう足搔こうと希望の見えない、最悪の状況だ。
そこに、少女の声が響いた。
「白き魔女よ! わたしに不死を与えなさい!」
ステファーナもまた、虚空に浮かぶ聖櫃を見あげている。
楚々とした横顔に、勝利を確信した表情を浮かべて。
地下を睥睨する、白き魔女の唇が動く。
「──愚かなこと」
投じられたのは、僅か一言だ。
それだけでアルヴィンは、周囲の空気が凍てついたような錯覚に襲われた。
白き魔女と対峙するのは、これが初めてではない。二度目になる。
もっとも一度目は──正確には、彼女ではなかった。禁書庫の迷宮が造りだした、複製に過ぎなかった。
今、本人を前にして感じる魔力と圧迫感は、あの時の比ではない。
白き魔女を正視するには、相当な意思の力を必要とする。
「──私は姉たちが残した叡智を護るため、不死者となった」
さらに一言が発せられる。
声は明瞭で、直接頭の中に響いてくるかのようだ。
「だがそれは、大きな謬りだった。摂理に反した力が行き着く先は、滅び。永遠など存在しない。お前は結局のところ、死を求めているに過ぎない」
「愚か者はあなたの方です。白き魔女よ」
常人なら、後ずさりせずには居れない圧を、ステファーナは平然と跳ね返した。
それどころか微笑みを浮かべ、言葉を継ぐ。
「原初の十三魔女、最後の生き残り。大陸の歴史上、唯一不死を達成した者。魔道の頂に立つあなたが、何を恐れているのです?」
わざとらしく、少女は小首をかしげてみせる。
その態度は、挑発的ですらある。
「滅びるのは大陸ではなく、神です。何が摂理か、それはわたしが決める。見ていなさい、神を殺した暁には、聖都は不死の都となるでしょう」
「……狂った妄想ね。あなたが神にでもなるつもり?」
泣き濡れたクリスティーの目はまだ赤い。だが眼差しは、毅然としたものへと戻っていた。
手厳しい皮肉への回答は、言葉ではなく行動によってなされる。
グングニルの槍先が、クリスティーに向けられた。
白き魔女に視線を留めたまま、少女は悪意と優越感に満ちた声を響かせる。
「白き魔女よ、わたしは気の短いほうではありません。ですが、これ以上忍耐を試さないことです。わたしの願いを拒むなら、娘を殺します」
「よせっ!!」
朗らかな殺害予告に、アルヴィンが叫ぶ。
そして……僅かな違和感を覚える。
クリスティーに向けられた、グングニルの槍先。それが、細かく震えていた。
いや、震えているのは……地下空間、全体だ。
「邪魔が入りましたね」
「──?」
ステファーナが、小さく肩をすくめる。
新たな鳴動が生まれた。
地震ではない。直感的にそう判断したのは、頭上に振動が生じたからだ。
地下空間の天井が、激しく震えている。
亀裂が縦横に走り、硬い岩盤が波打った。
「──何────っ──────が!?」
自分が発したはずの声が、聞き取れない。
直後、一万枚の銅鑼を打ち鳴らしたかのような破壊音が、鼓膜を乱打した。
天井が崩壊した──
膨大な土砂と岩塊が、豪雨のように降り注ぐ。
濃厚な土煙が、瞬く間に視界を奪い去る。
「アルヴィン!」
緊迫した声とともに、クリスティーが腕を掴んだ。
土煙の中へ駆け出そうとするアルヴィンを、制止したのだ。
「どこに行くの!?」
「彼女を助ける!」
「彼女って!?」
「君も来てくれ!」
説明する間も惜しい。
アルヴィンは腕を振りほどくと、一直線に駆け出した。
一瞬だが、見えたのだ。土煙の切れ間に、夢遊病者のように彷徨うフェリシアの姿が。
「フェリシア! どこにいるんだ!?」
アルヴィンは懸命に目を凝らし、叫ぶ。
近くで悲鳴があがった。
それは──フェリシア、ではない。男のものだ。運悪く岩塊が直撃した、処刑人だろう。
たとえ人の拳ほどの石であったとしても、当たり所が悪ければ命はない。ほんの僅かな差が、生死を分かつ。
落石のまっただ中に飛び込み、人を探す。それは勇敢を通り越した、無謀な行動だ。その自覚はある。
だが──彼女を救う機会は、今を置いてない。そうも確信している。
容赦なく岩塊が降り注ぐ中を、アルヴィンは縫うように走る。
すぐ後ろに、クリスティーの気配を感じる。ここまで無傷でいられるのは、彼女の魔法のおかげか……
と。
前触れなく、土煙が切れた。
眼前にいたのは、フェリシアだ。ステファーナの姿はない。
精神支配は解けてはいない。素手で掴みかかってくるフェリシアの首筋に、アルヴィンは手刀を放ち意識を奪う。
そのまま抱きかかえるようにして、地面に身体を投げ出した。
再び土煙が、視界を閉ざす。
永遠に続くかと錯覚しそうになる、天井の崩壊。
だが──白き魔女の言ったとおり、永遠などありはしないのだ。
やがて地下に、静寂が戻った。
その地下に張り巡らされたカタコンベよりも、さらに奥深く。
地下に、雨が降っていた。
それは地下水路を複雑に経て、数条の滝となった流れが飛散したものだ。
多くは地底湖に波紋を刻む。放射線状に広がった軌跡のごく一部が、居合わせた者たちを濡らした。
アルヴィンは前髪から垂れた滴を、拭おうともしない。
巨大な地下空間。その上方を、じっと凝視している。
言葉なく立ちすくむのは、クリスティーも同じだ。その頬を水滴が──いや、涙が伝った。
アルヴィンはハッとして、その顔を見つめた。
彼女は、声もなく頬を濡らしていた。
三年前、アルビオで取引をした時──それよりもずっと以前から、母である白き魔女を探し続けてきた。再会は、彼女の悲願だった。
それが、ついに叶ったのだ。
だが……言葉を交わすことはできない。
地下の空気は、重く張りつめいている。
状況は好ましくない。
切り札であったグングニルはステファーナの手に渡り、聖櫃は開かれた……滅びの足音が、すぐそこにまで迫っている。
どう足搔こうと希望の見えない、最悪の状況だ。
そこに、少女の声が響いた。
「白き魔女よ! わたしに不死を与えなさい!」
ステファーナもまた、虚空に浮かぶ聖櫃を見あげている。
楚々とした横顔に、勝利を確信した表情を浮かべて。
地下を睥睨する、白き魔女の唇が動く。
「──愚かなこと」
投じられたのは、僅か一言だ。
それだけでアルヴィンは、周囲の空気が凍てついたような錯覚に襲われた。
白き魔女と対峙するのは、これが初めてではない。二度目になる。
もっとも一度目は──正確には、彼女ではなかった。禁書庫の迷宮が造りだした、複製に過ぎなかった。
今、本人を前にして感じる魔力と圧迫感は、あの時の比ではない。
白き魔女を正視するには、相当な意思の力を必要とする。
「──私は姉たちが残した叡智を護るため、不死者となった」
さらに一言が発せられる。
声は明瞭で、直接頭の中に響いてくるかのようだ。
「だがそれは、大きな謬りだった。摂理に反した力が行き着く先は、滅び。永遠など存在しない。お前は結局のところ、死を求めているに過ぎない」
「愚か者はあなたの方です。白き魔女よ」
常人なら、後ずさりせずには居れない圧を、ステファーナは平然と跳ね返した。
それどころか微笑みを浮かべ、言葉を継ぐ。
「原初の十三魔女、最後の生き残り。大陸の歴史上、唯一不死を達成した者。魔道の頂に立つあなたが、何を恐れているのです?」
わざとらしく、少女は小首をかしげてみせる。
その態度は、挑発的ですらある。
「滅びるのは大陸ではなく、神です。何が摂理か、それはわたしが決める。見ていなさい、神を殺した暁には、聖都は不死の都となるでしょう」
「……狂った妄想ね。あなたが神にでもなるつもり?」
泣き濡れたクリスティーの目はまだ赤い。だが眼差しは、毅然としたものへと戻っていた。
手厳しい皮肉への回答は、言葉ではなく行動によってなされる。
グングニルの槍先が、クリスティーに向けられた。
白き魔女に視線を留めたまま、少女は悪意と優越感に満ちた声を響かせる。
「白き魔女よ、わたしは気の短いほうではありません。ですが、これ以上忍耐を試さないことです。わたしの願いを拒むなら、娘を殺します」
「よせっ!!」
朗らかな殺害予告に、アルヴィンが叫ぶ。
そして……僅かな違和感を覚える。
クリスティーに向けられた、グングニルの槍先。それが、細かく震えていた。
いや、震えているのは……地下空間、全体だ。
「邪魔が入りましたね」
「──?」
ステファーナが、小さく肩をすくめる。
新たな鳴動が生まれた。
地震ではない。直感的にそう判断したのは、頭上に振動が生じたからだ。
地下空間の天井が、激しく震えている。
亀裂が縦横に走り、硬い岩盤が波打った。
「──何────っ──────が!?」
自分が発したはずの声が、聞き取れない。
直後、一万枚の銅鑼を打ち鳴らしたかのような破壊音が、鼓膜を乱打した。
天井が崩壊した──
膨大な土砂と岩塊が、豪雨のように降り注ぐ。
濃厚な土煙が、瞬く間に視界を奪い去る。
「アルヴィン!」
緊迫した声とともに、クリスティーが腕を掴んだ。
土煙の中へ駆け出そうとするアルヴィンを、制止したのだ。
「どこに行くの!?」
「彼女を助ける!」
「彼女って!?」
「君も来てくれ!」
説明する間も惜しい。
アルヴィンは腕を振りほどくと、一直線に駆け出した。
一瞬だが、見えたのだ。土煙の切れ間に、夢遊病者のように彷徨うフェリシアの姿が。
「フェリシア! どこにいるんだ!?」
アルヴィンは懸命に目を凝らし、叫ぶ。
近くで悲鳴があがった。
それは──フェリシア、ではない。男のものだ。運悪く岩塊が直撃した、処刑人だろう。
たとえ人の拳ほどの石であったとしても、当たり所が悪ければ命はない。ほんの僅かな差が、生死を分かつ。
落石のまっただ中に飛び込み、人を探す。それは勇敢を通り越した、無謀な行動だ。その自覚はある。
だが──彼女を救う機会は、今を置いてない。そうも確信している。
容赦なく岩塊が降り注ぐ中を、アルヴィンは縫うように走る。
すぐ後ろに、クリスティーの気配を感じる。ここまで無傷でいられるのは、彼女の魔法のおかげか……
と。
前触れなく、土煙が切れた。
眼前にいたのは、フェリシアだ。ステファーナの姿はない。
精神支配は解けてはいない。素手で掴みかかってくるフェリシアの首筋に、アルヴィンは手刀を放ち意識を奪う。
そのまま抱きかかえるようにして、地面に身体を投げ出した。
再び土煙が、視界を閉ざす。
永遠に続くかと錯覚しそうになる、天井の崩壊。
だが──白き魔女の言ったとおり、永遠などありはしないのだ。
やがて地下に、静寂が戻った。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる