追放された聖女は立ち上がる【完結】

池田 瑛

文字の大きさ
3 / 25

3.コゼットさんのお手伝い

しおりを挟む
「まずは水汲みを手伝ってもらおうかねぇ。ここはいつも人手不足なんだよ」

 コゼットさんが私に言った。
 働かざる者、食うべからず、ということわざが元の世界にあった。この家に住まわしてもらうのだから、働くのは当然なのだろう。

 だけど、どうもこのスラムは様子が違う。
 病人や老人、働けない人がたくさんいる。明らかに、ベッドから動くことのできない人だっている。
 人手が足りないとはそういう意味なのだろう。

「精一杯頑張ります!」

「この樽、一杯の水を頼むよ」

 ワイン樽ほどの大きさの水樽。

「分かりました」

 王都には、いたるところに井戸が掘られている。水は必需品だし、生きていく上で、生活していく上で欠かせないものだからだ。

 井戸は、必須のインフラなのだ。
 私は、桶を持ってバラックの外へと出た。
 
 スラムにも、ちゃんと井戸があった。
 むしろ、井戸があるのが当たり前か。逆の発想だ。井戸があるから、スラムがあり、そこでなんか人が生活していけるのだ。 スラムの井戸にも、釣瓶が取り付けられている。

『ソフィアの井戸』である。

 私にとっては、過去の栄光というか、あまり良い思い出がある代物とは言えない。

 私が調子にのって、鶴瓶式井戸のことなんて言わなければ、私は、聖女になんてならなかった。田舎の貴族として、幸せに暮らせたかもしれない。

 いや、もう済んだことだ。今は、水を汲み上げなければならない。

 子どもの頃、一度だけ、侍女の制止を聞かず、釣瓶を使わずに井戸から水をくみ上げたことがある。
水をくみ上げただけで腕がパンパンになった。明日、筋肉痛確定、というような感じだ。腕が、生まれたての小鹿のようにぷるぷると震えていた。


 それに比べ、釣瓶式の井戸の威力は絶大だった。
 桶を投げ込む投げ井戸式は、腕力の力だけで桶を井戸の深さ、十メートル以上のところから桶を持ち上げて行かなければならない。そうしないと、桶が垂直に上がっていかないからだ。投げ込み式では、井戸に上半身を乗りだして、慎重に壁と桶がぶつからないようにくみ上げる。桶も破損しやすい。

 しかし、釣瓶式は体の体重で引っ張ればよい。釣瓶が、垂直に桶を自動的に引き上げてくれる。

 腕力だけで五キロのものを持ち上げるのと、体重を使いながら全身の力で五キロのものを持ち上げるのでは、労力が全然違ってくる。

 自惚れかも知れないけれど、釣瓶式の井戸って、人びとの役に立っている。

 王宮に行ってからは、次の『神託は?』と、いつも聞かれて、期待されて、もう嫌だった。

 そういえば、釣瓶式の井戸を考えたのって、私にいつも親切にしてくれる侍女、テレッサが腰を痛めたからだった。

『ソフィア様、ありがとうございます。これなら私も水を汲めます。失業しなくて済みます。本当にありがとうございます。これからも誠心誠意、ソフィア様にお仕えさせていただきます。このご恩は一生忘れません』

 泣きながらテレッサさんは私にお礼を言っていた。

 私はその感謝を素直に受け取れなかった。

『どっちにしろ、井戸から水を汲むとか、時代遅れでアホらしい。水道があって、蛇口ひねれば水が出るのが普通だし』
 内心で、この世界を小馬鹿にしていたのだろう。

 テレッサは本当に感謝してくれていたんだ。貴族の末娘に対するおべっかとか、社交辞令かと思ってしまっていた。

 ワイン樽一杯に水を汲む。投げ込み式だったら、それだけで疲れ果ててしまうような重労働だったのだろう。
 貴族の末娘として箱入りであったし、王宮に登ってからも井戸の水なんて汲む機会はなかった。
 
 テレッサの『ありがとう』は、本当の『ありがとう』だった。私は、私を可愛がってくれたテレッサの役に立っていた。
 
 私は、ちょっと救われたような気がした。ありがとう、テレッサ。きっと、私の実家で、お兄様やお姉さまの子供の身の回りの世話をしてくれているのだろう。
 
 そしてまた、釣瓶式の井戸を使いながら、誰か知らないけれど、前の世界で釣瓶式井戸を発明した人に感謝をした。

 現代からすると五百年くらい昔かも知れないけれど、それがこの世界では確かに、役に立っていて、人の生活を楽にしている。

 釣瓶。つまり、『滑車』を発明した人は偉大だと思う。

『滑車』があれば、足場さえ組めば、どんなに重い石だって、ロープと滑車と土台が丈夫であれば持ち上げることはできる。 どうやらこの世界の人も、梃子てこの原理は知っているようだが、この釣瓶式井戸のように、『滑車』を上手く応用すれば、工事などが安全になるだろう。

 もしかしたら、人力でもエレベーターなんてものも登場するかも知れない。

 王城には高い見張り塔があった。私も景色を堪能しに塔へと登ったが、螺旋階段でとてもキツかった。
階段は疲れるし、エレベーターに乗りたい、と何度も思った。

 いや、でもエレベーターは無理か。たとえば、三人が乗ったとして、百五十キロくらいだろうか。その重量を引っ張っていくのに、やはり三人以上が必要だろう。モーターとか電動の力が必要になってくるのだろうし……。

 あれ? そういえば、滑車って、反対側に重りを付けていなかったっけ? 

左側が十キロの重さで、右側に九キロの重石を付ければ、あと右に一キロの力を加えてやれば重さが釣り合う。

 ん? 

 釣瓶式井戸で、桶の反対側に重りを、その辺に転がっている石でも結んであげれば、労力軽減できそう?

 桶に水を入れたときの重さは五キロくらいだから、右側に三、四キロの重石を付ければ、重さの差の、一、二キロの力を加えてやるだけでよいのではないだろうか?


重石の分だけ力が不要になる。


『 5 — 4 = 1 』という計算だ。


 いや……きっとこれは私の記憶間違いだろう。
 そんな単純なことなら、誰かが思い付いているはずだ。だって、もう釣瓶式の井戸が国中に広まって十年は過ぎている。さすがに改良案が出されているはずだ。

 また、別の改良案だと、滑車の右と左の両方に桶を付けたら、桶を井戸へと落とす作業がなくなり、効率二倍な気がするけど……。

 鶴瓶式で、前よりは便利になったのは確実だけど、もっと楽をする工夫はできるはずだ。

 いや、でも、まだこのスラム街にまで、改良版の井戸が届いていないだけなのだろう。

それだったら、私が近くに落ちている石を反対側に括り付けるだけで、改良できちゃうけど……。これだけで水汲みがさらに楽になる。 難しい作業ではない。ロープの反対側に重石を結ぶだけだ。

 私は、早速作業に取りかかった。釣瓶を支える支柱に結び付けてあるロープをほどき、そこら辺に落ちている平べったいサッカーボールくらいの石を結び付けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

処理中です...