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9.立て看板を作ろう
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ロバートさんが、病気から回復した! どうやら、病気と、ロバートさんの体力とが戦って、死闘の末に、ロバートさんが勝ったということだ。
こんなに嬉しいことはない。
ドットさんも、下痢の質が変わってきた。
桶に溜まったのも、水っぽいのから、多少、ドロッとしたのに変わってきた。回復の兆しだったらよいのだけど……。
それにしても、ロバートさんが回復したことは、コゼットさんの家にとっては大きいな喜びだ。
セト君も、気丈に振る舞っていたが、兄、と慕うロバートさんのことを心配していた。コゼットさんも、淡々と食べ物を恵んでもらいに行っていたりしていたけど、夜、椅子に座っているコゼットさんの肩を揉むと、かなり肩の筋肉が硬く凝っていた。
「ありがとう」とロバートさんがお礼を言ってくれた。
「いえ、私は本当に何もしていませんから。治ったのは、ロバートさん自身の力です」
ロバートさんに何度もお礼を言われて、私はすっかり恐縮してしまった。
ロバートさんは、すぐにでもまた、働き始めるということだったが、病み上がりなので、数日は休んでください、と念を押しておいた。
一週間を超える闘病生活は、体力や筋力を衰えさせているだろう。休息は必要だ。
ロバートさんは大工だ。力が要る仕事なら、休息して体力を回復させてからでないと怪我をしてしまう。
リハビリがてらということで、ロバートさんは井戸から水を汲むのを手伝ってくれることになった。
「ソフィーさん、これで最後です」
「ありがとうございます。ロバートさん」
「僕はとても楽しいです。これからも毎日、ずっとこうやって二人で、水汲みをしたいです」
ロバートさんは、『二人で』ということを強調した。
一瞬、どうしてだろうと思ったけれど、合点がいった。
「二人でやると早いですもんね」
ロバートさんと私で協力して井戸水をくみ上げると、作業が早い。効率が良いと、ロバートさんは言っているのだろう。もしかしたら、私もコゼットさんの家にこのまま住んで良いと、一応認められたのかもしれない。
作業が早くなるのは、ただの分業の成果だ。
ロバートさんが井戸から水を汲み、その間に、私が汲んだ水をコゼットさんの家の大きな樽まで運ぶ。私が井戸のところに戻ると、すでに満杯になった桶が置いてある。私は、空になった桶を置いて、また、コゼットさんの家に行って、樽に水を入れればよい。
セト君の時は、彼の身長では樽に水を入れることができなかったので、この分業は成立しなかった。
一人で井戸水汲んで、運んで、樽に入れて、また戻って井戸水汲む、という作業よりも、効率は格段に良い。
一人でやったら三時間の作業が、なんと二人で三十分程度の時間で終わってしまった。
『 一人 × 三時間 = 三時間 』と、一人でやると三時間かかる。
それに対し、
『 二人 × 三十分 = 一時間 』と、二人でやると一時間で終わる。
二人でやると、二時間も時間を節約できた計算になる。
「早く終わってしまうのは、ある意味、残念ですね。もっとソフィーさんと一緒にいたいです。とっても楽しいですよ」
天気が良かったせいか、ロバートさんの笑顔が眩しかった。
大工ということで、引き締まった肉体であることは介護していたときに気づいていた。顔立ちも整っていて、爽やか細マッチョ・イケメンだから笑顔を素敵なのだろう。
それが、ロバートさんだ。 セト君が慕っているほど、面倒見が良い。
大工としても腕は一流で、人望もあり、次世代の大工ギルドの親方候補だそうだ。
……なに、このハイスペックな人……。
「それにしても、本当に早く終わってしまいましたね」
午前中一杯の仕事が、あっけなく終わってしまった。別に、井戸の水汲みを早く終わらしたからと言って、とくにやるべき事はない。
絶賛、失業中な私。掃除は終わったし、竃の灰も十分だし……。仕事が早く終わった分、私はなにもすることがない。
「もし、ソフィーさんが、怪しげな黒魔術をするのなら、喜んで僕も手伝いますよ」
……。
ん? 黒魔術?
背中に太陽を背負っているせいか、ロバートさんからキラキラする笑顔で言われた。
でも……『怪しげな黒魔術』って……?
爽やかなロバートさんの笑顔に対して言われていることは不穏だ。
「えっと? ロバートさん? 私は、黒魔術なんて使いませんよ?」
この世界にも魔女狩りとかあるのだろうか? 聖女から身分を剥奪されて、今度は魔女とか言われて狩られたら、今度こそ立ち直れない気がする……。いや、立ち直る前に、火あぶりにされてしまいそうだ。
「セトから聞きました。聖女様の井戸を変えたり、普通とは違う病気の治療をしていても?」
うっ。キラキラ笑顔で、核心を突かれている気がする……。
「そんな困った顔をしないでください。この井戸、確かに使いやすくなっています。これはすごいことですよ」
「セト君にも言いましたが、内緒にしてくださいね」
「もちろんです。命の恩人に対して不義理はしません。未来の妻が、衛兵に連れて行かれても嫌ですし」
やっぱり、衛兵に連れて行かれるとかあるんだ、怖いと思う。一応、ロバートさんたちが秘密にしてくれたら大丈夫だと思う。それに、信じられる人たちだ。
「ちなみに誰かに言ったらどうなるのですか?」
「妻の件はスルーですか……。えっとですね~。仮の話ですが、私が密告したとしたら……ソフィーさんは十字架刑か火あぶりでしょうね。私は、密告して銀貨三十枚の報酬でしょうか」
やっぱり、魔女狩りあるじゃん。火あぶりとかーーー!
それに、密告制度があるとか、この世界、やっぱり恐い。
「そんなことはもちろんしません」
「で、でも、黒魔術って……」
「それは、セトが言っていました。だってそうでしょう? 普通は、高熱が出たら、冷たい水の中に病人を入れる、というのが治療法です。セトやコゼット婆さんでは、私を川まで運べないので、私は寝たきりでしたが」
「え? 冷たい水の中に入れる?」
「えぇ。だって、体全身から熱が出てるのですから、体全部を冷やすのは当然でしょう」
なんだ? その怪しげな、というか間違った民間療法は……。そっちの方が黒魔術的だと思うのだけど……。
熱が出るというのは、体内に侵入した病原菌と体の免疫機構が戦っていて、それにより発熱するのだ。むしろ、そんな中で体を冷やしたりなんかしたら、逆効果でしかない。
頭を冷やすのは、病人の負担を軽くするためだ。脳を保護するためだ。
唖然としてしまう。
「怪しげな黒魔術でもかまいません。それで僕は治った。ソフィーさんに命を助けられた。高熱でぼんやりとしながらも、いつもあなたが傍にいてくれ、『頑張って』と励まし続けてくれた。一生かかっても返しきれない恩が、僕にはソフィーさんにはあるんです。今度は、いえ、これから一生、俺はソフィーさんを助け続けたいと思っています。どうか、あなたのそばに僕が一生いることを許していただけないでしょうか?」
ロバートさんは、なぜか井戸横に跪いて、私に右手を伸ばしている。そして、私をまっすぐ見つめている。
ロバートさんが、笑顔でそう言ってくれているのは嬉しいけれど、私にとってはそれ、行きに死にの問題だ。
もしかしたら、私は魔女だと思われているのかもしれない。
蜥蜴の尻尾や蝙蝠の羽根を鍋で煮ているとか思われているのだろうか。
「お願いね! 黒魔術を使ったとか、変な噂は広めないでくださいね。コゼットさんやセト君にも、ロバートさんから口止めしといてください。そもそも、私は黒魔術とか使っていません! 本当です!」
私は必死にロバートさんに懇願する。
そもそも、私は黒魔術とか、そんなファンタジーな魔法みたいな能力を持ってない。そんな能力があれば、ホウキに乗って、王宮から逃げ出していた。
それに……火あぶりとか恐すぎる。
火あぶりは、熱というより、本当に恐ろしいのは煙だ。 立ち上ってくる煙は、一酸化炭素中毒でしなないギリギリのラインに調整されているというのが元の世界の火あぶりの刑だ。煙で呼吸が苦しみながらも、気絶もできない。それでいて、足下から焼かれ続ける。やだ——絶対、苦しいに決まっているじゃない!!!!!!!
「え……えぇ。もちろんです」
しばらくして、落ち着いた私に、ロバートさんはまた言った。「本当に、俺に出来ることなら、なんでもお手伝いしますよ。コゼットさんも、あんたも男なら、ソフィーを逃すんじゃないよ、と言っていましたし」
「え? 逃さないように? やっぱり、衛兵に引き渡すつもりなんですか?」
「いえいえ。それは……、ずっとコゼットさんたちの家でいっしょに暮らしましょうということです。つまり、家族になろうということです」
「そうですか。そう思ってくださるなら、嬉しいです。どっちにしろ、私には行き場が他にありませんし」
コゼットさんも私を信頼してくれたようだ。嬉しいことはない。
えっと……じゃあ……。余った時間で、もっとしっかり働こう!
私は、井戸の周りを見渡す。気になっていたことがあるのだ。
それは、井戸の近くにゴミや細菌で汚染された物を捨てていく人がいることだ。
捨てる場所がないし、王都の外に捨てに行くのは大変に手間だけど、井戸の周りだけは止めて欲しい。
だって、井戸の近くだと井戸まで汚染されてしまうからだ。
井戸は、穴だ。
水は高い所から低い所へと流れる。
一応、井戸には石で転落用防止用の囲いがあるのだけど、地上から流れ込む水を防ぐような構造をしていない。
つまり、雨など降ったら、井戸に水が流入するのだ。病原菌が水と一緒に井戸に入っていったら、それはこの井戸の水を使う人たちまでも感染してしまう原因となる。
口にする飲み水は加熱するにしても、食器やシーツを洗う水が汚染されていたのでは、意味が無い。
「あの、ロバートさんは大工さんでしたよね?」
「そうです。これでも良い腕なんですよ。俺たちが二人で住む家を作りましょうか? 任せてください! 子供部屋は何個作りましょうか?」
ロバートさんは胸を叩いて張り切っているけど、家だとかそういう大きな事ではない。
私は、立て看板を欲しいのだ。
「あの、この井戸周辺の地面にさせて、文字の書ける看板を作って欲しいのですが……」
「え? スイート・ホームではなく……立て看板?」
なぜか、ロバートさんは残念そうだけど、さすがに、病気を治して、報酬が家というのはどうかと思う。過大報酬だ。それに、私は病気の治療をしたわけではない。衛生面を改善しただけだ。
「はい! 是非お願いしたいです」
「わ……分かりました……」
ロバートさんは少し落ち込んでいるような顔をしていた。
「わがままを言ってしまい、申し訳ありません。病み上がりでもあるのに」
頼んだのが立て看板というのがいけなかったのかもしれない。ロバートさんは、優秀な大工だ。そんな腕の良い大工さんに、立て看板なんて、簡単なことを頼んだからロバートさんのプライドを傷つけてしまったのかもしれない。
「でも、いつか、家もお願いしてもいいですか?」と一応、フォローをしてみる。もちろん、家を建てるようなお金はないけれど。
だけど、ロバートさんの顔が一瞬にして明るくなった。
「そういうことなら、任せてください。材料も、そこらのを加工して作れます」
ノコギリとノミで、あっという間に、立て看板ができてしまった。釘を使わないのは、日本の宮大工に通じるものがあるかもしれない。
私は、立て看板の出来栄えに大満足だ。流石はロバートさんだった。腕利き大工。
スラム街の倒壊した家の木材から見事な立て看板を作ってくれた。
私は、井戸の周辺にこの立て看板を立てていく。設置した立て看板に、かまどで燃え残った炭で文字を大きく書いていく。
『井戸の周りにゴミなど汚いものを捨てないでください。綺麗な井戸を守りましょう』
この井戸周辺に汚染された糞尿などを捨てないだけで、井戸の汚染は少なからず防げるだろう。井戸から遠い場所から染み込んだとしても、地中から染み込む分には、濾過されるはずだ。
「ロバートさん、これでバッチリです」
設置作業を終えて、自信満々でコゼットさんの家に帰ったが、翌日、井戸の現状を見て私は驚愕した……。
……。
立て看板あるのに、全然、改善してない————。
……。
ショックだ。せっかく立て看板を作ったのに。いや、でも……それは仕方がないことかもしれない。
マンションとかでも、ゴミ出しの日でもないのに、適当にゴミを出す居住者もいる。不燃ゴミの日に、しれっと燃えるゴミを出す居住者だっている。
ルールを守らない人はどこの世界にもいる。だが、対策は出来る。ゴミ捨て場に、防犯カメラを設置したら、ピタリとゴミ収集日以外にゴミを捨てる人がいなくなるのと同じだ。
たぶん、この井戸周辺に糞尿を捨てるのは、この場所に捨てるのには理由があるのだ。別の場所まで運ぶのが面倒くさいのだろう。
A.運ぶの面倒だから、井戸周辺に捨てる。
B.多少運ぶ手間がかかっても井戸から離れた所に捨てる。
これは、メリットとデメリットの問題だ。
AとBのどちらがより、有利かという問題だ。
この前の、マスクの問題と同じだ。
Aマスクは感染症を予防するが、呼吸をしにくいと感じる
Bマスクをしないで呼吸が楽なままでいる
マスクの有効性を示し、感染する病気が重いのであれば、当たり前にAをみんな選ぶ。いっとき呼吸が楽でも、病気に感染したら、もっと苦しい思いをする。予防の重要性を知る。
だが、マスクの有用性が分からないなら、マスクをしないほうが呼吸が楽だ。邪魔にならないから、マスクをしないだろう。
いくら、マスクして! と言っても無駄なのだ。啓蒙活動によるマスクへの理解を高めなければ意味が無い。
それと同じ問題だ。
ゴミを井戸の近くに捨てる。それは、悪意があるというより、運ぶのが面倒、という理由だろう。
だから、
A運ぶの面倒だから、井戸周辺に捨てる。
B多少運ぶ手間がかかっても井戸から離れた所に捨てる。
という選択を迫られた際に、明らかにBを選ぶようにすれば良い。
井戸の周りに捨てていく人は、その人たちなりに合理的な選択をしているのだ。
『立て看板に書かれていることを守った方がいいのか』
『手間だから、意味不明な立て看板を無視する』
この二択で、合理的に考えた結果、立て看板を無視する、という行動をしているのだ。 環境保護による二酸化炭素排出規制か、自国の経済発展を優先するか。
それぞれの状況に置いて、合理的な選択がなされる。どっちが良い、悪い、の問題ではない。 じゃあ、どうするか。
重くて臭い桶に入った糞尿を遠くまで運んで捨てさせるだけの動機が必要だ。
どうする……。 私が思い付いた方法は、自分でも嫌になる。だけど、それしかなかった。
『聖女の井戸、その周辺を汚すなかれ。これより井戸に近い場所でゴミを捨てることを禁じる。』
聖女様のご威光を使う。それしかない。
私は追放された聖女だ。そして、もともと聖女なんかじゃない。前の世界の知識を持ったまま転生した普通の人間だ。
聖女の名前を騙る。それも、立て看板に書いて公に示す。
この世界の法律に当てはめたら、聖女の名を騙るのは死刑だ。
「え? それ……ソフィーさんって意外と大胆ですね」
ロバートさんは私が書いた内容を見て、頬が引きつっている。ロバートさんも私が書いた内容のヤバさを理解したのだろう。
リスクは仕方ない。だって、みんなの健康のためだもの。
拾った命だ。王国から聖女として用済みになった、という理由ではなくて、このスラム街に住む人たちの健康が少しでも守れるなら、意味はあるような気持ちになれる。私がこの世界に転生してきた意味だってあるように思える。
そんな私の決意とは裏腹に、立て看板の内容を変えた次の日から、井戸周辺に糞尿を捨てる人がいなくなった。というか、立て看板よりさらに広範囲において、糞尿を捨てなくなった。
コゼットさんとロバートさんの話では、井戸周辺のスラム街の住民が話し合い、糞尿は毎朝、スラム街の一個所に集めて、当番制・協力して河に捨てに行く、ということになったらしい。
聖女さまのご威光がすごい!
一発だ!
それに、排泄物を意識的に一個所に集中させるとか、井戸一帯の衛生面の改善が期待できる。
この世界の聖女様はすごい! そして、聖女は、私じゃない。けっして。
こんなに嬉しいことはない。
ドットさんも、下痢の質が変わってきた。
桶に溜まったのも、水っぽいのから、多少、ドロッとしたのに変わってきた。回復の兆しだったらよいのだけど……。
それにしても、ロバートさんが回復したことは、コゼットさんの家にとっては大きいな喜びだ。
セト君も、気丈に振る舞っていたが、兄、と慕うロバートさんのことを心配していた。コゼットさんも、淡々と食べ物を恵んでもらいに行っていたりしていたけど、夜、椅子に座っているコゼットさんの肩を揉むと、かなり肩の筋肉が硬く凝っていた。
「ありがとう」とロバートさんがお礼を言ってくれた。
「いえ、私は本当に何もしていませんから。治ったのは、ロバートさん自身の力です」
ロバートさんに何度もお礼を言われて、私はすっかり恐縮してしまった。
ロバートさんは、すぐにでもまた、働き始めるということだったが、病み上がりなので、数日は休んでください、と念を押しておいた。
一週間を超える闘病生活は、体力や筋力を衰えさせているだろう。休息は必要だ。
ロバートさんは大工だ。力が要る仕事なら、休息して体力を回復させてからでないと怪我をしてしまう。
リハビリがてらということで、ロバートさんは井戸から水を汲むのを手伝ってくれることになった。
「ソフィーさん、これで最後です」
「ありがとうございます。ロバートさん」
「僕はとても楽しいです。これからも毎日、ずっとこうやって二人で、水汲みをしたいです」
ロバートさんは、『二人で』ということを強調した。
一瞬、どうしてだろうと思ったけれど、合点がいった。
「二人でやると早いですもんね」
ロバートさんと私で協力して井戸水をくみ上げると、作業が早い。効率が良いと、ロバートさんは言っているのだろう。もしかしたら、私もコゼットさんの家にこのまま住んで良いと、一応認められたのかもしれない。
作業が早くなるのは、ただの分業の成果だ。
ロバートさんが井戸から水を汲み、その間に、私が汲んだ水をコゼットさんの家の大きな樽まで運ぶ。私が井戸のところに戻ると、すでに満杯になった桶が置いてある。私は、空になった桶を置いて、また、コゼットさんの家に行って、樽に水を入れればよい。
セト君の時は、彼の身長では樽に水を入れることができなかったので、この分業は成立しなかった。
一人で井戸水汲んで、運んで、樽に入れて、また戻って井戸水汲む、という作業よりも、効率は格段に良い。
一人でやったら三時間の作業が、なんと二人で三十分程度の時間で終わってしまった。
『 一人 × 三時間 = 三時間 』と、一人でやると三時間かかる。
それに対し、
『 二人 × 三十分 = 一時間 』と、二人でやると一時間で終わる。
二人でやると、二時間も時間を節約できた計算になる。
「早く終わってしまうのは、ある意味、残念ですね。もっとソフィーさんと一緒にいたいです。とっても楽しいですよ」
天気が良かったせいか、ロバートさんの笑顔が眩しかった。
大工ということで、引き締まった肉体であることは介護していたときに気づいていた。顔立ちも整っていて、爽やか細マッチョ・イケメンだから笑顔を素敵なのだろう。
それが、ロバートさんだ。 セト君が慕っているほど、面倒見が良い。
大工としても腕は一流で、人望もあり、次世代の大工ギルドの親方候補だそうだ。
……なに、このハイスペックな人……。
「それにしても、本当に早く終わってしまいましたね」
午前中一杯の仕事が、あっけなく終わってしまった。別に、井戸の水汲みを早く終わらしたからと言って、とくにやるべき事はない。
絶賛、失業中な私。掃除は終わったし、竃の灰も十分だし……。仕事が早く終わった分、私はなにもすることがない。
「もし、ソフィーさんが、怪しげな黒魔術をするのなら、喜んで僕も手伝いますよ」
……。
ん? 黒魔術?
背中に太陽を背負っているせいか、ロバートさんからキラキラする笑顔で言われた。
でも……『怪しげな黒魔術』って……?
爽やかなロバートさんの笑顔に対して言われていることは不穏だ。
「えっと? ロバートさん? 私は、黒魔術なんて使いませんよ?」
この世界にも魔女狩りとかあるのだろうか? 聖女から身分を剥奪されて、今度は魔女とか言われて狩られたら、今度こそ立ち直れない気がする……。いや、立ち直る前に、火あぶりにされてしまいそうだ。
「セトから聞きました。聖女様の井戸を変えたり、普通とは違う病気の治療をしていても?」
うっ。キラキラ笑顔で、核心を突かれている気がする……。
「そんな困った顔をしないでください。この井戸、確かに使いやすくなっています。これはすごいことですよ」
「セト君にも言いましたが、内緒にしてくださいね」
「もちろんです。命の恩人に対して不義理はしません。未来の妻が、衛兵に連れて行かれても嫌ですし」
やっぱり、衛兵に連れて行かれるとかあるんだ、怖いと思う。一応、ロバートさんたちが秘密にしてくれたら大丈夫だと思う。それに、信じられる人たちだ。
「ちなみに誰かに言ったらどうなるのですか?」
「妻の件はスルーですか……。えっとですね~。仮の話ですが、私が密告したとしたら……ソフィーさんは十字架刑か火あぶりでしょうね。私は、密告して銀貨三十枚の報酬でしょうか」
やっぱり、魔女狩りあるじゃん。火あぶりとかーーー!
それに、密告制度があるとか、この世界、やっぱり恐い。
「そんなことはもちろんしません」
「で、でも、黒魔術って……」
「それは、セトが言っていました。だってそうでしょう? 普通は、高熱が出たら、冷たい水の中に病人を入れる、というのが治療法です。セトやコゼット婆さんでは、私を川まで運べないので、私は寝たきりでしたが」
「え? 冷たい水の中に入れる?」
「えぇ。だって、体全身から熱が出てるのですから、体全部を冷やすのは当然でしょう」
なんだ? その怪しげな、というか間違った民間療法は……。そっちの方が黒魔術的だと思うのだけど……。
熱が出るというのは、体内に侵入した病原菌と体の免疫機構が戦っていて、それにより発熱するのだ。むしろ、そんな中で体を冷やしたりなんかしたら、逆効果でしかない。
頭を冷やすのは、病人の負担を軽くするためだ。脳を保護するためだ。
唖然としてしまう。
「怪しげな黒魔術でもかまいません。それで僕は治った。ソフィーさんに命を助けられた。高熱でぼんやりとしながらも、いつもあなたが傍にいてくれ、『頑張って』と励まし続けてくれた。一生かかっても返しきれない恩が、僕にはソフィーさんにはあるんです。今度は、いえ、これから一生、俺はソフィーさんを助け続けたいと思っています。どうか、あなたのそばに僕が一生いることを許していただけないでしょうか?」
ロバートさんは、なぜか井戸横に跪いて、私に右手を伸ばしている。そして、私をまっすぐ見つめている。
ロバートさんが、笑顔でそう言ってくれているのは嬉しいけれど、私にとってはそれ、行きに死にの問題だ。
もしかしたら、私は魔女だと思われているのかもしれない。
蜥蜴の尻尾や蝙蝠の羽根を鍋で煮ているとか思われているのだろうか。
「お願いね! 黒魔術を使ったとか、変な噂は広めないでくださいね。コゼットさんやセト君にも、ロバートさんから口止めしといてください。そもそも、私は黒魔術とか使っていません! 本当です!」
私は必死にロバートさんに懇願する。
そもそも、私は黒魔術とか、そんなファンタジーな魔法みたいな能力を持ってない。そんな能力があれば、ホウキに乗って、王宮から逃げ出していた。
それに……火あぶりとか恐すぎる。
火あぶりは、熱というより、本当に恐ろしいのは煙だ。 立ち上ってくる煙は、一酸化炭素中毒でしなないギリギリのラインに調整されているというのが元の世界の火あぶりの刑だ。煙で呼吸が苦しみながらも、気絶もできない。それでいて、足下から焼かれ続ける。やだ——絶対、苦しいに決まっているじゃない!!!!!!!
「え……えぇ。もちろんです」
しばらくして、落ち着いた私に、ロバートさんはまた言った。「本当に、俺に出来ることなら、なんでもお手伝いしますよ。コゼットさんも、あんたも男なら、ソフィーを逃すんじゃないよ、と言っていましたし」
「え? 逃さないように? やっぱり、衛兵に引き渡すつもりなんですか?」
「いえいえ。それは……、ずっとコゼットさんたちの家でいっしょに暮らしましょうということです。つまり、家族になろうということです」
「そうですか。そう思ってくださるなら、嬉しいです。どっちにしろ、私には行き場が他にありませんし」
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えっと……じゃあ……。余った時間で、もっとしっかり働こう!
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それは、井戸の近くにゴミや細菌で汚染された物を捨てていく人がいることだ。
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だって、井戸の近くだと井戸まで汚染されてしまうからだ。
井戸は、穴だ。
水は高い所から低い所へと流れる。
一応、井戸には石で転落用防止用の囲いがあるのだけど、地上から流れ込む水を防ぐような構造をしていない。
つまり、雨など降ったら、井戸に水が流入するのだ。病原菌が水と一緒に井戸に入っていったら、それはこの井戸の水を使う人たちまでも感染してしまう原因となる。
口にする飲み水は加熱するにしても、食器やシーツを洗う水が汚染されていたのでは、意味が無い。
「あの、ロバートさんは大工さんでしたよね?」
「そうです。これでも良い腕なんですよ。俺たちが二人で住む家を作りましょうか? 任せてください! 子供部屋は何個作りましょうか?」
ロバートさんは胸を叩いて張り切っているけど、家だとかそういう大きな事ではない。
私は、立て看板を欲しいのだ。
「あの、この井戸周辺の地面にさせて、文字の書ける看板を作って欲しいのですが……」
「え? スイート・ホームではなく……立て看板?」
なぜか、ロバートさんは残念そうだけど、さすがに、病気を治して、報酬が家というのはどうかと思う。過大報酬だ。それに、私は病気の治療をしたわけではない。衛生面を改善しただけだ。
「はい! 是非お願いしたいです」
「わ……分かりました……」
ロバートさんは少し落ち込んでいるような顔をしていた。
「わがままを言ってしまい、申し訳ありません。病み上がりでもあるのに」
頼んだのが立て看板というのがいけなかったのかもしれない。ロバートさんは、優秀な大工だ。そんな腕の良い大工さんに、立て看板なんて、簡単なことを頼んだからロバートさんのプライドを傷つけてしまったのかもしれない。
「でも、いつか、家もお願いしてもいいですか?」と一応、フォローをしてみる。もちろん、家を建てるようなお金はないけれど。
だけど、ロバートさんの顔が一瞬にして明るくなった。
「そういうことなら、任せてください。材料も、そこらのを加工して作れます」
ノコギリとノミで、あっという間に、立て看板ができてしまった。釘を使わないのは、日本の宮大工に通じるものがあるかもしれない。
私は、立て看板の出来栄えに大満足だ。流石はロバートさんだった。腕利き大工。
スラム街の倒壊した家の木材から見事な立て看板を作ってくれた。
私は、井戸の周辺にこの立て看板を立てていく。設置した立て看板に、かまどで燃え残った炭で文字を大きく書いていく。
『井戸の周りにゴミなど汚いものを捨てないでください。綺麗な井戸を守りましょう』
この井戸周辺に汚染された糞尿などを捨てないだけで、井戸の汚染は少なからず防げるだろう。井戸から遠い場所から染み込んだとしても、地中から染み込む分には、濾過されるはずだ。
「ロバートさん、これでバッチリです」
設置作業を終えて、自信満々でコゼットさんの家に帰ったが、翌日、井戸の現状を見て私は驚愕した……。
……。
立て看板あるのに、全然、改善してない————。
……。
ショックだ。せっかく立て看板を作ったのに。いや、でも……それは仕方がないことかもしれない。
マンションとかでも、ゴミ出しの日でもないのに、適当にゴミを出す居住者もいる。不燃ゴミの日に、しれっと燃えるゴミを出す居住者だっている。
ルールを守らない人はどこの世界にもいる。だが、対策は出来る。ゴミ捨て場に、防犯カメラを設置したら、ピタリとゴミ収集日以外にゴミを捨てる人がいなくなるのと同じだ。
たぶん、この井戸周辺に糞尿を捨てるのは、この場所に捨てるのには理由があるのだ。別の場所まで運ぶのが面倒くさいのだろう。
A.運ぶの面倒だから、井戸周辺に捨てる。
B.多少運ぶ手間がかかっても井戸から離れた所に捨てる。
これは、メリットとデメリットの問題だ。
AとBのどちらがより、有利かという問題だ。
この前の、マスクの問題と同じだ。
Aマスクは感染症を予防するが、呼吸をしにくいと感じる
Bマスクをしないで呼吸が楽なままでいる
マスクの有効性を示し、感染する病気が重いのであれば、当たり前にAをみんな選ぶ。いっとき呼吸が楽でも、病気に感染したら、もっと苦しい思いをする。予防の重要性を知る。
だが、マスクの有用性が分からないなら、マスクをしないほうが呼吸が楽だ。邪魔にならないから、マスクをしないだろう。
いくら、マスクして! と言っても無駄なのだ。啓蒙活動によるマスクへの理解を高めなければ意味が無い。
それと同じ問題だ。
ゴミを井戸の近くに捨てる。それは、悪意があるというより、運ぶのが面倒、という理由だろう。
だから、
A運ぶの面倒だから、井戸周辺に捨てる。
B多少運ぶ手間がかかっても井戸から離れた所に捨てる。
という選択を迫られた際に、明らかにBを選ぶようにすれば良い。
井戸の周りに捨てていく人は、その人たちなりに合理的な選択をしているのだ。
『立て看板に書かれていることを守った方がいいのか』
『手間だから、意味不明な立て看板を無視する』
この二択で、合理的に考えた結果、立て看板を無視する、という行動をしているのだ。 環境保護による二酸化炭素排出規制か、自国の経済発展を優先するか。
それぞれの状況に置いて、合理的な選択がなされる。どっちが良い、悪い、の問題ではない。 じゃあ、どうするか。
重くて臭い桶に入った糞尿を遠くまで運んで捨てさせるだけの動機が必要だ。
どうする……。 私が思い付いた方法は、自分でも嫌になる。だけど、それしかなかった。
『聖女の井戸、その周辺を汚すなかれ。これより井戸に近い場所でゴミを捨てることを禁じる。』
聖女様のご威光を使う。それしかない。
私は追放された聖女だ。そして、もともと聖女なんかじゃない。前の世界の知識を持ったまま転生した普通の人間だ。
聖女の名前を騙る。それも、立て看板に書いて公に示す。
この世界の法律に当てはめたら、聖女の名を騙るのは死刑だ。
「え? それ……ソフィーさんって意外と大胆ですね」
ロバートさんは私が書いた内容を見て、頬が引きつっている。ロバートさんも私が書いた内容のヤバさを理解したのだろう。
リスクは仕方ない。だって、みんなの健康のためだもの。
拾った命だ。王国から聖女として用済みになった、という理由ではなくて、このスラム街に住む人たちの健康が少しでも守れるなら、意味はあるような気持ちになれる。私がこの世界に転生してきた意味だってあるように思える。
そんな私の決意とは裏腹に、立て看板の内容を変えた次の日から、井戸周辺に糞尿を捨てる人がいなくなった。というか、立て看板よりさらに広範囲において、糞尿を捨てなくなった。
コゼットさんとロバートさんの話では、井戸周辺のスラム街の住民が話し合い、糞尿は毎朝、スラム街の一個所に集めて、当番制・協力して河に捨てに行く、ということになったらしい。
聖女さまのご威光がすごい!
一発だ!
それに、排泄物を意識的に一個所に集中させるとか、井戸一帯の衛生面の改善が期待できる。
この世界の聖女様はすごい! そして、聖女は、私じゃない。けっして。
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