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14.テレジア・アリスター侯爵令嬢のテクニック
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「紅茶をお待ちしました」
陽だまり亭の庭の丸テーブルで仏頂面で座るヨエル。そして、その反対側にマックが不機嫌そうに座っている。
「いつもより、苦いね」とロバートが言った。
苦いはずである。テレジアが到着するまえに、兄に仕事に戻られては困るとレイラは時間をかけて紅茶を作ったのだ。
だから茶葉から苦みが染み出してしまっているのである。
紅茶が苦くなることを承知の上で、時間稼ぎをレイラはしたのだ。
そしてその時、陽だまり亭の前に馬車が停まった。毛並みの良い馬が引く馬車。
アリスター侯爵家の馬車であった。
「レイラ! お茶会の時間に遅れてごめんなさい」
テレジア・アリスターは、御者がステップを出す前に馬車から飛び降りた。気持ちが急いて、待ちきれなかったのであろう。
「テレジア、ようこそ」
レイラはテレジアを歓迎し、丸テーブルへと誘導する。
「ヨエル・ホーエンハイム男爵。ご機嫌麗しゅう。しばしの間、お邪魔いたしますわ」
完璧な挨拶と微笑みで、ホーエンハイム家の当主であるヨエルへとまず挨拶をする。
「ようこそテレジア嬢。やはや、今日もお美しい。それに、お邪魔などとんでもない。テレジア嬢ならいつでも歓迎です。狭い屋敷ですが、どうぞ自分の屋敷だと思って、好きなだけくつろいでいってください」とヨエルも席を立って挨拶をする。
ヨエルの言葉は定型句であるが、そつのない貴族としての言動である。
それに、ヨエルも妻アンナ同様、テレジアのことを気に入っている。社交会に出ていなかったレイラに友人が出来たということを嬉しく思っているのだろう。
また、テレジアはレイラにだけこっそりと打ち明けている。
実は、『テレジア嬢がロバートかニコルの嫁に来てくれば』などとヨエルが冗談ででも口を滑らせてくれることを狙っているのだと。
ホーエンハイム家当主の言質を取ることをテレジアは狙っているのだそうだ。
しかし、ヨエルも貴族の末席を連ねる者。なかなかガードが堅いようである。
「ありがとうございます……。それで……ご同席の方々は……えっ?」
ヨエルの座っているテーブルにはテレジアの想い人であるロバート・ホーエンハイムも座っている。
皇帝の妃選びの舞踏会で初めて会い、その時にテレジアはロバートに一目惚れをした。テレジアとロバートが会うのはこれが二回目である。
レイラは、テレジアがそれとなく父から兄を紹介するように誘導したいのだろうと思った。皇帝の妃探しの舞踏会でテレジアとロバートは一緒にダンスを踊って初対面ではないとはいえ、ヨエル非公認の仲である。
ヨエルがロバートをテレジアに紹介すれば、当主公認の知り合いというわけである。
『こういう時は、ぐいぐい行くのね……』とレイラはテレジアの行動力に関心をする。ロバートがいることを伝書鳩でテレジアは知っているが、そのことをおくびにも出さないで、偶然の邂逅であるかのようだ。
「ニコルとは何度も会っているが、ロバートは初めてかな。息子のロバート・ホーエンハイムだ」
テレジアとレイラの思惑通り、ヨエルがロバートを紹介した。
「おおお、お久しぶりでございます、ロバート様。舞踏会でだだだ、ダンスを踊って、いいい、以来でございますね。いつも、レイラさんとは親しくさせていただいております」
テレジアも緊張しているようであった。
「これはテレジア・アリスター様。ご機嫌麗しゅう。またお会いできて光栄です」
「二人はすでに知り合いだったか。レイラ。テレジア嬢にも紅茶を淹れて差し上げなさい」
「畏まりました。苦くなってしまいましたが、どうぞ……」
テレジアも丸テーブルへと座り、紅茶を啜る。
「ありがとうレイラ。苦みの奥に、友情と優しさの味がするわ」とテレジアは紅茶の感想を言った。
『レイラ、ありがとう。ロバート様を足止めしてくれていたのね』とテレジアは紅茶の苦みからそれを察し、『それにしても……これは一体どういう状況なのかしら?』と笑みを崩さないようにしながら頭を高速回転させる。
「ロバート様、もう一人の方は、近衛兵の鎧からすると、同僚の方ですか?」
ヨエルが、もう一人の同席者を紹介する気がないことを悟ったテレジアは、言葉を慎重に選びながらロバートに質問をした。貴族のセンスである。
「あ……あぁ。私の先輩の近衛兵の……?」とロバートは目を泳がせている。
「俺はマックだ」とロバートの言葉を遮り、端的な自己紹介をする。
「マック様……でございますね。テレジア・アリスターでございます。お初にお目にかかります?」
レイラは、どうして、最後の『お初にお目にかかります?』が疑問形のように語尾が上がっているのか不思議に思う。
「初めて会う、ということだな」
「左様でございますか」
「あぁ。苦い紅茶の好きなテレジア嬢」
マックとテレジアの間に、何か合意が成立したかのように思えた。
『え? なに、このやり取り……もしかして、本当はテレジアはマック様とお知り合いなの??』と、レイラは不安になる。テレジアとマックは、言葉だけでなく、二人が目で会話をしているような雰囲気があったからだ。
「それで、レイラ。今日のお茶会はどういう嗜好なの? レイラのお父上と兄上と、それと近衛兵の方とお茶を飲めるなんて光栄だわ」
貴族のお茶会は嗜好を凝らす。
庭に小舟を浮かべてのお茶会。詩を読み合うお茶会。輪読会形式のお茶会。サーカスを呼んでのお茶会。夏場に氷の彫刻を鑑賞しながらお茶を飲む。
『テレジア……いきなりどうして私に話を振るの! お茶会の約束ってのはただの口実って打ち合わせだったじゃない!』
「それについては、私が説明しようかな。実は……」とヨエルが状況の説明を始めた。
近衛兵のマックが、自分の娘を下町に連れ出そうとしたので成敗してやった、というようなヨエルの主観に満ちた説明である。
「そういうことでしたか」とテレジアは、納得をした顔であった。
そして、
「では、私とレイラが下町にお忍びで遊びに行って餃子を食べるというのはどうかしら? 護衛として、近衛兵であるロバート様とマック様がついて来てくだされば、心強いですわ」
マックとレイラが二人で出かけるのは、デートになるからダメ。
だが、テレジアとレイラが町でお忍びで出かけ、護衛としてロバートとマックに来てもらう。
『テレジア——?! 何を言い出すの!? それって、結局、マック様と私が出かけるってことで実質同じじゃない。お父様がお許しにならないわ! マック様とお出かけできたら嬉しいけれど!! って、それを私に提案されても困るわ! お兄様、あとは任せました』
「お、お兄様は、どうお考えになりますか?」とレイラは話をロバートに振る。
『レイラ!!!! 俺に話を振るな——!!』
「どうなんだろうな?」とロバートは空を見ながら苦い紅茶を啜る。
「ロバート、お前は近衛兵であろう。近衛兵は皇帝陛下の護衛をするものであって、貴族を護衛するものではない。自らの本分を忘れるな」とヨエルが正論を吐く。
「ホーエンハイム男爵の仰る通りですね。私が軽率でございました。それに、近衛兵は皇帝陛下の直属の方がた。その方々に護衛を依頼するなど、皇帝陛下に対して不敬でございましたわね」とテレジアも非を認める。
「皇帝の許しが下りたら、レイラ嬢との外出を許可するか? ヨエル・ホーエンハイム男爵」
沈黙を守っていたマックが言った。そして、ヨエルが大笑いをする。
「ははは。マック近衛兵。世の中を勉強するんだな。貴族の娘二人の町遊びのために、近衛兵を貸してくれ、ということだぞ。皇帝陛下はそれを許可するしないではなく、そもそも取り合わないだろうよ。若いな、マック君は。まぁ、万が一にも許可が下りたら、同行をゆるそう」
「分かった。その言葉、二言はないぞ?」とマックが念をおす。
「よかろう。ただし、その許可は、明日の日没までに、玉璽がちゃんと捺された書類で私に示してもらおうか?」
ヨエルの、明日の日没まで、というのははっきりいって、到底不可能である。侯爵など身分が高い貴族が皇帝へ嘆願などする場合も、一ヶ月以上待つのが普通である。
近衛兵は護衛という関係上、距離的には皇帝へ声が届く位置にいるが、身分的には話しかけることなどなかなか許されない。
つまり、絶対に不可能なのである。だからこそ、ヨエルは応諾したのだ。
「レイラは、お父様からとても大切にされているのね」とテレジアが機転を利かせて、場を和ませる言葉を発する。
「放任されているかと思っていたら、意外と籠の鳥だったようです」とレイラも困り顔だ。
「レイラが深窓の令嬢だったとはな。ホーエンハイム領では、お転婆で木に登ったり、川で泳いだりとお転婆だったけどなぁ」とロバートが懐かしそうに話す。
「ロバート様、ホーエンハイム領はどのような場所なのですか?」
「川によって水利があり、畑も豊かな土地さ。森も広がり、高い山もある。実は、陽だまり亭で使われている豚肉は、ホーエンハイム領の高原で畜産されている豚を使っているんだ。高原の冷涼な気候が病原菌などを繁殖を夏場でも防いでくれて、安定した畜産が可能なんだ。それに、高原は日夜の気温差が激しいから、ハムやベーコンなども高品質なものができるんだ」
ロバートは饒舌に語りだす。自分の家の領地のことだ。ロバートも次期党首としてホーエンハイム領に愛着があるのだ。
「素敵な領地のようですわね。ロバート様、いつか、私、ホーエンハイム領に行ってみたいですわ」とテレジアも目を輝かせている。
「レイラが帰省するときがあったら、それに合わせて遊びにきたらいいんじゃないか?」
「それは楽しみです。その際は、ロバート様、是非、高原に連れて行ってください。私の父は、ワインを飲む際に良く、つまみとしてプロシュートを食べていますわ。きっと、お土産に買って帰ったら喜ぶと思います!」
「ワインに合うのも特産品として作っています。アリスター侯爵のお口に合えばよいのですが」
ロバートとテレジアは二人で盛り上がっている。
その様子を見て、『テレジア、やっぱりぐいぐい行くのね』とレイラは感心をする。レイラや母アンナ、父ヨエル、弟ニコルには、陽だまり亭に来ればだいたい会える。外堀は埋めやすい。
ただ、ロバートにはいつ会えるとも分からないから、テレジアも必死なのだろう。
貴族令嬢の玉の輿作戦恋愛テクニックのオンパレードである。
まず、自分の領地のことは男は自慢げに話すものだ。それを楽しそうに聞き、「行ってみたい」と言って、領地への招待を引き出す。そして、領地旅行の約束を取り付ける。ダメ押しとして、さらりと親の名前を出しておいて、当人同士の話ではなく、家同士の話にしてしてしまう。
これで、一泊以上の旅行に出かける、それ即ち、処女性を重んじる貴族の間では、婚約結婚前提でのお付き合い、そしてやがては結婚。
もし、約束を保護したら、旅行に行くという約束までしておいて……と、多額の賠償金を要求する。
玉の輿を狙う手垢のついた常套手段ではあるが、 ロバートは、あっさりその手口にハマっていた……。
だが、それは仕方がないことである。玉の輿を狙った貴族令嬢からの罠を回避する教育を受けていないのだ。そもそも、ホーエンハイム家は貧乏で身分の低い男爵家で、ホーエンハイム家への玉の輿狙いなどあり得ないのである。
「そうですか。では、お父様にそうお伝えしておきますね」と天使のような笑顔でテレジアはロバートを見つめている。
「え?」
ロバートはいつのまにか話が大きくなっていたことに気付いたようだ。
「レイラも、今度、アリスター領に遊びに来てくださいね。ホーエンハイム男爵ご家族でいらっしゃっても大歓迎ですわ」
『凄いなぁ……。外堀を一回目で固めきったわ』とレイラはただただ感心するばかりであった。
「さて、楽しいお茶会であったが、そろそろお開きにするか。では、マック君……明日の日没、君が皇帝陛下の許可証を持ってくるのを楽しみに待っているよ」とヨエルがマックに追い打ちをかけて席を立った。
『テレジアはいいなぁ。お兄様もまんざらでもないようだし』と、レイラは残念に思うのだ。マックと一緒に出かけてみたかった。
それに……今日、レイラもマックも聞き役に徹していて、あまり会話ができなかったのである。
陽だまり亭の庭の丸テーブルで仏頂面で座るヨエル。そして、その反対側にマックが不機嫌そうに座っている。
「いつもより、苦いね」とロバートが言った。
苦いはずである。テレジアが到着するまえに、兄に仕事に戻られては困るとレイラは時間をかけて紅茶を作ったのだ。
だから茶葉から苦みが染み出してしまっているのである。
紅茶が苦くなることを承知の上で、時間稼ぎをレイラはしたのだ。
そしてその時、陽だまり亭の前に馬車が停まった。毛並みの良い馬が引く馬車。
アリスター侯爵家の馬車であった。
「レイラ! お茶会の時間に遅れてごめんなさい」
テレジア・アリスターは、御者がステップを出す前に馬車から飛び降りた。気持ちが急いて、待ちきれなかったのであろう。
「テレジア、ようこそ」
レイラはテレジアを歓迎し、丸テーブルへと誘導する。
「ヨエル・ホーエンハイム男爵。ご機嫌麗しゅう。しばしの間、お邪魔いたしますわ」
完璧な挨拶と微笑みで、ホーエンハイム家の当主であるヨエルへとまず挨拶をする。
「ようこそテレジア嬢。やはや、今日もお美しい。それに、お邪魔などとんでもない。テレジア嬢ならいつでも歓迎です。狭い屋敷ですが、どうぞ自分の屋敷だと思って、好きなだけくつろいでいってください」とヨエルも席を立って挨拶をする。
ヨエルの言葉は定型句であるが、そつのない貴族としての言動である。
それに、ヨエルも妻アンナ同様、テレジアのことを気に入っている。社交会に出ていなかったレイラに友人が出来たということを嬉しく思っているのだろう。
また、テレジアはレイラにだけこっそりと打ち明けている。
実は、『テレジア嬢がロバートかニコルの嫁に来てくれば』などとヨエルが冗談ででも口を滑らせてくれることを狙っているのだと。
ホーエンハイム家当主の言質を取ることをテレジアは狙っているのだそうだ。
しかし、ヨエルも貴族の末席を連ねる者。なかなかガードが堅いようである。
「ありがとうございます……。それで……ご同席の方々は……えっ?」
ヨエルの座っているテーブルにはテレジアの想い人であるロバート・ホーエンハイムも座っている。
皇帝の妃選びの舞踏会で初めて会い、その時にテレジアはロバートに一目惚れをした。テレジアとロバートが会うのはこれが二回目である。
レイラは、テレジアがそれとなく父から兄を紹介するように誘導したいのだろうと思った。皇帝の妃探しの舞踏会でテレジアとロバートは一緒にダンスを踊って初対面ではないとはいえ、ヨエル非公認の仲である。
ヨエルがロバートをテレジアに紹介すれば、当主公認の知り合いというわけである。
『こういう時は、ぐいぐい行くのね……』とレイラはテレジアの行動力に関心をする。ロバートがいることを伝書鳩でテレジアは知っているが、そのことをおくびにも出さないで、偶然の邂逅であるかのようだ。
「ニコルとは何度も会っているが、ロバートは初めてかな。息子のロバート・ホーエンハイムだ」
テレジアとレイラの思惑通り、ヨエルがロバートを紹介した。
「おおお、お久しぶりでございます、ロバート様。舞踏会でだだだ、ダンスを踊って、いいい、以来でございますね。いつも、レイラさんとは親しくさせていただいております」
テレジアも緊張しているようであった。
「これはテレジア・アリスター様。ご機嫌麗しゅう。またお会いできて光栄です」
「二人はすでに知り合いだったか。レイラ。テレジア嬢にも紅茶を淹れて差し上げなさい」
「畏まりました。苦くなってしまいましたが、どうぞ……」
テレジアも丸テーブルへと座り、紅茶を啜る。
「ありがとうレイラ。苦みの奥に、友情と優しさの味がするわ」とテレジアは紅茶の感想を言った。
『レイラ、ありがとう。ロバート様を足止めしてくれていたのね』とテレジアは紅茶の苦みからそれを察し、『それにしても……これは一体どういう状況なのかしら?』と笑みを崩さないようにしながら頭を高速回転させる。
「ロバート様、もう一人の方は、近衛兵の鎧からすると、同僚の方ですか?」
ヨエルが、もう一人の同席者を紹介する気がないことを悟ったテレジアは、言葉を慎重に選びながらロバートに質問をした。貴族のセンスである。
「あ……あぁ。私の先輩の近衛兵の……?」とロバートは目を泳がせている。
「俺はマックだ」とロバートの言葉を遮り、端的な自己紹介をする。
「マック様……でございますね。テレジア・アリスターでございます。お初にお目にかかります?」
レイラは、どうして、最後の『お初にお目にかかります?』が疑問形のように語尾が上がっているのか不思議に思う。
「初めて会う、ということだな」
「左様でございますか」
「あぁ。苦い紅茶の好きなテレジア嬢」
マックとテレジアの間に、何か合意が成立したかのように思えた。
『え? なに、このやり取り……もしかして、本当はテレジアはマック様とお知り合いなの??』と、レイラは不安になる。テレジアとマックは、言葉だけでなく、二人が目で会話をしているような雰囲気があったからだ。
「それで、レイラ。今日のお茶会はどういう嗜好なの? レイラのお父上と兄上と、それと近衛兵の方とお茶を飲めるなんて光栄だわ」
貴族のお茶会は嗜好を凝らす。
庭に小舟を浮かべてのお茶会。詩を読み合うお茶会。輪読会形式のお茶会。サーカスを呼んでのお茶会。夏場に氷の彫刻を鑑賞しながらお茶を飲む。
『テレジア……いきなりどうして私に話を振るの! お茶会の約束ってのはただの口実って打ち合わせだったじゃない!』
「それについては、私が説明しようかな。実は……」とヨエルが状況の説明を始めた。
近衛兵のマックが、自分の娘を下町に連れ出そうとしたので成敗してやった、というようなヨエルの主観に満ちた説明である。
「そういうことでしたか」とテレジアは、納得をした顔であった。
そして、
「では、私とレイラが下町にお忍びで遊びに行って餃子を食べるというのはどうかしら? 護衛として、近衛兵であるロバート様とマック様がついて来てくだされば、心強いですわ」
マックとレイラが二人で出かけるのは、デートになるからダメ。
だが、テレジアとレイラが町でお忍びで出かけ、護衛としてロバートとマックに来てもらう。
『テレジア——?! 何を言い出すの!? それって、結局、マック様と私が出かけるってことで実質同じじゃない。お父様がお許しにならないわ! マック様とお出かけできたら嬉しいけれど!! って、それを私に提案されても困るわ! お兄様、あとは任せました』
「お、お兄様は、どうお考えになりますか?」とレイラは話をロバートに振る。
『レイラ!!!! 俺に話を振るな——!!』
「どうなんだろうな?」とロバートは空を見ながら苦い紅茶を啜る。
「ロバート、お前は近衛兵であろう。近衛兵は皇帝陛下の護衛をするものであって、貴族を護衛するものではない。自らの本分を忘れるな」とヨエルが正論を吐く。
「ホーエンハイム男爵の仰る通りですね。私が軽率でございました。それに、近衛兵は皇帝陛下の直属の方がた。その方々に護衛を依頼するなど、皇帝陛下に対して不敬でございましたわね」とテレジアも非を認める。
「皇帝の許しが下りたら、レイラ嬢との外出を許可するか? ヨエル・ホーエンハイム男爵」
沈黙を守っていたマックが言った。そして、ヨエルが大笑いをする。
「ははは。マック近衛兵。世の中を勉強するんだな。貴族の娘二人の町遊びのために、近衛兵を貸してくれ、ということだぞ。皇帝陛下はそれを許可するしないではなく、そもそも取り合わないだろうよ。若いな、マック君は。まぁ、万が一にも許可が下りたら、同行をゆるそう」
「分かった。その言葉、二言はないぞ?」とマックが念をおす。
「よかろう。ただし、その許可は、明日の日没までに、玉璽がちゃんと捺された書類で私に示してもらおうか?」
ヨエルの、明日の日没まで、というのははっきりいって、到底不可能である。侯爵など身分が高い貴族が皇帝へ嘆願などする場合も、一ヶ月以上待つのが普通である。
近衛兵は護衛という関係上、距離的には皇帝へ声が届く位置にいるが、身分的には話しかけることなどなかなか許されない。
つまり、絶対に不可能なのである。だからこそ、ヨエルは応諾したのだ。
「レイラは、お父様からとても大切にされているのね」とテレジアが機転を利かせて、場を和ませる言葉を発する。
「放任されているかと思っていたら、意外と籠の鳥だったようです」とレイラも困り顔だ。
「レイラが深窓の令嬢だったとはな。ホーエンハイム領では、お転婆で木に登ったり、川で泳いだりとお転婆だったけどなぁ」とロバートが懐かしそうに話す。
「ロバート様、ホーエンハイム領はどのような場所なのですか?」
「川によって水利があり、畑も豊かな土地さ。森も広がり、高い山もある。実は、陽だまり亭で使われている豚肉は、ホーエンハイム領の高原で畜産されている豚を使っているんだ。高原の冷涼な気候が病原菌などを繁殖を夏場でも防いでくれて、安定した畜産が可能なんだ。それに、高原は日夜の気温差が激しいから、ハムやベーコンなども高品質なものができるんだ」
ロバートは饒舌に語りだす。自分の家の領地のことだ。ロバートも次期党首としてホーエンハイム領に愛着があるのだ。
「素敵な領地のようですわね。ロバート様、いつか、私、ホーエンハイム領に行ってみたいですわ」とテレジアも目を輝かせている。
「レイラが帰省するときがあったら、それに合わせて遊びにきたらいいんじゃないか?」
「それは楽しみです。その際は、ロバート様、是非、高原に連れて行ってください。私の父は、ワインを飲む際に良く、つまみとしてプロシュートを食べていますわ。きっと、お土産に買って帰ったら喜ぶと思います!」
「ワインに合うのも特産品として作っています。アリスター侯爵のお口に合えばよいのですが」
ロバートとテレジアは二人で盛り上がっている。
その様子を見て、『テレジア、やっぱりぐいぐい行くのね』とレイラは感心をする。レイラや母アンナ、父ヨエル、弟ニコルには、陽だまり亭に来ればだいたい会える。外堀は埋めやすい。
ただ、ロバートにはいつ会えるとも分からないから、テレジアも必死なのだろう。
貴族令嬢の玉の輿作戦恋愛テクニックのオンパレードである。
まず、自分の領地のことは男は自慢げに話すものだ。それを楽しそうに聞き、「行ってみたい」と言って、領地への招待を引き出す。そして、領地旅行の約束を取り付ける。ダメ押しとして、さらりと親の名前を出しておいて、当人同士の話ではなく、家同士の話にしてしてしまう。
これで、一泊以上の旅行に出かける、それ即ち、処女性を重んじる貴族の間では、婚約結婚前提でのお付き合い、そしてやがては結婚。
もし、約束を保護したら、旅行に行くという約束までしておいて……と、多額の賠償金を要求する。
玉の輿を狙う手垢のついた常套手段ではあるが、 ロバートは、あっさりその手口にハマっていた……。
だが、それは仕方がないことである。玉の輿を狙った貴族令嬢からの罠を回避する教育を受けていないのだ。そもそも、ホーエンハイム家は貧乏で身分の低い男爵家で、ホーエンハイム家への玉の輿狙いなどあり得ないのである。
「そうですか。では、お父様にそうお伝えしておきますね」と天使のような笑顔でテレジアはロバートを見つめている。
「え?」
ロバートはいつのまにか話が大きくなっていたことに気付いたようだ。
「レイラも、今度、アリスター領に遊びに来てくださいね。ホーエンハイム男爵ご家族でいらっしゃっても大歓迎ですわ」
『凄いなぁ……。外堀を一回目で固めきったわ』とレイラはただただ感心するばかりであった。
「さて、楽しいお茶会であったが、そろそろお開きにするか。では、マック君……明日の日没、君が皇帝陛下の許可証を持ってくるのを楽しみに待っているよ」とヨエルがマックに追い打ちをかけて席を立った。
『テレジアはいいなぁ。お兄様もまんざらでもないようだし』と、レイラは残念に思うのだ。マックと一緒に出かけてみたかった。
それに……今日、レイラもマックも聞き役に徹していて、あまり会話ができなかったのである。
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