偶然の旅人

池田 瑛

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2001年4月某日 3

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 おそらく、キャンバスで絵を描いている人からしたら、後ろに立ってその絵の行く末を見守り続けている女子高生など、邪魔でしょうが無かっただろう。
 私だってそうだ。小説を書いていて、その画面を後ろから覗かれていると思うと、はっきり言って集中できない。私だったら、シッシッと犬でも追い払うような行為に出ていること間違いなしだ。

 彼はついに、「こんにちは」と後ろを振り返って言った。茶色のベレー帽を被っていた。今の私なら、そんなの被って画家気取りか! なんて思ってしまうのだろうけど、当時の私はそうではなかった。

 格好良い、と私は思った。高校で人気であった、男性教諭よりも数段、格好良かった。当時の言葉で言えば、ハンサムだった。

 尋ねておけば良かったと今でも思うのだが、恐らく何処かの美大生だったのだろう。
 
「こんにちは」と私も言った。

 彼は、私が「こんにちは」と言ったあと何も言わず、じっと私を見ていた。

 そして、当時の私も今の私もあまり変わらない性格、図々しいという性格のさがなのだろうが、私は、「見学してても良いですか?」と私は言った。

 彼は困った顔をしながらも、「どうぞ」と言ってくれた。そして、もし良かったらと、荷物をどけて私が座るように促してくれた。
 クーラーボックスのようなものに私は座った。調べたけれど、未だにあれがなんの道具であったのかは分からない。絵を描くための道具ではなく、本当にクーラーボックスで、お昼のお弁当が入っていたのかもしれない。

 彼の描く絵は緻密だった。私が見ている光景よりも精密に、桜並木を正確に描いていく。桜を見上げながら歩いていたら気付かないような地面の凹凸までも正確に描いていく。

 彼のスケッチが終わった。彼は道具をしまい始めた。

「色は塗らないのですか?」と私は聞いた。今思うと、かなり図々しい発言だ。当時の私を殴りたい。いや、もっと殴りたいことは他にあるのだけど。

「今日はスケッチだけの予定。今から美術館に行くつもり。ごめんね」と彼は言った。正確には覚えていないけど、そんな趣旨のことを言った。

 彼は、美術館に行くという。

 当時の私も今の私もあまり変わらない性格、大胆という性格のさがなのだろう。私は、「一緒に行っても良いですか」と私は言った。当時の私が、なぜそんなことを言ったのか分からない。たぶん、彼のスケッチをしている、真剣な横顔を見すぎたせいかもしれない。
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