偶然の旅人

池田 瑛

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桜は散らねばならない

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 最後に壮大な作り話をしたいと思う。

 当時の私は、彼の連絡先の電話番号が分からなくなっても、彼の名前はしっかりと覚えていた。今の私も、彼の名前を覚えている。

 どうやら彼は、絵描きとして有名になったわけではないけれど、年に何回か個展を開いているようだ。福岡、大阪、京都、名古屋、東京、仙台、札幌など、割と大きな都市のデパートで個展を開いているようだ。

 実は、私は一度、彼の個展に行ったことがある。未練があったわけではない。単に暇だったからだ。

 縦三十センチ、横二十センチくらいの絵が、十万円とかそこらの値段なようで、結構な価格だと思う。「売約済」という札が掛けてある絵が多かった。商売繁盛結構なことである。

 そして、個展の隅っこに、非売品の絵が掛けてあった。

 桜並木の絵だった。私の見覚えのある絵でもあった。その絵で、私が知らないことと言えば、その桜並木の絵には、桜を見上げている少女がいることである。後ろ姿だけで、顔は描かれていない。

 彼の絵は精緻だ。よく目を凝らして見ると、当時私が来ていた高校の制服と同じ制服であることが分かる。モデルの少女は長髪だ。当時の私と同じくらいの長さだ。
 その桜並木の絵の制作年代は、2001年だった。他の売約済みの絵は、2010年以降の作品だ。彼が画家として脂がのってきたのは、きっと2010年以降なのだろう。

 きっと、2001年の当時、美大生であった彼の絵画など、値段が付かないのだろう。限られたデパートのスペースで、非売品のその絵を飾るのあたり、彼はあまり商売上手ではないのではないか、と心配になる。

 ちなみに、絵画を観て泣いたのは、その時一度だけだ。
 残りの人生でも、私を泣かせるような絵には、もう二度と出会わないと思う。

 桜は散らねばならない。
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感想 1

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みんなの感想(1件)

社怪人
2017.04.23 社怪人

帰ってくる紙幣の話から半村良の『赤い斜線(たしかそんな題)』と言う短編を思い出した。

……

ある商売人の元に、赤い斜線の入った一万円札が来て、支払いに使ったら戻ってくる、支払いに使ったら戻ってくる。
を、何度も繰り返し、その分売上が減少、商売がたち行かなくなってホームレスに(この辺の理屈がよく解らん……読んだの小学生の頃だし)
そしたら今度はその一万円札が男が困窮したときに風に吹かれてとかたまたま落ちてたとかで帰って来て困窮をしのげる。

を繰り返してる男。

最後にはその一万円札がへたってきていて『あと何回俺のところに来るのだろう』と男が心配し、インタビュアー(男の聞き書きと言う形で著述)に、『兄さんの財布にも赤い斜線の入った一万円札はないかい?』
で、インタビュアーの財布にもしっかり入ってました。
ってオチです。

こっちはちょっとホラー入ってます。

2017.04.23 池田 瑛

社怪人様

ご感想ありがとうございます。
半村良という作家をすみません、知りませんでした……。
wikiで調べたら、辛うじて「戦国自衛隊」を知っているという感じです。原作というか映画のタイトルを知っているだけでした。
ですが、直木賞を受賞している作家の作品を連想していただけるとは、光栄の極みです!

ホラーで言えば、捨てたはずのものがいつの間にかまた同じ場所に戻ってきている、なんて話は良く聞きますね(*^_^*)

ちなみに、今回の拙作の発想の下地となった作品は、二つあります。
(ご感想を下さった意図が、『よくある設定だった』ということを婉曲に表現されている気がしたので、
 ご指摘の通りです、という意味で、元ネタを披露させていただきます)

角田光代『旅する本』という作品です。新潮文庫『さがしもの』という文庫本に収録されています。

もう一つが、誰かの自伝だったと思うのですが、タイトルとか忘れました!
『子どもの時に来ていたセーターを古着として売った。そして、大学生ぐらいでバックパッカーで発展途上国を旅していたら、
そのセーターを着ている子どもと出会った。そして、紛れもなく自分が昔着ていたセーターだった!』
というような話です。

あとは、電話番号がメモしてあるお札に巡り合ったという私の実体験でしょうか。

でも、ありふれた設定の拙作に、感想を戴けて感謝です!

解除

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