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第4章 侵攻

その場所は

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「な・・・何が起こったというのだ・・・?」


 目の前の魔導具『千里の鏡』に映し出された光景を見てレンブラントがそう呟く。

 目の前に映し出された光景はとてもでは無いが信じられる事では無かった。最強無敵と誰もが信じた聖十字国が誇る聖魔兵の一団が悉く血だまりに沈んでいったのだから。残っているのは大した戦力にもならないような低位の魔物のみであった。



 戦場では既に用事が片付いたようでもはや何の興味も無いといった表情で引き返してきていたオウルへバダックが話しかける。


「お前は・・・一体どうして・・・?」


「ふむ。貴様がそう思うのも当然だ。私とて弱者を助けるなど本意では無い。ただ、私に進む道を示して下さったお方がお前の身を案じておられた、それだけの話しだ。」


「・・・そうか。好意はありがたく受け取ろう、助かった。」


「ふん。我の知った事ではない。」


 それだけを告げると去っていこうとした、その時である。


「ふ、ふ、ふざけるなーーーっ!」


 戦場の空に半透明の薄いスクリーンが浮かんでおりそこから怒りに狂った男の声が響いた。


「こんな事があってたまるかっ!我らこそが世界を統べる唯一の国!その栄誉ある初戦でこのような失態など有っていい訳が無い!!」


 怒号に等しい声で叫びをあげるレンブラント。自身に任された聖魔兵は見るも無残な肉塊と化し半ば半狂乱になっている。

 そんな事などお構いなしに戦場では正気を取り戻した騎士たちによる魔物の残党狩りが始まっていた。

 既に脅威となるものは無く騎士達はおろか兵士にさえも適わないようなゴブリン等の下位ランクの魔物が見る間に掃討されていく。一度は全滅を覚悟していた者達であるが生き残れると分かった彼らの顔は生気で満ちていた。天を衝くほどに高まった士気がユーテリア軍に広がっていく。

 こうなってしまっては残った魔物や魔術師団では圧倒的に分が悪い。更には前衛となる壁も無く、このまま戦えば魔術師団が魔法を数発撃ち込んだ後に乱戦となって殺されるのは明らかであった。

 自分達の命を脅かした魔物への恐怖からの反動だろうか、ユーテリア軍はその矛を聖魔兵に集中させている。逃げられるチャンスがあるとしたら唯一今を置いて他は無いとばかりに聖十字国の魔術師団が壊走し始めた。事実を認めたくないとレンブラントがオウルに言葉を吐き捨てた。





 オウルが『それ』に気づいたのは丁度そんなときであった。

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 狼狽する聖十字国の指揮官を見ながらユーテリア王国の王城で事の成り行きを見ていたアンドリュー達は胸を撫で下ろしていた。

 魔物は殲滅され敵の魔術師団は逃げていく

 ユーテリア王国は勝利したのだ。国家存亡の危機を乗り切って。アンドリューと共に千里の鏡を見ていたエリックやエドワードの表情も緩んでいた。

 しかしこれからはやる事は山積みである。戦後処理は勿論のこと、聖十字国が保有する『魔物を使役する方法』をなんとか潰さなくては何度も同じ目に合うだろう。そして今回同様に南の村に住む気まぐれな住人達が手を貸し続けてくれる保証は何処にも無いのだ。

 アンドリューが今後の仕事量に軽い眩暈を覚えた時、既に帰ったと思っていた男の声が聞こえた。それは・・・


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「ふむ。貴様ら自分達が何処に居るのか分かっているのか?」


 ユーテリア軍の優勢となった戦場でオウルが空に浮かんだスクリーンに向けてそう言った。


「い、一体っどう・・すれば・・・。何をすればこの現状を打破出来るのかっ!」


 既に正気を無くしたかのようにブツブツと呟くレンブラントにはオウルの声が聞こえていなかった。彼はフェロー枢機卿の期待を一身に受けてこの戦場に出て来たのだ。失敗など許される筈が無い。それどころかこのままでは自分は命も無いだろう。下手をすれば家族も同罪として断罪される可能性すらある。

 既に大勢が決した戦場には聖十字国軍に逆転の一手は無い。しかしそれを認めてしまえば身の破滅なのだ。

 気が狂わんばかりに取り乱すレンブラントを見てオウルは興味無さげに呟いた。


「ふむ。既に狂っているか。運の良い奴よ。」


 それだけ告げて帰ろうとしたオウルをバダックが呼び止めた。


「運が良いとはどういう意味なのだ?」


 バダックを一瞥しただけですぐにでも姿を消そうとしたオウルであったがふと動きが止まる。その理由は自分の発言で疑問を持ったバダックを知人と呼ぶ敬愛する強者クラウドが絡んでいることによる。


「・・・貴様もあのお方の知己ならばあの場所の心当たりぐらいはあろう?」


 それだけを告げて影の中へと姿を消したオウル。



「あのお方・・・?」


 この吸血鬼があのお方と呼ぶのはクラウドを於いて他に無い。バダックもそれを当然知っている。そしてオウルが言った言葉。


「あの場所・・・?」


 そんな事を考えながらもう一度空に浮かぶスクリーンにバダックは目をやった。


「(あの場所?クラウド殿に関係する場所なのか?しかしクラウド殿とあんな荒野の丘がどう関係が・・・・)」


 そう考えたときであった。

 バダックの体を悍(おぞ)ましい程の寒気が襲った。

 自分が何かを見落としているという強烈な予感。しかもそれは気づくのが遅ければ取り返しがつかなくなる、そんな確信めいた予感が彼を襲った。


「(俺は何を見落としているのだ!?単なる予感でしか無いが・・・。ついさっき何かに気づきそうに・・・)」


 そう思った時である。オウルの言葉をバダックは思い出す。


「あの場所に心当たりがあるだろう」


 そう、オウルはバダックに「あの場所を知っている」とは言わなかった。心当たりがあるとそう言った。つまりバダックが行った事は無い場所。そしてクラウドに関係がある場所。



「既に狂っている。運が良い。」


 つまり今もし仮に狂って無くとも今後狂う事になるという事。運が良いということは本来ならもっと酷い目にあって狂わされるということ?話しの意脈を考えるとクラウドにより狂わされる、つまりクラウドの怒りを買うと取れる。

 だから運が良いのでは?

 正気のうちに怒りに染まるクラウドを目の前にせずに済んだのだから。



 そこまで考えたときであった。バダックの身体から汗が噴きだした。




 確かにあったのだ。『心当たり』が。



 身体はブルブル震えだし足はガクガクと揺れて立っていることさえ出来なくなりその場に座りこんだ。バダックの脳裏に浮かんだその場所はかつて自分も手を合わせたいから連れて行って欲しいと頼んだがクラウドにより断られた場所。その場所を知るのはクラウド、ルーク、タニアの3人のみ。

 クラウドは言っていた。

 『家族4人だけの場所だから』例えバダックさんでも遠慮してくれと。そう断られた事を思い出していた。


「ま・・・ま・・・まさかこいつら・・・。」



 今にも倒れそうなほどに真っ青になったバダックが空のスクリーンへ向けようやく搾り出した声。しかしそれは正気を失ったレンブラントには届かない。

 バダックの異変に最初に気づいたのはスクリーン越しにそれを見ていたアンドリューである。


「む?エリックよ。バダックの様子が変では無いか?」


「は?そ、そう言われると確かに・・・。先ほどまでの激戦の疲れが出たのでしょうか?」


「いや、それにしては様子がおかしい。何やら喋っているような・・・?皆のもの静かにせよっ!」


 敵を駆逐していく味方の軍勢を見ながら興奮冷めやらずといった風に盛り上がっていたユーテリア王国の面々。その場の全員がアンドリューの一言で一斉に静まった。


「バダックよ、聞こえるか!どうしたのだ!?」


 古代の魔法使いにより作成された魔導具は非常に高性能であることとレンブラントによりお互いの状態が見えるように近距離に設置されていたことで、ユーテリアを写しているスクリーンからの声がバダックを写しているスクリーンにまで届いた。


「へ、陛下!?」


 戦いに必死であったバダックはそのスクリーンに映るレンブラント達にしか気が向かず、その肩越しにユーテリアの王城の様子が映し出されているのに気づいていなかったようだ。


「落ち着けバダック!お前程の者が一体どうしたのだ!?」


「へっ、へっ、陛下・・・。こいつら・・・こいつら・・・」


 あまりにも取り乱したバダック。話し方が王族に対するものでは無い。しかしその異様な光景にそれを咎めた者は居なかった。


「構わん、そのまま答えよ!どうしたのだ?」


「は、はっ。未だ確証がある訳ではございませんが・・・」


 その報告を聞いたアンドリュー、エリック、エドワードの顔色はみるみる内に青くなっていくのであった。



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