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第4章 侵攻

聖魔兵

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 マーサ婆さんが亡くなってから1年後、トント村では今もルーク達が暮らしていた。マーサ婆さん亡き後のトント村にそれほど深い繋がりがある相手がいる訳でも無いルーク達は一時は違う街への移住も考えていたのだが、家族の死という大きな出来事に心を痛めたルーク達を(過度に)心配したクラウドの勧めで落ち着くまでもう少し村で過ごす事となったのであった。また、それに伴い世話になった村への恩返しの意味も込めてクラウドは村で使う為の薬の備蓄を増やしていた。

 ある程度数も揃いルークとタニアも随分と落ち着いてきた、そんなある日のこと。



 トント村の村長の家にウラウドはやって来ていた。


「そうか。お前達が居なくなるのは寂しいが、ルーク達の事を考えれば致し方なしかのう。それほどまでにあの家でのマーサの存在は大きかった。」


「そういうことだね村長さん。まあいきなり出て行くって訳にはいかないだろうから一応は断りに来たけど、そろそろだと思っておいてくれるかい。」


「うむ、分かった。あぁ、それとお前の薬には随分と助けて貰った。出て行ってからのマーサの墓の世話は任せておくがよい。」


「ありがと。でもたまには帰って来なきゃあマーサさんに怒られちまう。任せっきりにはしないようにするから。」


 村長にもうしばらくすれば村を出ると告げたクラウド。日々修行に励むルークは立ち直りも早かったが、タニアは今も時折寂しそうな表情を浮かべることがあるようだ。


「ただいま。タニアちゃん。」


「おかえりクラウド。・・・あっ、ごめんなさい!ご飯の準備しておくって言ったのに、まだ出来てないの!」


 時間は十分あったはずだが、どうやら物思いに耽っていたようだ。


「大丈夫かいタニアちゃん?」


「え?あぁ、うん大丈夫よ!いつまでも引きずっていられないもの。」


 ふふふと笑いながら台所へと向かうタニア。

『もしかしたら村に居すぎたかもしれない』

 クラウドは心配そうに考える。心が落ち着くまではと思っていたが、普段通りの生活をすればそこに居たはずの存在が居ないことを余計に強く感じるだろう。


「やっぱりそろそろ村を出よう。新しい場所で心機一転新しい生活を始めれば少しは気も晴れるだろう。後少しの間だけど見守っていて・・・・・・くれなマーサさん。」





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 聖十字国の聖都は大変な騒ぎとなっていた。フェロー軍務卿率いる一行が遠征から戻ったのである。世界を創世した唯一神ゼニスの名代として国民を苦しめる魔物を討伐するという名目で行われた1年間の軍事遠征により大量の魔物を配下へと治めることに成功していた。


「よくぞ戻ったフェローよ。首尾は上々のようだな。」


「はっ。子細の確認は報告書にてして頂くとして、まず此度の遠征は大成功であったと報告致します。」


 聖都にある大聖堂、その最上階で法王ユリウスと遠征から帰ったフェローが顔を合わせていた。


「うむ!そのようだな。既に上がってきた報告だけでもその成果は計り知れまい。」


 ちらりと窓から郊外へ視線を向けるユリウス。本来なら建物や城壁に遮られて見える筈も無い。しかし、ユリウスの視界にははっきりと魔物の姿が見えていた。

 驚くほどの巨体が城壁や建物から飛び出している。


「ふふふ、初めに聞いた時は耳を疑ったが・・・。まさかかの伝説の種族までが我らが軍門に下るとはな。」


「全くでございます。我らも遭遇出来た幸運に驚くばかりで!」



 ユリウスとフェローが揃って見ている先にいるのは、世界の頂点と言える種族『竜種』である。もちろん文句なしのSランク。国落としの中でも、いや数ある魔物の中でも最強の名を欲しいままにする種族。その中でも火を操る火竜ファイアドラゴンが7体、風を操る風竜ウインドドラゴンが9体見えている。

 フェロー率いる一行は魔物討伐の旅を続ける中で聖十字国の西部で正体不明の魔物を見たという目撃情報を得る。真偽を確かめるべく一個中隊を調査にやったが戻って来たのはわずか数人。そしてなされた報告がドラゴン発見の報せであった。高位の魔物として強力な戦闘力と共に高い知性を持つことでも知られているドラゴン。フェローはドラゴン相手に無断で生息地近くに来てしまったことを詫びるため使いを出した。

 とるに足らない下等種族の謝罪など必要ないと拒否するドラゴンの前で次々と使者が命を奪われていったが、それでも何とか我らの謝罪を受けて欲しいと頭を下げにやって来る使者達。彼らの身体には一定時間音色を聞かせることで魔物を支配下へと置く魔導具が忍ばされていたのである。

 100人を超える数の使者が命を落とす中、百数回目の使者によりファイアドラゴン2体が遂に支配下へと置かれた。

 そしてその2体により他のファイアドラゴンが支配下に置かれ、遂にはその群れを仕切っていた上位竜フレイムドラゴンさえもが戦力となる。

 そして支配下へと置いた火竜と親交があった風竜の情報を得たフェローは風竜ウインドドラゴンと群れのボスであった上位竜ストームドラゴンさえも支配下へと置くことに成功したのであった。


「くっくっく!これ程の戦力を手にいれたとなればもう恐れるものは無い。遂に来たようだな。」


「まさに!遂にやってまいりました。我ら聖十字国が世界に覇を唱える時代が!」


 フェローの働きにより手に入った戦力は既に15万を超える。魔物の中でも半数以上をゴブリン、コボルト、オークが占めるとは言え、その上位種である魔物が7万以上いるのだ。しかも、ゴブリン達といえど万を超すとなればその脅威は最早人が敵うものでは無い。200体程度のオークの集落が見つかっただけでも人は大騒ぎで討伐に向かうのだ。数とは戦争における非常に重要なファクターなのである。


「遂に思い知らせてやれるわ。我らに楯突いた愚か者共にな!」


「ふふふ、あ奴らの顔を絶望で染めて見せましょうぞ!」


 多数の魔物は大きな力になるがその維持にかかる費用は馬鹿にならない。特に与えなければならない食事の量は驚く程で、既に聖十字国が準備する量では間に合わない。そのため魔物達は狩りを行うことで自分達の食べる分を確保している。
 そんな状況のためユリウスは戦力を長く維持する気などさらさら無い。戦争で使いつぶすつもりのようだ。長い遠征の後だからといって魔物に休みを与える必要は無い。

 2人の頭に浮かんでいるのは同じ相手であった。数年前に急成長し勢力を拡大したとある国。脅威を感じ停戦を含んだ同盟を持ち掛けるも門前払いを受けた屈辱を晴らそうとしているようだ。


 聖十字国が最初に国敵としてその矛を向ける相手。それは平和な国から強制的に召喚された者達が暮らす国、ドラン連邦国であった。


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