R18 咎人は死なずの騎士姫に恋をした

薊野ざわり

文字の大きさ
3 / 122

#1 サフィール 出会い

しおりを挟む
 皓々と、闇夜を焦がす炎は、最前まで私たちが乗っていた幌馬車から上がっている。
 私は恐慌状態に陥った馬二頭を宥めすかして、狭く舗装もされていない街道沿いの草地になんとか率いてきた。
 荷物がすべて失われてしまったことに打ちのめされながらも、三人の弟は無傷であることに胸を撫で下ろす。

 まさか、人目を忍び選んだこの裏道で野盗にあうとは。我が身の不徳を嘆く。しかも、相手は武装も貧相な十人程度の、浮浪者に毛の生えたような男たち。我が兄であればたちまちに返り討ちにしただろうに、腕に自信のない私は、はじめから保身のために財物をちらつかせ交渉にでるほかなかった。

 ところが途中の街で護衛に雇った男らがそいつらを手引きしていたようで、もっと高価なものを載せている――それは私とその弟たちのことである。指名手配されている我々をプーリッサに売り渡した方が良い値になると、護衛はよく知っていたはず――と知られていて交渉が成り立たなかったのである。

 連れ去られそうになって、乗っていた幌馬車に火矢を射掛けられたときは、生きた心地がしなかった。

「大丈夫か? 怪我は?」

 この人物が颯爽と助けに入ってくれるまでは。

「……いえ、たいしたことは。ありがとうございます」

 私は、弟たちを後ろに庇いながら、抜身の剣を引っさげたその人と向かいあう。近づいてみると小柄である。先程の剣技の迫力から、見上げるほどの偉丈夫を想像していたのに、私より背が低かった。騎乗していたので見間違えたか。
 目深にフードをかぶり、外套を着込んでいるので人相はわからない。ただ、投げかけられた声に驚いた。女声だ。

「こんな危険な道を通ってどうするつもりだったんだ。この先も似たような輩がうろうろしているよ。護衛はいないのか」
「護衛に、売られてしまいました」

 この人が一刀のもとに切り捨てた連中のうち数人が、私が雇った護衛である。今は地面で、炎より暗い赤色の血を垂れ流しているだけの躯だ。

 女剣士はため息をついた。

「君たちはプーリッサから来たんだね。訛りがある」

 私は口ごもる。
 この人物が助けてくれたのは事実だが、込み入った内情を話すほど信用もできない。
 警戒を解かない私を見て、その人は苦笑交じりに言った。

「実は、私も君たちと同じような身の上なんだ」
「あなたもプーリッサを出てきたのですか」
「ああ、そうなんだ」

 ぱさりとその人はフードを脱いだ。炎に明るく照らされた金……いや、赤色の髪に、炎の光と夜の闇のせいで色はわからないが、きれいなアーモンドの形をした目。

 二十代半ばだろうか。つんとした鼻にふっくらした唇、意志の強そうな眉。長い髪を首筋でからげている。私の少ない語彙で適当な言葉を見繕うなら、美女、だった。彼女の容姿は素晴らしいが、足りないものがある。文字通り、足りない――左腕の肘から先がない。上着の長い袖の先を縛って邪魔にならないようにしている。

 あれだけの剣技を片腕のみで?
 欠損が先天的なものなのか後天的なものなのか。彼女の名前も知らない私にはそれさえ判断できない。

「私はハイリー。家はもう断絶してしまって、姓はないんだ。
 よければ同行させてくれないだろうか。女の一人旅、しかも隻腕だといろいろと不便なんだ。路銀も十分あるから、必要があればお貸ししよう。むしろ、同行をお願いするのだから、こちらが支払うべきだな」

 背後の惨状を忘れたように、返り血をわずかにあびた外套を手で払い、彼女は朗らかに笑った。

 私に選択肢などなかった。抜き身の剣を引っ提げた凄腕の女剣士と、剣技などろくに使えぬ男が一人に子供が三人。私たちはその切っ先を向けられたら、ここで四人とも死体になる。彼女が守護者になるか死神になるかわわからない。同行を断ったら何をされるか。

「……ハイリー、よろしく、お願いします」
「同行してくれるのか。ありがとう。君の名前を聞いてもいいかな」
「私は、サフィール。……あなたと同じ、ただのサフィールです」
「よろしく、サフィール」

 彼女はするりと剣を腰の鞘に収めると、一本しかない手で私に握手を求めてきた。握り返した時どこか懐かしい気持ちになったのだが――気の所為、だろう。
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end**

結婚式に結婚相手の不貞が発覚した花嫁は、義父になるはずだった公爵当主と結ばれる

狭山雪菜
恋愛
アリス・マーフィーは、社交界デビューの時にベネット公爵家から結婚の打診を受けた。 しかし、結婚相手は女にだらしないと有名な次期当主で……… こちらの作品は、「小説家になろう」にも掲載してます。

最後の女

蒲公英
恋愛
若すぎる妻を娶ったおっさんと、おっさんに嫁いだ若すぎる妻。夫婦らしくなるまでを、あれこれと。

処理中です...