R18 咎人は死なずの騎士姫に恋をした

薊野ざわり

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#3 アンデル 兄について

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 兄のクラウシフは、私とは正反対の男である。顔立ちも実母に似た細面でいつになっても女っぽい私とは違い、父によく似て彫りが深く大作り。体格もよく、十代半ばには、そのへんの大人と同じくらいの身の丈に成長していた。そんな彼が私は羨ましかった。兄弟なのに私は、彼と同じ歳になっても、骨は太くならず体毛も薄く、そのことが劣等感になっていたからだ。

 クラウシフはその体格を活かした運動を好み、特に剣技を競うのを好んだ。よく我が家の庭先で、仲間を集めて打ち合いをしていた。刃先を潰した訓練用の剣を振り回し、対戦表まで作って。参加者は多いとき、十人を越していたと思う。観客も同じくらいはいた。あの場にいた人のなかには、シェンケルの次期当主の歓心を買おうとする、下心のある連中も少なくなかったと今はわかる。だが、純粋にその競技を楽しんでいたのも数名混じっていただろう。その筆頭がハイリーだ。

 ハイリーは、クラウシフに匹敵する剣技を持ち、唯一と言ってもいい、クラウシフの前に、対戦表の王冠を譲らない壁として立ちふさがる人間だった。彼女は、四人の兄たちとともに、血の滲むような訓練を受けてきたのだ。幼い頃から、いずれは軍の先鋒を担う存在になるために。女性が、どこか良家に嫁ぐことを目指すのではなく、男顔負けの訓練を受け前線に立つ準備をしていたのには理由があったのだが、当時は私も兄もそんなことは知らなかった。

 兄は彼女を打ち負かせなかったときはしきりに嘆き、その打撲傷を悔しげに手当てしていた。
 もちろん、ハイリーの剣技は、体格や体力で劣る女性が、それに恵まれた兄を打ち破るほど、惜しみなく努力と才能と時間を注ぎ込んだ結果で、ただユーバシャールのギフトがあったからできたものではない。それがわかっていた兄は、彼女に負かされた兄の歓心を買おうとして「あのギフトがあれば誰でもできる」と阿る輩には容赦しなかったようだ。

 いつしか、観客の少女たちの中には派閥が出来上がった。兄を応援する子たちと、ハイリーを応援する子たちである。どちらにも属する子たちもいたようだ。ハイリーの中性的な立ちふるまいと顔立ちは、一部の少女の熱狂的な支持を得たらしく、これには兄も辟易していた。

「俺への声援より、ハイリーへの黄色い悲鳴のほうが大きい」

 彼の思考に、私は呆れた。理解もできなかった。大勢の歓心より、私はただ一人の抱擁が欲しかった。
 試合終わりに、満面の笑みを浮かべたハイリーが私を振り返るその瞬間をいつも待っていた。そして、彼女が腕を広げたのを合図に駆け寄り、その胸に飛び込むのだ。
 不思議なことに、兄のクラウシフの汗は泥臭く、悪臭としか思えなかったのに、ハイリーのそれはどこか甘酢っぱいような気がして、嫌悪感がひとつもなかった。むしろその香りをかぎたいとすら思った。運動直後の高めの体温を分け与えられながら、ぎゅっと抱きしめてくれる彼女に甘え、その首筋や額に浮いた汗をハンカチで拭う。あの滑らかなこめかみを伝う汗のひとしずくを、成人した今もふと思い出す。

 そうやって私を甘やかす彼女を取り囲むのは、いつも同じ顔ぶれだった。クラウシフが特に懇意にしていた、彼とハイリーの友人たち。
 クラウシフと同じく、頑健そうな体つきに男臭い顔立ちのビット。
 丸っこい体つきでにこにこ愛想のいい商家のドニー。
 そして、ハイリーの親友でビットの恋人のイェシュカだ。

 イェシュカとビットは、幼い私からしてもわかりやすく仲睦まじかった。ビットが誰かと手合わせする時は必ず、イェシュカが彼に投げキスをして送り出していたし、何をするにも二人一緒だった。
 それを見てからかうのがクラウシフだった。

「おいハイリー、俺にもビットみたいに投げキスで送り出してくれる相手がいてもいいだろ」

 おどけたクラウシフが、満面の笑みのハイリーに尻を蹴り飛ばされ、手合わせの場に送り出される姿は、周囲の笑いを誘っていた。恒例行事のようになっていったやり取りだからよく覚えている。

 大して反省もダメージもないようににやつく兄。その胸中には、おそらく、茶化してごまかそうとした、誰にも言えない本心があったのだろう。

 年の離れた私から見ても、ハイリーは魅力的だった。剣を振るう時、見開かれた緑の目。ひたりと据えられたあの視線を、真正面から受け止めてみたいと何度思ったことか。揺れる赤い髪の残像は、太陽に照らされると赤金色に光った。素晴らしくきれのよい剣舞は、彼女の繊細でぶれない足さばきに支えられている。
 ぴんと伸びた背に汗で張り付くシャツ、その背中からくびれた腰へのラインは、動きやすさを重視してつくられた細身のパンツでは隠しようもない。そんな彼女におとぎ話の戦姫のような神聖性を見出していた私とは違い、兄は年齢が近かった分もっと生々しい――つまりは肉欲のようなものを感じていたのではないかと思う。

 たまに兄が、まるで敵を見るような険しい目で、ハイリーを追っていることがあった。私は、彼らが喧嘩でもしたのかと思っていたのだが、あれはそうではあるまい。もっとギラついた欲望のようなものを、ふとした瞬間に兄は隠し切れずに表出させていたのだろう。

 私は兄とハイリーが学舎でどういうやり取りをしているのか知らなかったが、きっとほとんど、そういう色恋沙汰の話題にはならなかったと確信していた。そう思うほど、彼らの関係はまっさらな友情しか感じさせず、変化もなく、私も相変わらずハイリーに甘えることを許され続けたからだ。

 中等教育課程に進む、十歳まで。
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