R18 咎人は死なずの騎士姫に恋をした

薊野ざわり

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#7 アンデル 新月祭 前

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 初冬、新月祭の時期が近づいていた。

 新月祭にはもちろん由来はあるのだが、長ったらしくおもしろくないそれよりも、生徒にとっては、学舎を上げてのお祭りで、その締めにはダンスの時間があるということの方が問題だった。ダンスは誰と組んでもよい決まりだ。そう、誰とでも。その対象が生徒であればいいのだ。

 恋する少年少女には、これが一年で一番大きな祭りだった。想い人と結ばれるかもしれない、はたまた恋に破れるかも。裕福な家の少女たちは半年も前からドレスを用意し、貧しい家の子たちは貸衣装屋で少しでも自分の見栄えをよくしてくれる衣装を探す。それは男も同じで、意中の相手から誘われるように目立つようにと、この日のために体を鍛えて剣術大会でアピールしたり、弓術大会に参加してみたり、文通などをして根回ししてみたりと、虚しい努力をする。なかには興味がありませんと制服で参加する者もいた。そのうちの一人が私だ。

 祭りの間、生徒たちは金色に塗ったガチョウの羽根を胸につける。そして、自分の羽根を受け取ってくれた相手と踊る。想いが通じ合った人と、その羽根を交換するのだ。みな、自分のとわかるように、羽根を飾り付けた。

 毎年、新月祭のひと月前に行われる剣術大会の優勝者には、ダンスの申込みが殺到する。剣術大会は、中等部と高等部で分かれて行われるのだが、人気なのは高等部の優勝者だ。

 その年の優勝者も、剣術クラブの部長であるハイリーで決まりだと誰しも思っていた。それまでの三年間、上級生相手にも冠を譲ったことのない彼女だったからだ。

 ところがなんと、クラウシフが初めてその座を奪った。

 ハイリーがその座を譲ったのは、ただ単に不戦敗だったからだ。試合当日、軍の式典に特別に招待され都合がつかなかったのだという。
 彼女は、最後の大会に出られなかったことを悔しがり、幸運でその座についたクラウシフは仲間から「よかったなあ、卒業前に一度は優勝できて、ハイリーのおかげじゃないか」と揶揄されたという。兄はそれでも「勝ちは勝ちだ」と言い張って快活に笑っていた。

 私は、正直、祭りなんかはどうでもよかった。
 ハイリーへの想いを断ち切った後、新しい想い人はいなかった。興味の対象はもっぱら、物言わぬ植物だ。だから、他の友人たちのようにありもしない女の子からの誘いを意識してそわそわもしなかったし、ダンスの時間には帰宅して本を読もうと考えていた。気持ちを切り替えたとはいえ、ハイリーとクラウシフが踊るところを見てにこにこできるほど、傷口は癒えていなかったから。


 
 祭りの日は、晴天だった。気温も少し高く過ごしやすい。

 露店や出し物のテントの前で列を成す生徒たちを尻目に、私は祭りの開始早々、図書館に引っ込むことにした。人混みは苦手だ。しかし、講義がないおかげでじっくり本を読めるから、ある意味最高の日だった。

 図書館への道すがら、ばったりクラウシフに遭遇した。彼は仲間を引き連れ、わいわい騒ぎながら廊下を歩いてきた。彼はこの日のために新調したシャツにパンツ、ブーツを身につけ、髪を整えている。もともと、クラウシフは体格にも恵まれ、顔立ちも精悍で整っている。所作も堂々としていて、そうしていると好青年に見える。

「お、アンデル。これから外へ出るのか? 露店まわるなら、一緒に行くか?」

 いつもの彼の取り巻きだけではなく、見慣れない顔もいくつか。その一人が「誰? 弟? 似てないね、女の子みたいだ」と、からかい調子で失礼極まりない発言をするのを、私は聞き逃さなかった。だが、いちいち噛み付く度胸もなく、クラウシフに向かって首を横に振るにとどめた。

「ごきげんよう、クラウシフ」

 背後から、明るい声が飛んできた。クラウシフの取り巻きが少しざわつく。
 そこには、ハイリーとイェシュカが立っていた。彼女たちもこれから外へ行くのだろう。

 イェシュカは鳶色の髪を高く結い上げ、すみれ色の透ける生地を何枚も重ねた可愛らしいドレスを身に着けていた。女の子たちはほとんどが夕方に、いくつかそれのために押さえられた部屋を使って着替えるのだが、中には早々に着替えて、ドレスを見せびらかす子たちもいた。イェシュカもその一人だ。
 彼女がその姿を他の人間に見せたいと思うのもわかる気がした。丸い頬に大きな目、カールした髪にバラ色の肌と、他の少女たちが羨む要素をすべて彼女は持っていた。ドレスは素晴らしく似合っていて、細い腰のラインを強調している。胸元に、ドレスの共布のリボンを結んだ金のガチョウの羽根が飾られていた。リボンの中心に、小さなパールが留められている。

 クラウシフの背後に控えている何人かは、彼女が羽根を自分のものと交換してくれたらと、淡い期待をしただろう。

 そして残りの何人かは、その隣のハイリーがそうしてくれたらと思ったに違いない。
 ハイリーはいつもどおりの制服姿だった。頭の天辺で髪を一つに束ね、深い青色のリボンを結んでいる。シャツの胸に羽根を挿してはいるが、浮かれた様子はなかった。砂糖菓子のようなイェシュカとは違って、切れ長の目に鼻筋の通った中性的な顔立ちは、夏に実った柑橘類の爽やかな匂いを思いださせる。

「イェシュカ、これから露店まわりか? 一緒に行くか?」

 クラウシフが問うと、イェシュカは首を振った。

「いいえ、これから占いの店に行くのよ。手相を観てくれるの、マルートで流行してるんですって」
「ハイリー、お前も?」
「お姫様のエスコート役でね」

 ハイリーは肩をすくめた。
 彼女らは何かをささやきあうと――その姿は、仲のいい少女同士というよりは、騎士とその守護する乙女という感じだった――私に向かってそれぞれ何かを差し出した。

「アンデル、露店で売っていたんだ。よかったら食べて」
「これは、私が焼いたのよ。色んな人に配って、これが最後。楽しい新月祭になりますように」

 ハイリーがくれたのは派手な包みの飴玉で、イェシュカがくれたのは紙に包まれた二枚のクッキーだった。それをよこせと、クラウシフの背後の何人かの視線が語っていたが、私は子供の特権を行使し、何食わぬ顔でそれを受け取り、笑顔を作った。

「ありがとう、イェシュカ、ハイリー」

 二人は軽やかに手を振り、廊下を歩いていった。その後ろをばらばらとクラウシフたちが追いかける。
 私ももらったものをポケットにねじ込んで、少しわくわくした気持ちになって、踵を返した。そして、ふと思いついて、振り返る。そこには上級生たちの姿はもうなかった。

 そういえば。イェシュカの恋人・ビットの姿がなかった。こんな日なのだから、恋人と一緒にいてもいいだろうに。クラウシフの取り巻きの中にも彼はいなかった。このところ、クラウシフも忙しくて、我が家で人を集めて剣技を競ったりしてないのでビットの顔を長らく見ていない。軍人になると言っていたから、忙しいのだろうか。それで今日も欠席なのだとしたら悔しいだろうなと思い、それきり彼のことは忘れてしまった。


 
 人気のない図書館で、読みかけだった本を抱えて窓際の席に座る。中庭の人波は色と熱気に溢れている。窓ガラス越しにその楽しい雰囲気を味わうのは悪くない。

 ポケットから取り出したイェシュカのクッキーを食べた。シナモンが効いていて、甘くてもピリッとした味。造り手の彼女とは印象が違っていたが、美味しかった。すぐに食べ終え、なんとなく物足りなくて、ハイリーからもらった飴も口に放り込んだ。酸っぱいシトロンの味だった。もっと甘い飴がよかったと、贅沢な感想を抱く。
 私は、喧騒を遠くに聞きながら、手元の本に視線を戻した。
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