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#26 ハイリー かくして恋は終わりを迎え
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※リョナ注意
全身の毛を逆立て戸に背中が当たるまで下がった私とは対象的に、イズベルはゆったりとした足取りでその男に向かっていった。
「テリウス様、我が兄フィトリスの娘のハイリーです。先日お話ししました通り、類まれなる力を継承しました。御覧ください、美しいかんばせでしょう? 三年もすれば、テリウス様好みの娘になります」
叔母は、するりとその男の膝に横座りすると、媚びを売るしどけない仕草で男の頬を手で包んだ。男女が人前で密着するなんてはしたない。そのように教え込まれていた私は、急に『女』の顔になった叔母に戸惑う。
忌避感から目を背けようとしたが、それよりはやく、男と視線がかち合って金縛りにあった。彼は太い腕をイズベルの華奢な腰に巻き付けて、じっと私の顔を覗き込んでくる。
その目の色ときたら。明るく広がりのある青で、底が知れず、抗いがたい引力を持っているのだ。
「よく来たなハイリー。こちらへ」
背骨が痺れるような低い声。複数人が一気に話しているように層を感じさせた。距離は開いているのに耳元でささやかれたと錯覚する。全身に、冷たい汗が吹き出す。
伸ばされた手を掴むことなどできず、私はただただ棒立ちして、その場から逃げ出したい気持ちと戦っていた。もし背後の扉が施錠されておらず、押して開くのであれば一目散に逃げ出していたに違いない。
「ははは、まるで人馴れしてない子猫のようだな。よい、なにも急に今晩から相手をしろと言っているわけではない。イズベルからなぜここに連れてこられたかの説明は……受けてないようだな」
「テリウス様がなさるとおっしゃっていましたよね」
「そうであったかな。まあ実際に見せたほうが理解も早かろう。観客がいるというのも楽しいしな、ここは退屈極まりない」
「ああっ」
イズベルが悲鳴を上げ、私はびくりとなった。悲鳴、というにはやや艶めいた声だ。彼女の顔には卑屈な媚が張り付いている。
男が手荒くイズベルのワンピースの襟を裂き、下着も剥ぎ取って、こぼれた豊かな胸を鷲掴みした。そのまま、私の頭など一掴みできそうな大きさの手でイズベルの体を蹂躙していく。それは手荒で、彼女の白い肌には、蝋燭の光でもわかるほどくっきり手形が残った。ところどころ爪がめり込み出血している。
ボロ布になったワンピースを床に投げ捨てられて、絹の靴下と靴だけになってしまった叔母は、男と向き合う形で両脚を大きく広げられ抱きしめられた。細い背中が弓なりになる。
「ぐぎぃ……っ」
人間同士のまぐわいがどういうものか、どうやって子を成すのかということは、ぼんやり認識していた。初潮がいずれあるだろうと、数年前、力見の儀式の直前くらいに、母から月の障りについて説明されたから。
その時はその行為自体がピンとこなかったのと、どこか気恥ずかしくて、突っ込んだことは聞けなかった。いつか未来に結婚する旦那様と、愛を確かめ子を成すためにすることですよ、と母から言われていたので、秘めるものではあるがどこか神聖で――苦痛を伴うものだとは思わなかった。
こんな、肺を潰されたような声をあげて、髪を振り乱しあちこちから血を流すものなのか? そもそもこれは交接なのか?
男は、イズベルの髪を引き抜き、肌をかきむしり、細腰に自分の腰を容赦なくぶつける。そのつど、イズベルはのけぞって、口の端からあぶくを吹き白目を剥いて、踏み潰されたカエルのような声を上げる。乳房の肉をそがれても、引っ張られて肩が抜けても、彼女のギフトが瞬時に再生を促すので、あっという間に無傷に戻るが、すぐに違う怪我をする。
吐き気と怖気で、立っていられない。膝ががくがく震えてしまう。頭の奥がすうっと冷たくなってきて、胃の腑が締め付けられる。見たくない聞きたくないと思うのに、まぶたも閉じられなければ顔もそむけられない。指一本動かせない。まさしく金縛りだった。イズベルの唇をなぶりながら、絶対に視線を外さないその男の目には、呪縛のギフトもあったのだろう。
「お前は力見の儀式でこのイズベルを凌ぐ力を示したのだとか。よくやった。オレのことは父親から聞いているか?」
私は必死に首を横に振った。この恐ろしい生き物を、父がどう説明するというのか。父は魔族に知り合いが? 混乱の極み、イズベルの顎がはずれ瞬時に回復するさまを見つめる。
「そうか。オレはお前のことをよく聞いている。主にイズベルからだがな。
……それより、自己紹介を先にしようか。テリウス・ユーバシャールだ。名前くらいは知っておろう? お前たちの言う、プーリッサの三英雄、始祖たる男だ」
その瞬間、恐怖を凌駕する怒りで呪縛が弾けた。
「なにを言う! 始祖がお前のような魔族であるわけがない」
「ははは、威勢がよいな。好い好い。しかしそれが事実であるぞ。オレも五百年前はお前たちと同じように白い肌をしていたのだ。ところが、前線で魔族共の魔力に当てられていたら、己に混ざる魔族の血が濃くなってしまったのか、このような容貌になってしまった。ギフトの濫用も原因かもしれんな」
「嘘だ!」
「なにを根拠に嘘という? お前たちがギフトと呼ぶ異能が、魔族の血が濃いものに発現することはさすがに知っているな」
彼は、面白そうに眉を跳ね上げ、イズベルの首筋に牙を立てる。
「だとしたら……だとしたら他のご先祖さまも前線でずっと魔族と戦っているのだから、同じように魔族になってしまうじゃないか」
「そうだな。だから慣例になっているのではないか? 戦場で命を散らすのが」
言葉を失う私に、彼は淡々と説明した。叔母の身体を揺すり上げて。
「魔力に当てられ、魔族化が進んだユーバシャールの男たちは、その正体が露見する前に、前線でわざと命を散らすのだ。遺体が戻ってこなくとも誰も疑問に思わないし、回復力を上回る怪我を負い損壊した遺体は、多少様子がおかしくとも、魔族共の仕業と思われて、誰も魔族化を疑わないだろう?
この方法を思いついたのは、オレの長男でな。肌がこの色になりはじめたオレに言ったのさ。『父上、英雄らしい最期を』とな。
まあ、可愛い我が子が、可愛い我が国のためにした発言だ、老兵はそれに従うかと前線で魔族に殺されてみたのだが、なかなか絶命できなんだ。さらに魔族化は進んでしまって、このような顔になってしまったわけだ」
「そんな……そんな、でたらめだ」
「面白いのはそれからだ。
五年ほど死ぬのに挑戦してみたが一向に死ねぬから、仕方ないので旅にでも出るかと、行き掛けの挨拶に我が家によってみたら、なんと、長男がオレと同じ理由で前線に送り出されて死んだという。
お笑い種だろう?
そこからユーバシャールの男で魔族返りが始まった者は前線で死ぬことになったのさ。名誉の戦死で家名を上げて、自らを葬る、なんとも合理的」
「信じない。もしお前が始祖様だというならどうしてこんなところに幽閉されているんだ」
そう、まさしくこれは幽閉という言葉がぴったりだ。こんな、何重にもなった鉄の戸にさらに魔力で錆びつかないよう祝福までしているのは、この男をここに閉じ込めておく以外に、どんな目的があるというのか。
私はきっとその男を睨みつけた。
「さっきも言ったが、このようにみっともない姿のオレを衆目に晒せないと、子供たちは考えたらしいな。であればどこか遠くへ旅にでも出るさと提案したのだが、もしオレの正体が露見したら身の破滅だと、ここへ閉じ込められてしまったのさ。たしかに、身内に魔族がいたら、困るな。魔族狩りをしている家なのにな、ははは。
ならば仕方ない、可愛い子らのためならばと我慢していたのだが退屈で退屈で。
顔も似ない玄孫の代になって、あちらもオレを嫌悪して突っかかってくるしで、不満が爆発してちょっと暴れてみたら、一族総出で軍まで率いて止めにかかってきて、挙げ句にこの祝福付きの檻だ。
どうやら本質が魔族に寄っているのか、普通の鉄の扉は破壊できてもこの檻は破れなくてなあ。残念だ。ダメ押しに、屋敷の周囲にはメイズの結界まで張られては、ここにいると觀念するしかない。
それでせめてと試みた交渉のかいあって、おもちゃをもらうことになったのさ。本と酒だ。それから話し相手になる女。まあ、夜の相手もさせるがな、このように」
獣のような唸りをあげ、イズベルが身悶えした。ひときわ大きく突き上げられたからだ。
「ただ、昔とは勝手が違うのが困りものでな。軽く力を込めると、華奢な女なんかすぐに死んでしまう。宛てがわれたどこぞの子ともしれぬ娘たちを短期間で壊してしまうから、当時の当主から苦情が来たのだ。苦情を申し立てたいのはこちらの方だ、別に殺人をしたいわけじゃない、勢い余って怪我させてしまうだけだ。それがわかっていながらこの仕打ち、あまりに虜囚への配慮がないだろうとまた暴れたら、今度は壊れても戻るだろうと、自分の妹を差し出してきたのさ」
「いもうとを……?」
私には弟も妹もいない。
思い浮かんだのは、五歳になる直前の友人の弟――アンデルのほわほわした笑顔だった。小さな手で、一生懸命私の手を握りしめて、とことこ隣を歩くその姿。このごろは言葉もかなり達者になり、兄のクラウシフに憎まれ口を叩くこともあるのだが、そんな様子にも和まされる。
私にとって、彼は実の弟のような存在で、そのアンデルをこのようなひどい目にあわされるとわかっていて差し出すなんて、死んでもできない。
きっと、クラウシフだって。
クラウシフの顔が脳裏に浮かんだ途端、目の奥が熱くなった。あの、お調子ものだがいざというときは頼りになる友人は、こういうときどう対処しただろう。考えてもわからない。とにかく今すぐここを逃げ出して、彼にここであったことを聞いてほしかった。そんな馬鹿なことがあるかと鼻で笑い飛ばしてくれるはず。
「その娘は、イズベルやお前のように、ギフトが強い女でな。嫁いだが石女として婚家で冷遇されて離縁し戻ってきたのだ。可哀想だろう。身の置き場もなく年をとっていくだけだ。女で力の強い者は体が胎児を食らってしまうのだと言う奴もいたが、よくわからん。ユーバシャールとの縁故狙いで婚姻を望む家もあったものの、ユーバシャールの女は石女ばかりだという悪評がたってからは外に出さぬことにしたらしい。好きあって嫁いでも、他の女との間に産まれた子を育てるのはいろいろと問題が起こるからな。
それで我が子孫たちは強い力を持つ娘が生まれたら、オレのところへ捧げるようになったのだ」
ではイズベルも?
彼女がひっそりこの家で嬲りものにされているのは、他の女子のように子を産めぬから? ――そして、私も?
「お前はイズベルの次のオレの相手だな。別にイズベルに飽きたわけではないぞ。再生を繰り返すと、魔族返りが加速するし、なんのはずみに魔力切れで回復できずに死ぬかわからん。こやつには情もあるし、静かな余生を送らせてやりたい」
「そう思うなら、その虐待をやめろ」
「おぼこにはわかるまいよ、傷つけるとわかっていても触れずにいられない情欲は」
血反吐にまみれ痙攣しているイズベルの頬を撫でる男の手には、慈愛がこもっているようにも見えた。鋭い爪に切り裂かれた頬を、治してやりたいのか指で撫でてさらに傷を深くしているが。
「なにより、……お前もいずれわかるだろうが、毎回破瓜されるのは痛いらしいからな、休息も必要だろう。悪気はないが、魔羅も魔族化してしまってよけい痛みを与えているようだしな。ほれ」
苦笑し、男はイズベルを正面向きに抱え直すと彼女の脚を思い切り開き、私に見せつけた。血まみれのその部分に穿たれた、血管の浮き出た黒黒した肉の槍が、恐怖心と嫌悪感を煽り喉を詰まらせる。
「よしイズベル、そろそろだ」
「ああ、テリウスさま……あぐ、っああん! お情けを、お情けをくださいませ……」
臓腑を抉られ苦しげな声をあげながらも、叔母は恍惚と、首筋に噛み付く男の頭に手を伸ばし、すがりつく。彼女の白いつま先がぴんとなり、体が痙攣して、……情交は終わった。肉の槍が抜けた叔母の女の穴から、血が混じった白濁の液がどくどく溢れてきた。
息を整えやがて回復しきった叔母は、ボロ布になった服を身体に巻き付け、青肌の男に丁寧に礼を述べ媚を売った。それから立ちすくむ私の手を引いて地下牢を後にし、身支度を整えた上で、来たときと同じように車に同乗し、強張った私の背を撫でながらうっとりつぶやくのだった。
「ああハイリー。わかったでしょう、可愛い子。あなたは始祖様のお情けを頂戴する栄誉に浴するの。なんて素晴らしい幸運かしら」
夢を見るように、恋する少女のように、イズベルは繰り返した。
地下で、一瞬でも彼女を「可哀想な犠牲者」と思った自分を、私は呪った。叔母は、すっかりあの男に心奪われ、私が自分と同じになることを喜んでいるのだ。それを最高に誇らしく嬉しいことだと。
おぞましい、おそろしい。
彼女に触れられたところがずぶずぶの汚泥に溶けてしまうように錯覚しながら、全身を苛む寒気に耐えるのに必死で、身を小さくするしかなかった。
◆
家に戻った私を母が出迎えてくれた。母は青白い幽鬼のような顔をして、私をぎゅっと抱きしめて、叔母の手からひったくった。
叔母は上機嫌で帰っていった。
その後も震えが止まらなかった私は、母に薬湯を飲まされ、眠れぬ夜を過ごした。母は、震えて黙り込む私の背を撫でながら「ごめんなさい、ごめんなさい」とまるで罪を犯したかのように謝り続けた。
全身の毛を逆立て戸に背中が当たるまで下がった私とは対象的に、イズベルはゆったりとした足取りでその男に向かっていった。
「テリウス様、我が兄フィトリスの娘のハイリーです。先日お話ししました通り、類まれなる力を継承しました。御覧ください、美しいかんばせでしょう? 三年もすれば、テリウス様好みの娘になります」
叔母は、するりとその男の膝に横座りすると、媚びを売るしどけない仕草で男の頬を手で包んだ。男女が人前で密着するなんてはしたない。そのように教え込まれていた私は、急に『女』の顔になった叔母に戸惑う。
忌避感から目を背けようとしたが、それよりはやく、男と視線がかち合って金縛りにあった。彼は太い腕をイズベルの華奢な腰に巻き付けて、じっと私の顔を覗き込んでくる。
その目の色ときたら。明るく広がりのある青で、底が知れず、抗いがたい引力を持っているのだ。
「よく来たなハイリー。こちらへ」
背骨が痺れるような低い声。複数人が一気に話しているように層を感じさせた。距離は開いているのに耳元でささやかれたと錯覚する。全身に、冷たい汗が吹き出す。
伸ばされた手を掴むことなどできず、私はただただ棒立ちして、その場から逃げ出したい気持ちと戦っていた。もし背後の扉が施錠されておらず、押して開くのであれば一目散に逃げ出していたに違いない。
「ははは、まるで人馴れしてない子猫のようだな。よい、なにも急に今晩から相手をしろと言っているわけではない。イズベルからなぜここに連れてこられたかの説明は……受けてないようだな」
「テリウス様がなさるとおっしゃっていましたよね」
「そうであったかな。まあ実際に見せたほうが理解も早かろう。観客がいるというのも楽しいしな、ここは退屈極まりない」
「ああっ」
イズベルが悲鳴を上げ、私はびくりとなった。悲鳴、というにはやや艶めいた声だ。彼女の顔には卑屈な媚が張り付いている。
男が手荒くイズベルのワンピースの襟を裂き、下着も剥ぎ取って、こぼれた豊かな胸を鷲掴みした。そのまま、私の頭など一掴みできそうな大きさの手でイズベルの体を蹂躙していく。それは手荒で、彼女の白い肌には、蝋燭の光でもわかるほどくっきり手形が残った。ところどころ爪がめり込み出血している。
ボロ布になったワンピースを床に投げ捨てられて、絹の靴下と靴だけになってしまった叔母は、男と向き合う形で両脚を大きく広げられ抱きしめられた。細い背中が弓なりになる。
「ぐぎぃ……っ」
人間同士のまぐわいがどういうものか、どうやって子を成すのかということは、ぼんやり認識していた。初潮がいずれあるだろうと、数年前、力見の儀式の直前くらいに、母から月の障りについて説明されたから。
その時はその行為自体がピンとこなかったのと、どこか気恥ずかしくて、突っ込んだことは聞けなかった。いつか未来に結婚する旦那様と、愛を確かめ子を成すためにすることですよ、と母から言われていたので、秘めるものではあるがどこか神聖で――苦痛を伴うものだとは思わなかった。
こんな、肺を潰されたような声をあげて、髪を振り乱しあちこちから血を流すものなのか? そもそもこれは交接なのか?
男は、イズベルの髪を引き抜き、肌をかきむしり、細腰に自分の腰を容赦なくぶつける。そのつど、イズベルはのけぞって、口の端からあぶくを吹き白目を剥いて、踏み潰されたカエルのような声を上げる。乳房の肉をそがれても、引っ張られて肩が抜けても、彼女のギフトが瞬時に再生を促すので、あっという間に無傷に戻るが、すぐに違う怪我をする。
吐き気と怖気で、立っていられない。膝ががくがく震えてしまう。頭の奥がすうっと冷たくなってきて、胃の腑が締め付けられる。見たくない聞きたくないと思うのに、まぶたも閉じられなければ顔もそむけられない。指一本動かせない。まさしく金縛りだった。イズベルの唇をなぶりながら、絶対に視線を外さないその男の目には、呪縛のギフトもあったのだろう。
「お前は力見の儀式でこのイズベルを凌ぐ力を示したのだとか。よくやった。オレのことは父親から聞いているか?」
私は必死に首を横に振った。この恐ろしい生き物を、父がどう説明するというのか。父は魔族に知り合いが? 混乱の極み、イズベルの顎がはずれ瞬時に回復するさまを見つめる。
「そうか。オレはお前のことをよく聞いている。主にイズベルからだがな。
……それより、自己紹介を先にしようか。テリウス・ユーバシャールだ。名前くらいは知っておろう? お前たちの言う、プーリッサの三英雄、始祖たる男だ」
その瞬間、恐怖を凌駕する怒りで呪縛が弾けた。
「なにを言う! 始祖がお前のような魔族であるわけがない」
「ははは、威勢がよいな。好い好い。しかしそれが事実であるぞ。オレも五百年前はお前たちと同じように白い肌をしていたのだ。ところが、前線で魔族共の魔力に当てられていたら、己に混ざる魔族の血が濃くなってしまったのか、このような容貌になってしまった。ギフトの濫用も原因かもしれんな」
「嘘だ!」
「なにを根拠に嘘という? お前たちがギフトと呼ぶ異能が、魔族の血が濃いものに発現することはさすがに知っているな」
彼は、面白そうに眉を跳ね上げ、イズベルの首筋に牙を立てる。
「だとしたら……だとしたら他のご先祖さまも前線でずっと魔族と戦っているのだから、同じように魔族になってしまうじゃないか」
「そうだな。だから慣例になっているのではないか? 戦場で命を散らすのが」
言葉を失う私に、彼は淡々と説明した。叔母の身体を揺すり上げて。
「魔力に当てられ、魔族化が進んだユーバシャールの男たちは、その正体が露見する前に、前線でわざと命を散らすのだ。遺体が戻ってこなくとも誰も疑問に思わないし、回復力を上回る怪我を負い損壊した遺体は、多少様子がおかしくとも、魔族共の仕業と思われて、誰も魔族化を疑わないだろう?
この方法を思いついたのは、オレの長男でな。肌がこの色になりはじめたオレに言ったのさ。『父上、英雄らしい最期を』とな。
まあ、可愛い我が子が、可愛い我が国のためにした発言だ、老兵はそれに従うかと前線で魔族に殺されてみたのだが、なかなか絶命できなんだ。さらに魔族化は進んでしまって、このような顔になってしまったわけだ」
「そんな……そんな、でたらめだ」
「面白いのはそれからだ。
五年ほど死ぬのに挑戦してみたが一向に死ねぬから、仕方ないので旅にでも出るかと、行き掛けの挨拶に我が家によってみたら、なんと、長男がオレと同じ理由で前線に送り出されて死んだという。
お笑い種だろう?
そこからユーバシャールの男で魔族返りが始まった者は前線で死ぬことになったのさ。名誉の戦死で家名を上げて、自らを葬る、なんとも合理的」
「信じない。もしお前が始祖様だというならどうしてこんなところに幽閉されているんだ」
そう、まさしくこれは幽閉という言葉がぴったりだ。こんな、何重にもなった鉄の戸にさらに魔力で錆びつかないよう祝福までしているのは、この男をここに閉じ込めておく以外に、どんな目的があるというのか。
私はきっとその男を睨みつけた。
「さっきも言ったが、このようにみっともない姿のオレを衆目に晒せないと、子供たちは考えたらしいな。であればどこか遠くへ旅にでも出るさと提案したのだが、もしオレの正体が露見したら身の破滅だと、ここへ閉じ込められてしまったのさ。たしかに、身内に魔族がいたら、困るな。魔族狩りをしている家なのにな、ははは。
ならば仕方ない、可愛い子らのためならばと我慢していたのだが退屈で退屈で。
顔も似ない玄孫の代になって、あちらもオレを嫌悪して突っかかってくるしで、不満が爆発してちょっと暴れてみたら、一族総出で軍まで率いて止めにかかってきて、挙げ句にこの祝福付きの檻だ。
どうやら本質が魔族に寄っているのか、普通の鉄の扉は破壊できてもこの檻は破れなくてなあ。残念だ。ダメ押しに、屋敷の周囲にはメイズの結界まで張られては、ここにいると觀念するしかない。
それでせめてと試みた交渉のかいあって、おもちゃをもらうことになったのさ。本と酒だ。それから話し相手になる女。まあ、夜の相手もさせるがな、このように」
獣のような唸りをあげ、イズベルが身悶えした。ひときわ大きく突き上げられたからだ。
「ただ、昔とは勝手が違うのが困りものでな。軽く力を込めると、華奢な女なんかすぐに死んでしまう。宛てがわれたどこぞの子ともしれぬ娘たちを短期間で壊してしまうから、当時の当主から苦情が来たのだ。苦情を申し立てたいのはこちらの方だ、別に殺人をしたいわけじゃない、勢い余って怪我させてしまうだけだ。それがわかっていながらこの仕打ち、あまりに虜囚への配慮がないだろうとまた暴れたら、今度は壊れても戻るだろうと、自分の妹を差し出してきたのさ」
「いもうとを……?」
私には弟も妹もいない。
思い浮かんだのは、五歳になる直前の友人の弟――アンデルのほわほわした笑顔だった。小さな手で、一生懸命私の手を握りしめて、とことこ隣を歩くその姿。このごろは言葉もかなり達者になり、兄のクラウシフに憎まれ口を叩くこともあるのだが、そんな様子にも和まされる。
私にとって、彼は実の弟のような存在で、そのアンデルをこのようなひどい目にあわされるとわかっていて差し出すなんて、死んでもできない。
きっと、クラウシフだって。
クラウシフの顔が脳裏に浮かんだ途端、目の奥が熱くなった。あの、お調子ものだがいざというときは頼りになる友人は、こういうときどう対処しただろう。考えてもわからない。とにかく今すぐここを逃げ出して、彼にここであったことを聞いてほしかった。そんな馬鹿なことがあるかと鼻で笑い飛ばしてくれるはず。
「その娘は、イズベルやお前のように、ギフトが強い女でな。嫁いだが石女として婚家で冷遇されて離縁し戻ってきたのだ。可哀想だろう。身の置き場もなく年をとっていくだけだ。女で力の強い者は体が胎児を食らってしまうのだと言う奴もいたが、よくわからん。ユーバシャールとの縁故狙いで婚姻を望む家もあったものの、ユーバシャールの女は石女ばかりだという悪評がたってからは外に出さぬことにしたらしい。好きあって嫁いでも、他の女との間に産まれた子を育てるのはいろいろと問題が起こるからな。
それで我が子孫たちは強い力を持つ娘が生まれたら、オレのところへ捧げるようになったのだ」
ではイズベルも?
彼女がひっそりこの家で嬲りものにされているのは、他の女子のように子を産めぬから? ――そして、私も?
「お前はイズベルの次のオレの相手だな。別にイズベルに飽きたわけではないぞ。再生を繰り返すと、魔族返りが加速するし、なんのはずみに魔力切れで回復できずに死ぬかわからん。こやつには情もあるし、静かな余生を送らせてやりたい」
「そう思うなら、その虐待をやめろ」
「おぼこにはわかるまいよ、傷つけるとわかっていても触れずにいられない情欲は」
血反吐にまみれ痙攣しているイズベルの頬を撫でる男の手には、慈愛がこもっているようにも見えた。鋭い爪に切り裂かれた頬を、治してやりたいのか指で撫でてさらに傷を深くしているが。
「なにより、……お前もいずれわかるだろうが、毎回破瓜されるのは痛いらしいからな、休息も必要だろう。悪気はないが、魔羅も魔族化してしまってよけい痛みを与えているようだしな。ほれ」
苦笑し、男はイズベルを正面向きに抱え直すと彼女の脚を思い切り開き、私に見せつけた。血まみれのその部分に穿たれた、血管の浮き出た黒黒した肉の槍が、恐怖心と嫌悪感を煽り喉を詰まらせる。
「よしイズベル、そろそろだ」
「ああ、テリウスさま……あぐ、っああん! お情けを、お情けをくださいませ……」
臓腑を抉られ苦しげな声をあげながらも、叔母は恍惚と、首筋に噛み付く男の頭に手を伸ばし、すがりつく。彼女の白いつま先がぴんとなり、体が痙攣して、……情交は終わった。肉の槍が抜けた叔母の女の穴から、血が混じった白濁の液がどくどく溢れてきた。
息を整えやがて回復しきった叔母は、ボロ布になった服を身体に巻き付け、青肌の男に丁寧に礼を述べ媚を売った。それから立ちすくむ私の手を引いて地下牢を後にし、身支度を整えた上で、来たときと同じように車に同乗し、強張った私の背を撫でながらうっとりつぶやくのだった。
「ああハイリー。わかったでしょう、可愛い子。あなたは始祖様のお情けを頂戴する栄誉に浴するの。なんて素晴らしい幸運かしら」
夢を見るように、恋する少女のように、イズベルは繰り返した。
地下で、一瞬でも彼女を「可哀想な犠牲者」と思った自分を、私は呪った。叔母は、すっかりあの男に心奪われ、私が自分と同じになることを喜んでいるのだ。それを最高に誇らしく嬉しいことだと。
おぞましい、おそろしい。
彼女に触れられたところがずぶずぶの汚泥に溶けてしまうように錯覚しながら、全身を苛む寒気に耐えるのに必死で、身を小さくするしかなかった。
◆
家に戻った私を母が出迎えてくれた。母は青白い幽鬼のような顔をして、私をぎゅっと抱きしめて、叔母の手からひったくった。
叔母は上機嫌で帰っていった。
その後も震えが止まらなかった私は、母に薬湯を飲まされ、眠れぬ夜を過ごした。母は、震えて黙り込む私の背を撫でながら「ごめんなさい、ごめんなさい」とまるで罪を犯したかのように謝り続けた。
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