R18 咎人は死なずの騎士姫に恋をした

薊野ざわり

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#25 ハイリー 騎士姫の初恋

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 私の初恋の相手は、テリウス・ユーバシャールである。

 始祖にして、プーリッサ最強の武人。不死人と呼ばれ、馬術剣術に秀で、打ち捨てられたプーリッサの地を、シェンケル、メイズらと魔族の攻め手から守りきった英雄だ。
 伝え聞くには、豪放磊落で大胆不敵、色を好み、情に厚かったという。もっとも、『色を好む』の意味を知ったのは読み書きができるようになってからで、真の意味で理解したのはさらに後だったが。

 子供の頃、自分はいつか始祖のような男と結婚するのだと真面目に思っていた。そんな私を、母は困ったように「始祖様のような男性はめったにいないものよ」と諭したものだ。

 私には兄が四人いる。全員が始祖のギフトを受け継ぎ、当然のように軍人だった。四番目の兄と五歳差で生まれた私は、母にとって予定外の子だったという。年齢のこともあってか、母は私を出産したあとはたびたび体調を崩し寝込むことになった。しかしながら、彼女は娘が欲しかったと私を大事にしてくれた。得意の刺繍をほどこした、手の込んだ服を手ずからたくさん作ってくれたし、身体の調子の良いときは歌を教えてくれたり本を読んでくれたりした。兄たちも、年の離れた妹だからか溺愛と言っていいほどに可愛がってくれたし、ほとんど前線に詰めている父も、忙しいうえに疲れていただろうに、帰ってきたときはいろんな土産ばなしをしてくれた。

 私は父から始祖の話や、前線の様子を聞くのが大好きだった。魔族をあの手この手で倒す前線の軍人たちの話に没入し、そして許されるなら剣の道に進みたいと思うようになった。まるで自分が始祖と同じ戦線に立っているように錯覚していたのだ。

 始祖の話を何度も何度も何度も聞いているうちに、気づいた。始祖がどうやって没したのか、はっきりしないのだ。ほかのユーバシャールの男たちのように、前線で散っていったのだろうか。

 私が調べたうちでは、軍人になったユーバシャールの男たちの八割が、前線で命を散らしている。いくら回復力に優れたユーバシャールの者とて、その回復力を上回る負傷をしたり、ギフトを使いすぎて魔力が枯渇したら、回復が間に合わず死ぬ。

 戦没した者のそのほとんどが遺体が戻ってきておらず、形見を弔っている。残り二割の男たちは、高齢になるまで存命で、たいてい軍の高位にあって最前線で指揮を執らなかった者だった。隠居後、家族に見守られ息を引き取ることが多かったらしい。
 だがひっくり返した家系図から読み取れたのはその程度のことで、肝心の始祖の晩年のことは載っていなかった。

 父に聞いても母に聞いても、始祖の最期はわからなかった。みな、始祖のことなのに知らないと認めるのが恥ずかしいのか、「さあ……?」と言葉を濁すのだ。教会や国立の図書館の資料をできる限りさがしても不明のまま。始祖の墓碑もあるにはあるが、そこにはその死因の明記はない。

 それはまだ夢見がちな少女の私にはとくに興味深いことだった。もしかして始祖様はまだ生きていらして、この国のことを影から見守っていてくれたのではないかしら、という妄想すらした。ユーバシャールはギフトのおかげか、常人よりはるかに若々しい体を保てるから、それもありうるのではないかと考えたのだ。

 意外なところで私の妄想は終止符を打たれた。父の書棚に放り込まれていた一冊の本、それはプーリッサと憎み合っているチュリカという国の歴史書だった。
 父はチュリカを好いていないということは、会話をしていてよくわかる。兄たちがその国の話をすると、たとえ称賛したのでなくとも、「もういいやめろ」と言葉を遮るのだ。

 チュリカは三英雄の祖国で、つまり我々ユーバシャール家の祖国でもあるのだが、三英雄が出奔したことで、プーリッサとは関係が悪い。
 その国の書物を父が持っていることが意外だった。今思えば、必要な資料であればどの国のものだとしても持っていていいのだが……。

 なぜここにこんなものが? と、興味本位でぱらぱらと読み始めた本の真ん中あたりに、ユーバシャール将軍の最後の戦という項目があった。齢五十のとき、将軍は隊を率いて、魔族どもの軍勢と激突し、その戦で行方知らずになったという。おそらくは戦没。
 夢から醒める瞬間だった。落胆した。

 何処かで、初恋の将軍がまだ同じ時を生きているのではないかと夢想していたのだ。


 
 始祖への恋心が完全に潰えたのは、十三歳のある晩のことだ。

 今晩、叔母のイズベルが私を迎えに来る、と昼過ぎに母から告げられた。なぜか母はとても落ち込んだ様子だった。どこへいくのか、なにをするのか教えてもらえないまま、よそ行きの服を用意されたので、改まった場に向かうのだろう。あまり身体の具合がよくないので、気乗りはしなかった。これから毎月このような不快感にさいなまれるのなら、女は損だ。
 母の様子を気にしつつも、言いつけどおり、夕食後に着替えを済ませ、叔母の迎えを待った。服は、白いシャツに黒色のスカートで、新品だった。

 その四十路半ばの叔母のイズベルが、苦手だった。三人兄弟である父、その一番下の妹で、燃えるような赤毛に茶色の目の顔貌美しいひとだ。独身で、ユーバシャール本家の屋敷から離れた飛び地に居を構えている。そこは薄暗い印象の家で使用人も少なく、数えるほどしか訪問したことはないのだが、雰囲気のせいか楽しい思い出はなかった。当の叔母にはめったに顔を合わせることはなく、新年や慶事弔事の節目にのみその姿を目にした。

 彼女を苦手になったきっかけは、三年前、十歳になったときの力見の儀式だ。ユーバシャール家の子は十になると、その回復力を測るため、手の十指の爪を剥がされる。再生までの時間を計測するのだ。それは男女の別なく行われ、もちろん私もその対象だった。

 専用の道具で生爪を剥がされ、痛みで涙をこぼしたが、その爪はあっという間に再生した。爪が伸びていくミシミシという軋みに驚いて、涙さえ引っ込んだ。

 そのさまを見ていた周囲の大人――父に母、それから叔母、叔父夫婦と四人の兄たち――は息を呑んだ。これほど早く回復する者は記録にもいない。それこそ、始祖ほどではないか、と。
 それは喜ばしいと私はほっとしたのだが、どういうわけか家族や私を可愛がってくれていた叔父夫婦は沈鬱な表情で口を閉ざし、母に至っては泣き出したのだ。

 笑声を上げたのは叔母だけだった。彼女はまるで少女のように破顔して手を叩いた。
 なぜそんなに喜んでくれるのかまったくわからなかった。しかしその笑顔になにか鬼気迫るものを感じ……以来、彼女が苦手だった。儀式の結果で、なにかよくないことがあるのだと直感したのだが、周囲の大人は理由を教えてくれはしなかった。そのことが、ずっと胸にしこりになって残っていた。



「さあいらっしゃい、可愛い子」

 夜になり、我が家の門前に一台の車が到着した。イズベルの車だ。

 車中から現れたイズベルは、赤い唇を笑みの形にし、繊手で私の肩を掴んで車に載せた。運転手は、彼女の唯一の使用人である年寄りで、禿頭でしみとしわだらけの顔に、ずんぐりとした体つきの無口で陰気な男だ。

 父はまた前線に赴いており、見送りは未婚で一緒に住んでいる四兄だけだった。快活な性格の四兄だが、今日は表情が固く、私が車窓から手を振っても応じてくれなかった。
 母は具合が悪いと夕刻から臥せっていて、私を心配させた。

「叔母上、今夜はなにがあるのですか」
「今にわかるわ。……きっと大丈夫よ、あなたはもっともっと美しくなるでしょうし、なによりその強力なギフトがあるのですもの、すぐにでもわたくしの代わりになれる」

 車内が暗いせいか、その目はどろりとにごって見えた。
 
 嫌な緊張感を抱えたまま叔母の家に到着した。手入れもされて外観も美しいのに、叔母の家だという意識が働くからかどこか暗くじっとりした印象がする。

「こっちよ」

 食堂の方へ手招きされ、大人になった私を叔母なりに歓待してくれるのかと甘い期待をしたが、彼女は食堂を抜け燭台を持って私を地下へいざなった。我が家にも地下室はあり、そこは食料などの備蓄に使う倉庫のような扱いなのだが、叔母のところはどうも様子が違う。

 地下へ降りるところにあったのは、木のドア。その先に鉄の格子戸があり、途中で折り返しのある階段の踊り場にも鉄の格子戸があった。
 ひんやりした空気に湿った埃のにおいが混じっていて不快だったが、格子戸がさらにもう一枚あって不快を通り越し不安になってきた。

 この先にいったいなにがあるというのか。
 格子戸を開けるための鍵を、叔母が手の内でちゃらちゃら鳴らしている。

 気になることはそれだけじゃない。鉄の扉はすべて祝福を受けているようで、触れたときにぱっと青白い燐光を発するのだ。祝福を受けそれを維持するのは、手間と金がかかる。
 どうしてそんなことをしているのかしら。

 長い階段を降りきって、まっすぐに伸びる暗い廊下にたどり着く。石造りで狭い。踊るように弾む足取りでイズベルは前を歩いていく。

 廊下の終点は、またも鉄の格子戸、その次には青白く発光する一枚板の鉄の戸があった。分厚くて重たそう。
 初見の感想は「まるで本で読んだ牢獄の独居房」だ。しかしその思いつきがあながちはずれていなかった。

 独居房には、ひとりの男が待っていた。陰鬱な地下に不釣り合いな、豪奢な家具類が並べられた広いその部屋の、大きなソファにどっかり腰を降ろし、ゆったりしたシャツとパンツを身に着けている。

 特筆すべきはその男の体格の良さだ。ユーバシャール家の男たちはみな大柄で、兵士向きの体躯であるが、その男は座った姿勢で推し量れるほど。私の知る中で一番の大男である三番目の兄よりも頭半分は長躯に見えたし、腕や脚も一回りは太そうだった。
 壁と机上の灯りで照らし出された、血のような赤髪に宝玉のように深い青色の双眸。眉は凛々しく唇は厚く、通った鼻梁とたくましい顎と首。偉丈夫にして美丈夫、まるで物語にでてくる騎士のよう。夢に描いていた始祖ユーバシャール将軍を体現したような男。

 私は息を飲んだ。その男の肌がとうてい人のものとは思えぬほどに青いから。そして後ずさる。

 ――青白いのではない、完全に青なのだ、よく晴れた日の明るい空の色。

 魔族だ。しかも完璧な人型をとっているとなると、相当高位の魔族である。父に聞かされた亡霊騎士程度だったら、百人隊でも撃破できるかどうかというところ。いきなり死の危機に陥った。
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